生徒会長殿
嫌がらせは続き、廊下で足をかけられて転ぶ事さえあった。俺、そのうち死ぬんじゃないか、と恐怖を覚えた。
ある時、部活中に校舎裏を歩いていたら、テニスボールが飛んできた。幸い俺には当たらなかったが、校舎に立てかけてあった建築資材に当たった。誰が投げたのかと振り返ったが、分からなかった。テニスコートは垣根の向こうだが、そこから打ち込まれたのか、偶然飛んできたのかは分からない。だが、次の瞬間、音がして、資材が倒れて来た。すると、ちょうど校舎から出て来た女子がいた。危ない!資材が彼女の上に倒れてきたら!
俺はとっさに背負っていたリュックを下ろし、駆け寄った。完全には間に合わず、その女子の頭に資材が当たって、彼女は倒れた。資材が全て彼女の上に倒れてきたら潰されてしまう。俺は、資材を手で受け止めた。腰を入れて踏ん張る。重い!
「誰か!誰か来て!」
その女子が叫ぶと、周りの部活中の男子たちが何人か駆け寄ってきて、手伝ってくれた。そして、何とか資材を元の通りに立てかける事が出来た。
「君、ありがとう!助かったよ。」
倒れていた女子が立ち上がって、俺にそう言った。
「頭に当たりましたよね?大丈夫ですか?」
と言うと、
「大丈夫。それより君、手は大丈夫?」
と聞かれた。手のひらを見ると、少し血が出ていた。資材でこすれて切れたらしい。
「保健室に行こう。」
彼女はそう言って、俺を促した。周りには、なんだなんだと多くの人が集まって来ていた。そして、資材がどうの、生徒会長がどうの、山岳部の子がどうの、とあちこちで囁かれている声が聞こえた。生徒会長?そうだ、この人見た事あると思ったら、生徒会長の白石真帆さんだ。髪の長い女性だが、背が高く、声が低くて少しハスキー。かっこいい感じの女性だった。そう言えば、クラスの女子が、真帆さんかっこいいよねーと言っているのを何度か聞いた事があった。演劇部で男役を演じているのだとか。
保健室には先生が不在で、この白石真帆さんが救急箱から消毒液と脱脂綿を出し、俺に座るように促した。
「ほら、手を出して。」
「はい。」
彼女は俺の手の傷を消毒し、乾かすために手でパタパタと扇ぎ、絆創膏を探し、貼ってくれた。そして、改めて俺の顔を見た。
「あれ、君たしか・・・城崎の弟だよね?」
「あ、はい。」
「ふーん、そうか。なんか、最近君の噂を耳にするんだが・・・。あ、私は白石です。私の事知ってるかな?」
「はい、もちろん。」
「良かった。」
彼女はそう言うと笑った。ふと、彼女の髪の毛に木くずが付いているのが見えて、俺はそっとそれを取り除いた。
「これが付いていたので。頭、痛くないですか?」
俺が木くずを見せてそう言うと、彼女は頭に手をやった。
「あ、痛い。」
と言う。俺は、彼女の頭をそうっと触った。膨れている。
「たんこぶ、出来てますね。」
俺がそう言って彼女を見ると、彼女は急に慌てたようになって、
「あははは、大丈夫、大丈夫。」
と言って、頭を叩いて見せた。そして、顔をしかめた。俺は思わず笑った。
「な、なに?」
「すみません、可愛かったから。」
「・・・・・。」
白石さんは黙ってしまった。だが、資材が倒れて来たのは俺のせいかもしれない。申し訳ない事をした。
「あの、すみません。俺のせいで巻き込んじゃって。」
「え?どういう事?」
「あの資材が倒れたのって、テニスボールが当たったからなんですけど、多分俺を狙って誰かが投げたか打ったかした物だから。」
俺がそう言うと、白石さんは目を見開いた。
「ちょっと君、どういう事だよ。どうして君に向かってボールが飛んで来るんだい?」
「あーそれは・・・。最近、いろいろありまして。」
俺は迷ったが、相手は生徒会長だから、学校で起きている事を知っておく必要があるのではないか、と考え、俺が嫌がらせを受けている事を話した。彼女は生徒会長の顔になって、真剣に聞いてくれた。
「よし、分かった。私が何とかするよ。」
と言う。頼もしい。が、俺はあまり期待していなかった。海斗にさえなす術がないのに、他の人にどうこうできるとも思えなかった。
次の日、全校集会があって、体育館に集まった。校長先生の話や生徒指導の先生の話があり、最後に生徒会長の話になった。
「みなさん、もうすぐ文化祭です。文化部の皆さんはとくに力を入れて準備をされている事でしょう。怪我などに気を付けて、頑張ってください。
ところで、昨日、私は命の危険を感じる出来事がありました。テニスコートの横の工事現場ですが、校舎に立てかけてあった建築資材が、私の上に倒れて来たのです。幸い、通りかかった一年生の男子が助けてくれたおかげで、たんこぶ一つで済みました。彼は城崎岳斗くんです。皆さん、彼に拍手をお願いします。城崎くん?」
びっくりした。いきなり名前を呼ばれて、周りの友達が一斉に俺を見た。そして、全校生徒の拍手。
「彼は勇気がある。正義感も、優しさもある。そんな彼を私は尊敬します。」
その後、白石さんが何を話したのか、聞いていなかった。恥ずかしいやら照れくさいやらで、頭に血が上ってしまったようだ。
教室に戻ると、女子たちに囲まれた。
「城崎くん、すごいね!真帆さんに尊敬しますなんて言われてさ!」
「城崎くん、うらやましい!私も真帆さんとお知り合いになりたーい!」
などなど。うらやましがられるのは、もうこりごりなんだけど。俺はため息をついた。
ところが、それ以来、嫌がらせがピタリと止まった。変な紙切れも下駄箱に投げ込まれなくなったし、足をかけられたり、何かを投げつけられる事も無くなった。下駄箱に関しては、生徒会役員が俺の下駄箱を見張っていて、紙を入れようとした人を捕まえて注意したからという話を風の噂で聞いた。
翌日、部活のトレーニングを終え、部室に戻って来てちょっとしたミーティングをしていると、白石生徒会長がふらりと現れた。
「あ、こんにちは。」
俺が挨拶をすると、
「やあ、城崎君。その後どうかな。困っていないかな?」
相変わらずハスキーはイケヴォでそう聞いてきた。
「おかげさまで、嫌がらせも無くなりました。ありがとうございました。」
俺はちょっと頭を下げてそう言った。
「白石さんこそ、たんこぶ治りましたか?」
そう聞くと、白石さんは頭に手をやって、撫でた。
「うん、だいぶ良くなった。」
と言った。そして、
「あー、じゃあ、また何かあったらいつでも言ってくれ。」
と言って、名残惜しそうに部室の中を見たりしながら、去って行った。
「会長、何しに来たんだろ?」
新部長の広瀬さんがそう呟いた。俺の様子を見に来たのかな。
次の日、昼休みに教室の前の廊下を歩いていると、白石さんが通りかかり、
「や、やあ、偶然だね。」
などと言って俺の顔をちらちら見る。もしかして、俺が嫌がらせに遭っていないか、パトロールでもしているのだろうか。いや、考えすぎかな。俺は会釈して通り過ぎた。
更に次の日、部活中に一階の渡り廊下を歩いていると、白石さんが校舎に背中をもたせかけて、立っていた。
「あ、こんにちは。」
俺が声をかけると、
「やあ、また会ったね。あー、元気そうで何より。」
と言ってにっこり笑う。ここで誰かを待っていたような感じだが、まさか俺じゃないよな。そう思って、ちらちら振り返りながら、特に呼び止められないのを確認して、通り過ぎた。今日はコースを二周することにしていたので、また同じ場所を通ると、まだそこに白石さんは立っていた。今度は、こちらに声をかけようかどうしようか迷っているような感じだった。俺は立ち止まった。
「あの、何かご用でも?」
重たいリュックを背負ったまま、俺はそう尋ねた。そこへ、サッカー部の練習をしていた海斗が現れた。
「岳斗!」
ドリブルをしながら俺の傍に来て、ボールを足で踏んで止めた。そして、俺の頭を撫でる。なぜだ!すると、
「城崎!」
と白石さんが鋭く言ったのでびっくりした。白石さんは、俺の事ではなく海斗の事を見ていた。
「白石、何してんだ?まさか、俺の弟を口説いてるんじゃないだろうな?」
冗談ではなく、海斗は真面目な顔でそう言った。そして、更に俺の頭を抱え込むようにして撫でた。
「やめろよ、海斗。」
俺はそう言って、ちょっと頭を離した。
「仲がいいな、お前たちは。」
白石さんが呆れたように言った。
「で、白石は岳斗に何の用?」
尚も海斗は聞く。
「いや、別に用はない。ただ、たまたま通りかかったというか。」
歯切れの悪い白石さん。通りかかったのではないよね、ずっとここに居たんだから。だが、そう言うのなら、別に俺がここにいる必要はないと思い、
「それじゃ、俺は行きますね。」
と言って、その場を立ち去った。少し行ってから振り返ると、白石さんは俺の方を見ていて、その白石さんを海斗が腕組みして睨んでいた。あの後二人は何を話したのやら。




