優しい目
2020.5.2 一部修正しました!!
ユリウスはヴォルスを一瞥し、すぐに視線をハリオに戻した。
「ハリオ、お前は、そいつを連れていけ」
「でも…」
ハリオは視線だけでヴォルスを見た。その表情からハリオの動揺が見て取れる。けれど、ユリウスは首を横に振った。
「俺が何とかするから。お前はそいつを早く連れていけ」
「…かしこまりました」
ハリオはユリウスとヴォルスの双方に頭を下げると、マルカを押すようにしながら姿を消した。
サーシャはマルカの背中を視線で追う。小さな背中がより、小さく見えた。
マルカが一度、振り返る。虚ろな目でユリウスを見つめていた。その視界に入るのはおそらくユリウスだけだろう。ユリウスを見つめるその顔はただ、恋い焦がれる女のもの。
ただ、ユリウスを好きなだけ。好きだから、好きすぎるから、壊れてしまった哀れな彼女に、サーシャの胸は苦しくなる。
「さっさと歩け」
力の抜けたマルカの背をハリオが押す。2人の背中が離れて行って、見えなくなった。
「お嬢さん、彼女は罪人だ。そんな風に同情することはない」
「…ヴォルス将軍」
「ヴォルス将軍、貴殿はどうしてここにいる?それに、先ほど犯人と言ったな。どうしてそのことを知っている?…それに、お嬢さん?こいつと話したことがあるのか?」
睨むようにユリウスはヴォルスを見た。けれどヴォルスは笑みを浮かべたままユリウスの問いに答える。
「質問ばかりですな」
「…それだけ貴殿の行動が不可思議ということだ」
「それは失敬」
「笑ってないで質問に答えろ」
押さえた声に、苛立ちがにじみ出る。けれど、ヴォルスは落ち着いたまま答えた。
「まず、ここにいる理由ですが、それは本当に偶然です。ユリウス王子と話をしたいと思い、こちらに来たら何やら揉めていましたので顔を出しました」
「俺と話したいこと?」
「はい」
「…部屋に入れ」
サーシャとユリウス、そしてヴォルスの3人は、サーシャの部屋に入った。扉を閉めるとユリウスはヴォルスの方を向く。ヴォルスは口を開く前に、サーシャを一瞥した。その視線の意味に気づき、ユリウスは先を促す。
「こいつは信用していい。話せ」
「…私はやはり、次期国王にはユリウス王子がふさわしいと思っております」
静かな声だった。まっすぐユリウスを見るその目は、真剣そのもので、サーシャは思わず息を呑む。
「だから、何だ?」
「だから、もう周囲を惑わす行動は止め、適切な評価を受けていただきたい。本日はそれを伝えに来たのです」
「…さっきの女のことを犯人と言ったな。どうして知っている?俺も、こいつも、ハリオも口外していないはずだ」
ヴォルスの切実な訴えに、ユリウスは答えなかった。けれど、ヴォルスは気にすることなく、ユリウスの問いに答える。
「ユリウス王子とお嬢さんがある日を境に、より一層、一緒に行動するようになりました。そして、王子は、かすかな物音がするたびに、剣に手を触れている。よく見れば、鴉たちも何やら探っている」
「…」
「だからわかったのです。お嬢さんを守らなければならないようなことが起こったのだと。そして、その犯人を探っている、と」
「そうか。…俺も詰めが甘い」
ユリウスが自嘲的にそう言った。ヴォルスは首を横に振る。
「私でなければ見落としていた。それくらい王子の行動は完璧でした。…腕をあげましたね、王子」
「貴殿に気づかれたら意味がない。まだまだ未熟である証拠だ」
「いやはや、自分に厳しいですな。ところで王子、…あの娘、嘘をついているようには見えませんでした。もし、あの娘の言っていることがすべて本当だとするならば、あの娘を利用したものがいる。そうですね?」
それは問いというよりは断言だった。
「貴殿には関係のないこと」
強い口調でそう言い切った。そんなユリウスの背中に、サーシャはそっと手を置く。
ユリウスはそんなサーシャを振り返り、見た。
「冷静に。…王子が教えてくれたことですよ?」
サーシャは小さく笑みを浮かべる。そんなサーシャの様子に、ユリウスの肩に入った力が抜けた。
「…ああ。そうだな」
「王子。…ヴォルス将軍は、王子の味方です」
「何を言っている?…お前たち、どういう関係だ?」
「関係、などというほどのものはありません。ただ、お嬢さんとは少しだけ、お話をさせていただいたことがあるのです」
ヴォルスの言葉にユリウスは怪訝そうな表情を浮かべた。
「…そんなこと、一度も聞いていない」
「いろいろあったので、お伝えし忘れていました。すみません」
小さく頭を下げるサーシャ。そんな様子に、ユリウスは冷静さを取り戻す。
「いや。…なんでも報告しろ、とは言っていない」
「いえ、報告するべきでした。そして伝えるべきでした」
「何を?」
「…王子、私はまだヴォルス将軍と一度しかお話をしていません。けれど、私は将軍は王子の事を大切に思っている、と思います。ユリウス王子が思っているような方ではない、と」
「お前は何も知らないからそう言えるんだ」
強い口調だった。それでもサーシャはひるむことなく続けた。
「ええ。何も知りません。何も知らないけど、知らないからこそ純粋に物事を見ることもできるんです」
「そんなことあるはずがない。俺が大切にされるなど」
「大切に思ってます。ヴォルス将軍もハリオ様も、…私も」
「…」
「だから、そんな悲しいこと、言わないで。…ヴォルス将軍は、王子のことを話すとき、少しだけ目が優しくなります。それは、大切な人を想うときの表情です」
「何を…」
「動物たちと過ごしているとわかるんです。どんな生き物も、愛するものの前では表情が優しくなる。目は誤魔化せません。…将軍にとって、王子は…たぶん、我が子のように大切な人」
サーシャはヴォルスを見た。捉えどころのない笑みは完璧で、本音がどこに隠されているかはわからない。
「そうですよね?ヴォルス将軍」
けれど、サーシャは確信を持って問いかけた。野生の動物たちは、どれだけ本能をむき出しにしても、子の声を聞くと、優しい目をする。ヴォルスの目は、動物たちのそれに似ていた。
「ヴォルス将軍」
もう一度訴えるように名前を呼ぶ。
「……お嬢さんには、敵いませんな。王子も、…私も」
観念したようにヴォルスは苦笑を浮かべた。その顔は作られていない本当のヴォルスの顔だった。




