私の仕事
文章修正しました。(2020.4.29)内容は変えてません。
両親を失った代わりに得たのは動物の声が聞こえるという不思議な力。絵本の物語のように話し、笑う動物たち。それはサーシャにしか聞こえない声だった。
一番初めにサーシャを助けたスチャは「オース」と名乗った。オースに連れられて来たのは森の中。そこにはいろんな動物たちが住んでいた。
『サーシャ、よろしく!』
『困ったことがあったらすぐに私たちに言うのよ』
彼らは口々にそう言葉にした。両親を失ったばかりのサーシャには温かすぎる光景。それに思わず泣き出しそうになる。そんなサーシャに動物たちは口々に『サーシャの味方だよ』とサーシャを励ました。その言葉が優しくて、やっぱりサーシャは泣きたくなった。
「どうしてこんなに優しくしてくれるの?」
『さあ、なんでかな?たぶん、君が僕たちの姫だからじゃないかな?』
「姫?」
『ああ、そうさ。僕たちにとって大切な人。理由なんてそれで十分さ』
オースの言葉にサーシャはどこか寂しそうに表情を歪める。
「…姫、なんて嫌だよ、オース」
わがままのように言うサーシャにオースは苦笑した。
『じゃあ、何がいいの?』
「友だち。…友だちがいいわ」
『友だち?それは、…最高だね!』
オースが笑うと波紋が広がるように動物たちに笑みが広がった。サーシャも同じように笑う。その笑みに、洞窟は暖かさで包まれた。
サーシャの洞窟での暮らしが始まった。食べられる果実を教えてもらった。火を起こしてキノコを焼いた。食べることには困らなかった。雨風を凌ぐための洞窟をオースが探してくれた。その中にいれば寒くはなかった。
けれど、それは人間の生活とは言い難いものだった。服は汚れ、髪や爪は無造作に伸びた。なんとか整えてはいるが、それは時間の問題だった。
『サーシャ、街に行ってみようよ?』
「街?」
『ああ。これじゃあ、君は獣になってしまう』
「オースたちと一緒ね」
サーシャの言葉にオースは静かに首を横に振る。
『君は人間であるべきだ』
「…」
『獣であることを望まないよ。君は、人間の可愛らしい僕の友だち』
「…行ってなんとかなるかな?」
『それはわかんないけど、ここにいたって何にも変わらない』
動物たちは優しかった。みんなサーシャの心配をしてくれた。人間の醜さを知ったばかりのサーシャの心を癒してくれた。みんなと同じように四足歩行で野山を駆け回るのも悪くない。そう思った。けれど、オースは、みんなは人間であれという。
『人間らしく生きていくんだ。毎日綺麗な服を来て、仕事をしてお金を稼ぐ』
「…私にできるかな?」
『できるかな、じゃない。やるんだよ。大丈夫、君には僕たちが付いているから』
そう言ってオースは胸を張る。迷ったサーシャの背を押したのはやはり動物たちだった。
『困ったら、いつでも帰っておいで』
『呼んでくれればすぐに会いに行くからさ』
その言葉があれば、前に進める気がした。
「分かった。やってみるよ」
『うん、それでこそ、サーシャだよ』
「…まずは仕事を探さなきゃね。オースはどんな仕事がいいと思う?」
『サーシャは何ができるわけ?』
「…畑仕事の手伝い、かな」
『11歳の女の子に畑仕事って、需要ある?』
「……だって、それしかできないもん」
街に向かって歩きながら、サーシャはオースと話し合いをする。これと言った特技のない、11歳の少女にできる仕事など限られていた。自分の身を危険にさらす仕事など論外であり、考えを巡らすがそもそも仕事の種類を多くは知らない。
「どうすればいいんだろう…?」
『あ~!歯が痛い!!』
それは、突然聞こえた叫び声。少年のような声に辺りを見回すが、それらしき人物は見つけられなかった。
『サーシャ、あの子じゃない?』
オースの声に右に顔を向ければゴールドの毛並の大型犬を連れた40半ばの男性がいた。綺麗な身なりの茶色い髪をした男性は立ち止まる大型犬に戸惑っている様子だ。大型犬は時々立ち止まっては小さく唸り声をあげている。
『痛いよ!!』
「本当だ、あの子みたいだね」
『どうしたのかな?』
「…虫歯?」
『じゃあ、病院に行かないと。でも、あの人間のおじさん、気づいてないみたいだよ』
「私、教えてくるよ」
そう言ってサーシャは駆け出した。オースが慌てて後ろをついていく。
「ねぇ、おじさん、その子、歯が痛いみたい」
「え?」
突然知らない女の子に話しかけられた男性は驚いたようにサーシャを見た。けれど悲痛な声が聞こえているサーシャに男性の反応を気にしている余裕はない。
『まじ、ちょー痛い。これ、絶対虫歯だ。歯が痛すぎて、頭まで痛い。誰か助けて』
「すっごく痛いって言ってる」
「…お嬢さん、ロレンの声が聞こえるの?」
「うん」
「…」
「一度、病院に連れて行ってあげてください」
サーシャの言葉に男性は考えるように腕を組んだ。サーシャ自身は実際に動物の声が聞こえる。けれど他の人は聞こえない。ならば、自分の言葉を信じるのは難しいのかもしれない、とサーシャは思った。
「……わかった。最近ご飯もあまり食べないから気にしてたんだ。病院行ってみるよ」
「私のこと信じてくれるんですか?」
「ああ」
「どうして?」
「君は嘘をつくような子に見えないからね」
「ありがとうございます。…病院行ってくれるって。よかったね」
『病院!?…あそこ嫌い。行きたくない』
「でも、病院行かなきゃ治らないよ?」
『だって、嫌だもん。痛いもん』
「でも…」
『じゃあ、君もついてきてよ』
その言葉にサーシャはオースを見る。オースは伺うように男性の上を一周くるりと回った。
『大丈夫。このおじさん、いい人だから。ついていこう』
「なんでそんなことわかるの?」
『野生の勘』
「ふ~ん」
『ついて来てくれるの?』
きらきらした目で見られた。サーシャは男性の方を向く。
「おじさん、私も病院についていってもいいですか?この子が不安だからついて来てって」
「え?来てくれるの?ロレンの声が聞こえる君が来てくれるなら、私も助かるよ」
男性はロレンの頭を優しく撫でながらそう言った。そんな男性の様子を見て、確かにいい人だな、とサーシャは思った。
病院につくと、「ひどい虫歯」とのこと。すぐに麻酔をし、抜歯することになった。
『怖いよ』
不安がるロレンの頭を優しく撫でながらサーシャは安心させるように笑みを浮かべる。
「大丈夫。少し寝ていれば、すぐによくなるわ」
『…うん。頑張る』
ロレンは台の上に乗せられた。麻酔を注射される。意識が薄れていくロレンにサーシャは「頑張って」と声をかけた。かすかに笑った気がするのは気のせいではないだろう。
医者は手際よくロレンの悪い歯を抜いた。出てきた血に不安がるサーシャの手を掴んでくれたのはロレンの飼い主だった。
「大丈夫だよ。もうすぐ元気なロレンに会える」
そういって笑う男性を見て、やっぱりいい人だなとサーシャは思った。
『痛い~!でも、今までよりずっとましだよ』
「よく頑張ったね。すぐによくなるよ」
治療の終わったロレンが目を覚ましたのは、それから1時間経った後だった。先ほどよりも晴れやかなロレンの顔を見て、サーシャはよかったと笑みを浮かべる。
『ありがとう。えっと…』
「私はサーシャ。そしてこの子はオースって言うの」
サーシャはそう微笑みながら、高い本棚の上で休んでいたオースを指さした。オースが挨拶とばかりに翼を大きく開く。そんな様子にロレンは小さく頭を下げる。
『ありがとう、サーシャ。オース』
「どういたしまして、ロレン」
そう言いながらサーシャはロレンの頭を撫でた。そんなサーシャにロレンの飼い主が話しかける。
「今、ロレンがありがとうと言ったのかい?」
「うん。そうです」
「そうか。サーシャ、そして、そのスチャはオースだったかな?本当にありがとう。私からもお礼を言わせてくれ。私は、ダリムだ」
「ダリムさん?」
首を傾げるサーシャにダリムは頷いた。
「ああ、そうだよ。ねえ、サーシャ、ロレンを助けてくれてありがとう。君が居なかったら他の歯にも広がって、食べ物が食べられなかっただろうって、お医者さんに言われたよ。虫歯も放っておくと命にかかわると。本当に、君とオースはロレンの命の恩人だ。ありがとう」
「いえ、あの、どういたしまして」
少し照れながらそう応えるサーシャにダリムは一枚の小切手を渡した。
「だから、感謝の気持ちとしてこれを受け取ってくれないかい」
そこにはサーシャにもわかるほど大金が書かれていた。驚いて目を丸くする。
「こ、こんなに?」
「ああ。君はそれだけのことをしてくれたんだ。ロレンは僕にとっては大切な家族だからね。だから受け取ってほしい」
「ダリムさんってお金持ちなの?」
「…まあ、そうかな」
「すごいね」
「運が良いのさ。そして、今日もまたなんて自分は運が良いんだろうなって思ってるよ」
「?」
「ねぇ、サーシャ。私と一緒に仕事をしないかい?」
「仕事?」
「ああ。君のその能力は素晴らしい。軍事力を付け、周りの国から一目置かれているこのタルジョア国は平穏だ。けれど、平穏の中でも人の心は乱れるものだよ。そして、そんな中で、乱れる心を取り戻すのは難しい。だからこそ、この国の人の多くは、家族として動物を飼っている。安らぎを求めてね。今や、この国は、ペット大国だ。家畜ではない、家族としての動物の言葉がわかる君は、きっと人々から求められる。だから、その力を貸してほしい」
「…」
「あ、もちろん、君や君の両親が良ければ、だけど」
「両親は…いないんです。はやり病で、…死んじゃった」
「そうか。…それは、つらかったね」
「…はい」
俯いたサーシャの頭をダリムは大きな手で撫でた。そして静かに言う。
「でも、それなら余計に私と一緒に仕事をしないかい?非情なことを言うようだけど、生きていくにはお金が必要だよ。君みたいに小さな女の子が生きていくのは難しい」
「うん…」
「君はその能力で、色んな人のペットの言葉を聞いてあげてくれないか?僕は君を紹介して信頼を得る。君はその力でお金を得る。いい話だと思うけど、どうかな?」
サーシャはオースを見た。オースが高い棚から飛び、サーシャの肩に爪を立てず乗る。
『確かにいい話だと思う。この人のことを信じてもいいと思うよ。でも、サーシャ。一番大切なのは、君はどうしたいかだ』
オースの言葉に、サーシャは考えを巡らす。いい話だと思う。いい話過ぎて不安になるほど。
サーシャは顔を上げた。ダリムが真剣な顔でこちらを見ている。その顔は、先ほどまでの「優しいおじさん」でも「ロレンの飼い主」でもなかった。「仕事人」の顔。
「人の…役に立てますか?それから、動物のためにもなる?」
「どうしてそんなことを聞くんだい?」
「お父さんもお母さんも人の役に立ちなさいってよく言ってたから。だから人の役に立ちたいの。それに、この能力を生かすなら、動物たちの役にも立ちたいんです。だって、彼らは私のことを友だちだって優しくしてくれるから」
まっすぐなサーシャを視線を受け止めダリムは大きく頷いた。
「人のためにも動物のためにもなると思うよ。そうだな、人と動物を繋ぐ仕事になるはずさ」
「人と動物を繋ぐ仕事?」
「ああ。そうさ。そして、きっとそれは君にしかできないことだと思う」
そういうダリムの瞳をサーシャは見つめた。そして一つ大きく息を吸う。
「わかりました。私、やってみます」
その言葉にダリムは嬉しそうに笑い、オースは一つ声を出して鳴いた。