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短いお話になる予定ですが暫しお付き合い頂けると幸いです。
ここはとある王国の王城。
本日は貴族子息子女の通う学園の卒業ダンスパーティが催されております。
時刻は日が落ちたくらいでしょうか?
前途有望な少年少女が未来への希望を胸に最後の青春を謳歌しておりました。
「「「「「「ワハハハハハハハハハハハハハハ」」」」」」
そんな爽やかな場に似つかわしくない厭らしい嗤いが方々から上がり、王宮のホールに轟きました。
それらを一身に浴びているのは冷たいダンスフロアの地べたに伏せているワタクシこと『アルティエール・ユスフェベル』辺境伯令嬢でございます。どうも皆さまごきげんよう。
ワタクシ、たった今ほど、同級生の騎士見習いに地べたへ転がされ、婚約者であったはずのこの国の第三王子様に謂われなき謗りを受け、果ては一方的に捏造された罪にて断罪され、「婚約破棄だ!」と宣告されたところでございます。
……あら?何ですの?
急に何かが脳裏を過って……
え……? 俗に言う『婚約破棄』…………??
うっ……頭が!
唐突な無礼に腹の底から沸き上がる怒りで目の前が真っ赤になった瞬間でした。
実際はほんの刹那だったようですが、ワタクシにしてみれば一生分の情報が脳裏を駆け抜けていったのです!
その情報を処理統合するのが相当な負担のようで視界が明滅しています、更に苦しさから息が漏れ出で喘ぎそうになるのをギュっと唇を噛みしめる事でやり過ごしました。
その姿がさぞ悔しがっている様に見えたのでしょう。
目の前の御仁は満足げに片頬を歪めて鼻で嗤いました。
「良いザマだなアルティエール嬢。実に貴様にお似合いの姿だ」
そうだろう? と傍に侍る取り巻きたちに相槌を求めると、揉み手の幻覚が見える勢いで周囲が追従していきます。口々に何やら囀っているようですがワタクシはそれどころではありません。
………頭が割れそうに痛いです。
「少しは惨めな私の気持ちが理解できたであろう?」
(~~~~ぶっちゃけこんな雑魚に構ってる場合じゃないってぇの!! めっちゃ頭痛いんだってっっ!!!!!!)
「あら?」
心に芽生えた誰かの声に素っ頓狂な感嘆が漏れました。ワタクシ吃驚です。
(あ~、処理落ちだね多分。前世っていう膨大な情報に脳が耐えきれなくて代替措置取ったんでしょ多分)
え?え?
(ま、気にする事無いって。アタシもあんただよ。ヨロシクねって、まずはこの馬鹿げた舞台を終わらせるとこから始めましょうか?)
心中のアタシに促されて正面を見上げます。
「……何だその眼は?」
醜く顔を顰めた婚約者――いえ、元婚約者でしょうか?――がこの世の呪いを凝縮させたかのように睥睨してきます。
一体どうしてこうなってしまったのでしょう?
……まぁ、大体の見当はついているのですが。
(あの女でしょ? テッパンじゃんマジウケルww)
鉄板? ……ああ、前世では流行浸透した娯楽小説の題材でしたのね。確かにそれならば今の状況はテッパンなのでしょう。
ワタクシは元婚約者の背に半身を隠し、小刻みに震えながらうるむ瞳でこちらを見やる彼のご令嬢に視線を合せました。
(説明しよう!)
―――嫌ですよ!
コホン。あまり良い思い出でもないので割愛いたしますが、平たく言うと身分制度の緩む学園生活中にワタクシの婚約者へ横恋慕してきたこちらの『レベッカ・ザンブルグ男爵令嬢』にまんまと相手を寝取られ、良い様に操縦され……
(洗脳されたバカ王子が邪魔なアタシを公衆の面前で排除しにきた、と)
まったく、愚かにも程があります。
この方、予てより頭の緩いところがございましたが、そちらの方が我が家にとっては都合が良いと目を瞑っていた部分を利用されてしまいましたわね。そこは大いに反省せねばいけません。
ワタクシは衆目の視線を一斉に浴びたまま身を立たせると、ヨレてしまったドレスのスカートを叩いて簡易的に衣装を整えました。そのまま第三王子をひたと見つめます。
周囲が息を呑んだのが解りました。
突如シンと静まったダンスホールにワタクシのか細い声が響きます。
「殿下の意向は承知しました。ワタクシの一存では返答出来ませんので、一度持ち帰らせて頂きますわ」
言って優雅に淑女の笑みを浮かべました。
「「は?/はぃ??」」
(バカップルハモってんじゃんウケる~ww)
ほんとうね。
ワタクシもクスリと目の前の間抜け面に笑いを溢して颯爽と王宮のホールから退場します。
「そちらの方。お仕事中に大変申し訳ないけれど、談話室を一室用意してくださらない? あとワタクシの家に迎えを要請して欲しいの、急ぎ頼むわ。あ、そちらの貴方。陛下との謁見申請を現状報告とともにお願いするわ。説明は談話室でワタクシ自らお話いたします、と」
テキパキと官吏たちに指示を飛ばして用意された談話室で漸く息がつけました。
(あ~あ。あんたたち、元から好き嫌いで婚約してないのにね。あのバカボンど~すんの?)
さて、あそこまで大々的に入り婿先へ粗相をしたのです。それなりの理由があったのではありませんか?
心中に返事をしつつ淹れ立ての紅茶をゆっくりと嚥下しますと、じんわりと広がる良い香りと温かさにホッと表情も解れます。幾分か平常を取り戻すとどうしたものかと米神を揉みました。
我が家の迎えが到着する前に、ワタクシの指針を固めておかねばなりません。
目を閉じて回想しましょう。
…………。
……………。
……………………。
(……コレ、庇う必要あんの?)
答えは 否 ですわね(ニッコリ)