勝ち取った自由
桜木亮太の家に着いた。
居心地は最悪だ。敵地のど真ん中に一人で武装せずに立たされている気分とでも言うべきか。
けれどだからと言ってもう逃げるわけにはいかないのだ。
「はい、紅茶だったよね」
そう言って目の前に出された飲み物。
これに口をつける必要ももはやない。
「ありがとう。でもいらないわ」
張り付いた笑顔ももう疲れた。
わざわざこの私が貴方みたいな最低な男に微笑んであげただけでも感謝してほしいくらいだわ。
「薫?」
「もうやめにしましょうか。全部」
未だに理解できないようで間抜けな声で私の名前を呼ぶ桜木亮太。
その姿があまりにも滑稽で思わず鼻で笑いそうになってしまった。
「貴方の事だから私の記録を抹消しに来たんじゃないの?」
そう問いかけると桜木亮太は眼を見開いた。
本当にわかりやすい。
けれどそれが今はありがたい。
「どうしてそれを…」
「だって貴方分かりやすいもん。」
でも残念ね。そろそろ効果が効き始めるころ。
知らずに飲んだジュースに入れた睡眠薬。
私のノートに挟まっていた睡眠薬。
過去の私から、本当に必要な時にこれを使って。あいつを止めて。
そう書かれていた。
どうやら水に溶かしても色が変わらないとかいう奴らしい。
だから桜木亮太も気付かずに飲んだ。
たった一口。それでも十分。
「かお、る…?」
バタリと倒れた桜木亮太を素早く拘束する。
量が少ない分効き目が短いはずだ。
失敗もできない。
これが本当に最初で最後の自由になれるチャンスなのだ。
手足を縛り動けないように、攻撃できないようにしてから私の首を絞めたろロープで桜木亮太の首を縛る。
まだ苦しめない。
首に当てられた程度の緩い縛り具合。
目が覚めたら貴方は終わる。
今日この日、桜木亮太は死ぬ。
「ん…」
あぁ。桜木亮太が目を覚ます。
「薫?」
彼の瞳が私を映した。
「な、なんだよこれ!?おい!!」
彼が拘束に気が付いてしまった。
「桜木亮太。貴方は今から死ぬのよ。」
私は桜木亮太の首に繋がるロープを軽く引っ張った。
少し苦しかったみたいで顔が歪む。
そう。ずっとこの顔が見たかった。
ドクン…ドクン…とまた心臓が高鳴る。
そうだ。これは私。何があったって消えやしない。
思い出した…
「ずっと…ずっと私が悩まされてきたんだもん。何をしても許されるよね?
だって…貴方が私にしたこと、お返ししてあげるだけなんだから。」
あの日味わった苦しみを、貴方も味わえばいい。
ロープを力いっぱい引いた。
桜木亮太は「まさか…」とだけ言うともう何も言えなくなっていた。
どんどん顔色が悪くなっていってすぐに意識を飛ばしていた。
そしてロープを持つ手を緩めた。
「私は貴方と違うから人を殺したりなんてしないわ。」
そう。貴方の中から私を殺しただけ。
貴方の中から全てを奪っただけ。
桜木亮太だって私に同じことをした。
同じ苦しみを味わえばいいのよ。
全てから解放される喜びに頬が緩むのを隠さないまま、私は桜木亮太の書き綴ったノートを元の場所に戻してロープは体重に耐え切れず千切れ自殺に失敗したかのように見せかける工作をして家を出た。
もし仮に私に疑いの目が向けられても私は“覚えていない”のだ。
「これで私、自由になったんだね」
私は勝てた。桜木亮太に勝ったのだ。
もう何者にも脅かされることのない生活を送ることが出来る。
なんて幸せなんだろう。
家までの道のりがとても短く感じたのだった。




