私
目が覚める。知らない場所だ。
随分とこじんまりとした部屋だなと思いながら周りを見渡す。
机にパソコン、一人がギリギリ寝っ転がることが出来るであろうベッド。
机の上には大量のノート。
私の家、ではなさそうだ。
自分の事さえも曖昧なまま周囲から情報を得る。そして一番の手がかりであろうノートを手に取る。
一番最初に手に取ったのは一冊だけ種類が違うノート。
開くとそこには私の今の現状が事細かに書かれていた。
私は今どうやら無理矢理付き合わされている桜木亮太という人物から逃げているらしい。
今までの私と思われる人物の書いた内容を見る限り相当ヤバそうな奴だと思った。
それと同時にふと思った。私がこうなった原因は彼にある。
その彼が私がこうして毎日記憶の引継ぎをしている事に勘付いているのではないか、と。
特に昨日の彼女は随分と攻撃的なようだ。何も知らない私が何故桜木亮太という人物にそこまでの感情をむき出しにするのか。彼はその答えに恐らくたどり着いている。
そして彼ほどの病的な愛を持った者なら恐らくその負の感情を生み出す物を見過ごしたりはしないだろう。
このノートはいつか彼に奪われる。
私はそう確信して急いで携帯で写真を撮って残した。
それを全て終えてから残りのノートにも手を付けた。
それは私の物ではなく、桜木亮太の物だった。
中身は想像以上の病的愛が綴られていた。
全て読み終わってから漫画喫茶を出た。
今日は私の父が久しぶりに帰ってくるらしい。
桜木亮太の件を考えると少々危険なような気もするけれど、こんな状況になった娘の顔を見せないわけにもいかないから家に帰ることにした。
駅に着いて路線図を見るが全く分からない。
先程のノートを開き自分の家までの駅を探すとここから30分かかるみたいで思わずため息がこぼれた。
こんなことをしなければならないなんて…
「桜木亮太…邪魔な存在ね…」
私の平穏が脅かされる日々が続くなら、さっさと終わらせてしまいたい。
こんな何十分も離れた町まで逃げたり、記憶に障害を抱えたり、常に身の危険を感じたりお互いの行動を読み合ったり、監視されたり盗撮されたり…
そんなことが許されていいわけがない。
彼は必ず今日家に訪れるだろ。その時、どうにかしてでもこの関係を終わらせられないだろうか。
そのチャンスがどこかにあるんじゃないだろうか。
揺れる電車の中でノートにペンを走らす。
あらゆる可能性を探して、先回りすれば記録だけしかない私にも勝ち目はあるはず。
むしろ一日一日を確実に記録している私たちの方がずっと勝ち目があるのではないかとさえ思う。
まず自分が最寄り駅まで戻ってからを想定しよう。
彼がいつどのタイミングで私の家に向かうかがわからない。
だから駅で遭遇するかもしれないし、私が家に帰ってから家に来るかもしれない。
もし前者ならどうする?
私の家の周辺が完全な住宅街なら人気が無く危険だ。
だからと言って走って逃げたりするのはあからさますぎる。
普通に会話をすれば私が記憶の引継ぎをしている事に確信を与えることになる。
彼がどこまで掴んでいるのか、今日の私は接触していないから考えようがないな…
「敢えて、覚えていないふりをすればどう思うだろうか…?」
今までずっと記憶を引き継ぎ桜木亮太という存在を予め知っている柊薫と会っていた。
それが今日会ったら何故か今日の柊薫は桜木亮太の存在を覚えていないようだった。
そうなれば多少なりとも混乱と動揺を与えることができるのではないか?
「悪くない」
相手を詳しく知らない今はそれが一番の手だ。
それからもし後者だったら?
それなら今日は久々の家族の時間だからと追い返す?
それは根本的な解決にはなっていないよな…
結局明日の私に託してしまうことになる。
こんな事、当然長引かせたくない。できれば今日決着をつけたい。
そうなれば多少危険でも目の届く範囲に置いておく必要がある。
そして必ず私は一人になってはいけない。
常に父といる?それも悪くないが危害を加えられる可能性を否定できない。
なるべくなら誰も巻き込みたくはない。…それが私の意志らしいから…
今になってそれを壊してしまったら彼女が一人で苦しみ、怯えながら戦い続けた意味がない。
私は私自身の意志を継がなければならない。
そうじゃないと私は彼女を殺してしまうことになる。
それだけは絶対に避けたいのだ。
「…もう着く」
30分は考え事をするには短すぎるようだ。
駅のホーム。見慣れているはずの景色だがやはり思い出せない。
私は憎しみにとらわれない。怒りに身を任せない。
常に冷静に、そして確実な答えを導き出して見せる。
そしてこの関係を今日、終わらせてやる。
「覚悟しておけ。桜木亮太」




