8話 我輩はレオンである
我輩はトルネードウルフである。
自分で言うのもなんだが、死の森に生息する魔物の中で上位に位置する個体だ。
馬よりも速く駆けて。
熊よりも強い力を持ち。
鳥のように空高く跳躍することができる。
見た目は巨大な狼なのだけど、その能力は桁違いなのだ。
そして、その力故に森の王と呼ばれていた。
しかし……つい先日、王の座から陥落してしまった。
憎き相手は、ジャイアントスネーク。
全長30メートルほどもある巨大蛇だ。
ヤツはどこからともなくやってきて、我輩の森を住処にした。
当然、我輩はそれをよしとしない。
ここは我輩の縄張りなのだ。
応戦したが……
ヤツの力は強く、撤退せざるをえなかった。
我輩一人であれば、戦士として、闘争の中で死ぬことを選んだだろう。
それが戦士の誇りというものだ。
しかし、我輩は一人ではない。
妻がいる。
妻を巻き込むなどという行為は、愚かの極みとしか言えない。
なので、苦渋の決断を下して……
妻を連れて逃げ出した。
森の深部にある我輩の住処をジャイアントスネークに明け渡した。
プライドはズタズタだ。
狂ってしまいそうだった。
それでもなんとか正気でいられたのは妻のおかげだ。
妻のために我輩は生きているのだからな。
住処を追われた我輩たちは、新しい居場所を探そうとしたが……
いかんせん、ジャイアントスネークとの戦いで負った傷が響いていた。
このままでは行き倒れになってしまう。
早いところなんとかしなければいけない。
……そんな時、人間の女に出会った。
小さい女だった。
まだ子供なのだろうか?
驚いているので、我輩を探しているわけではなさそうだ。
人間の中には、魔物を狩ることを専門とする冒険者という存在がいるらしい。
この少女は、どう見ても冒険者ではない。
安心だ。
というか、ちょうどいい。
この少女を食らい、糧として、少しでも栄養を補給することにしよう。
そう決めて我輩は牙を剥くが……
それがバカな考えだということに、すぐに気がついた。
少女はなにやら黒くて丸いものを取り出した。
瞬間、我はものすごい悪寒を感じた。
絶対的強者と対峙したような恐怖。
圧倒的な絶望感。
とにかく……
頭の中で警報が鳴り響いた。
この少女は危険だ。
よくわからないが、とんでもなく恐ろしい存在だ。
見た目は少女だが、もしかして魔王なのだろうか?
とにかくも、我輩が敵う相手ではなかった。
本能が少女との戦いを拒絶していた。
逃げられるだろうか?
精一杯の威嚇をしつつ、我輩は後退する。
しかし、すぐに妻がいることを思い出した。
いけない。
このままでは妻を巻き込んでしまう。
こうなれば……
我輩は覚悟を決めて妻の前に立つ。
どのようなことになろうと、妻だけは守ってみせる!
震えそうになる体に鞭を打ち、精一杯の威嚇をした。
すると……
なぜか少女は黒くて丸いものを引っ込めた。
それから笑顔になる。
妙な道具を取り出して、妙な作業を始めた。
なんだ?
いったいなにをしている?
玉砕覚悟で特攻するわけにはいかず……
かといって逃げることもできず……
我輩は威嚇を続けながら、少女を観察した。
ほどなくして、少女は妙なものを作り出した。
薬……だろうか?
しかし、なぜ?
見たところ、少女は怪我をしていないように見えるが……
少女はにっこりと笑いながら我輩に近づいてきた。
我輩は金縛りに遭ったように動けない。
ピクリとでも動いたら、その瞬間、食い殺されるような気がしたのだ。
それくらいに少女の放つ威圧感はすごい。
この時、我輩は死を覚悟した。
妻よ、すまない……
お前を守ることができないなんて、情けない男だ。
せめて、あの世で一緒になろう。
そんな覚悟をするのだけど……
少女は笑顔で、謎の液体を我輩の体に塗りつけた。
すると……なんということだろうか!
みるみるうちに怪我が癒えていくではないか。
もしかして……
今の謎の液体は薬なのか!?
それを我輩のために使ってくれたというのか!?
なんということだ……
まさか、人間の少女が魔物である我輩を助けてくれるなんて。
感動に打ち震える我輩。
その時、とある考えが頭をよぎる。
もしかして……
この少女は女神ではないのか?
そうだとしたら辻褄が合う。
少女の外見をしているけれど、とんでもない威圧感を放ち、力を感じることも理解できる。
魔物である我輩の怪我を癒やしたことも、女神故の慈悲ではないか?
なんてことだ。
我輩は女神に噛みつこうとしていたなんて……
許されるだろうか?
いや。
許されなかったとしても、謝罪せずにはいられない。
我輩はその場に伏せて、ころんと腹を見せた。
我輩なりの最大限の服従のポーズだ。
すると少女は笑顔になり、我輩の腹を撫でていた。
ややくすぐったい。
しかし、少女は喜んでいるみたいだ。
よかった。
どうやら許してくれたみたいだ。
しかし……我輩の軽率な行動を許してくれるとは……
そして怪我も癒やしてくれた。
一瞬で。
そのようなことは普通の人間には不可能だ。
この少女、やはり女神なのだろう。
我輩は少女の前に伏せて……
続けて、高らかに鳴いた。
これは忠誠を捧げる、というトルネードウルフの間の儀式なのだ。
我輩の全ては女神のために捧げよう。
この力。
この牙。
この身。
全ては女神のために。
妻も同意してくれたみたいだ。
我輩と一緒になり、女神に寄り添う。
後は女神が我輩たちを受け入れてくれればいいのだが……
そんな懸念は無用だったらしく、女神は笑顔で吾輩たちの頭を撫でて、受け入れてくれた。
そのまま女神の家に連れて行かれた。
女神の家とは思えないボロボロの村、家だったが……まあ、事情があるのだろう。
我輩は女神の従者だ。
深く詮索するようなことはしまい。
また、女神の他に人間の女が二人いた。
おそらく、この二人も我輩たちのように、女神の寵愛を受けているのだろう。
ならば我輩たちは仲間だ。
仲良くやろうではないか。
その後……
我輩はレオン、妻はハルという名前をもらった。
名前まで授けてくれるとは、なんて光栄な……
吾輩は女神に一生仕えよう。
そう強く誓うのだった。
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