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⑶希望の光

 電子機器の異常は、超常現象の前触れであることが多い。


 湊は返信の来ない携帯電話を眺めながら、頭の中で幾つかの最悪を想定した。自分が怪異に巻き込まれるのならば、それは自業自得だと納得出来る。だが、己の弟が被害者になるのならば、堪えられなかった。


 最悪の事態を想定するのは、いざという時に自分を見失わない為だ。未来の展望を失くして身動き出来ないのでは本末転倒である。


 警察に届けるべきか迷った。犯罪に巻き込まれているのならば、自分に出来ることは少ない。


 杞憂だったのなら、それでいい。航は怒るだろうが、無事ならば安いものだ。航が航らしく生きられるのならば、どんな不利益も自分が被る。


 螺旋階段を下るように思考していると、突然、後頭部を叩かれた。はっとして振り返ると、ライアンが腕を組んで見下ろしていた。




「一人で考え込んでないで、話せよ。航に何かあったんだろ」

「……」

「航が言ってたぜ。お前は肝心なこと程、話さないって」




 悲しむべきなのか、憤るべきなのかすら判別が付かない。自分が冷静なふりをしているだけだと言うことは、自分が誰よりも解っていた。


 湊は目を伏せたまま、携帯電話を操作した。

 仮に、航が拉致されたとして。執拗にメッセージを送って来る自分の存在は看過出来ないだろう。そして、其処に意味不明の暗号らしきものがあれば、何かしらのアクションを起こす。


 メッセージに、自分と航の名前を数字で加えた。幼い頃に考えた暗号だ。緊張と高揚の中にある犯人は冷静な判断が難しい。意味の無い暗号を勘繰ってボロを出せば良い。


 携帯電話をポケットに押し込み、湊は顔を上げた。

 眦を釣り上げたライアンが睥睨している。




「何かが起きたのかも知れないし、そうじゃないかも知れない。でも、心配だから駅まで見に行く」

「送ってやるよ。そんで、一緒に探してやる」




 梃子でも動かないとライアンが強い目で言う。湊も拒むつもりは無かった。何事も無かったのなら、それで良いのだ。むしろ、断る方が不自然だ。




「ありがとう。もしかしたら、電車で寝過ごしたのかも」

「航だぞ? 有り得ねぇ」




 湊とて心からそう思っていたのではないが、即座に否定されたので、苦笑するしか無かった。

 他者と交流するのは面倒だ。構築するのは容易だが、継続しなければならないと思うと途端に億劫になる。だって、湊には他人の嘘が解る。欺かれると解っているのに関係を続けなければならないなんて意味が解らない。


 ライアンは「ちょっと待ってろ」と言い置いてバスケコートを出て行った。湊は取り残されたまま、手持ち無沙汰に空を見上げた。


 明るい夜空だった。綿を千切ったような灰色の雲が僅かに散って、欠けた月の周囲を漂っている。ナイター照明のせいか、星は殆ど見えない。


 逸る鼓動を感じながら、湊は拳を握った。その時、後ろからルークが声を掛けて来た。




「一応、仲間にも声掛けて良いか」




 湊は首を振った。騒ぎを大きくするのは、悪手になるかも知れない。航とて本望ではないだろうし、犯人を下手に刺激したくなかった。

 ルークは何かを察したように神妙に頷くと、追求はしなかった。賢い少年だ。仲間の身を案じながらも、自制することが出来る。


 湊は問い掛けた。




「もしもの時は頼っても良いかい?」

「当たり前だろ。航は俺の友達だ。黙ってる理由が無ぇよ」




 航は、良い友達を持った。胸が熱くなる。

 他人を遠去けることでしか自分を守れなかった航が、こうして慕われ、信用されている。等身大の航が受け入れられているということが、嬉しかった。


 コートの外から景気の良い排気音が聞こえた。

 湊が振り向くと、フェンスの向こうに一台のバイクがやって来るのが見えた。


 低い重心に黒光りするボディ。突き出たハンドルが虫の触覚のように見える。ハーレーだ。ヘルメットを被ったライアンが片手を上げる。

 湊が目配せすると、ルークが放逐するように手を振った。


 ライアンの元へ駆けて行くと、ヘルメットを投げ渡された。半帽と呼ばれる形状のそれは傷だらけで色褪せていた。ベルトの部分は擦り切れて、最早装着することも難しい。

 航の運転するバイクの後ろに乗ることは多いが、いつもヘルメットはきちんと装着するように言い付けられていた。ベルトが緩んでいれば締めるまで発進しない。


 新鮮に思いながらヘルメットを被ると、ライアンが後部座席を指した。湊が「良いバイクだね」と本心で言うと、ライアンはつまらなそうに鼻を鳴らした。


 バイクに詳しくはないが、ハーレーという車種がそれなりに歴史を持ち、人気があるということは知っている。

 ライアンは長い足をアスファルトに投げ出しながら言った。




「じいさんの形見だ」

「良い趣味だね」




 其処で漸く、ライアンが笑った。

 何が可笑しかったのかは解らない。




「貧乏人には見合わないだろ?」

「そう?」




 質問の意図が解らなかった。

 ライアンの生い立ちなんて知らないが、貧乏であることとハーレーに乗っていることに何の因果関係があるのだろう。


 首を傾げていると、ライアンが「変な奴」と笑った。

 その声に揶揄う色は無い。それ以上、ライアンは何も言わなかった。しっかり捕まっていろと言われたが、ヘルメットを押さえていなければならなかったので、片手で腰を掴んだ。


 屈強な身体だった。多分、自分や航では到達出来ない筋肉に覆われた肉体だ。力仕事を生業とする人間の持つ力強さに感動する。硬い腹筋に腕を回す。エンジンの鼓動の音が伝わって来る。

 後方に引っ張られるような推進力に身を屈める。バイクが凄まじい勢いで発進する。冷たい夜風が頬を切り裂くようだった。


 目的の駅までは十五分程で到着した。

 帰宅ラッシュと重なった為かスーツ姿のサラリーマンが津波のように押し寄せている。ライアンがバイクを路肩に停めたと同時に湊は飛び降りた。


 ごった返す人の群れを掻き分けて改札口を目指す。視界が悪かった。前を目指しているつもりなのに、流されて中々辿り着けない。利用客の鞄に押され、体勢が崩れる。あ、と思った時には床のタイルが迫っていた。

 こんなところで転倒したら、踏み付けられてただでは済まない。いつもなら、航が庇ってくれた。痩せっぽちでチビな自分の壁となって導いてくれた。転び掛ければ腕を捕まえてくれた。此処に航はいない。


 地面との衝突に備えて奥歯を噛み締める。だが、腕を掴まれ、湊は寸でのところで停止した。




「大丈夫か」




 顔を上げると、ライアンが立っていた。

 周囲の人々はライアンを避けるようにして早足に去って行く。台風の目の中にいるみたいだった。湊は立ち上がり、頷いた。


 ありがとう、と言えば、別に、と返される。

 航みたいだ。そんなことを思いながら、湊は改札を目指した。


 駅員室の扉を叩く。マネキンみたいに表情筋の死んだ駅員が扉を開けた。湊を見ると訝しげに目を細め、どうかしましたかと問い掛けた。


 湊は携帯電話を取り出し、航の写真を見せた。




「俺の弟なんです。見ていませんか?」

「……さあ」




 写真を見詰め、首を捻る。嘘は無いようだった。

 落胆はしなかった。一日に多くの人が利用する駅で覚えている可能性は低い。

 監視カメラを見せてもらえないだろうか。一般人で自分のような子供に許されるとは思えないが、一応訊いてみよう。

 湊が口を開こうとした時、駅員が眉を寄せていることに気付く。湊を見ていなかった。姿勢の先を追い掛ける。駅員は、ライアンを見ていた。




「脅されているんじゃないだろうね?」




 その言葉に、心臓が冷えて行くのを感じる。


 人種差別は無くなった訳ではない。

 身形で判断する人は多い。駅員が悪いのではない。社会に根付いた思想は消え去るまで時間が掛かるのだ。


 ライアンが嫌そうに顔を背けたので、湊は首を振った。こんな時にどんな言葉を言えば良いのか解らない。弁解は彼の矜持を傷付けるし、駅員の心証を悪くする訳にもいかない。




「彼は弟の友達です」

「ふうん……」




 駅員は納得したようでは無かった。

 この場で食い下がる意味は無いと思った。相対評価に価値は無い。ライアンは航の友達で、信用に値する。そんなこと、自分が解っていれば良い。


 湊は駅員室に置かれた付箋を貰い、自分の連絡先を記した。何か思い出すことがあれば連絡して欲しいと告げたが、期待はしていなかった。


 駅員室を後にして、駅前のバイクの元へ戻った。

 何の手掛かりも掴めない自分が不甲斐無かった。相変わらず、航からの連絡は無い。

 約束の時間から二時間以上過ぎている。几帳面で真面目な航では考えられないことだ。だが、補導されるような時刻でも無い。警察が動いてくれるとも思えないし、何より、母に心配を掛けたくなかった。


 立ち止まっている理由は無いし、意味も無かった。

 手当たり次第に尋ねて回ろうかと思ったが、それこそ自分のやるべきことじゃなかった。


 ルークに連絡しようと携帯電話を取り出す。一応、航にも再度メッセージを送った。当然、返事は無い。

 焦りは禁物。自分に言い聞かせる。ルークの連絡先を知らなかったので、ライアンに声を掛けた。




「ルークに」

「なあ」




 湊の言葉を遮って、ライアンが言った。




「お前、俺が怖くないの?」

「何で?」




 素直な問い返すと、ライアンは気まずそうに目を逸らした。




「あの駅員の顔、見ただろ」

「あの人がどう思ったかってことと、俺がライアンを怖がることに何の関係があるの」

「そうだけどさ……」

「他人がどう思うかなんて関係無いだろ。ライアンは航の友達だろ。疑う理由も意味も無い。そんなことより、ルークに連絡してよ。ローラー作戦なら、俺よりも顔の広い君達の方が向いてる」

「……」




 パソコンを持って来れば良かった。

 湊は携帯電話を見下ろして舌打ちした。自宅に戻れば母に悟られる。どうしようかと思案しながら、妙案を思い付く。大学の友達の家が近い。


 ライアンがルークとの通話をしている間に、湊は目的の人物に連絡をした。互いに通話を終えてから、相談すると、ライアンの顔が解り易く曇った。




「お前みたいな奴の友達に、俺なんか会わせて良いのかよ」

「俺の友達は人を見かけで判断しない」




 断言すると、ライアンは肩を落とした。

 乗れ、と顎で示され、湊はバイクのシートに跨った。考えるのは弟のことだけだった。

 勢い良く後ろへ飛んで行く夜の街並みを眺めながら、湊は最悪の事態を考え続けていた。








 8.神隠し

 ⑶希望の光







 無人の電車内は酷い閉塞感に包まれている。

 窓は墨を塗りたくったように真っ黒で、天井灯は不気味に点滅を繰り返す。ポケットに押し込んだ携帯電話が震える。航が取り出すと、メッセージの受信が確認出来た。

 相変わらず文字化けしたメッセージは解読不能だった。だが、文末には毎回3710という数字が記されるようになっていた。


 聡い兄のことだ。此方の状況を察して、意味深な暗号を加えているのだろう。

 誘拐だったのなら、犯人は焦って混乱したかも知れない。この文末の数字は何だと航を問い詰めたかも知れない。そうしたら、自分は意味深な言葉で撹乱し、ボロを出させる。混乱状態の人間を誘導するのは容易い。


 今の自分が犯罪者による誘拐だったのなら、まだマシだった。


 航は携帯電話をポケットへ押し込んだ。多少冷静にはなったが、打開策が一つも浮かばない。そもそも此処は何処で、あの声は何なんだ。死ぬ覚悟なんて無いが、どんな時も生き残る決意はある。こんなところで死ぬつもりは微塵も無い。


 鞄を担ぎ直し、航は貫通扉を睨んだ。

 自分はどうやら、車両の最後尾にいるらしい。後部の運転席は無人で、スピードメーターが有り得ない動きをしている。


 立ち止まって助けを待つなんて自分のやることじゃない。此処が砂漠で遭難しているのなら兎も角、動ける内は動くべきだ。航は自分の中で結論を出し、移動することを決めた。


 貫通扉の取っ手へ手を掛ける。氷のように冷たい感触にぞっとする。航は奥歯を噛み締め、思い切り扉を開いた。


 向こうの扉は闇に包まれていた。

 擦過音だけが響き続けている。一歩足を踏み入れる。途端、背後で扉が閉まった。

 予想はしていたが、開かなかった。どうやら、退路は無いらしい。進むしかない。


 顔を上げる。少しずつ目が闇に慣れて行く。窓の向こうは見えない。

 奥に貫通扉が見える。じっと目を凝らす。手前の座席に、誰かが座っている。


 真っ黒い人影だった。

 車窓を眺めるように顔を上げ、身動き一つしない。良い予感はしなかったが、進む為にはその前を通り過ぎなければならない。


 不安と恐怖を堪えながら、航は拳を握った。

 一歩ずつ歩を進める。いざという時には走り出せるように両足へ力を込めた。




「なあ」




 真っ黒い影の前を通り過ぎようとした時、嗄れ声がした。心臓が飛び跳ねる。驚いて声も出なかった。

 油の切れた機械人形のように首を回す。声の主は、黒い影だった。




「君もこの世に未練があるのかい?」

「……」




 答えて良いのかすら解らない。

 情報を引き出せるかも知れない。航は鞄の紐を握った。影は天を仰ぐように天井を見上げたようだった。




「僕の家は大きな山の麓にあったんだ。大雨で土砂崩れが起きて、僕は家と一緒に土の中に埋まってしまったんだ」




 航の返答を待たずして、影が話し続ける。




「だけどねぇ、誰も僕を探してくれなかったんだ」

「……なんで」

「僕は透明人間だったから」




 航は口元を結んだ。答えられなかった。

 透明人間。その言葉の意味が分かる。俺達は現実に存在している筈なのに、その場所にいるのに、路傍の石のように扱われる。実在するのに、認識されない。


 航が黙ると、別の席の影が立ち上がった。

 それはほっそりとした女の影に見えた。




「私はね、悪い大人に捕まったのよ」




 弱々しい少女の声だった。

 ぺたぺたと裸足で床を踏み鳴らして、その影は航の眼前に迫った。




「一度は逃げて助けを求めたのに、皆が私を見ていたのに、誰も助けてくれなかったのよ。だから、私は連れ戻されて、あの暗い場所からもう出られなかった」




 ゆらゆらと影が立ち上がる。海底から生え出る海藻のように、影が取り囲む。航はゆっくりと後退りながら、貫通扉との距離を確かめた。走れば数秒と掛からない。扉が開けばの話だが。


 影たちは頼りなく揺れながら、口々に訴え掛ける。

 冤罪のまま亡くなった者、遺体のない被災者、故郷に帰れなかった無縁仏。闇を刳り貫いたような影達は、異なる姿形をしながら同じことを訴えた。




「私の名前を忘れないで!!」




 立ち上がった影の首が、椿のようにぼろりと落ちた。車両の床に打ち付け、ぐしゃりと悍ましい音がする。転がり落ちる頭に白濁した眼球が見えた。


 悲鳴を上げそうになり、息を止めて走り出した。扉まで数メートル。指先が取手に触れた瞬間、絶望感に襲われた。


 開かない。

 鍵が掛かっているみたいだった。


 後ろで何かの滴る音がする。

 航は振り向いた。


 影が立っていた。

 頭は足元に転がり、歩く度に肉片が落下する。噎せ返るような血液の鉄臭さが充満し、吐き気を催した。腕が、足が、脇腹が、ずたずたに切り裂かれて散乱する。それでも影は進み続ける。両足を失くし、床を這うように迫って来る。




「僕の名前は、リチャード……」

「私はマディソン」

「我々は、過去の影ではない……!」




 頭がどうにかなりそうだった。

 叫びたいのに堪えたのは、応えてはならないという直感によるものだった。ポケットに押し込んだ携帯電話が震えている。


 湊。湊。湊湊湊湊湊ーー!

 祈るような思いで兄の名を呼ぶ。血の臭いを纏った影が足先へ迫る。それが届く刹那、航は絞り出すような声で言った。




「忘れない……」




 すると、影は動きを止めた。

 無我夢中だった。航は混乱のまま、必死に訴えた。




「アンタ達のこと、俺は忘れない……」




 ぱしゃん、と何かの弾ける音がして、生温かい液体が頭上から降って来た。航は両目を見開いたまま凍り付いていた。


 床に転がった腕が、足が、肉片が破裂する。辺り一面を血液の海にしながら、白濁した眼球が此方を見ている。


 吐き気と共に涙が溢れそうだった。

 人はいつ、死ぬのだろう。命も尊厳も奪われて、自分の顔さえ分からなくなって、それでも彼等は誰かに覚えていて欲しいと願っている。彼等の命はいつ終わったのか、その苦しみはいつ終わるのか。


 望まれず、見送られず、守られず、悼まれない。

 彼はいつ死んだのだろう。彼等の苦しみはどうしたら終わるのだろう。自分が透明人間だったあの頃、死を選んでいたら此処に乗っていたのだろうか。


 彼等の終わりのない地獄と有り得た自分の未来を思うと、航は悲しみと遣る瀬無さで胸が潰れそうだった。

 ぱかりと口が開く。黄ばんだ歯列と、舌苔に染まった舌が蠢く。




「運転席へ行きなさい。車掌が君の答えを待っている」




 それは、笑ったようだった。

 頭部が歪む。航は目を背けた。頭部の潰れる生々しい音がした。


 視界がぐらぐらと揺れる。自分が立っているのか、座っているのかも解らなかった。血液と肉の腐った臭いが頭の中を掻き混ぜる。

 恐怖と後悔、悲哀と憐憫。そして、自分自身への僅かな諦念。両目がじわりと熱くなる。どうせ、誰も見ていない。航は嗚咽を漏らした。




「湊……」




 背を丸め、蹲る。

 祈るように両手を握ると、見っともなく震えていた。血溜まりが足元へ迫っている。頬を零れ落ちる涙を拭い、携帯電話を取り出す。湊から届いていたのは、数字の羅列だった。それは幼い頃に一緒に考えた、二人だけの暗号だった。


 待ってろ。

 迎えに行く。


 ただ、それだけのメッセージが。


 不覚にも、涙が溢れた。

 こんなところを見られたら、笑われる。此処に湊がいなくて良かったと、初めて思った。


 背中を丸めて一頻り泣いた後、航は立ち上がった。

 頭の中が不思議な程に冴えていた。不安や恐怖は一旦、置いておく。希望の光が差し込んだのだ。単純な思考回路を自嘲し、航は扉へ手を掛けた。今度は拍子抜けする程、あっさりと開いた。


 この先に何が待ち受けていようとも、立ち止まりはしない。そんな覚悟を決め、航は足を踏み出した。

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