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⑻人形遊び

 太陽の断末魔の光が、空を血の色に染め上げていた。

 石畳の街路は夕陽の色に照らされ、現実感を喪失させる。


 早足に進む葵君の後を追って、湊が子犬のように着いて行く。航は最後尾をとぼとぼと歩き、これから待ち受ける残酷な真実に思いを馳せた。


 二十五年前、少女連続誘拐殺人という陰惨な事件が起こった。


 被害者は十歳に満たない金髪の少女だった。彼女達は拷問と呼ぶべき暴行を受け、死しても尚、辱められたのだ。生存者は無く、皆、無惨な遺体で発見された。


 地方警察から捜査依頼を受けたFBIは現地へ急行した。綿密なプロファイルによって犯人像と生活エリアを導き出し、捜査員は犯人の自宅を割り出した。


 しかし、FBIが到着した時、犯人は既に自殺していた。


 長閑な生活を送る住民を恐怖の渦に叩き落としたその事件は、半年の間に七名もの犠牲者を出し、急転直下の如く幕を引いた。


 湊の語る事件の概要は、既知の内容であるにも関わらず生理的な不快感と身震いする程の悍ましさを齎した。


 事件は終わった。FBIは犯人を法の下に裁くことが出来なかった。遺族は変わり果てた娘の前で咽び泣き、葬儀では慟哭が木霊した。


 後味の悪い事件だった。




「数日前、俺達の前に人形が現れた。俺達に執着し、憑依やポルターガイストという超常現象を起こして来た」

「俺はオカルトは嫌いだ」

「でもね、その人形の頭髪は犠牲者のもので、中から出て来た骨は犯人の血縁関係を示していた。無関係とは思えない」




 湊は立ち止まり、葵君の背中を見詰めていた。




「俺一人の手には終えない。だから、力を貸して欲しい」




 嘘偽りの無い本心の言葉だった。

 葵君は苦々しく眉を寄せていたが、街に到着すると唐突に口火を切った。




「連続殺人の動機って何か知ってるか?」




 知っている筈も無いし、知りたくもない。

 異常犯罪の解決を生業とする葵君なら兎も角、極普通の学生である航には知る必要も無い知識だった。


 湊はスニーカーの靴底で石畳を叩きながら、さも当然のように答えた。




「イギリスの作家、コリン・ウィルソンは性的欲求と自尊欲求の充足だと言ってる」




 相変わらず、頭でっかちだな。

 葵君が溜息混じりに吐き捨てる。




「当時の捜査班もそう考えていた。犯人は劣等感や不全感を持ち、自分よりも弱い少女を狙って性的欲求を満足させていた。誘拐の手口も、この地域に住む人間にしか解らないような場所とタイミングだった。犯人の特定は困難ではなかった」




 人気の無い街を進み、幾多もの角を曲がる。それは航と湊があの人形に追い掛けられた道だった。

 今も何処かで見られているのではないかと思うと、自然と早足になる。


 人形は四散した。今頃はソフィアとリーアムによって処分されていることだろう。懸念材料があるとすれば、湊が後生大事に持ち込んだ得体の知れない骨の欠片だけだった。


 葵君がこうして話してくれたということは、自分達が命を脅かす程の脅威に晒され、信頼に足る情報だと判断したからなのだろう。


 葵君は脇に抱えていた紙袋から一枚の写真を取り出した。スプラッタ写真でも出て来るのではないかと身構えたが、其処に写っていたのは、一人の青年だった。


 犯人の写真だと、葵君は言った。

 航は、自分の想像と異なる犯人の顔に驚いた。

 残酷で醜悪な殺人鬼を思い描いていた。だが、写真の中の犯人は爽やかな笑みを浮かべ、ラグビーでもやっていそうな屈強な身体付きをしていた。


 大凡、劣等感とは程遠い。

 航が黙っていると、湊が言った。




「パラフィリアだったのかな」

「さあな。被害者に性的暴行を加えていたということから考えると、否定は出来ない」




 少女相手にしか性的欲求を満たせなかった哀れな男だったのだろうか。肉体にも容姿にも恵まれながら、己の性癖に打ちのめされ、とうとう犯行に踏み切った?




「犯人は自殺した。真相は闇の中だ。今更、蒸し返したって誰も救われない。違うか、湊」

「……」




 湊は考え込むように俯いていた。




「救いたいだなんて考えていない。俺は知りたいだけだ」

「何を?」

「動機だよ」




 過去の事件を蒸し返したいのではない。現在、自分達に迫る脅威を知り、対抗策を見出したいのだ。


 葵君は溜息を一つ零した。




「……この犯人は、家族というものに縁が無かった。二十歳の頃には両親、兄弟は死に絶えた。だが、一人、犯人の元に残る人間がいた」




 それは?

 湊が問い掛ける。

 正式な資料では見付けられなかった最後の関係者。


 葵君が答えた。




「犯人の姪だ」




 姪。

 湊が復唱する。




「今も見付かっていない。生きているのか死んでいるのかさえも解らない」




 着いたぞ、と葵君が言った。

 闇に沈む住宅地の奥、今にも倒壊しそうな一階家。一見、物置にも見える其処は、七名もの少女を暴行し、殺害した凶悪犯の根城だった。


 顳顬の辺りに静電気のような痛みを感じた。

 家屋から発せられる正体不明の寒風が、危険を知らせている。


 此処は魔窟だ。

 悲鳴、怒号、断末魔の声が悪夢のように響き渡る。

 航は耳を押さえた。しかし、その叫び声は掌を抜けて脳に直接流れ込む。頭の中が無遠慮に攪拌されているような堪え難い不快感だった。


 ええーん……。

 えええーん……。


 子供の泣き声が聞こえる。

 何かを警戒し、怯えているようだった。




「どうした?」




 立ち止まった航に、湊が問い掛ける。

 赤いハレーションが湊だけに掛かっていた。子供の声はいよいよ火が着いたように激しくなり、迫る脅威を恐れて拒絶している。




「行きたくない」




 航は絞り出すように言った。




「行きたくないし、湊も行かせたくない」




 あの子供が拒絶しているのは、湊だ。

 凄まじい敵意が夜の闇を歪めているようだった。


 湊は家屋をぼんやりと見詰め、短く答えた。




「解った」




 湊は葵君へ目を向けた。




「此処まで連れて来てもらって申し訳無いんだけど、出直したい。準備不足だった」





 あっさりと言いながらも、その視線は名残惜しむように家屋へ向けられていた。

 目的地を前に踵を返すなんて湊らしくない。それでも、葵君は頷いて追求をしなかった。


 航には猛烈な嫌な予感があった。足を踏み入れれば二度と戻らないような確信めいた感覚だった。


 敗走のような惨めさだった。

 だが、湊が出直すことを選び、酷く安心した。


 帰路を辿る車の中、航は夢を見た。

 暗く淀んだ密室で、誰かを待ち焦がれる夢だった。


 航はそれが誰なのか、知っていた。








 4.殺人人形

 ⑻人形遊び







 翌日になって、湊と葵君はあの家屋の調査に向かった。航は自宅待機を命じられ、腹の底から沸き起こる嫌な予感を誤魔化し続けていた。


 調査には万全を期すと宣言した湊は、葵君とその仲間の捜査員、そして、リュウを連れて行った。


 昼食は食べると言っていたので、葵君やリュウの分も考えて大目に調理した。豚汁とおにぎり、胡瓜と茄子の糠漬け。机に並べてみて、随分と質素な食卓になったことに気付く。


 食欲が無かったのだ。

 何をするのも面倒で、置いてけ堀を食っている自分が情けなくて悔しい。


 昼前に湊から連絡があった。

 調査の結果報告は無く、これから帰るという業務連絡だけだった。そして、葵君とリュウを連れた湊が帰って来たのは午後三時頃のことだった。


 昼食の後、湊が母を連れ出した。

 リビングには航と葵君、リュウが残された。調査結果を母やソフィアには聞かせたくないのだろう。その配慮だけで、航にはこれから聞かされる内容に察しが付いた。


 食後のコーヒーを飲みながら、葵君が言った。




「庭から地下室が見付かった」




 庭の茂みの奥、巧妙に隠されていた赤く錆びた鉄の扉を湊が見付けたらしい。手入れがされなくなり、茂みが痩せていた為に見付け易かったようだが、目敏い男だ。


 葵君はコーヒーの入ったマグカップをテーブルに置いた。柔らかな湯気が立ち上り、透明人間の存在を更に希薄にする。


 黒曜石みたいな瞳の下、隈があった。

 尋問を受けているような居心地の悪さを感じながら、航は言葉の先を待った。葵君は機械のような淡々とした声で続けた。




「地下室に白骨化した子供の遺体があった。詳しい解析結果はまだ出ていないが、恐らく二十年以上前のものだ」




 驚きはしなかった。その答えを予測すらしていた。




「犯人の姪、サマンサ・ミラー。詳しい死亡時期は解らないが、遺体の状況を見ると恐らく十歳前後だろう。尤も、あの子は地下室に監禁されていたからな。年齢はもっと上かも知れない」

「監禁って、いつから」

「犯人に引き取られたのは、記録上では二歳の頃だ。それからずっと、あの子は地下室で生きていた」




 リュウが顔を歪ませた。


 二歳で両親を亡くし、犯人に引き取られ、それからずっと地下室に監禁された少女。親の顔も覚えていないだろうし、外に出ることなんて考えもしなかっただろう。




「虐待の痕跡は無かった。だが、あの地下室は……」




 葵君は言葉を躊躇ったようだった。

 航は黙って言葉を待った。現場に行かなかった以上、他人の口を通してでも真実を知る必要がある。


 葵君が口を開く。

 航にはそれがコマ送りに見えた。




「あの地下室は、拷問部屋だった」




 拷問ーー。

 航は絶句した。そんなところに十年以上監禁され、人はまともに生きられるのだろうか。


 葵君は掌でマグカップを包み、闇色のコーヒーを伽藍堂の瞳で見下ろしている。




「……拉致した七名の被害者は、あの拷問部屋で殺されたんだろう。部屋の至る所に血痕が飛び散って、黴と腐臭が充満していた」

「地下室ってことは、その子の前で被害者を殺して来たってことかよ」




 葵君は苦々しく口元を歪めた。




「……捜査資料を見直した時、気になることがあった。どの被害者の遺体にも、首を絞めたような子供の手形が残っていたんだ」

「手形?」

「ああ。当然、子供の力で絞殺なんて不可能だ」

「じゃあ、何で」




 それまで黙っていたリュウが、ぽつりと言った。




「湊が言っていました。ーーあれは、遊びだと」




 その瞬間、嫌悪感が寒気となって身体中を包み込んだ。航は声を失っていた。


 痛ましげに目を伏せ、リュウが言う。




「犯人にとっては誘拐も殺害も遊びだった。そして、あの子にとってもそれは同じだったのです。子供の人形遊びのように、七名の被害者を殺した」

「……そんな」

「良心の呵責というものを生まれ付き持たない人間もいますが、道徳心や倫理観は生育環境に基づくものです。白骨化してしまっている以上、真実は解りませんが……」




 航は、自分が湊の首を絞めた時のことを思い出した。ーーあれは、あの子の遊びだった。

 人形を遠去けようとした湊やソフィアを敵視し、排除しようとしたのも、遊びを邪魔したからだ。




「犯人が自殺し、地下室は二十五年以上もの間、忘れ去られていた。あの子の死因は餓死です。寂しかったでしょうし、苦しかったでしょう。……しかし、僕は同情することが出来ません」




 正直、航も同じ思いだった。

 可哀想だとは思えない。何も知らなかったとは言え、あの子は七名もの少女を弄んだ。被害者の悲鳴、助けを求める声、嗚咽、慟哭、全てを聞きながら殺して遊んだのだ。


 あの子は地下室に監禁され、犯人の死後、誰にも見付けられず一人で飢えて死んで行った。航が夢で見たあの子は、誰かを待ち続けていた。それは、救ってくれる神でもなければ、手を差し伸べてくれるヒーローでもない。


 玩具を与えてくれる遊び相手を、ずっと待っていたのだ。


 葵君は背凭れに身体を預け、深く溜息を吐いた。




「死者を裁く法は無い。……もしもこの事実が二十五年前に発覚していたのなら、あの子は法の下で裁かれ、相応の罪を負い、今も生きていたのかもな」




 それは、一人きりで餓死するよりもマシな結末だったのだろうか。航には解らない。




「どっちが良かったのかは解らねぇが、俺達には何も出来ない。今度こそ、何も」




 これだけやっても、真実は闇の中だ。

 後味の悪さを味わいながら、航はコーヒーへ手を伸ばした。その時、葵君が言った。




「俺は超自然もオカルトも信じていないし、嫌いだ。だが、気になることがある」




 航は伸ばし掛けた手を止めた。

 葵君が言った。




「お前等が襲われた人形には、あの子の骨が入っていたんだろ? だが、地下室は二十五年間発見されていなかった筈だ。当然、あの子の遺体も」

「ああ」

「じゃあ、誰が人形に骨を入れたんだ?」




 犯人は既に自殺していたのだ。地下室の存在を知る者はこの世にいない。

 つまり、あの子が白骨化してから、誰かが地下室へ入った。そして、犯人の記念品である人形を持ち出したのだ。


 形容し難い気味の悪さを感じながら、航は考え込んでいた。自分達は巻き込まれたのか、狙われたのか。


 湊は、何処まで考えているのだろう。

 葵君は念を押すようにして忠告する。




「気を付けろよ、航。全ての真実が目に見える訳じゃねぇ。本当に怖いのは、悪意の無い殺意なんだ」




 犯人とあの子が、被害者を嬲り殺したように。


 最早、法では裁けない。誰も彼等を縛れない。ならば、自分達はどうやって身を守れば良いのだろう。


 辺り一面が地雷原であるかのような緊張が走った。

 口を開くことさえ躊躇う沈黙を打ち崩したのは、湊だった。




「ただいま」




 買い物に行っていたのだろう。

 大荷物を抱え、汗を滲ませていた。


 室内の緊張感に怪訝そうにしていたが、湊は何も言わずキッチンへ入って行った。母と分担して食材や日用品の収納している。室内に充満していた緊張は消え失せていた。




「林檎が安かったから、沢山買って来たよ。食べる?」




 真っ赤に熟れた林檎を見せて、湊が笑う。

 暗い心の中に小さな火が灯ったようだった。航はほっと息を逃し、得意げにしている湊から林檎を奪い取った。




「俺が剥いた方が早ぇ」

「じゃあ、競争だ。どっちが早く綺麗に皮を剥けるか」




 よーい、どん。

 湊が子どものように笑う。態とらしい明るさだったが、母が微笑んでいたので、良しとする。

 林檎の皮がリボンのように足元へ伸びて行く。滑稽な茶番だ。だが、この空気を払拭するには必要なことだった。




「当時のFBIはあの子の存在を隠蔽したんだ」




 薄切りした林檎を煮ていると、湊が言った。

 葵君もリュウも既に帰ってしまった後だった。母と湊の買い込んで来た林檎が想像以上に大量だったので、ジャムとタルトタタンを作っていた。


 湊はキッチンの壁に凭れ掛かり、ぼんやりと天井を眺めている。航はコンロの火を弱めた。




「隠蔽って?」

「犯人に姪がいたことは知っていたんだ。被害者の殺害に子供が関与していることも解っていた筈だ」

「……」

「でも、探さなかった」




 見付けたからと言って、何が変わった訳でも無い。

 職務怠慢とは思えなかった。恐らく、当時の捜査官は被害者遺族の為に敢えて捜査を中止したのだ。


 命よりも大切な我が子が、まさか子供の玩具として与えられ、嬲り殺されただなんて言える筈も無い。

 湊は奇妙に凪いだ瞳をしていた。怒っているのか、悲しんでいるのか、航には判断が付かなかった。




「過去は未来に復讐する」




 湊が冷たく言った。

 航は目を伏せた。


 悪意の無い殺意、過去からの復讐。その矛先が何処へ向かうのかは誰にも解らない。


 以前、湊がアンカーという体質について話していたことを思い出す。理由の無い害意に晒され易い先天的被害者のことだ。


 そういえば。

 航は思い出して問い掛けた。




「あの骨、どうしたんだ?」

「研究室に置いて来た。貴重な資料だからね」




 いけしゃあしゃあと湊が言うので、航は項垂れた。




「そんなことだから、呪われるんだぞ」

「航がいるから、大丈夫」




 なんだそりゃ。

 湊は嬉しそうに言った。




「俺が間違えそうになった時は、航が止めてくれる。だから、大丈夫」




 勝手な奴。

 航は吐き捨てて、コンロの火を点けた。

 林檎ジャムが煮立ち、甘い匂いが漂う。日常に帰って来たという実感が湧いて来る。


 病院でたった一人大怪我を負いながら、皆の安否を真っ先に気遣った湊を思い出す。

 きっと自分がいなくなれば、湊は見付かるまで探してくれるのだろう。それこそ、草の根を分けてでも。




「次は殴るからな」




 それでも、湊が無茶をしたことは褒められない。

 湊は「怖い怖い」と笑っていた。この変人にどの程度響いているのか解らないが、人並みの感情は持っているらしい。


 それなりに思うことがあったのだろう。

 剽軽に振る舞う湊の空回りも見ていて面白いが、流石に疲れただろう。


 完成したジャムに蓋をして、明日の朝まで冷まして置く。調理は終わりだ。航がキッチンから出ると、湊は欠伸をしていた。


 航は苦笑して、その頭を撫でた。

 子供扱いするなと過剰に拒絶されたので、余計に撫で回してやる。湊はぶうぶうと文句を言っていたが、ベッドに着く頃にはされるがままになっていた。


 二段ベッドの梯子を登っていると、湊が言った。




「おやすみ。ーー良い夢を」

「……お前もな」




 何故だか拳を向け合い、互いの健闘を称えるみたいにぶつけ合った。幼少期から続くジンクスだ。むず痒いような気がして、航は早々に布団を被った。


 夢を見た。

 暗い空間でたった一人蹲っていると、遠くから声がする。スポットライトが当たったみたいに、湊が大きく手を振っている。


 航は思い出したように立ち上がり、歩き出した。

 ふと気付くと、足元にあの子がいた。置いて行かないでと縋るように訴える。航は迷わなかった。




「もう遊ばない」




 泣き噦る子供を置いて、湊の下まで駆けて行く。

 次第に泣き声は大きくなったが、立ち止まろうとは思わなかった。


 湊が太陽のように明るく笑っていた。

 行くぞ、と言って、手を引く。春の陽だまりみたいに温かい掌だった。

 湊は後ろを覗き見て、別れを告げるみたいに小さく手を振った。


 いつしか泣き声は聞こえなくなっていた。

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