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⑹虎穴

 帰り道、湊は携帯電話をずっと握っていた。

 リュウとソフィアに謝罪し、合流地点を伝えている。心の底から申し訳無さそうな弱った声で謝罪しながらも、湊は真顔だった。全く反省していない。


 湊はそのまま葵君へ電話を掛けた。

 二十五年前の事件の詳細を尋ねているらしかった。

 既に解決した事件ではあるが、葵君は一応調べてくれると言っていた。葵君は多忙だ。その殺人的な仕事量を知っているので、流石に申し訳無かったのか、その時はしおらしく眉を下げていた。


 リュウ達と合流する為、街灯の少ない砂利道を二人で歩いた。擦れ違う人はいなかった。闇に沈む田畑と森が不気味だった。木々のざわめきさえ人の声のように聞こえた。


 湊は恐怖という感情が欠落しているのか、まるで昼間の道を歩くように堂々と進んで行く。きっと、此処が未開のジャングルの奥地でもこうして歩いて行くのだろう。


 人気の無い街路を歩いていた時、湊が思い出したように言った。




「久々に神様の夢を見たよ」




 神様の夢か。

 航は幼い頃の兄を思い出し、懐かしい感覚を抱いた。


 人々が列に並び、湊はその最後尾にいる。やがて神様が現れて「この中の誰か一人が死ぬのなら他の者は助けてやる」と傲慢に言い放つのだ。

 先頭から順に「お前は死ぬか」と尋ねる。湊の順番が来るまで、誰一人として頷かない。

 湊の順番が来る。神様が尋ねた時、湊は答えられず俯く。すると床が抜けて、目が醒める。


 寓意的な夢だった。

 当時の湊にとっては悪夢だったのだろうが、航にとっては馬鹿馬鹿しい夢だった。だって、そんなもの最後尾にいる人間が貧乏籤を引くに決まっている。予定調和的な儀式だ。

 湊は嫌だと言えない子供だった。賢い癖に貧乏籤を引く。そういうところが、堪らなく嫌いだった。




「頷いたの?」

「いや」

「ふうん」




 世間話の一環だったのかも知れない。

 それ以上、湊は語らなかった。もしかしたら、感想を求められていたのかも知れない。


 特に会話も無く歩いていると、湊が足を止めた。

 航が振り向くと、闇の中で湊が立ち尽くしていた。それはまるで行き先を見失った迷い子のように見えた。




「航なら、怒ってくれたかな」




 何だ、そりゃ。

 航が言おうとした時だった。


 ぼとり、と不気味な音がした。


 関節が固まってしまったかのように、振り向くことが出来なかった。手足の末端から血の気が引いて、耳鳴りがする。

 湊の視線は背後に固定され、動かない。自分の後ろに何があるのか、ーー何がいるのか。航は問い掛けることすら出来なかった。


 呼吸が苦しい。

 首を絞められているみたいに息が出来ない。




「迎えに来たよ」




 女の子の声だった。

 ころころと何かが転がって来る。両足を地面に縫い付けられたまま、航は視線を落とした。


 首だ。

 あのビスクドールの首が、足元に転がっていた。


 戦慄が背筋を駆け抜けた。

 闇の奥、街灯の下に何かが立っている。


 首を失くした人形が立っている。




「走れ!!」




 湊の怒号が響き渡り、航は弾かれたように走り出していた。


 湊と並走しながら、航は叫んだ。




「何で首が取れてんだよ!」

「俺がやった」

「またお前かよ!」



 

 全部終わったら、殴ってやる!

 航は内心で悪態吐き、必死で足を動かした。


 ぐにゃぐにゃと曲がる坂道を駆け上がり、街角を曲がり、行き先も無く走り続ける。この辺りの土地勘が無いので、何処を目指せば良いのか解らない。全て湊任せだ。


 どれだけ走っても誰にも出会わず、現れない。辺鄙な田舎街だと思っていたが、異常事態が起こっているのかも知れない。


 角を曲がった時、薄気味悪い笑い声がした。

 待ってよ。置いて行かないでよ。鬼ごっこを楽しむみたいな愉悦と興奮に濁った声だった。


 逃げても逃げても、人形が回り込んでいる。

 首を失くした身体がよたよたと徘徊し、逃げ場を悉く封じて行く。


 ゾンビ映画みたいだ。

 現実感の失せた状況で、航は叩き付けるように問い掛けた。




「策はあるか?!」

「リスクが高い」

「やれ!」




 航が叫ぶと、湊が冷静な声で「解った」と言った。

 多分、碌な作戦じゃない。今の状況は湊にとっても想定外の事態なのだ。


 それでも諦めないのが湊という男で、航が最も評価するところだった。


 湊が闇の中を先導する。

 笑い声が其処等中に反響して、あの人形が何処にいるのか予想が付かない。


 湊が向かった先はあの教会だった。

 航は宗教的な信仰は持たないが、其処が霊的な結界であるということは解った。固く閉ざされた扉を蹴り飛ばし、湊が転がり込む。


 こんな罰当たりな真似をして神様は怒らないのだろうか。航は疑問に思ったが、扉を閉じる湊に倣ってバリゲードを張った。


 建物内部は清浄な空気に満ちている。

 ステンドグラスの向こうから月明かりが降り注ぎ、天鵞絨の絨毯を鮮やかに彩っていた。互いの息遣いすら聞こえそうな静寂の最中、扉が激しく叩かれた。

 咄嗟に身構えた航を庇うように湊が立ち塞ぐ。


 どんどん。

 どんどん。


 狂ったように扉が叩かれる。


 冷や汗が頬を伝った。

 心臓が暴れている。航は掌を握り締めた。

 幾ら此処が教会と言えど、突破されるのではないか。そうなったら、逃げ場が無い。湊の言うリスクとは、そういうことなのだろう。


 湊は真剣な顔で扉を睨んでいた。




「霊には直進する性質があるんだ。扉が閉ざされているなら、招かれない限りは入れない」

「本当かよ……」




 呪詛の時には、霊は招いてもいないのに自室へ入って来た。湊を疑う訳ではないけれど、超常現象を相手にするのに薄い扉一枚では心許無い。


 航は溜息を呑み込んで問い掛けた。




「お前、お祓いとか出来ないの」

「だから、俺には見えないし、聞こえないし、解らないんだよ」

「それって、どのくらいなの」

「人形の姿は見えた」




 それだけ。

 湊が言った。兄には霊の気配も解らないし、声も聞こえていないらしかった。


 ふと気付くと扉を叩く音は止んでいた。

 諦めたのだろうか。

 ほっと息を零し、膝に手を着いた。その時だった。


 携帯電話が陳腐なメロディを奏でた。湊はディスプレイを見ると、表情を強張らせた。着信らしいが、応答もせずにじっと睨んでいる。

 嫌な予感がじわじわと滲み、航は携帯電話を覗き込んだ。


 非通知からの着信だ。

 静かな教会に場違いに明るいメロディが虚しく鳴り続けている。長い沈黙の後、湊は仮面のような無表情で応答した。


 もしもし。

 湊の押し殺した声が響く。




『貴方の後ろにいるの』




 その声は、航の真後ろから聞こえた。

 振り向いた瞬間、航は雷に打たれたように動けなくなっていた。


 十字架の前の祭壇に、小さな影が落ちている。

 月明かりを浴びたビスクドールの首が、うっとりと笑っていた。


 扉は封鎖され、逃げ場が無かった。

 航の両足は凍り付いたように動かない。教会の中に愉悦に染まった笑い声が反響し、雨のように降り注ぐ。




「もういい」




 抑揚の無い声がした。

 それは耳慣れた兄の声だったというのに、航が聞いたことも無い程に冷たく乾いていた。


 湊が機械的に歩き出す。

 その横顔は刃のように研ぎ澄まされ、瞳には冷酷な光が宿っていた。恐怖ではない。名付けるのなら、それは、苛立ちだった。


 湊はビスクドールの首の前に立った。




「後手に回るのは、もう沢山だ」




 兄が何をしようとしているのか、航は悟った。

 制止を叫び、その行為を押し留める間も無かった。湊の左足は踏み出され、子供が蟻を踏み潰すように、呆気無く下された。


 がしゃん。


 次の瞬間、悲鳴が迸った。

 身の毛もよだつ悍ましい声だった。

 湊が念入りに踵で踏み躙る。その度に悲鳴が響き渡る。扉が激しく叩かれ、辺りの温度が急激に下がって行く。


 感情に任せたその行為が、最悪の事態を招くことは容易く予想出来た。湊は取り憑かれたように人形を踏み潰す。航は慌てて湊を羽交い締めにした。


 湊は冷静だった。

 恐怖も怒りもない、やけに凪いだ瞳をしていた。


 粉々に砕けた人形の頭から、欠けた硝子玉が転がる。

 啜り泣く声が頭の上から降って来る。金髪が放射状に広がり、まるで猟奇殺人事件の現場のような凄惨さを漂わせていた。


 湊の淡褐色の瞳が人形の残骸を見下ろす。

 航が口を開こうとした時、扉が音を立てて開かれた。目に見えない何かが湊を引き剥がし、信じ難い力で壁へ打ち付ける。

 十字架と祭壇が崩れ落ち、教会に据え付けられたベンチががたがたと揺れた。


 湊は瓦礫の下敷きになり、動かなかった。

 航は人形の残骸を飛び越えた。湊の元へ駆け付けようとした筈なのに、直前で急ブレーキを掛けられたように動かなくなった。


 ええーん……。

 えええーん……。


 子供の泣き声がする。航は振り向いた。

 開かれた扉の向こうは闇に染まっていた。

 手前に何かが立っている。


 それは、臙脂色のドレスを纏った人形だった。

 首が無い。糸で操られているかのように、吸い寄せられるかのように人形は独りでに動き出す。


 人形は砕けた頭の前で立ち尽くし、覚束無い足取りで歩き出す。瓦礫を登り、航の横を通り過ぎ、動かない湊だけを狙っていた。


 動け!

 航はそれだけを切に願った。

 湊は意識が無かった。航は動けない。


 ええーん……。

 えええーん……。


 子供の泣き声が。

 湊の横顔が。

 動かない両足が。




「湊がいなかったら、ずっと一緒にいてくれる?」




 あの声がした。

 身体中に鳥肌が立った。


 人形が、湊を何処かへ連れて行こうとしている。

 此処で動けなかったら、取り返しの付かないことになる。


 動け!

 動け動け動け動け動け動け!




「湊に手ぇ出すな!!」




 航は叫んだ。

 それでも人形は止まらない。

 祭壇を乗り越え、十字架を踏み付け、意識の無い湊へ手を伸ばす。


 クソ野郎!

 航が悪態吐いたその時だった。


 扉の向こうから白い光が差し込んだ。

 航にはそれが朝日のように見えた。


 人形がぴたりと動きを止めた。ーーそして、糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちてしまった。




「間に合いましたか?」




 光の向こう、懐中電灯を握ったリュウが立っていた。

 奥からソフィアが飛び出して来て、航は両足から力が抜けてその場に座り込んでしまった。


 恐ろしい悲劇が一歩遠退き、湯のように安心が胸を温かくする。張り詰めていた緊張の糸が切れて、意識が消えてしまいそうだった。







 3.殺人人形

 ⑹虎穴







 教会の中は酷い有様だった。何しろ大切な十字架も祭壇もぐちゃぐちゃにされ、扉は破壊されている。


 ソフィアは砕けた人形の頭と、首を失った体を見て絶句していた。無理も無い。


 航は疲労感に意識を朦朧とさせながら、兄を背中に乗せた。リュウは事の経緯を察したらしく、意識を失った湊を苦々しく見ていた。


 教会の外は朝だった。

 体感時間が狂っている。自分達はどのくらい街を彷徨い、教会に閉じ篭っていたのだろう。


 リュウの車に乗って帰路を辿る。

 ソフィアが教会に顔が利くらしかったので、人形は預けて来た。出来ることなら、もう二度と見たくなかった。


 湊が意識を取り戻さないので、そのまま病院へ向かった。航は診察に立ち会った。


 湊は肋骨に罅が入っていた。

 全治三ヶ月というのが医師の見立てだった。想像以上の大怪我だ。あの時の浅慮な行動を責めるつもりだったのに、航はすっかりその気を失くしてしまった。


 リュウもソフィアも咎め、叱るつもりだっただろう。だが、安らかな顔で眠る湊を見ていると、皆、何も言えなかった。


 意識を取り戻すまで病院で寝かせてもらえることになったので、航は母へ連絡を入れた。スピーカー越しに聞こえる動揺の声に胸が痛くなる。母に心配を掛けたくないという一心で起こした行動は、全て裏目に出てしまった。


 母はすぐに向かうと言って、通話を叩き切った。

 気が重かった。自分達の行動を振り返る。何処に反省の余地があるのか、もう解らなかった。


 病室に向かう途中、航は声を掛けられた。




「航?」




 振り返ると、リーアムが立っていた。

 思えば、此処はリーアムの姉、リリーの入院先だった。先日のポルターガイスト現象が些細なことに思えるくらい、今は疲れていた。


 リーアムは何かを察し、窺うようにして事情を問う。

 航は迷った。話していいのか、その必要があるのか。それすら、解らなかった。


 事の経緯は伏せて、湊を迎えに行くことだけを話した。リーアムは聡い青年だ。追求はしなかった。

 その代わりに、湊の顔を見たいと言うので、断る言葉も見付けられず、病室まで一緒に向かった。


 病室にはソフィアがいた。

 沈痛な面持ちをしているので、まるで湊が命の瀬戸際にいるみたいで縁起が悪い。

 リーアムはソフィアに簡単な自己紹介をしてから、眠る湊を見た。


 湊の寝顔は幼く見えた。童顔は父譲りだ。

 自分達は双子なのに異なる成長をしている。


 航は穏やかに眠る湊の横に座った。

 あの時の湊の行動の意味を考えていた。最悪の事態を招くとは思わなかったのだろうか。それとも、自己犠牲か?


 後者ならば、殴ってやらなければならない。自分達は庇うとか守るとか、そんな関係ではない。あくまでも対等なのだ。


 鬱々と考え込んでいると、リーアムが思い出したかのように手を打った。




「リリーを呼んでも良いかい?」

「大丈夫なのか?」

「今日は体調が良いみたいだし、君達にも会いたがっていたんだ」

「別に良いぜ」




 航が言うと、リーアムが寂しそうに目を伏せた。




「僕等には家族がいないし、リリーの友達も入院したばかりの頃はよく来てくれたのに、今は殆ど来ない。会える内に会わせてあげたいんだ」




 寂しい話だった。

 不治の病を患うリリーに、出来ることは余りに少ない。その無力さと遣る瀬無さに足が遠退くのも解る。

 ましてや、それが唯一の肉親ならば、その理不尽な現実を直視するのは困難だ。


 リーアムは明るい顔で病室を出て行った。

 彼が姉に出来ることは少ない。そして、部外者である航にはもっと少ないのだ。


 リーアムが出て行くと、病室にはソフィアと航が残された。

 航はソフィアに訊かなければならないことがあった。




「なあ。ーーあれは、一体何だったんだ?」




 ソフィアは顔を歪めた。

 航は彼女の言葉を待っていた。一時間でも二時間でも待つつもりだった。やがてソフィアは観念したかのように口を開いた。




「私には、女の子に見えたの」

「……俺も、そう思った」




 ソフィアの見た女の子の霊、航が夢で会った少女。

 湊の推測が正しいのならば、あれは殺人事件の被害者なのかも知れない。


 航は湊から聞いていた話をした。

 街で起きた残酷な猟奇殺人事件。被害者は皆金髪で、犯人はそれを記念品として持ち帰り、人形に縫い付けた。


 ソフィアは話を聞き終えると、目を伏せた。




「私には、あれが被害者の子供達だとは思えない」

「どういうことだ?」




 ソフィアは言葉を選ぶようにゆっくりと言った。




「殺人事件の被害者なら、恨みとか、悲しみとか、苦しみを抱えているの。生者に干渉する時、彼等は救いを求める」

「ああ……」




 そういえば、湊も言っていたな。

 仮にあれが被害者の霊ならば、何を求めているのか。復讐を望む相手はもうこの世にはいないし、遺体は家族の元へ帰り、手厚く葬られた。




「ねえ、航。その事件のこと、もっと詳しく調べられる?」

「湊が葵君に頼んでたよ。仕事の合間に調べてもらってるから、すぐにとは行かねぇけど」




 何だ?

 航は違和感を覚えた。

 彼等には、何が見えているんだ?


 ソフィアが言った。




「湊が家で人形に襲われた時、時間稼ぎの為に言ったことがあるの。ーーお前は独りぼっちだって」

「……それが?」

「人形は動きを止めたって言ってたわ。湊は単なる挑発のつもりだったみたいだけど……」




 頭の奥がじんじんと痛む。

 もしかして、自分は何かとんでもない思い違いをしているんじゃないかーー?


 こんこん。

 控えめに扉が叩かれた。航は詰めていた息を逃し、立ち上がった。

 自分達が考えるよりも、専門家の湊やリュウに訊いた方が早いだろう。


 それまでの考えを放逐し、リーアムとリリーを出迎える為に扉へ手を掛ける。

 様々な考えが過って、思考が纏まらない。全部、何も言わない湊が悪い。航が溜息を呑み込んで扉を開けると、其処には誰も立っていなかった。




「迎えに来たよ」




 その声を聞いた瞬間、全身から血の気が引いた。

 恐る恐ると目を落とすと、其処には、首を失くしたあの人形が立っていた。


 霊は招かれなければ入れないーー。


 湊の言葉が脳裏を過ぎり、自分がとんでもない失態を犯したことを悟った。


 恐怖に膝が震えて動けない。辺りは冷凍庫の中にいるかのように冷たく、吐く息が白く染まっていた。

 カーテンの向こうからソフィアの訝しむような声がする。人形は航の前を通り過ぎて行った。


 それが何処を目指し、何を狙っているのか、航は知っていた。




「湊!!」




 人形の手がカーテンに届く寸前、心配したソフィアが顔を覗かせた。其処に現れた人形を見て顔を真っ青にして、尻餅を着く。

 人形はソフィアさえも素通りして、真っ直ぐに湊のベッドへ向かった。




「湊!!!」




 航が叫んだ、その時。




「其処を退きなさい」




 吹き抜ける風のような静かな声がした。

 びしりと、空間の罅割れるような音がした。次の瞬間、人形は電子レンジに入れた卵みたいに内部から木っ端微塵に破裂した。


 ビスクドールの残骸がばらばらと吹き飛んで行く。

 室内の温度が急激に上昇し、まるで夢を見ていたかのような静寂を取り戻す。


 扉の前に、車椅子に乗った少女がいた。

 後ろにはリーアムが、目を真ん丸にして立ち尽くしている。


 リリー。

 航の声は形にならなかった。

 リリーは花が綻ぶように可憐に微笑んだ。




「窮地に駆け付けるのは、ヒーローの専売特許じゃないわ」




 破片の散乱する病室。眠る湊。腰を抜かせたソフィアと、動けない航。全く状況に付いて行けていないリーアムを他所に、リリーだけが全てを理解したかのように微笑んでいた。

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[一言] 貴方の後ろに居るの で笑ってしまいました。 急に都市伝説になってしまった。
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