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ハロー、マイヒーロー!  作者: 宝積 佐知
3.祈りの欠片
20/106

⑸PSI

 幼い頃、テレパシーゲームというものが流行った。

 一人がトランプの中から一枚を選び、もう一人が相手の心を読んで当てるという手品みたいなゲームだった。


 このゲームの肝は、タネも仕掛けも無く直感でカードを選ぶことにある。ジョーカーを除いた52枚のトランプの中で、当たる確率は52分の1だ。だが、航と湊は常に100%の確率で互いの選んだカードを当てることが出来た。


 航と湊は二卵性の双子だった。

 双子とは、同時期に母の胎内で発育し生まれた子供だ。生まれる前から一緒に育った自分達には、それがどんなに特殊なことなのか解らなかった。


 今では覚えていないが、航と湊は幼い頃に自分達の間だけで通じる独自の言語を使っていたらしい。それは小鳥の囀りに似た理解不能の言語だったという。


 湊が腕に怪我をした時、航の腕の同じ場所に蚯蚓腫れが現れたり、航が辛い時には、湊が虫の知らせのように息苦しさを覚えたり、科学的な説明の付かないシンクロ現象はしょっちゅうだった。違う場所にいても相手の状況が手に取るように把握出来て、行動が重なることもある。


 思い返すと不思議なことが多かった。だが、自分達は互いのことを理解していたし、自分の感覚を信じていた。だから、疑ったことも無かった。


 しかし、自我の確立と共に不思議な現象は減って行った。自分と湊が違う存在であると互いに認識したのだ。思春期には流血沙汰になる激しい喧嘩を繰り返したが、今にして思えば、それは互いの自立に必要な過程だったのだろう。


 今では、航は湊のことを殆ど知らない。連絡も取り合わないし、話し合ったりもしない。当然ながらテレパシーなんて使えないし、独自の言語もないし、相手の感情も解らない。


 テレパシーゲームをやっても、きっと当てることは出来ないだろう。






 3.祈りの欠片

 ⑸PSI







 練習は酷い有り様だった。身が入らず、何度もコーチに呼び出され、大勢の前で叱責され、それでも何も頭に入って来なかった。


 チームメイトの他人行儀な励ましを上の空で、航はあの瞬間を何度も反芻した。


 玄関先で起こった現象はよく解らない。普段ならば恐ろしさに身構えただろうが、航の脳裏に焼き付いていたのは、湊の顔だった。


 航は、兄の怯えた顔を見たことが無かった。そもそも、そういう感情があるとすら考えていなかった。


 自分がとんでもないことを仕出かしてしまったかのような罪悪感に囚われて、有り得ないことばかりを考える。航は着替えを済ませると早々に部室を飛び出した。


 人気の無い夜道を只管走った。自宅にも戻らず、何かに追い立てられるように必死で駆けた。道中のことは何も覚えていなかった。


 到着したのはバスケットボールコートだった。破損したナイター照明は修理中だったので、今は闇に包まれている。航は堪らず無人のコートにしゃがみ込み、頭痛を堪えるようにして息を詰めていた。


 心臓の音が五月蝿い。

 何処かで車のスキール音が聞こえ、耳を塞ぐ。何も考えたくないのに、嫌な記憶ばかりが蘇る。


 チームメイトの白い目。野次と罵声。湊の怯えた顔。

 大会での逆転負け。監督とコーチの怒声。仲間の涙。リーアムの言葉。まるで、世界中の人々が自分を責めているようだった。


 螺旋階段を下るように、精神が腐って行く。

 嫌な汗が止まらず、手足が異様に冷たい。


 このまま消えてしまうのではないかと思った時、ぱっと視界が白く染まった。

 航が顔を上げると、兄が立っているのが見えた。




「迎えに来たよ」




 頼んでねーよ。

 悪態吐こうとしたのに、声は出なかった。

 湊は懐中電灯と地図を持っていた。生態調査とやらの途中なのだろう。結局、自分達の忠告なんて湊には何一つ届いていなかったのだ。


 湊は航の側に座ると、子供のように小首を傾げた。




「怒ってる?」

「……いや」




 航が言うと、湊は困ったように笑った。




「航もお母さんも、心配してくれたんだよな。俺が悪かったよ」




 やけに素直だった。

 だが、現実として一人で夜道を歩き回っているのだから、反省しているとは言い難い。

 航は黙っていた。下腹部が痛かった。腸を締め上げられているみたいだ。窮屈な音が聞こえると、湊が笑った。




「腹減ってんの? 早く帰ろうぜ」




 今日の夕飯はお好み焼きだよ。

 湊が得意げに言う。やっぱりお好み焼きかよ、と思うと、何故だか腹の痛みが引いて行った。




「なあ、湊」

「何?」

「朝のこと、ーー俺がやったのか?」




 ぎゅっと目を閉じ、航は答えを待った。

 訊くことも怖いが、逃げるのも嫌だ。湊は逡巡するように顎に指を添えて、言った。




「……昔、テレパシーゲームってやったの覚えてる?」

「ああ」

「実はあれ、トリックだったんだ」




 航は顔を上げた。湊は申し訳無さそうに眉を下げ、訥々と語った。




「相手がどのカードを選んだのか、俺には解ったんだよ。呼吸や眼球運動、仕草で相手の嘘が解る」




 そうだ。湊には、()()()()()()()のだ。本人は統計データを基にした徹底的な観察によるものだと考えているらしいが、実際のところは不明である。ただ、その精度は百発百中だった。犯罪者の嘘を見抜いて捜査に貢献したこともある。人間嘘発見器だった。


 しかし、それは他人に限る。家族の嘘は解らないらしい。何故なら、湊は家族に嘘を吐かれたことが無いから、照合すべきデータが無いのだと言う。


 湊の理論で行くならば、航の嘘は見抜けないことになる。種明かしを待っていると、湊は続けた。




「航の思考パターンは把握してたし、癖も知ってた。お前はいつも、選んだカードから敢えて視線を逸らすんだ」




 タネも仕掛けもあった訳だ。

 酷い肩透かしを食らったような心地で、航は溜息を吐いた。サンタクロースが実在しないことを知った時と同じ落胆だった。


 でもね。

 湊が言った。




「俺はいつも、航がカードを当てられることが不思議だった。通常で50%、俺の時は100%だ。これはもう、偶然の確率じゃない」




 そうだろうか。

 湊の時は兎も角、50%なんて半分の確率だ。二回に一回は外してる。湊の百発百中に比べたら半分だ。


 湊が何を言いたいのか解らなくて、苛々する。

 咎めようとした時、湊が言った。




「航は先天的なPSI、超感覚的知覚能力の持ち主だよ」

「はあ?」




 自分で思う以上に間抜けな声が出て驚く。

 いつも何を言っているのか解らない兄だが、輪を掛けてよく解らない。




「幽霊屋敷では霊の存在を知覚し、呪詛の時には本能的に危険を察知した。俺には無い能力だ」




 湊は霊の存在を全く認識出来ないのだ。

 見えないし、聞こえないし、感じない。それがいつも歯痒かった。しかし、あれは湊が鈍感なのではなく、航が敏感なのだと言う。




「超心理学では超能力をESPとPKに大別するがーー……」

「ちょっと待て。それじゃ、お前は俺が超能力者だって言ってんのか?」

「ああ」




 湊は迷いの無い目で即答した。




「航は自己防衛本能が普通より強い。害意に対して敏感なんだ」

「解んねぇ。じゃあ、今朝のことは俺のせいなのかよ」

「普通、ESPを持ってる人はPKは使えない」

「専門用語を出すなよ」




 航は頭を抱えた。

 湊は恰も自分の言葉が通じているかのように話すが、実際のところ噛み合っていないことが多い。I.Q格差なのか、自分勝手なのか微妙なところだ。




「ESPは予知とか透視とか千里眼とか、超感覚的知覚のこと。ソフィアの霊視能力もそうだね。PKは念動力のことで、スプーン曲げなんかは此処に分類される。超能力はこのどちらかに分かれるんだ。偶に両方使える人もいるけど、航は違う」




 湊なりに噛み砕いたのだろうが、航は唸った。

 超能力とか霊能力とか、オカルトは大嫌いだ。しかも、湊は航がその超能力者だと言う。




「この近辺で起きてるポルターガイストはPK能力者によるものだ。そもそも心霊現象と思われているポルターガイストだけど、その大半は人間によるものなんだ。特に、ストレスの溜まった思春期の子供が問題を解決する為に無意識に起こす」

「ストレス発散ってことかよ」

「違うよ。例えば、家庭内不和で孤独な子供が両親の関心を引く為にPKを発動したり、恋情を募らせた女の子が千里眼によって相手の私生活を知ろうとしたりするんだ」




 飽くまでも、それは無意識なのだ。


 湊の説明から何と無く概要は把握した。

 つまり、この近辺に住むティーンエイジャーがポルターガイストを起こした犯人だと言うのだ。




「そして、その矛先になり易い潜在的被害者がいる」

「お前とか?」

「まあ……、そうだね」




 湊は苦い顔で頷いた。

 潜在的被害者と言うより、単純に命知らずでお節介な性格なのではないだろうか。


 いずれにせよ、これまで自分達が巻き込まれて来た超常現象は、湊の先天的な体質と航の潜在能力によるものなのだろう。誰が悪い訳でも無い。そういう摂理なのだ。




「俺は暫定的に、そういう人をアンカーと呼んでる。このアンカーの身近にはPSI能力者がいることが多いんだ。彼等は被害者になることもあるけど、スピーカーの役割を果たすことがある」




 曖昧に返事をしながら、本当に研究者だったんだなと若干失礼な感想を抱いていた。


 湊によくあることなのだが、言っていることは解っても、何を言いたいのか解らない。そろそろ、この現象にも名前が必要なんじゃないかと思った。




「PSI能力者の出力を受信して、拡散する。この地域で起きているポルターガイストの真相さ」




 湊が断言するからには、確証があるのだろう。

 PS I能力者とアンカー。それが誰なのかは解らない。だが、航には、或る可能性が思い浮かんでいた。


 湊と同じ潜在的被害者ーー。

 航は、()()()()()()()。確証は無いが、確信はあった。これが超感覚的知覚なのかは解らない。ただ、航は彼に会った時、思ったのだ。()()()()()()と。




「リーアムか」




 湊が頷いた。

 以前、湊は生態調査と称してフィールドワークを行なっていた。その結果、近隣で起こる超常現象はリーアムの周囲に固まっていた。


 誰かがリーアムにPSIの影響を与えている?


 航が考え込んでいると、湊は覗き込むようにして言った。




「今朝のことは、航のせいじゃないんだよ」




 その眼差しは冬の日差しのように脆く見えた。

 長々と説明して、結局、湊が言いたかったことはそれだけなのだ。


 航は溜息を吐いた。問題は何も解決していないのに、胸に痞えていた重石が外れたように気が楽になっていた。




「何処かのPSI能力者のPKがスピーカーであるリーアムによって拡散し、アンカーである俺が受信し、ESP能力者の航が知覚した。それが偶々、今朝だった。それだけのこと」

「解り難い」




 湊が、にしし、と笑った。

 辺りは夜の闇に包まれているのに、身体中が朝日を浴びたような活力に満ちていた。


 航は立ち上がり、屈伸をした。劇的な敗戦も、練習での失態も、何もかもが些細なことに感じられる。気持ちが上向いていることが自分でも解る。




「じゃあ、俺達がやるべきなのは、そのPSIだかPKの能力者探しだな」

「うん」

「どうせ、犯人は絞り込んであるんだろ?」

「うん」




 湊はアスファルトに地図を広げた。

 超常現象の起きた地点に赤い印が付いている。線で繋ぐと、一つの場所が浮かび上がる。それは、自分達とリーアムの出会った場所、行動の交差点だった。




「病院か」




 最初のポルターガイスト。

 湊の眼鏡が瞬間移動した場所だ。それ以外の超常現象の規模に比べると余りにも粗末だった。

 時刻を確認すると、午後九時を過ぎていた。病院は開いていないし自分達も補導される可能性がある。


 朝に行くことを約束し、二人で帰路を辿った。

 湊の説明に納得した訳ではない。ただ、湊がこれだけ言うのだから、ちょっと信じてみようという気になっただけだ。


 航は超能力については否定的な立場だった。目に見えないし、触れられない。そんなものを信じていたら、努力なんて馬鹿馬鹿しくなるからだ。


 だって、そうだろう?


 もしも、自分がPKの能力者だとしたら、無意識に発動している可能性がある。ゴールリングから少し逸れたボールを超能力で無理矢理押し込むことも可能ということになる。それなら、努力なんていらないじゃないか。


 玄関は綺麗に片付いていた。割れた花瓶は撤去され、吹き飛んだ扉もすっかり修理されている。湊が一人でやったとは思えなかったので、後で母に礼を言わなければならないなとぼんやり思った。


 湊の作ったお好み焼きは、キャベツの芯だらけだったが、美味かった。小麦粉が固まってたり、豚肉が繋がっていたりしたが、気にならなかった。


 遅い夕食を取りながら、湊はここ数日の超常現象について母に報告をしていた。何かと秘密にすることの多い湊だが、今朝のことを受けて自分なりに反省したのかも知れない。


 母の反応が怖かった。馬鹿にされたり否定されたりするとは思わなかったが、泣かれたら困る。怒られても叱られても仕方無いけれど、やはり、母の涙は特別だった。


 湊の話を聞き終えた母は「そうなんだ」と言って追求しなかった。これには流石の湊も驚いたようだった。




「もう慣れたわよ」




 耳が痛い。

 母には心配を掛けっぱなしだ。

 航が目を逸らしていると、母が問い掛けた。




「怖くないの?」

「何が?」




 湊が愚直にも聞き返す。そうそう、こういう奴だ。

 母は顔を顰めていた。




「湊は兎も角、航は怖くないの?」

「俺は兎も角って、何さ」

「湊は昔から、そういうの怖がらなかったから」




 お化けも幽霊も怪談も超常現象も、湊にとっては研究対象であり、それ以外の何物でもないのだ。航には理解し難い。




「あるかどうかも解らないものを怖がったって仕方無いじゃないか」

「本当、お父さんそっくり」




 母は溜息を吐いた。

 湊は顔も性格も父にそっくりだった。対して航は母に似ているらしい。自分では解らない。


 だが、湊の言葉には航も同感だ。

 怖がったって仕方無い。湊は迷わない。そういうところは、認めている。




「恐怖なんてただの感覚だぞ。そんなものに支配されて身動き取れなくなるなんて、馬鹿みたいじゃないか」




 コートを切り裂いて行った背番号四番。

 チームを支え、鼓舞して来た司令塔。適当な料理ばっかり出すし、オタクみたいな格好だし、何を考えているのかよく解らないが、そういうところが、格好良いと思ったのだ。




「湊が怖くないって言うなら、そうなんだろうと思う。でも、無茶はしない。俺もしないし、湊にもさせない」

「……どっちが兄だか解らないわ」




 自分達はそうして育ったのだ。今更、変えられない。

 母の嘆きを横に、航は手を合わせた。


 レースのカーテンに彩られた窓の向こうには三日月が光っている。何億光年もの先にある星々が硝子片のように煌めいていた。


 バナナみたいだねえ、と湊が呑気に言った。

 航はそうだな、と笑った。

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