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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悲恋まとめ

ATW1942 あゝ、君よ。生きよ。

作者: 青い墨汁


私は、兵士だ。


中東の森林地域、その森の奥深く。


私は藪の中でひっそりと、息を殺していた。


もうじき、ここを米兵の一個中隊が通る。

私は、そこに切りかかる。


完璧な作戦だった。少なくとも一人くらいは勲章に変えられる。


そう考えてただひたすら待っていた。


世界は戦争の真っ只中だ。我が国日本は既に戦勝国として

讃えられている。しかし、それでも米国だけは粘っていた。


そのせいで両国は疲弊し、女子供も戦争に駆り出される始末。


「...チッ...さっさと降伏すりゃいいのに」


そんな言葉が口から零れる。

私がここで待っているのは、今回の奇襲で壊滅する手筈の

米国の司令部の生き残りだ。

だが、本当に遅い。


連絡では、三時間も前に奇襲は成功している。

敵の司令部はここ以外にもう一つの道しか出口はない山間部に

ある。


だがもう一つの道は既に封鎖済み。敵もそれを分かっているだろう。

なら何故来ないのか。理由は一つだ。


「....殲滅されたか...」


私はゆっくりと立ち上がり、固まった肩と腰をほぐす。

藪にいたせいで服の所々が破れちまってら。


一応道から敵が来ないか警戒しているが、私は煙草を吹かすくらい

には油断していた。


一息ついた頃、通信が入る。

ツー.ツーツ.ツツ―.ツー.ツツ―ツ.

《奇襲成功 殲滅 帰投セヨ》


本部からもお達しが出たことだし、私は帰ろうとする。


と、その時。先程いた藪からガサガサッと音が聞こえる。


!!!


私はサッと銃を構える。慣れた熟練兵である私は、藪から聞こえた

音が獣ではなく人間のものであるという事がすぐに分かった。


「誰だ!!出てこい!!」


叫んだ瞬間、藪が一層大きく揺れる。引き金に指を掛けた。




出てきたのは、年半ばもいかぬ青年だった。

若く白い肌に、透き通った青い瞳。おまけに金色の髪。


少年米兵だった。


足を撃たれたのか足から血を流し、這いずりながら藪を出てくる。

完全に怯えていた。この様子だと、増援部隊として連れて来られた

まだ死の概念も知らぬ小童だろう。


「sorry.i'm sorry.forgive me.sorry sorry」


青年は繰り返しそう言い、泣き始める。

引き金は引けなかった。私はその青年があまりにも兵士とはかけ離れた

ただの少年にしか見えなかったからだ。


元々実戦成績が優秀で前線に駆り出されていた私は、こういう雑多な

訓練兵など戦ったことが無かった。


兵士として戦い、兵士として死んでいく者たちを、私は幾度となく

見送ってきた。


だからこそ、今の彼に銃を向けることが出来なかった。

兵士ですらない、ただの青年に。


「......泣くな。男だろう」


私は青年から銃口を逸らす。青年は少し驚いた風に目を見開いたが、

泣き止むことは無かった。




「...これで傷は大丈夫だ。暫くすれば歩けるようになるだろう」


私は本部に支給された野営テントを展開し、青年を治療してから

狩りに出かけた。同じく本部に支給されたレーションの類もあるが、私は

食べない。狩りで食料が採れるなら採り、いざ食料が無くなったときに

食べる用に置いておく為だ。


暫くして、私は鹿の一匹を捕まえた。この大きさの獣は手慣れたものだ。

野営テントに戻ると、青年は火を起こして待っていた。


青年は鹿を捌く私からずっと目を逸らし続けていた。きっと彼の眼には

私の手元で惨い光景が映っていることだろう。


だが、鹿肉は彼の舌に召したらしい。あっという間に足の肉を平らげてしまった。


「It was so delicious. You are a good person.」


彼の口にする言葉は分からなかったが、彼は笑っていた。戦争相手と笑いあう

という奇妙な経験は、私にとっても感慨深いものがあった。


私は、本営に戻らなくてはならなかった。

撤退の命令が出てから、既に二時間ほど経っている。


「青年、私は帰らなくてはならない。君にこれを渡しておこう。使いなさい」


私は青年に懐中電灯とレーション、そして焚火用の火打石を渡す。


青年は戸惑ったように私の顔と渡した道具を交互に見ていたが、やがて

私の意図を悟ったのか、大きく頷いてみせた。


こうして、私はこの青年を港の米兵司令部の脱出船まで送り届け、本部に帰投する。



帰り道の途中、私は煙草を吸おうと箱を出す。その時、小さな紙がポケットから

滑り落ちた。


それは、メモの切れ端だった。そこには小さな字で


『thanks,japanese.』


とだけ書かれていた。






あれから、七十年。


戦争は、終わっていた。


日本は負けた。

本部に聞かされていた戦勝の知らせは虚言だった。

日本は、祖国は。戦勝国などでは無かった。


私が敗戦を聞いたのは、終結から二年目だった。

今は退役したものの、戦争の思い出は尽きることなく、この胸に残っている。


私は夫を娶り、娘を産み、孫に囲まれた。

馬鹿な私だったが、夫はそれでも、私を愛してくれた。


今、私は病院にいる。

もう老いた私は、この思い出を語ることはないだろう。

そう考えると、記憶が惜しく感じられる。


窓の外を眺めながらそんなことを考えていると、看護婦が入ってくる。


「立花 璃子さん、立花 璃子さん」


看護婦の呼ぶ声が聞こえる。


「はい」


わたしがベッドで寝たまま返事をする。


「知り合いという方がお見えになっています」


知り合い?今日訪ねてくる友人はいないはずだけど...


すると看護婦がどうぞー、と言って一人の老人を中に入れる。


どこからどうみても、外国人だった。

年老いたしわしわの肌に、蒼い小さな瞳。そしてくすんだ金色の髪。

だが、私はその人に見覚えは無かった。


「立花、璃子さん。ワタシのこと、覚えてマスか?」


老人は拙いながらも日本語を喋った。

とても穏やかな声だった。


でも、私は彼を知らなかった。外国人の知り合いなど、数えるほどしか

いない筈なのに。


「ワタシ、アイザック・アビンソン、言います。

ワタシ、あなたに助けられた、人です」


私はここで、あの青年の事を思い出す。


「あの時の...」


この老人は、あの時の青年であった。


彼はあの後、無事米国に帰ることが出来たそうだ。

だが、彼が帰った時には既に、アメリカは日本に勝っていた。


彼は助けてくれた私を心配したらしい。

命を救い、親切にしてくれた日本人。彼は忘れられなかったのだと言う。


そして昨年、私の事を探し出した。彼はすぐに日本に行く事を家族に話し、

日本に来たらしい。


暫く戦争期の事を話した後、アイザックは飛行機の関係上帰らなくては

いけないと言った。まるで別れを告げた、あの時の私のように。


「また、来ます」

彼はそう言っていた。また会うのは一年後か、はたまた三年後か...


彼の顔をもう一度見る、その時までは。


生きよう。そう思った。

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