『マヌ法典』
構想していた歴史小説のヒロインである、ルクミニとパールヴァティの母娘は白人との混血という設定になっています。このような混血の子供達は所属するカーストがないことから半カーストなどと呼ばれて差別されたらしいです。
このカーストつまり、四つの身分のヴァルナを理論づけているので有名な文献が『マヌ法典』です。私が読んだ『マヌ法典』の紹介文では
――マヌ法典はたんなる法律の書ではない。人類の始祖マヌによって伝えられたといわれ紀元前後に編纂されたこの書は、まず宇宙万物の生成から語り起して日々の世俗的・宗教的な行動規範を含む「本来的で正しい生き方」(ダルマ)を指し示し、さらに輪廻・転生に説き及ぶ、壮大な規範の書である。今なお複雑な身分制度を堅持しているヒンドゥー世界の価値観を律する思想書のサンスクリット原典からの全訳。――
と紹介されています。
マヌ法典を深く理解すれば、インドを本質的に理解する助けになると考えている人に出会ったことがあります。それでは、マヌ法典の中から幾つかの文章を抜粋しましょう。文章の中に出てくるブラフマンは世界神、ヴェーダは聖典と簡略的に説明します。法典というだけあって条文のような文章です。
「かのブラフマンは諸世界の繁栄のために、彼の口、腕、腿および足から、それぞれにブラーフマナ、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラを生じさせた。」
こうして四身分が生まれ、それぞれの役割が生まれたとされたのです。
「ブラーフマナには、ヴェーダの教授と学習、自らのために供儀を行うこと、他人のために供儀をすること、贈物をすること、贈物を受け取ることを配分した」
「クシャトリヤには、人民の守護、贈物をすること、供儀をすること、ヴェーダの学習、感官の対象への無執着を結びつけた。」
「ヴァイシャには、家畜の守護、贈物をすること、供儀をすること、ヴェーダの学習、商いの道、金貸しおよび農耕を配分した。」
「シュードラには、主はただ一つの職務・行動しか命じなかった。上述の身分に対して妬むことなく奉仕することである。」
こうした身分の上下によって最上位のブラーフマナは優遇されます。
「ブラーフマナに対しては剃髪が死刑であると規定される。しかし他の身分に対しては実際の死刑が規定されるべし」
「いかなる罪を犯そうとも決してブラーフマナを殺してはならない。全財産を持たせ身体を傷つけずに領国外に追放すべし。」
「ブラーフマナを殺すことより大きい不正はこの地上にはない。それゆえに王は彼を殺すことを心ですら考えてはならない。」
一方、身分の一番低いシュードラに対しては
「最下層の人間が四肢のどれかで優れた人間に危害を加えるとき、彼のその箇所は切断されるべし。これがマヌの教訓である。」
「劣等の生れの者が優れた生れの人間と同席を望むときは尻に焼印を押され、追放されるべし。あるいは彼の尻を切り取るべし。」
「ブラーフマナは恐れることなくシュードラから財貨を取り上げるべし。なぜならば、彼にはどのような私有物もないのであり、彼は主人によって財産を取り上げられるべき人間だからである」
これはごくごく一部の抜粋で、他にも差別の条文は溢れかえっています。
しかし、これはカースト内の話です。
カーストにも入れないアウトカースト、不可触民という被差別民が存在します。
アンベードカル(1892~1956)は不可触民カーストに生まれ、差別と戦いながら、インド独立後初の法務大臣となった政治家・社会活動家です。彼は差別を容認するヒンドゥー教を否定して仏教に改宗しました。この人を歴史小説の登場人物にできないか? と可能性を考えたりしたものでした。
参考文献
『マヌ法典』 渡瀬信之訳 中公文庫
『インド社会とカースト』 藤井毅著 山川出版社