『ヒンドゥーの神々』
サティーダハというインドの風習をご存知でしょうか? 夫に先立たれた寡婦が夫を火葬する薪で生きたまま焼かれて殉死するというものです。
1829年にイギリスによりサティーダハは禁止されましたが、サティーは貞女の鑑のような行いであり、一族の名誉ともなるので、禁止されても、寡婦を生きたまま焼死させる風習は散発的に続いていたそうです。
この風習は小説の中に出したら格好のアクセントになり盛り上がりそうだと思いました。
ヒロイン候補のルクミニやパールヴァティは混血なのでサティーは不自然ですが、サティーに関する事件が身近で起きるなどの状況が考えられます。親族に強要されるという悲惨な場合もありますが、強要されたのでなければ、「死体を燃やす薪が燃え、寡婦が燃え盛る炎の直中に座り、優しく彼女の夫の足を胸に抱いている姿」というインドの貞節の理想は絵になります。現代日本の価値観とは違い過ぎるけど・・・。
サティーの起源には諸説ありますが、その中の一つに女神サティーと結びついたものがあります。シヴァ神の妃であるサティーは自分の父と夫であるシヴァの争いを見るに忍びず火中に身を投じた貞潔な妻であると言われています。
インドの女神には穏やかで慈悲深い性格の女神もいますが、圧倒的に存在感のあるのはシヴァ神の妃達(複数だけどハーレムではない)に見られる激しい性格です。
比較的穏やかなヒマラヤの娘パールヴァティにしても、自分の美しさでシヴァ神の心をつかめないのを知るとシヴァの愛情を得るためにありとあらゆる苦行を行いました。
例えば、夏に火の中に座り太陽を凝視したり、冬に水中に立って夜を過ごしたりして、その苦行によってシヴァ神の心をつかみ妃になりました。
しかし、一番存在感があり、不気味で血生臭い性格を表しているのはカーリー女神だと思います。
――ふり上げた第一の右手に血のりの着いた剣を、第二の右手には三叉戟を、第一の左手は切り取られた生首を持ち、その生首から流れ落ちる血を受ける頭蓋骨を第二の左手が持っている。首からは切り取られた人頭をつないで作った環がかけられ、同じく切り取られた手が並べられてスカートとなって腰を覆っている。宝冠に飾られた黒い髪は背を覆い、くるぶしまで流れている。青い肌には腕輪、足輪、真珠のネックレスが光っている。宝冠には元来シヴァ神がつけている三日月の飾りがついており、口からは長く赤い舌を出している。右足は睡っている夫シヴァの胸の上に置かれている。
女神カーリーのこのような絵は今日インドのいたるところに売られており、また一般の家の壁に貼られて崇拝の対象となっている――
私は自分の書く予定だった歴史小説のヒロインにそんな存在感のあるインドの女神的な性格を持たせたくて色々考えましたが、まばたきの回数が極端に少ないという描写くらいしか浮かびませんでした。
しかし、そんな描くのにつかみどころの難しいインドの女神のようなヒロインを見事に描写した小説に出会いました。
歴史小説ではないけど、篠田節子さんの書かれた『インドクリスタル』という小説です。角川書店から出ています。とにかくインド人の描写が見事で特にヒロイン像は圧巻です。
インドに興味のある方は是非読んでみることをお勧めします。
参考文献
『ヒンドゥーの神々』 せりか書房
『インド神話』 上村勝彦著 東京書籍
『イギリス支配とインド社会』 粟屋利江著 山川出版社
『インド教』 ルイ・ルヌー著 白水社
『インドクリスタル』 篠田節子著 角川書店