現実とは、人生とは?
「」の中に、貴方と貴方の大切な人の名前を入れて下さい。
俺は「」。
この春高校生になったばかりだ。
突然だが俺はこの世界が嫌いだ。
やっと受験を乗り越えたと思えば直ぐに親や教師は勉強をしろとせっつくし、同級生は成績が学年で何位だったと誇ってくる。
学校で教えられる勉強だけをする事が正しいかの様に。
勉強とは物事の本質を理解出来る様になる為の行為を言うのではないだろうか?
国語は知らなかった昔の作品を読めるので比較的好きだが、やはりよく分からない。
例えば「この時の作者の気持ちを答えよ」
聞いたのか?作者に
「この文章を書いた時どんな気持ちでしたか?」
とでも。
聞いている訳がない。なのにあたかも聞いてきたかの様に断言している。
「恐らくこうだろう」と学生に考えさせるのが目的と聞いたが、だったら「この時の作者の気持ちを想像しろ」とするべきだ。
数学なんて中学以上で勉強する意味からして分かない。
足し引き掛け割りだけ理解していれば何も問題無い筈だ。
√だの何だのと、絶対に日常では使わないではないか。
それなのに無理矢理やらせる等、無意味としか言えない。
将来必要になるかも知れない?
そんな不確かな未来の為に、こちらの寿命を削れと?
英語?翻訳アプリで充分ではないか。
どうしても話したければ勝手にやればいい。
なんなら通訳雇うのもいい。
科学?危険だからと実験を敬遠して黒板に書かれた事を写しているだけで理解なんて出来る訳がない。
社会?社会に出たら基礎を知っておく事は必要?
必要になったら確実に授業とは関係無い事も覚える、授業の知識が足を引っ張らないとも言えないのに覚えさせるのか?
これ等の事を大人子供関係無く聞いていた俺は当然の様に避けられた。
何故だ?分からない事が有れば、困った事が有れば大人やクラスメイトに聞けと言っただろう?
言われた事をやりなさいと常日頃から言っておきながら、実際にやれば避けるのか?
避けなかった一部の奴等からは教科書通りの答えだけが返ってきた。
しかし教科書通りのやり方に疑問を覚え聞いたのに、これでは意味が無い。
だから言われた通り、分かるまで聞いた。
分かる前に皆答えてくれなくなった。
何故だ?学校の教える事に疑問を持たずに従っていた頃は友達も沢山いた。
なのに疑問を持ち、周りに聞き始めた途端に皆離れていった。
根気良く聞いてくれた親友の「」は、ある日突然不登校になった。
今日、教師から話を聞いた。
親とも話をしていないらしい。
気になって家に行ってみた。
「」はアッサリと部屋に入れてくれた。
「どうして来なくなったんだ?」
そう聞くと、こう返ってきた。
「君に言われた事をよく考えてみたんだ、そうすると君の言う通りおかしいんじゃないかと思ってね?学校に行く意味が分からなくなったんだ」「確かに僕は学校に行き、授業を受ける意味を考えていなかった」「君の納得する答えを出そうと必死に考えたんだけど、遂に分からなかった」「だから学校に行くのをやめたんだ」と。
成る程、意味の分からない事をするなんて無駄だと思った訳か…。
俺が疑問を持ちながらも登校をしていたのに、こいつは答えを導き出して行動に移したんだ。
「俺はお前を尊敬するよ」俺の口からそんな言葉が出た。
「よしてよ、気持ち悪いなあ」
「」は苦笑しながらも少し嬉しそうだった。
確かに、誰にも理解されない疑問を持ち続けるのは辛い。
俺もこいつが不登校にならなければ、疑問を捨てていたかもしれない。
「」が登校してた頃以来に、久しぶりに話をした。
「所で、お前は今何をやっているんだ?」俺がふと疑問に思った事を聞くと、「」はこう答えた。
「」っていうVRMMOだよ」
それって…
「」の口から出たのは、最近話題のVRMMOだった。
VRMMOが広まりだしたのは30年も前になる。
最初はバグだらけでVRが聞いて呆れるとゲーマーの間では「VRMMOをやるのはニワカ共だけだ」と笑われていたが、30年の月日と共に飛躍的に発展した。
「もう一つの現実」と呼ばれる程に。
だから、こいつがVRMMOをプレイしていても何もおかしくは無い。
だが、プレイしているタイトルが問題だった。
「」
それはVRMMOの中でも別格と評判のゲームだった。
キャッチコピーは「君達は無力だ」
鬼畜仕様で評判のゲームだ。
固すぎる上に、涌き続ける敵。
ステージの数は百を超えるが、難易度は同じステージ内に存在する「初心者エリア」と「上級者エリア」しかない。
初心者エリアでも他のVRMMOの上級者用ステージを上回る難易度で、多彩な攻撃とステージ毎に異なる種類の敵が30種以上も存在する。
上級者エリアは、敵を倒しても次の瞬間には初期位置から涌き出る上、敵の断末魔で寄って来た敵に四方から囲まれる。
他のVRMMOに飽きた上位ランカーは挙って「」に移動して来た。自分の育て上げたキャラと共に。
そう、「」は他のVRMMOで育てたキャラをそのまま移す事が出来る。ステータスは「」の基準で統一されるが、攻撃特化は攻撃特化のまま等、やり込みがそのまま生きる。
これ等の理由があり、鬼畜仕様にも関わらず爆発的にヒットした「」。
これだけなら何も問題は無いのだが、最近「」の上位ランカー、即ち全ゲーマーの中でも一握りの猛者達が次々と失踪しているのだ。
全員、上級者エリアで失踪している為足取りが追えなかった。
鬼畜仕様の上級者エリアは、他のVRMMOなら上位一桁を狙える猛者達を持ってしても攻略する事が出来ないでいた為だ。
事件の始まりは攻略出来ないエリアに痺れを切らした「」の上位ランカー、その神掛かった腕前から「神」と崇められる上位10人のランカーが結束し攻略に乗り出した事から始まる。
普段は決して組まない彼等のパーティー結成は他のVRMMOにも波紋を広げた。
これで上級者エリアも踏破出来る!そう信じたプレイヤーからの支援も有り、上位10位のクランが連合を組み総力を挙げてすら1つしか攻略されていなかった上級者エリアの内5つをたったの1年で踏破した。
「これなら残るエリアも!」そう誰もが信じた、彼等もそう信じていただろう。
推量形なのは、7番目の踏破エリアになる筈のエリアで彼等のパーティーが突如一人残さず失踪したからだ。
掲示板は荒れに荒れた。
一説には、高過ぎる難易度に絶望して引退した。
または何らかの不具合でデータが消えてしまった。
運営と何らかの取引をした。
そして
「新たなステージを求めて表記されないステージに行った」
この説が最も有力だ。
皆、彼等が理由も無く消えるなんておかしいと思っていた。
この件を切っ掛けに、神と呼ばれた彼等の手掛かりを探す為上級者エリアに挑む上位ランカーが更に増えた。だが、上位ランカーの中にも行方不明になる者が出てきた。
「彼等は神の下に行った」
真しやかにそう語る人が出てきた。
それから現在に至るまで、年に2、3人の上位ランカーが消え続けている。
上位10人の席は未だに空白だ。
プレイヤーは皆、何時か帰ってくると信じている為だ。
「そういえば、かつて上位10人が神と呼ばれていたよね?」
「」がそう言った。
「ああ、たしかそうだった筈だ。
だが彼等は居なくなったんだろ?」
急にどうしたんだ?
「僕が次代の神になるんだ。」
「」はそう言った。
訳が分からなかった。
「彼等が消えたのだから、その立場になるのは危険だ」「他にも消えている人達がいるんだ」「やめるべきだ」
とは言えなかった。
何故なら、俺もかなり上位のランカーだったからだ。
俺がこの発言を聞いて考えたのは、「」を気遣う事ではなかった。
空席の上位10人を除く、11~20位の人が実質「神」と呼ばれている。
そして、毎年この中の1人は必ず行方不明になっている。
先月も16位の人が行方不明になり、神の座が一つ空白になっていた。
俺のランキングは先月の時点で22位、俺の上の奴が次の神になる予定だ。
つまり、こいつが俺の上にいた奴という事か?
「なあ、お前のキャラの名前って何だ?」
俺は堪らずそう聞いた。
「僕のキャラ名は「」だよ」
それを聞いた途端、俺は茫然とした。
俺が学校に通いながらも少しずつランキングを上げ、30位台になった翌日に俺を超えた奴の名前だったからだ。
俺はそいつを超えようと必死にプレイした。
最近は学校をサボる事もあるくらいだ。
しかし、どうしても奴が超えられなかった。
俺が差を詰めると、直ぐに離される。
張り合っているうちに神の座に限りなく近づいた。
しかし、一度も俺は奴に勝てなかった。
当然だ、俺が学校に通っている間中ずっとこいつはプレイしていたのだから。
俺は目の前で神になれると子供の様にはしゃぐ、親友である「」を初めて心の底から恨んだ。
だがその恨みは一瞬だった。
何故なら、こいつを殺せば俺が新たな神になれるからだ。
神の座が空いた時、必死にこいつを超えようと差を詰めたが…どうしても超えられなかった。
しかし、目の前で無防備に喜んでいる「」を殺せば俺が神になれる。
神になれば、1~10位の「真の」神である方々に会えるかも知れない。
上位ランカーが消える理由は
「神に出会い、着いて行ったから」
という説が有力だ。
何故消えたのかはどうでもいい、あの方々に会えるのならば!
あの方々が一度だけ配信した戦闘で、俺は魂まで魅力された。
あの方々に近づけるなら、俺はこいつを殺す事に躊躇いは無い。
ランキングの更新は2日後だ。
とりあえず今日は帰って明日殺そう。
俺はそう考えて帰る事にした。
「そろそろ、帰る」
俺がそう言うと、「」は寂しそうな顔をした。
「もう少し話さないか?」
「」はそう言ったが、俺からしたら不倶戴天の敵だ。
当然断る。
「悪いな、野暮用が有るんだ」
そう告げると、「」は俯いた。
「そっか…もう少し話したかったけど、仕方ないね」
「」はそう言った。
「じゃあな」
俺はそう言って「」の部屋を出ようと扉に向かい歩こうとした。
過去形なのは、後ろから何かがぶつかって来てつんのめってしまったからだ。
「ってえ…」
後ろを振り向くと、手を赤く染めた「」が居た。
さっきまで、「」の手は汚れていなかったよな?
あれ?
何故か、腰の辺りが熱い。
眼を向ける。
俺の腰から、グリップの様な物が生えている。
「」が口を開く。
「君が悪いんだよ?君が、昨日みたいに差を詰めるから。君があそこまで詰めなければ、僕は君を刺さなくて済んだのに。君に腕では勝てないから、僕は不登校になってまでプレイ時間を増やしたんだ。それなのに、君は学校に通いながら僕に迫る勢いで追い縋ってくる。もう、何時抜かれるか気が気じゃなかった」
何を言っているんだ…?
くそ!
腰が熱くて仕方ない。
何が起きているんだ?
「君の名前は既に知っていたよ?このVRMMOを僕に進めたのは、君じゃないか」
そういえば、確かに一度勧めた。
しかし、一度きりの上に、おまえは乗り気じゃなかっただろ?
「僕はあの一度ですっかり虜になった。説明文の一つ一つすら忘れない程に」
じゃあ…。
「君の名前もしっかり覚えていたよ?君が、今日、ここに来た時は運命だと思ったよ。君は大切な親友だ。でも、神になる事と比べたら切り捨てられる。最後にもう少し話をしたかったけど、もう帰るなら仕方ないね」
中々理解出来なかったが、要するに俺はリアル割れをしていたらしい。
「」の言葉を噛み砕き、コイツも俺と同じくライバルを排除しようとしていたと気づく。
恐る恐る熱の発生源を探す。
やはり、腰から生えていたグリップの辺りだ。
「」がグリップを捩る様に引き抜く。
刃は俺の血に塗れ、妖しく輝いていた。
激痛が俺の全身を駆け巡る。
再び熱が俺を襲う。
捩る様に引き抜かれる。
激痛が俺を襲う。
熱が、激痛が、熱が、激痛が、熱が……。
「」がナイフを引き抜き、一息ついた。
既に俺は虫の息で、足掻く気力すら無い。
「」が聞く。
「最後に、何か言い残す事はあるかい?こんな別れになったけど、君とは今でも親友のつもりだ。家族に遺言を残したいなら、聞いてあげるよ」
口を開くも、漏れるのは意味の無い呼吸音のみ。
それでも、何か伝えたいと察したらしいく、「」がよく聞こえる様に耳を近づける。
流石親友、俺の事なら大体分かってくれる。
最後の力を振り絞り、一言。
「し……」
「なんだい?」
「て……」
「よく聞こえないよ、もう少しはっきり言ってよ」
「し……死ぬ……て……寂し……んだ…な」
「それで終わり?」
「あ……あと…ひ…一言…だけ……」
「?」
大体分かってくれる親友も、俺が虫の息なので油断したらしく更に近づいてくる。
「手前だけ神になるなんざ、許せるか!!!」
突如激昂した俺に、怯む「」。
燃え尽きる寸前の蝋燭の如く、命を燃やして激情を吐き出す。
「どう足掻いた所で、今の俺に手前は殺せねえ。だから、手前の足を全力で引いてやる!!!」
そう言うと、次の瞬間に「」の右目に指を突き刺し、抉り出す。
左目も刺そうとしたが、「」が暴れて刺せなかった。
だが、充分だ。
あのVRMMOは、現実の肉体状況が反映される。
空腹や、睡眠不足であれば状態異常としてキャラの動きが鈍くなる。
現実を忠実に再現する。
そう、つまり……手が無い奴は手が無いキャラになる。
右目が無い奴は?
言うまでも無いだろう。
これで、コイツのランキング入りは無くなった。
23位の奴も、俺とそこまで離れていない。
俺が消え、「」が右目を失った今、次の神は23位で決まりだろう。
俺は、不倶戴天の敵に一矢報いた達成感と共に人生の幕を下ろした。
だが、何故か死後に考える事が出来た。
死神も忙しいのか?
暇潰しに、俺は人生を振り返ってみた。
結局、本当に知りたい事は何一つ分からない人生だった。
ゲームに現を抜かしていないで、現実と向き合えと言われたが意味が分からなかった。
画面の向こうの人と話すのも、向き合って話すのも変わらないだろう?
一度きりの人生なんだから、大切に生きろと言われたが……最後まで分からなかった。
現実って、人生って……結局、正解は何だったんだ?
散々授業で考えさせられたが、在り来たりな答えしか出なかった。
教師に直接聞いても、納得する答えは聞けなかった。
感情と言うモノも考えさせられたが、やはり理解出来なかった。
大人と呼ばれる生き物、そしてそれより未熟な子供と呼ばれる生き物。
何故、答えの出ていないモノを考えさせるのか?
何故、理解出来ないままにしていて平気なのか?
何故、答えが出ないのか?
何故、奴等は分類上俺と同じなのか?
考えても分からないと言う事実から眼を背け、俺はゲームに、作られた
「答えのある世界」に逃げ込んだ。
結局答えが分からないまま俺は死んだ。
死後に考える時間があるのなら、しっかりと考えてみるのも悪くないかもな。
永遠に時間が有るならば、きっと答えを見つけられる筈だ。
もし、もしも答えを見つけられなかったら……考える事が恐くなる、止めよう。
時間さえ有れば、俺はきっと答えを見つけられる。
名前を入れないだけで、結構広げられると思いましたが…如何でしたか?