あのね、始まりなの。
私は葵。今、人の死体を集めてお人形さんを作ってる最中なの。
でも最近、困った事が起きちゃった。どうしても瞳の色が決まらない。
私の思い浮かべるイメージは、金と銀のオッドアイ。でもこの世にそんな色の目を持つ人種はいない。カラーコンタクトなんて論外。そんな偽物じゃない本物の眼球が欲しい。
今日で殺した人の数は53を数えた。他の材料はそこそこ揃ってきたけど、最後に入れるであろうパーツだけが手に入りそうにない。
ここまで上手く逃げてきたけど、そろそろ捕まりそう。日に日に私の活動範囲が狭まっていくのがわかる。このままじゃ未完に終わっちゃう。
そうだ、それならせめてもう一人の自分を作って、その葵ちゃんに人形を完成されてもらおう。
私は、バックから手帳を取り出した。
お話を書くのだ。捕まって死ぬ前に、完成させる。現実では無理でも空想でならどんな素材も手に入る。
エルフの耳も、獣人の尻尾も、天使の羽根も、鬼の角だって。
私の心が躍り出した。そうだ、もうすぐ私は死んじゃう。捕まったら確実に死刑だもんね。だから、これは私が作れなかった人形のかわり、私が生きた証にするのだ。
私はメモ帳にペンを走らせる。
登場する私はまさに自分自身、思考も行動も全く同じにしよう。
好き勝手に暴れるんだ。だって空想だもん。この中でなら何人殺そうが問題ないもんね。
この物語を書き終え何か一つやり遂げた後なら、この世にさよならするのも悪くないかも。
しくじっちゃった。まさかこれほどの数の捜査官が派遣されるとは。しかも、モーテルの主人め、裏切りったね。訳あり者が身を潜める事のできるモーテルで通報されるなんて。信用と引き替えにしても懸賞金が欲しかったのかな。私は基本的に誰も信じないけど、業界でも定評ある犯罪者三つ星モーテルが私を売るとはちょっと予想外だったよ。もうこの手を相手に商売はできないね。
夜の町を駆ける、行き止まりも壁を蹴り上げ反対側へと飛び移る。ヒラヒラの洋服がたまに引っかかる。これお気に入りの服なのにあちこち小さく破けてゆく。
「むむ、囲まれたね。どうしよう」
分かる、全てのルートが塞がれているのが。
進む道が全部バッドエンドに繋がっている。
「・・・・・・投降? 特攻?」
選択肢はこれだけのかな。ううん、そんな事はない。私にはまだやらなければならない事があるの。
潜伏していたこの町の地形は頭にすっぽり入っている。どこをどう行けばどこに行き着くか。
「・・・・・・まだ死ねない」
死ぬ事は怖く無い。でも、この私が何も成し遂げぬまま、中途半端で終わる訳にはいかないの。
足を止めずに走っていると、予期せぬ事態が起きた。
「・・・・・・あれ・・・・・・道?」
確かこの先は一本道だったはず。なのに別の道がある。二つに分かれている。
「いたぞっ!」
道を見つけた途端、捜査員が壁から飛び降り、私の前に立ちふさがった。
「・・・・・・二人。それじゃあ私は止められないよ」
両太もものニーソに挟めていたナイフを二本取り出し、両手で握る。
銃を構えた捜査員達、その動作以前に私は身を低くすると、一気に踏み込んだ。
「止ま・・・・・・」
しゃべり終わる前にはもう片方の喉は切り裂いた。血飛沫を上げ倒れていく男。
「なっ」
驚いている暇はないよ。貴方もすぐ後を追うの。すぐさまもう一人の太ももに逆手で持ち替えたナイフを深く刺す、堪らずバランスを崩した男のこめかみにナイフをまた一突き。捜査員達は眼球を上げ、地に伏せた。赤い血が地面に広がっていく。
「これで55人目・・・・・・追いつかれちゃった」
体が震える。殺した後はいつもそう、全身が高ぶって興奮する。このまま、ここで大暴れしちゃおうかな。何人かは道連れにできるかも。
「・・・・・・でも、どうせ捕まるなら」
想定外の路地に目を向ける。私の頭の中にはあのルートは存在していない。移動手段、地下、裏道、この町の地図は完璧に脳へと書き込んでいたはず。なのにあれは知らない。いきなり現れたとしか思えない。
「うふふ、じゃあ行くね」
結局、行き止まりかもしれない、それとも私も知らない道に通じているかも。
でも私は、立ち止まるのが嫌い。後戻りなんて考えられない。
「ここで終わるなんてまっぴらごめんだよ」
ここから先は完全に未知。でも、私には一種の予見があった。少なくともここで立ちすくんでいるのが正解とは思えない。それに・・・・・・。
「まだまだ、殺したりないもんね」
自然に笑みが零れる。すでに私はその道へと足が向いていた。