ゴブリン対策準備2
アルフォンスの操縦によって河原へと向かう馬車に揺られていると、流石に女性達が起き出してくる。起きだした双子はまずは周りを確認して直ぐにイリスとグレンが居る事を確認し、同時に知らない人も居る事を確認した。リタは寝ぼけたまま起き上がるとイリスの前で跪いてそのまま頭を膝の上に乗せて眠ってしまった。イリスはそんなリタの頭を優しく撫でる。
「おはよう」
「「「おはようございます」」」
イリスの挨拶にフィリーネとその母親であるアンナローゼを含む女の子達が挨拶を返した。それを聞いたイリスは頷いて話を進める。
「うん。それじゃあ疑問に答える前に自己紹介をしようね。私はイリス・フォン・エーベルヴァイン。君達のご主人様。そして、この子が私の守護者のリタ。そっちの双子はニナとレナ」
「レナです。よろしくお願いします」
「ニナだよ。よろしくね」
「次は男の子の方がグレン。御者をしているのがアルフォンス」
「どうも」
イリスの紹介に双子は名前を告げる。その次にグレンが挨拶する。御者の方からは特に返事はない。
「それで、気になってるだろうこの子はフィリーネ。私の妹だから仲良くしてあげてね」
「あの、妹でいいんですか?」
「うん、いいよ。それで、そっちの女性が母親のアンナローゼさん。どちらも回復魔法とかが得意のはずだから怪我をしたら頼るように」
「「はい」」
「そのような事は……」
否定しようとするアンナローゼ。それに対してイリスは彼女の耳元で告げる。
「(聖女様だよね)」
「っ!?」
(何故知っているのですか!?)
「フィーにしっかりと教えてあげてね。フィーはお母さんから学ぶんだよ」
「は、はい! 頑張ります!」
「っと、もうすぐ着くようだね」
馬車は無事に河原へと到着した。河原には前にイリスが作った椅子や机が置かれたままになっている。
「はい、降りて集まってね」
イリスの言葉に直ぐに馬車から降りて並ぶ奴隷達。アルフォンスはその間に荷物を降ろしていく。
「さて、では現状を説明するよ。しっかりと聞くように。まず敵はゴブリンなので負けたら男の私達は殺されて女の君達は死ぬより悲惨な目に合わされます」
「「「っ!?」」」
イリスの言葉を聞いて身体を震わせる女性達。皆もゴブリンの強さはしっかりと教えられている。
「て、敵って言うけどお、俺達だけでやるの、ですか?」
「そうだよ。あと敬語じゃなくてもいいからね。奴隷なのも事実だけど、これから生死を共にする仲間になるんだから。ちゃんと私の言う事さえ聞いてくれれば意見を言っても問題ないから。採用するかどうかは別にして」
「イリス~ゴブリン共の相手はこいつらじゃ餌にしかならねーでやがりますよ?」
「大丈夫だよ。対策はちゃんとするから」
もちろん、イリスも身体能力を上げただけでゴブリンと戦えるとは思ってもいない。今のままでは囲まれて数で押し込まれるのは目に見えているのだ。
「私が回復魔法や支援をしたとしても、いくらなんでもこの子達だけじゃ絶対に無理よ……」
「だろうね」
「あの、対策があるって言ってたけど、なんですか?」
アンナローゼが否定し、ニナが手をあげて質問してくる。
「それは実際に見せた方が早いけど……」
イリスは振り返って荷物を降ろしたアルフォンスを見る。
「アルフォンス、もういいから帰って。後はこっちでやっとくから」
「わかりました。ですがくれぐれも無理はしないようにお願いします」
「うん」
アルフォンスが馬車に乗って戻っていく。それを絶望したような表情で見る奴隷の子達。
「さて、まず対策の一つだけど君達には特殊な魔法技術を既に身体に施してある。グレン、スイッチを自分で入れられる?」
「今朝のだろ? まだ不安なんだけど……」
「まあ、こればかりは練習して慣れるしかないからね。じゃあ、こっちでスイッチをいれるから手を出して」
「ああ」
グレンの手を握り、魔力を流し込んで魔法回路のスイッチを入れる。これにより、飛躍的にグレンの身体能力が向上した。
(何これ……身体強化の術式かしら? でも、魔法陣も何も使ってないし詠唱もしていないじゃない)
アンナローゼにとって肉体の内側に魔法の発動術式をそのまま植え込むなど常識の範囲外だ。まともなものの考えつく事ですらない。よしんば考えついても実行するなど狂気の沙汰だ。
「じゃあ、あそこの木を引っこ抜いて」
「わかった」
河原から少し移動すると直ぐに木々の大きな森がある。川を挟んで反対側が魔物の領域とはいえ、豊かな自然がある。街からも離れているので伐採もされていないのだ。もちろん、下手に伐採して領域内の魔物に影響を与えたら大変だというのもある。襲われた場合も街に篭れば直ぐに召喚獣が始末してくれるので拠点を作る必要すらないのだ。
「ふんっ!! うわっ、軽っ!」
河原より地面が盛り上がっている場所に生えている木を掴んだグレンが力を入れて引っ張りあげると簡単に抜けてしまい、本人ごと転がってきた。
「ちょっ!?」
「「「ひっ」」」
「ちっ、仕方ねーでやがりますね」
転がってきたグレンと木を片足で受け止めるリタ。手には朝食用に用意されていた焼き魚が握れている。
「あ、ありがとう」
「感謝しやがれです」
「リタ、ありがとう。さて、見てわかったと思うけど皆の身体には身体強化の術式が多数刻まれているから、あれぐらいは容易いし防御力も高い。グレン、怪我した?」
「いや、少し痛みがあるくらいでなんともねえな」
「まあ、こんな感じだよ。もちろん、力になれる練習はしてもらうけどね。という訳で、ご飯を食べたらここに拠点を作ります。お家だよ。頑張らないと野宿になるからね。わかった?」
「「「はい!」」」
それから朝食を食べていく一同。リタは足りないのか、川から追加で魚を取ってくる。イリス達にとって食糧の問題は現地調達でどうにかなるのだ。いや、イリスの料理の腕からしてあちらよりも美味しいのは確実だ。
「とりあえず、これから身体が資本だからいっぱい食べていいからね。三食昼寝付きでいこう」
「おー」
「いいのかな?」
「さあ?」
「お兄様がそういうなら……」
食事を取り終えたら一人ずつゆっくりと魔力を送り込んでスイッチを入れていく。魔法を使った事のない子供に教えるのにはやはり慣らさせるのが一番いい。アンナローゼは最初から魔法が使えるので魔法回路がある事を意識すれば普通に使えた。理論的なものもあるが、そもそもがイメージを元に作られているので身体で理解すれば魔法回路の仕組みもある程度わかる。改変こそイリスにしかできないが。
「では、これから河原近くの木を引っこ抜いてね。作業をしながら力になれてね。後、魔力が切れて補給するから私の元に来るように」
(私の魔力を身体に浸透させてあるから、自らの魔力と合わせた状態が最大値と誤認されれば飛躍的に容量を増大できる……かもしれない。まあ、できたら儲け物だね)
「「「はい!」」」
子供達がその身体ではありえない力を発揮して次々と木々を引っこ抜いていく。抜かれた木々は転がされて低い場所にある河原へと転がっていく。それをリタが受け止めてイリスが水の魔法で水分を抜いて圧縮させる。アンナローゼは圧縮された木を並べていく。
しばらくすると数十本の木々が根元から引き抜かれてボコボコの空き地ができた。
「一旦それでいいから下がって」
「「わかりました」」
イリスの声に従って子供達が戻ってくる。それを確認したイリスは川の水に手を漬けて魔法を発動させる。発動した魔法によって大量の水が巻き上げられて圧縮されていく。そして作られたのは巨大なハンマー。
「よし、行ってみようか!」
「あ、ありえない……」
「「大きい」」
「うわぁ……」
「す、凄いです」
「ヤッちまいやがれです」
その巨大なハンマーを木々が引き抜かれてでこぼこになった空き地に振り下ろしていく。数トンもの水が圧縮されたハンターによって叩かれた地面は陥没していく。斜面だったのが河原とほぼ同じぐらいになってしまった。
「よし、整地完了だね! さくさくいくよ!」
水で形成されたハンマーの形を触手と刃に変えるイリス。それから触手で伐採した木々を持ち上げて刃で切り落として整えていく。四角に整えて角材に変えられた物を更に加工しておうとつを作っていく。それらが出来たらいよいよ組立に移る。
(ログハウスみたいな感じにすると寒さがひどくなるね。うん、防音や防寒も考えないと。まあ、そっちは魔法でどうにかなるや。土魔法に負けないくらい水魔法は汎用性があるしね)
「家は私一人で作れるし、皆には次の事をしてもらおうかな」
「次ですか?」
「なになに?」
レナとニナが聞いてくるので、イリスは2人を手招きして呼び寄せた。
「これに色々と武器を詰めてきたんだよ。手伝って」
「はい」
「わかった」
アルフォンスが積み上げた荷物を降ろして蓋を開ける。そこにはイリスとグレンが詰め込んだ武器類が入っている。
「高そうだめ」
「触っちゃだめだよ」
「まあ、実際に高いんだよね」
(税金を大量に入れて作られたミスリル製だし)
「レナとニナは武器何にする?」
「お姉ちゃんと一緒がいい」
「私はなんでもいいのだけど」
「じゃあ、全部やってみたらいいよ。どうせ一通りやってもらうつもりだし」
イリスは剣や槍、鞭、杖、斧などを取り出していく。他の子達も呼んで武器を選んでもらう。アンナローゼとフィリーネは杖を選び、レナとニナは長剣と短剣をまずは選んだ。リタは特に選んでいない。
「武器が決まったら皆には練習をしてもうよ」
「このままじゃてんで使えねーでやがりますしね」
皆も理解しているのか頷く。確かに身体強化によって早く動けるし力も強い。だが、それだけだ。技術が全くない素人など直ぐに倒される。そもそも人は技術があるからこそ遥かに自身より強い魔物に対抗できるのだから。
「まあね」
「でも、先生とかいないよな。イリスが教えるのか?」
「まさか。こういうのは専門家に教えて貰うのがいいんだよ。という訳で、フィー」
「なんです?」
イリスがフィリーネを呼び寄せた。不思議そうにしているフィリーネの手を掴んで引き寄せる。
「はうっ!? なっ、何を……」
「今から召喚魔法を使うからその準備だよ」
「私は召喚魔法を使えませんが……」
「うん、確かに召喚魔法事態は使えない。でも、フィリーネには特殊な適正があるんだよ」
「そうなのですか?」
「そうなんだよ。それを使って私が召喚するんだ。代理召喚とか、協力召喚とか色々と呼び名はあるけどね」
「どうやってやるんですか?」
「簡単だよ。2人の身体を繋げて魔力を混ぜ合わせて召喚魔法を使うだけだしね。でも、どうせなら普通よりワンランク上のを召喚しようと思う」
「?」
「この宝玉に触れてみて」
小首をかしげるフィリーネに、イリスは持ち出した宝玉を取り出す。それをフィリーネに触れさせてスキルを習得させるのだ。
「この共鳴召喚ってのを選んでね。それが今からやる召喚魔法の効果をより高めてくれるから」
「わ、わかりました」
「皆も覚えてね」
イリスは次々と共鳴召喚を覚えさせていく。共鳴召喚は参加人数が多ければ多いほど効果が上昇する。もちろん、魔力を合わせるなど人数が多くなると難しいが、参加者はイリスの魔力によって肉体を改造されているのでイリスの魔力と親和性が高くなっているので問題がない。
「じゃあ、手を繋いで円になってね」
水によって魔法陣が描かれその中で手を繋いで円を形成する。
「「んっ、んんっ」」
イリスの魔力が繋がった手を通して循環し、共鳴召喚の条件を満たす。同時にイリスが詠唱を開始する。元聖女であるアンナローゼとその娘であるフィリーネの属の力を利用するこの召喚はとても神聖なものだ。愛した者にならまだしも、アンナローゼは汚させれてしまって殆どの力はなくブースト扱いになる。だが、娘のフィリーネは汚れを知らない純潔であり、まだ汚れ切っっていない。ゲームの時はフィリーネの心を解き放ち、信頼関係を気付き上げて好感度をMAXにしてようやく行える。だが、ゲームと違い今のフィリーネは奴隷であり、隷属の首輪によって魂の繋がりもある為に好感度を無視して強制的に繋がっている状態だ。ゲームの時は仲間に入る時点で奴隷からは解放されているので難易度が高くなっているというのもある。
詠唱が完了し、空から光が差し込んでくる。その光の道を通り、光り輝く黄金の髪に純白の翼をはためかせた青い鎧の美しい女性が降臨する。
「ブリュンヒルデ、召喚に応じ馳せ参じた」
(うん、当たりだね)
戦乙女ワルキューレの一人、勝利を司るブリュンヒルデ。馬がない為に完全体での召喚でこそないが、高位存在である事は間違いない。
「問おう。汝が我が主か」
「そう。私が召喚した」
「了解した。古き盟約に従い汝を我が主と認める」
(ゲーム通りだね!)
イリスの使った召喚魔法は聖女に脈々と受け継がれている古の契約魔法を組み込んだ召喚魔法。契約魔法は聖女の素質ある者が天使と契約する為に用意られるものだ。大神殿に存在する召喚魔法陣で天使を召喚し契約を行う。それによってはじめて聖女となる。本来は女性のみに行われる儀式なのだが、フィリーネを通す事でイリスはこれをクリアした。
「じゃあ、この子達に剣技とか教えてあげて」
「了解した。我が武の真髄を教え込もう」
イリスはとんでもない事に戦乙女を先生に技術を学ばせるつもりだったのだ。
「じゃあ、憑依召喚するから身体に覚え込ませて貰ってね」
肉体に宿ったブリュンヒルデがその身体を使って戦い方を徹底的に身体に染み込ませる。生半可な事ではなく、まさに地獄というにふさわしくリジェネーションがなければ死んでいたような状態にすらなる。
「一人じゃやっぱ足りないよねー」
そういったイリスはシュヴェルトライテ、ジークルーネ、グリムゲルデまで召喚して契約した。ワルキューレ達に鍛えられる彼らの戦闘能力は飛躍的に上昇する事となる。
「さて、お家お家」
「イリスはサディストでやがるです」
「どうかな?」
笑いながら水の触手を操作して支柱となる木を持ち上げて粘着性のあるジュルを取り付けて整地した場所に均等に打ち付けていく。後はそこに横板などをたして釘を使わない昔ながらの方法で立てていくイリス。
「これだけじゃ寒いから防音と保温性に優れたジュルを塗りつけて……」
満遍なく建物を覆い尽くさせ改めて木材を貼り付けていく。更に土と水を混ぜ合わせて煉瓦まで一瞬で作り出す。それを接着して外に階段なども作っていく。夕方になる頃には大きめのロフト付きログハウスが完成した。調理場や個人部屋も作られベッドがない事を除けば生活には充分すぎる施設が整った。ベッドの代わりは干し草となるのが現状だ。どちらにしても1日で作り上げられたのは驚異としか言いようがなかった。