痩せるよ!
名も無き異世界。その世界にある大陸には多数の国があり、魔法が存在する。魔法の力によって発展した世界は何度か栄えては滅びを繰り返す。戦争の為に作り出された戦闘用魔法生物、モンスターが当然のように跳梁跋扈し、世界中に現在の人類が踏み入れる事のできない未踏領域が存在する。そんな世界にある1つの国。アスタリアよりこの話は始まる。
アスタリアにある領地の1つ、エーベルヴァイン伯爵領。そこは住民から搾取し、自ら贅沢を尽くす典型的な悪い貴族が統治している。領主が気に入った女は連れ去られ、奴隷にされる。逆らえば一族郎党皆殺しという悪党に相応しい所業を行う当主。その当主の5男として生まれたイリス・フォン・エーベルヴァイン。彼は母親譲りの綺麗な銀髪と顔を持って生まれたが、親と同様に贅沢三昧な生活を行い5歳にしてぶくぶくと太ってまるで醜いオークのような姿となっていた。
昨日、5歳の誕生日を迎えたイリスは魔法の属性を調べる日を迎えた。
「では、イリス様の属性識別を開始します」
「うむ。光や闇なら最高だ。土と水以外なら文句無しだ。せいぜい頑張れよ」
光や闇は上位属性であり、土や水は人気がない。何故なら土は土木作業など平民の属性だと思われているからだ。水も飲み水などにしか使えず、攻撃手段も弱く戦闘力は無い。治療に関しても微々たる物で、光属性の回復魔法には圧倒的に劣るのだ。
「はい、父上」
「はっ、どうせお前だからろくなものじゃないだろうが、せいぜい頑張れ」
イリスは父親や兄の微妙な声援を受けて配置されたテーブルの上にある魔石に触れる。
「では、魔法を使おうと意識してください」
「わかった」
意識して魔力を魔石へと流し込んでいくイリス。すると魔石は青く微かに輝いた。輝いた色こそ潜在属性の証であり、光の量が所持している魔力量となる。
「あっ、ああぁぁぁっ!?」
「最低の魔力量に水か、塵芥だな」
「15になったら排斥だ。それまでは家に居ても構わん」
父親からのその言葉を聞いて魔石の明滅する光を見ながらイリスは気絶した。
「離れに閉じ込めておけ。自力で出るまではな」
「はっ」
父親のグレーデン・フォン・エーベルヴァインは兵士達に命令して気絶したイリスを運ばせる。兵士達はイリスを乱暴に離れに運んだ後、私物を運ぶ。それが追われば扉に鍵を閉めていった。
次の日、イリスは高熱に犯されて苦しみ出すが、エーベルヴァイン家にとってイリスの価値は無くなったので放置された。死んでしまってもいいと思われたのだ。幸い、蓄えられた脂肪によって食事を取らなくても数日間は生き残る事はできた。もちろん、朝と夜に水と硬いパンが支給されるのだが、兵士によって夜のパンは奪われているので食事は実質朝のパン1つだけだ。だが、ほぼ動けないイリスにとっては関係無かった。
「んっ、んん……ここはどこ……?」
イリスは数日後に目が覚めた。だが、その様子は明らかに変わっていた。周りを不思議そうに見回した後、不思議な行動を取る。
「なにこれっ!?」
自分の身体を見て明らかに動揺しているのだ。
「これ……っ!? 痛い、痛い痛い痛い痛いっ、痛いぃぃぃぃっ!? はぐっ!?」
頭を抱えて転げ回るイリスは過去に倉庫替わりに使われていた時に置かれたままの荷物に頭をぶつけて止まった。
「ふぎゅぅぅぅぅっ」
少しの間、のたうち回り、痛みが引いたのかむくりと起き上がるイリス。
「お、落ち着いて、落ち着いて現状を確認……」
(気が付いたら知らない場所で、知らない身体。さっきの痛みからしれて現実だよね。つまりこれって――)
「転生しちゃったよ……どうするのこれ?」
(ラノベとかであるチートも無いみたいだし……いや、試してみるか。まずは定番のステータス!)
「ステータスオープン、開け」
声を出してラノベなどの知識でどうにかしようとするイリス。だが、何も起きない。
(ち、チート系が本当に無い……引きこもってゲームしてただけなのにこれって……)
どうやら前線のオタクである記憶を思い出したようだ。その記憶とイリスとしての記憶が反発が高熱の原因だったようだ。意識と意識が衝突し合い、生き残ったのはオタクの意識だった。ショックを受けていた5歳児では魔法使いに勝てるはずなどないという事だ。
「ああ、くそ、でも生き残る為に何かしないと……まずはダイエットと魔法を使えるようにならないと。えっと、幸い知識はあるみたいだし、イリスの知識で……いや、自分の知識だけど。魔力量は最底辺。魔力量を増やす目安は半分くらい使うのが安全……か」
イリスが習ったのは一般的な事だ。魔力は使い過ぎると気絶してしまうし、枯渇すると目眩や激痛に襲われる事になる。増える量は圧倒的に使い切った方が多いのだが、死ぬ危険性もあると言われており、誰も行わない。
(赤ん坊からならチート級の魔力が手に入ったのに!)
「といっても、全部使うしかないけどね。微々たるものだし」
そんな事を考えていると、ぐぅ~という音がイリスのお腹から響いた。
「……ごはん……うわぁ……硬い……」
硬いパンを水でふやかしながらなんとか食べていくイリス。食事が終わり、水を飲みたくなり早速、イリスの知識から魔法を使う。
「ウォーター」
コップに水を入れるだけの簡単な魔法なのだが、直ぐに魔力が切れて頭痛が襲って来る。
「まだまだ……どうせこのまま死ぬんなら徹底的に」
朦朧とする意識の中、なんとかコップに少しの水を溜めたイリスはそれを飲んで気絶してしまう。それから、意識が戻っては水を生み出して気絶していく。魔力を枯渇させ、回復仕切るまで気絶するを繰り返す事で魔力量が増えていく。
(魔力量は確実に増えている。続けよう)
一週間後、水を作るくらいでは気絶しなくなった。
「それにしても魔力チートのテンプレだね。限界まで使えばもっと増えるならどんどん鍛えないと」
限界を挑戦していくイリス。幸い、離れには人は滅多に来ず、例え来ても食事を運びに来るだけだ。トイレは壺がありそれにして回収されるのを待つのだが、大変臭くてあまり回収にも来ない為酷い異臭を放ち出している。異臭から逃れる為にも魔力を使い気絶を繰り返した。
一ヶ月もこんな生活を繰り返せば身体は多少痩せて来る。それに消費しきれなくなって来た魔力の使い道を考えていくイリス。
(さて、どうしようかな。水を生み出すだけじゃ枯渇しなくなったし。魔力も筋力とかと同じで痛めつけて回復させると伸びがいいんだよね。だから限界まで使うのがいい。やっぱり生み出した水の操作をしようか。魔法はイメージも重要みたいだし)
イリスは掌の上に水の玉を生み出そうとするが、直ぐに崩れて周りを水浸しにしてしまう。
「これは魔力を使うね」
何度も挑戦していると魔力が切れて気絶してしまう。水をただ生み出すよりも、操作するのは非常に難しい。そもそも水は個体ではなく液体なのだから難易度はどうしても高くなる。
(この訓練と同時に脳に負荷を掛けてマルチタスクができるようになった方がいいよね。それと身体を鍛えよう)
イリスは訓練を始める。水の魔法を操作しながら身体を解したりストレッチを行なった後、腕立て伏せなどを行っていく。
「ぜぇ、ぜぇ……」
直ぐに息が切れる身体を水の回復魔法で無理矢理回復させながら脂肪を燃焼させていくイリス。
(こう、なれば、漫画やラノベの知識を使いまくってやるんだ!)
必死に魔法を操作しながら運動を行へば当然のように腹が減るが、パンは1つしかない。
(ご飯が足りないなら水に栄養を持たせればいいじゃない。人間に必要な栄養素は炭水化物、たんぱく質、脂質、ビタミン、ミネラル。これらを加えた水を作る)
水の魔法で生み出す飲料水に栄養を与える事にしたイリス。化学式をイメージしながら操作して作り出された水を飲んでみるが、直ぐに吹き出してしまった。とても飲めた物じゃなかったのだ。
「ええい、負けない! 媚びない、顧みない! でも、改造はする!」
どこぞの人のような事を言いながら必死に飲める栄養水に変えていく。点滴などのイメージが正しいだろう。それを魔法で自身の魔力を材料に作りだす。こんな事をすれば通常よりも消費する魔力が必要になっていく為だが、生きていく為に行っている。
2週間も続ければ脂肪が燃焼し、身体が軽くなって動くようになって来た事でイリスはより一層励む。必要な物以外の栄養はどんどん消費される。魔力でできた栄養水を摂取する事によってイリスの身体は魔力が肉体全てに染み渡るように浸透していき、魔力との親和性が上がり操作しやすくなりだした。
(水も操作できるようになったしここらで実験してみるか。放出する魔力量が足りないし、やろう)
イリスは自らの体内の水分をコントロールしていく。体内を循環する血液に魔力を流し、操っていく。ポンプのような事をしたイリス。瞬時に腕から血が吹き出す。
「いっ、痛い痛いぃぃぃっ!?」
慌てて回復魔法を使ってなんとか持ち直す。ゴム人間でもないのだから同じようにできるはずがないのだ。
「ぎ、ギアは駄目か……よし、こっちにしよう」
(イメージするのは電子回路。身体に形成する魔力回路を作成する。魔術も魔法も同じく使えるだろうしね。よし、頑張るよ)
身体の内部に寄り添うように別の機関を作成する。こんな無茶苦茶な方法を魔法で操作して無理矢理作成していけば当然――
「いぎゃあぁああああああああああああああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
激痛が身を襲い、頭から血が吹き出る。元ネタの方では解放させていたがこちらは肉体を操作して作っている。生半可な決意ではできない。だが、それでもイリスが行うのは欲望の為だ。
「ま、魔法使い舐めないでよぉぉぉっ!! まだまだぁ!!」
(もふもふの為にも、エーベルヴァインの名を冠するあの子の為にも、最凶を目指すのです!)
目標は深紅の服を着たラスボス級と定めたイリスは徹底的に魔力回路を増やす。普通なら確実に死ぬがイリスはやけっぱちになり暴走しながらもある意味では冷静差を失わなかった。
「魔力回路、解放、リジェネーション」
回復特化に設定された魔力回路が燃料の魔力を流し込まれて専用化された魔法を発動させる。専用化させる事で魔力消費を抑え、効果を上昇させたリジェネーションによって受けていた傷口が修復されていく。水の魔法で血液を操って居なければ低血圧ショック状態……大動脈瘤破裂で、命を落としていた。
「むきゅ~」
当然のように無茶をした為に魔力も無くなり、乗り切った事もあって気を失って血の中で眠るイリス。
数時間後、目覚めるイリス。
「いっ、痛いっ」
イリスが起き上がると床に流れていた血が固まって髪の毛や肌に付着していたのだ。
(むう、水で洗い流して回収しようか)
水の魔法を頭から被って全身を洗い流していく。固まった血液も薄まって液体に戻っていく。その液体を掌に集めて球体を作成する。
(鉄分は非常に大事だしね。要らないのを不純物を分離させて魔力で水増しさせて飲もう)
血液とは情報でありその人物の力が宿る重要な媒介であるが、肉や魚を食べられないイリスにとっては鉄分は補給できない重要な物なので使える限り使うという事だ。
「さて、今日も増やそうかな。目指せ全身魔力回路!」
声を出して活を入れた後、身体を動かして日課になった運動を行うイリス。筋肉を痛めつけては魔力を流してリジェネーションで回復を行う。これを繰り返し日課が終われば魔力回路の増設に入るイリス。
「ふぎゃァァァァァっ!?」
リジェネーションを発動させながら激痛によって気絶して動かなくなる。そから朝の部分に戻り繰り返していく。増やしていく。
「ふふふ、花畑と川だ~」
生死の境を彷徨う臨死体験すらも行いながら魔力を増やしていくイリス。通常の枯渇よりも臨死体験をする方が格段に魔力が増えていく。枯渇が1.5倍増量するとすれば臨死体験は3倍もの量が増える事になる。それに加えて魔法にも習熟度というものがある。これは肉体が魔法に変換するのに慣れるという事の他にもイメージが強化される事もあり、使えば使うほど効果が上昇していくのだ。本来は毎回行使するのだがイリスは魔法回路という魔力を入れて置けば増幅するエンジンとシステムを作る事で自動化までも行なった。それも複数本リジェネーション用に作成して回復を優先している。複数の魔力回路による回復力は普通では死ぬような怪我ですら治してしまう。これが無ければ4、5本の魔力回路を作っただけで死んでいただろう。
2週間でイリスの身体には18本もの魔力回路が作成され、日に日に増やす本数さら増えていく。身体の方も贅肉が落ちてきてゆっくりとだが引き締まっていく。弊害は身長だろうが、そんな事はイリスは気にしていなかった。
(今日からじゃんじゃん増やすぞー! でも、その前に考える事がある。魔力を消費する為にどうするかだね)
本人は気付いていないが、既に魔力量は相当な量になっている。一般的な魔法使いを遥かに超えている。
(水、水か……ウォーターカッターとかは圧縮した水を打ち出すんだったかな。圧縮か……やってみよ)
20本の内、リジェネーションに特化させた10本と防衛用の2本を除いて8本の魔法回路を使って作り出された大量の水はイリスの掌の上に球体を作成する。
「圧縮、圧縮」
(イメージ、イメージ。周りから押し込められるような……)
水球はみるみる内に小さくなり――
「あっ」
――限界を超えて破裂した。流れ出て水は室内を濁流となって出口に向かう。イリスの力では開かなかった扉を破壊し、外へと一気に流れ出す。当然のようにイリスも巻き込まれて流されて行くが本人はパニックにもならず至って冷静だった。
(これがタイダルウェイブ! あははははは、でも小さいからスモールだね。痛っ、痛いっ)
身体をあちこちぶつけながらも外に出たイリスは久しぶりに太陽光を寝転びながら浴びた。直ぐに手をかざして遮るイリス。
(眩しいなぁ……)
そんな事を呑気に思っているイリスとは裏腹にいきなりの事に兵士達が慌ててこちらに武器を構えて寄ってくる。それをぼーと眺めながら彼らを待つ。
「動くなっ!!」
寄ってきた兵士達はイリスに槍や剣を突き付けた後、捕縛する為に押し倒そうとする。彼らは伸びに伸びた髪の毛と少し痩せた体型からイリスだとは気付いて居なかった。その為の処置だったが、今のイリスには防衛用の2本の魔力回路が有った。
「ひっ!?」
攻撃と判断したイリスはそのスイッチを入れる。その瞬間、魔法が発動してそこらじゅうの水溜りから水が飛び出して兵士達の口や鼻を塞いで息ができなくする。
「ふぐっ!? ふがぁぁぁぁっ!?」
「んぐぅぅぅぅぅっ!?」
必死に暴れる兵士達に水は更に体内に入り込んで破裂する。飛び散る血液を浴びるイリスは動じない。自分の血を浴び続けて麻痺してしまっているのだ。
「あはっ、あははははははははっ!!」
血を浴びてテンションが高くなったのか、何時ものように血を集めようとするイリス。イリスの意思に従って水達は男達の血液を抜いて魔力と鉄分が入った水へと変えてイリスの体内に戻り溶け込んでいく。
「ぐっ……なにこれ……」
イリスの脳内に流れ込んで来る無数の情報。それは殺された男達の記憶や知識。その膨大な情報量にイリスは――
(とりあえずスルー!)
――流した。問答無用に魔力と何か分からない物に変換して魔力回路に流し込んだ。人を魔力などに変換し、手に入れた膨大な魔力はそのままイリスの髪の毛へと流れていく。古来から髪の毛には魔力があるとされている。その為、豊富な魔力に髪の毛は更に伸びて光沢も増して汚れていた髪の毛は綺麗な銀の長髪へと変わった。
「イリスか?」
「うにゃ?」
声がした方に振り向くと、そこには太ったままの父親が護衛の兵士や魔法使いに御輿を囲まれながらこちらにやって来ていた。巨体だから動きづらいのだろう。持っている者達は必死だ。
「ああ、父上じゃないですか、久しぶりですね」
「うむ。それよりもこれをやったのはお前か?」
「これ?」
「そこの死体だ」
「死体――あ、あれ? し、死んでる……ころ、した……?」
「そうだな。お前が殺った」
「あは、あははははははっ、なんだろ、忌避感も罪悪感も何にも感じない!」
イリスは何度も苦痛を味わい、臨死体験を行っていく過程で狂ってしまっている。正気の状態であのような事など行えるはずがない。ただひたすらに魔力を増大させ、強くなり欲望を叶える事だけ目的にしてきたのだ。そもそもイリスは既に半分人間を止めている。魔力だけで作成した物を摂取し続けた為に、肉体の数%は魔力で構成されている。そこに加えて魔力回路まであり、他者の血液すら魔力に変換できるのだから魔人と呼ばれるに相応しい状態へとなっている。
「たかが平民を殺した所で何の問題もない。それよりも自力で出れたのなら元の部屋に戻してやろう。お前は私の息子だけあって使えそうだからな」
(有用なら使うって事かな? ろくなことにならなさそうだなあ~)
「とりあえず、その汚い身なりをどうにかするんだな」
「はーい」
泥だけの身体を洗い流してメイドから渡されたタオルで身体の水滴を落とす。それから用意された服に着替えるイリスだが、その服はかなりブカブカだった。
(痩せたから仕方ないよね)
自室に戻り、他の服も確認するがまともな物がない。
(どれも派手で大きいし、とても着れたものじゃないや)
前の性格がわかってしまう。イリスはそれらの服を無視してメイドさんに明日の朝に服を持ってくるようにお願いするイリス。採寸をされた後は久しぶりにまともなご飯を食べて柔らかなベッドでイリスは眠った。もちろん、魔法回路を作ってからだが。