さよならおうちロボット
――その通り
背後から声がした。懐かしい声だ。マーは勢いよく振り向いた。小さいマーは今のマーに戻った。おうちロボットはマーと同じ背丈になっていた。割れた窓ガラスにはテープが貼ってある。マーはおうちロボットに駆け寄ると、窓ガラスのテープにそっと触れた。
(ねえ、大丈夫?)
――マー、よく頑張ったな。
えへへ。マーは照れたように笑った。
(田舎の家が苦手だった理由が「トイレが怖い」だなんて笑っちゃうね)
――そんなの小さい子にとっては、当たり前のことさ。
(でも、本当の田舎の家にはボットン便所も、土間も上がりかまちも、もうないんだ。おじいちゃんもおばあちゃんも年だから、リフォームしたんだよ)
――じゃあ、問題なしじゃないか。
(それが違うんだな。母さんは言ったんだ。リフォームしたのはマーが泣いたからだって、ぼくのせいだっていうんだ。それに、正月みんなが集まると酔っ払って、必ず昔のぼくの話になるのさ。よく泣いてたとか何だとか言ってさ。そういうの、いやなんだ)
沈黙の後、二人の間にため息が漏れる。
――……大人になれ、マー。大人よりもっともっと大人に……。
(そんなの分かってるさ。たかが田舎に行くぐらいで、押入れなんかに立てこもって、ふてくされてちゃいけないってことくらいは。もう、ぼくは大きいんだ。だけど、だけどね)
――大丈夫、大丈夫だ。
(何が大丈夫なのさ)
――マーは、悪くない。だから、大丈夫だ。
(本当に悪くないよね。ぼくは悪くないよね)
――うん、悪くない。
(ぼくはね、ずっと、誰かにそういってほしかったのかもしれない)
――だったら、何度でも言うよ。マーは悪くない。
マーは今まで我慢していた悲しさから開放されて、また泣きたくなった。でも、泣いてはいけないと思った。大人より大人にならなくてはいけないから。
――この先の廊下を行くとすぐ出口だ。そこを出ればマーの家の押入れに戻る。
薄暗い廊下には、出口を示す緑色のランプが点っている。あっちに行けば家というわけか。
――もう、ひとりでも平気だね。
マーは、うん、と答えようとして、はっとした。
(ひとりって? おうちロボットはいっしょじゃないの?)
――剥製のやつが寂しがっているから、行って慰めてやることにしたんだ。
おうちロボットを引き止めようとしたが、ふとマーは鷲の剥製のことを思い出した。よくよく考えてみればマーよりかわいそうなやつかもしれないと思った。
(でも、また会えるよね)
――いつかきっと。
ブロン、ブロン。スポーツカー靴が、おうちロボットを迎えに来た。
――がんばれ。
おうちロボットは片手を挙げると、去っていった。さよならと言うように、クラクションの合図が聞こえた。
(さあ、行くか)
マーは出口の方向に歩いていった。
漏れてくる光から、ここが安普請であることは一目瞭然だ。一歩進むたびに、外の世界の気配が強くなる。
「田舎の家」の入り口は立派だったけど、出口はずいぶんといいかげんな造りになっている。遊園地のお化け屋敷みたいだ。マーは早く出たいような、後戻りしたいような、不思議な気持ちになった。
出口の扉は安っぽい小さなドアだった。ドアを開けると押入れだ。
ドアノブを握る手が震える。やっぱり嫌だ。本当はずっと家に引きこもっていたい。でも解っている。大人にならなくちゃいけないんだ。ちゃんと押入れから出て行くよ。だけど、もう少しだけ時間をくれないか。あと五分、せめて、あと五分だけでいいから。
最後まで読んでくださいまして、感謝します。
完結しました。
これでいいのか自問自答しながら書き進めてきましたが、なかなか客観的に見ることができないところが辛いところです。
感想などありましたら、一言いただけると嬉しいです。
辛口でも大丈夫です。よろしくお願いします。




