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ラスボスとの戦い

 また、世界が暗やみにもどった。

 体中がズキズキ痛む。

(おうちロボットを助けなきゃ)

 マーはゆっくり立ち上がった。

 ゾクッとした。誰かがマーを見つめている。

『ピッ、ピッ、ピー……』

 鋭い口笛のような音が聞こえる。まるでマーを誘っているようだ。

 音のする方向に足をふみ出す。カサカサ、落ち葉を踏みつけているみたいだ。ザリッ、木の枝が顔に引っかかる。

『ピッ、ピッ、ピー……』

 また、さっきの音。

 マーは立ち止まり、あたりに目を凝らした。暗やみの奥にふたつの目が光る。

(肉食獣?)

 後ずさる。足元に何か硬いものがある。

 それは何十枚ものお皿だった。

 マーは、ふたつの目に向かって、お皿を投げつけた。手当たり次第投げた。お皿は、投げても投げてもなくならなかった。

 投げるペースが落ちてきた。マーは、ふと思った。なぜ森の中に食器があるのだろうか、なぜ食器はなくならないのだろうか、誰がこんな場所に捨てていったのだろうか……マーは考えかけて、首を左右に振った。余計なことを考えてはいけない。あいつを倒すまでは、手を休めてはいけないんだ。

 でもなんだかおかしい。さっきから食器が割れる音がしない。

 マーはお皿を投げるのをやめた。

 あたりが静まり返る。手に持っていたお皿をそっと地面に置いた。

 バサッ、バサッ。

 急に羽ばたきの音がして、強い風が吹いた。さっき投げたお皿が、マーに向かって飛んできた。

 お皿が割れる。腕で顔をかばう。お皿のかけらが腕に突きささる。赤い血が流れる。


『おまえは、生きているんだな』

 ぞっとするような声が聞こえてきた。

 前方がうっすらと明るくなり、何者かのシルエットを映し出した。そのシルエットはゆれながら、マーに近づいたり遠ざかったりした。


(こっちに来るな!)

 マーは、お皿のかけらを、敵に向かって投げ返した。すると今度は、マーが投げたのよりもっと早いスピードで、かけらがはね返ってきた。もう一度投げる。また返ってくる。マーの体は傷だらけになった。手のひらはの傷口が大きく割れた。それでもマーは投げ続けた。投げるのをやめたらどうなってしまうのか、それを考えると怖くてたまらなかったのだ。


(おまえは何者だ。)

 二つの目に向かって問いかける。その答えをマーは知っている気がする。でも思い出せなかった。

 ビー玉のような透明な目が、暗やみに浮かび上がる。そのひとみの中にマーの姿が映った。

 それは現在のマーではなかった。

 小さい、もっともっと小さいころのマーだった。


(剥製……)

 ぼんやりしたシルエットが、木に止まった鷲の姿になった。

 玄関に飾ってあった鷲の剥製だ。

 大人の後ろにかくれるようにして、剥製の前を通った。おばあちゃんは「もう鷲は死んでいるから、マーを襲わないよ」と話してくれた。でもマーは、何度説明されても怖かった。

『わたしだって、殺されて、こんな姿になってまで生かされているのは、とても悲しい。心にぽっかり穴が開いているのだ。』

 その様子は、怖いというよりも悲しげだったから、マーは鷲をちょっと気の毒に思った。


『マー、いっしょにこっちの世界においで。そして、わたしをなぐさめておくれ』

(でも……)

『どうしてだい? こっちの世界にきたら、マーのすきなことだけして遊んでいればいいよ』

 心惹かれる提案だった。でも、何かがおかしい。

(やっぱり、そっちには行けない)

『なぜだい?』

(だって……)

 マーのはっきりしない態度に、ワシはイライラしてきたようだった。

『言いたいことがあるなら、さっさと言え』

(……ぼくは家が好きなんだ)

『まだそんなことを言っているのか!』

 マーがだまっていると、鷲は強引にせまってきた。

『こっちに来るんだ。でないとおそろしいことが起こるぞ』

(おそろしいことって、どんなことだよ)

『そんなこと、自分で考えろ』

 マーと鷲は、にらみ合ったまま、動かない。

『怖いだろ。怖かったら、かかって来い』

 鷲が、マーをけしかけてくる。

 でも、なぐりかかっても、鋭いくちばしとツメには勝てそうにない。使える武器もない。いったい、どうすればいいんだ。

『早くしないと、こっちからいくぞ』

 鷲の目が、ギラギラ光る。

 マーは、ファイティングポーズを取った。覚悟を決め、相手の出方を待った。しかし、いつまでたっても、鷲は攻撃してこない。『怖いだろう。怖くないのか』といい続けるだけだ。


 おかしいぞ。

 そうか! 鷲は剥製なので動けないんだ。今までマーの恐怖心をあおって、マーを苦しめてきただけなんだ。

(剥製の鷲なんて、怖くない。だって、死んでいるんだろう!)

『とうとう見破ったか……』

 鷲はくやしそうに、ビー玉みたいな目でマーを見た。目はどんどん大きくなり、暗く丸い穴になった。穴は、ゴーゴーと空気をすいこみながら天に向かった。マーは、地面にはいつくばるようにして、こらえた。

『マー、こっちに来るんだ!』

(いやだ、絶対、行かないよ!) 

『強情なヤツだ。では、代わりに、こいつを連れて行く』

 目の前に、こわれたおうちロボットがふわふわと飛んできた。

 おうちロボットは、紙切れになって、穴の中にすいこまれていった。


(おうちロボットを返せ!)

 立ち上がると、マーの体が宙に浮かんだ。部屋を見下ろす。やはりそこは森ではなく、物置部屋だった。枯れ葉だと思っていたものは床一面にちらばっていた古新聞で、鷲に投げつけたものは、使われなくなったお皿だった。時間をさかのぼるようにチョウが標本箱の中に戻り、古新聞がひとつにたばねられていく。割れたお皿も元の形に戻り、部屋のすみに整とんされた。

 穴は目の前だ。あの穴はきっとボットン便所の穴。穴の奥なんて見たくないのに、どうしても覗き込んでしまう、絶対に落ちたくないのに、落ちたらどうしようと考えてしまう、あの穴。穴が迫る。回避不能だ。

 勘弁してくれ。う、うわああ。せめて息だけでも止めよう。 

 ボットン。大量の水が押し寄せてきた。水の勢いに流されていくと音のない明るい空間にたどり着いた。チューブ状にふくらんだシャボン玉の中を通りぬけているみたいだ。ほわん、ほわん、としたやわらかなものに包み込まれると、急に体がだるくなり、何も考えたくなくなった。ねむい。マーは目を閉じた。しばらくして、カクン、とうたたねから目がさめるように、急に穴から飛び出た。

 飛び出たマーの真下には、別の丸い穴があった。マーはケンケンパーのパーをするみたいに、穴のところに着地した。しかも小学生のマーではなくて、もっともっと、小さいころのマーにもどって……。


 マーは泣いていた。

「こわいよ」

「こわくなんてありません」

 母さんの声が、イライラしている。

 小さいマーは、暗い穴をまたいでいた。

 穴は、大きくて、深くて、くさい。

 小さいマーは、穴の中を覗きながら泣いた。

「ママがマーのこと、ちゃんとだっこしててあげるから、しゃがんでごらんなさい」

「できない、できない」

 あのときマーは、あんな大きな深い穴の開いたお便所にしゃがむなんてできなかった。うちのトイレは、穴なんて開いてないし、水も流れる。マーは、イスみたいにすわってするトイレはできるけど、しゃがんでするのは初めてだった。

「ウンウンしないと、おなか、いたいいたいに、なっちゃうよ」

「やだやだ、やだあ」

 小さいマーは、母さんに後ろからだきかかえられるように、むりやりしゃがまされた。

「こわい。おっこちるよー」

 そう言って、小さいマーはまた泣いた。 

(大人用の便器は、小さいマーには大きすぎるんだ。ほら、便器をまたいだだけで、足の長さがいっぱいいっぱいじゃないか。しゃがむのがこわくたってしょうがないだろう)

 一部始終を見ていた、今のマーの意識が、そうつぶやいた。

 

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