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私をいじめるのは私

作者: クロスグリ

ピンポーン、という音の連続で、私は目が覚めた。

暗い部屋の中、電灯のスイッチとなっている先端が光ったヒモ(夜中に起きて、トイレに行きたい時に便利なのだ)を手にとって、明かりをつけ――。

しまった、明かりをつけてしまった。

脳髄に送られる危険信号。体を駆け巡る違和感。それよりも疾走する焦燥感。……なにかを、私はなにかを間違えた気がしてならなかった。

やってしまった。

一体何を?

部屋を明るくしたことで、在宅を知らせてしまった。

どうしてそれがいけないの?

それは……。

まず最初に、確認しなくてはいけないこと。明るくなった自室で、勉強机に置いてある目覚まし時計を手にとって、時間を確認しなければならない。

目覚まし時計を見ると、時刻は午前二時。

この時間に誰かが私の家に来る……? 誰が?

そして、さっきから連続して鳴らされるチャイム音。不審者ではなかろうか?

不審者は不審者でも、たちの悪い酔っぱらいがイタズラしてきた程度ならまだいい。もし、頭のおかしい人だったら? 頭のおかしい人が、部屋の明かりをつけているのに応対しない私のことを、居留守を使っていると思って逆上してきたら?

もし、そうだったとして、私は今すぐ玄関に行ったほうがいいの? 現状ではマイナス要素しか持ち合わせていない正体不明の不審者に会うなんて、何をされるのか分からないのに?

私は一歩も動けなかった。

まるで催眠術にかかったかのように、体全身が鉛のように重く、動かざること死体のごとし――死体はちょっと不吉なので、銅像のほうがいいかもしれない。

その催眠術を解く言葉が、玄関から聞こえてきた。

「おーい、やっぱり起きてるじゃん。早く開けてよー」

どこかで聞いたことがあるような気がする声。だけど、誰の声なのだろう? 思い出そうと脳内アーカイブのテキストフィールドに「今、聞こえてきた声の正体」と書き込んで検索しているが、一件もヒットしない。「もしかして」という文字列も見当たらない。それでも確実に聞いたことがある。おそらく、情報が古すぎてゴミ箱に移動してしまったのか、思い出すとまずいから隠しファイル化しているか。どちらにしても、私の中で「玄関前にある謎」が恐怖の対象から、アハ体験によるドーパミン分泌を狙える、快楽の対象へと変わってしまったという結果に違いはない。よし、今すぐ玄関に――。

ガチャッ。

「へっ……。きゃあああああああああ!!」

「あんまり驚かすつもりはなかったんだよ。でも、遅かったからさぁ……」

びっくりしたことが二つある。

その一。家の前でうるさくしていたであろう人が、どうやったのか私の部屋まで侵入してきた。

その二。それは……。

「あ、貴女……誰…………?」

「見れば分かるでしょ?」

「な、なんで私と……同じ顔……格好も……」

「だって、アタシはアンタだもん。でも三つ編みとメガネはしないけどね。ダッサイから」

「どういうことなの……」

「いまどき三つ編みなんてモテないってことだよ」

「そうじゃなくて!」

「あはは、その感じだと、あんまり怖がってないみたいだね。失禁するまでは想定の範囲内だったんだけどなー」

彼女の言葉はいちいち気に障って反発したくなるけど、なぜか難なく受け止められるほどの親しみやすさがあった。この超常現象を前にして喋れるほどの意識を保てているのは、きっと相手が私だから、親しみをもてる相手だからだと思う。だが、異常事態に変わりはないわけで……。私は質問をしなければ――例えそれが質問になっていなくても、質問しなければならなかったのだ。

「……だから……貴女は……なんなの…………」

「だから、見れば分かるでしょ?」

「ドッペルゲンガー……?」

「それだと、アタシを見たアンタは、もう死んでいるはずだけれど……」

「そっくりさん……?」

「世界に三人は自分と同じ顔がいるそうだけど、近所に潜んでいるのは確率的に、ねぇ?」

「未来人……?」

「それだったら、机の引き出しから出てくるかなー」

「パラレルワールド……?」

「残念ながら、腕にケータイ機能はありません。そもそも、アンタが使っているのはスマートフォンでしょ?」

「それじゃなんなの、もう……意味分かんない」

「あんまり考えなくてもいいじゃない。あえて言うなら、アタシはアンタの話し相手。そういうことで済ませるのが一番じゃないかな? まぁ、アタシの都合なんだけどね」

「じゃ、それじゃ、なんで家に入って……?」

「いや、アタシはずっとここにいたけどね」

「えっ」

「だけど、チャイムを鳴らしたのもアタシ。ささ、これ以上の無駄話はできないから、とっとと本題に入ろうよ」

「いや、意味が」

「アンタはお父さんとお母さん、どっちを取るの?」

このプログラムを終了できません。操作の完了にもう少し時間がかかる場合があります。

唐突に、私の脳髄に過負荷を与える問題を出してくるとは……。すぐに終了してしまいたい。

本題、それは「私の人生の本題」という意味だったのか。いや、彼女が私だというのなら、彼女の本題は私の本題であって……。いや、そんなことはどうでもいい。彼女は本当になんでも知っているのだろうか? いくら自分自身だからといっても、そこは確認しておきたい。

「貴女、私の家庭のことをどこまで知っているの?」

「はぁ……何回も言ってるけどさぁ、アタシはアンタなの。アンタが知ってるものはアタシも知ってる。アタシは『離婚したらどっちへついていくか』って訊いてんだけど?」

「それなら、私がお父さんについていくってことも知ってるでしょ? なんでそんなことを訊くの?」

「アタシはお母さんについていったほうがいいと思ってるから訊いてんの」

何を言っているんだこの人は。私のくせに、なんで私に逆らうのだろう?

「……あっ、分かった。つまり、貴女は……コペンハーゲン解釈でいう、観測されなかったほうの、つまり別の可能性をもった私?」

「そんな大げさに捉えないでよ。量子力学というよりも、心理学のほうじゃないかな?」

「多重人格!」

「違う違う。それで、話を戻したいんだけど。話を終えないとアタシも帰れないんだから」

「だって、説明つかないじゃない。なんで私でありながら、私に反対する意見をもつの?」

「逆に訊くけど、アンタは百パーセントお父さんについていくって決めてるの? お母さんのことは一ミリも気にかけてないって断言できる?」

「それは……」

「アタシは、その一ミリを切り取って生まれた存在……っていうか、現象っていうかね……。まぁ、そういうものなんだよ。これを世間一般でなんて言ってるかまで説明しちゃうと私の存在そのものが傷つくから、そういうものだと思って、ね?」

「……お母さんには、新しい結婚相手がいるけど、お父さんは一人ぼっちだから、私はそっちに行かないと……」

「アンタねぇ、それは流石にお人好しすぎると思わないの? なんで離婚することになったのか。原因はお父さんにあるでしょ?」

もう一人の私が言うのは至極最もな意見だった。いや、自分の意見なのだから、最もだと思えた。

中学生の私には難しいからと、両親からは離婚について何も聞かされてはいない。しかし、夜中に二人で話し合っているのを盗み聞きしたことならある。

お父さんは友達に頼まれて借金の保証人になったけど、その友達に逃げられたので、代わりに多額の債務返済を要求されているらしい。正直、ドラマでしかありえなかったシチュエーションが私の家庭で起こったことに対して、子供である私は一切現実味を感じてはいない。だから、お父さんに対して一切の嫌悪感を抱かないのかもしれない。

逆に嫌悪感を感じているのはお母さんのほうだ。借金を背負ったから離婚すると言っているみたいだけど、家族というものは、お金だけで壊れてしまうような関係なのだろうか? お父さんが辛い今こそ、支えてあげるのが家族ではないのだろうか? 確かに私は子供だから、大人の事情というものは何一つ分からない。でも、お父さんのことが大好きであるのに変わりはない。それはお母さんも同じだと思っていたのに……。

「それに、アンタ自身のことも考えなくちゃだめだよ。お父さんと一緒にいると、あんまりいい生活はできないんじゃないかな?」

「そ、そんなの、他人を『お父さん』と呼んで暮らす生活よりは『いい生活』だよ! お父さんが借金背負ったからって、すぐに他の男の人とくっつくお母さんと一緒に住むのも大嫌い!!」

「片親は偏見で見られるってのも知ってるでしょ?」

「私はお父さんを悪く思わない! 周りなんか知らない!」

「アンタが中学一年生の夏ごろに思ったこと、覚えてる? 図書委員の先輩が片親だと知って『可哀想』だって思ったよね? 何が可哀想なの?」

「そんなの、深い意味があるわけないじゃない!」

「本当かな?」

「うるさい!」

「本当は、どこかでお父さんについていきたくないって思ってるんでしょ?」

「うるさいうるさいうるさい!」

「だからアタシが存在しているんだから」

「出て行ってぇ!」

「そんな、この問題が解決しない限り、アタシはアンタから離れることはできないから無理だよ」

ここから私は彼女に対して何も言うことができなくなった。

私の前で見下すような笑みを浮べている、もう一人の自分を見て、ただただ震えることしか……。


…………。

……………………。


目が覚めた。まぶたを開けても、一寸先も見えない暗闇が広がっていた。

何も見えないのがとてつもなく怖かったので、暗い部屋の中、電灯のスイッチとなっている先端が光ったヒモ(夜中に起きて、トイレに行きたい時に便利なのだ)を手にとって、明かりをつけた。

勉強机にある目覚まし時計を見ると、時刻は午前二時十五分。二度寝しても学校に遅刻しない時間であるけど、寝たらまた同じ夢を見るんじゃないかと思うと寝る気にはなれない。

先ほどの悪夢――いや、起こったことは夢だけど、もう一人の私が伝えたことは、夢ではない、のかもしれない。

結論からいうと、私はお父さんの子であり、お母さんの子でもある、ということなんだろう。

お父さんの気持ちも、お母さんの気持ちも分かってしまう。

しかし、自分の心は分裂できても、肉体は分裂することができない。いずれはどちらについて行くのか、決めなければならない。

お父さん、お父さん……。

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