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陰陽少女  作者: 瞬々
華胥之夢
94/234

十八

†††

 内なる幽闇を抑制する――それは単なる精神論の話ではなかった。胸にぽっかりと開いた闇と、その中心で開いた眼を見れば、嫌でも実感させられる――もしも、実感するだけの心が、一真に残っていればの話だが。


 幽闇の奥底から響く声は、この洞窟に先程までいた亡霊の数の比ではない。これは前にも一度経験している。もっと幼い時、月と共に、封印から解き放たれた物の怪を追ったあの時、物の怪に襲われた時に。


 一真は物の怪に憑かれた。月が気に病み、一真を遠ざけようとした一番の理由でもある。だが、実際には違った。一真は物の怪に憑かれて等はいなかった。一真が物の怪を取り込んだのだ。


 その事実を、叔父――博人が明かし、彼との戦いに勝利した後、春日刀夜は、一真がその力を抑え込めるようにと鍛錬を課したのだった。


 だが、それも今となっては、意味を成さない。


「――止――戻――」


 破敵之剣が、何かを発する。恐らくは言葉のような物だが、今の一真には霊気を通して作られた記号のようにしか伝わらない。幽暗の闇はその剣の刃をも浸食し、黒一色に染め上げていた。

 そして、本来の破敵之剣としての効力すらも上書きされていた。闇へと幽し閉じ込める力に。


「素ばらしいわ。それがあなたのほん当の姿なのね」


 沙夜の言葉だけが、不自然なまでに――鮮明に、聞こえる。ただし、それに対して何か言葉を返せはしない。あえて、返すとすれば昂る感情か。だが、それすらも正確な表現ではない。今の彼は感情で動いてはいない。

 感情は、彼の中に眠る闇を解き放った鍵に過ぎない。今の彼は、そう内にある扉、そこから吹き出し、暴れ回る行き場の無い闇に動かされていた。

 そして、感情の名残ともつかない物が、一真に目の前のこの少女が標的である事を告げている。

「――は、――い」


 式神の声が、背後で叫んだのを、霊気の流れとして感知する。だが、一真は止まらない。

 夜色に染まった剣を一閃する。刃は通ったその空間そのものを斬り裂き、闇へと還元しつつ、沙夜へと迫る。

 沙夜は躱さなかった。その肩に刃が喰いこみ、容易く左腕を切り離した。左腕が刃に呑み込まれて同化される。だが、沙夜自身はまだ生きている。完全に躯を取り込まれる事無く、平然と立ち、挑発するように笑んだ。


「どうしたの? ちゃんと、当てないと私の全てを手に入れることは、で来ないわよ?」


 だが、一真はそれ以上動かなかった。内なる闇に呑まれてなお、彼は彼女を斬れない。いや、斬らない。


「ぉぁ……ぃ、ぁあぅぁ」


 釘を打ちこまれて固められたかのように、重い口を上下に引き剥がすようにして動かし、一真は告げた。


「あら、そう。それは良かったわ。で、どうするの?」


 一真の必死の言葉に心を打たれた様子も無く、彼女は嗤う。斬られた肩それが先からボロボロと崩れるのも気にせずに。闇に還元されるのも厭わないというように。


「こうするに決まっているでしょ」


 不意に聞こえたいつもと変わらない、いつも聞き慣れたその声に、一真は闇に囚われていた事すらも忘れたかのように振り向いた。

 その少女と目が合ったその瞬間、闇は光に呑まれた。

 少女を中心として真っ白な光が、上に下に左右に前後に、環状を描きながら広がっていく。光は一真から吹き出す闇を焼き、天の身を蝕む闇を灰へと変え、そして沙夜を喰らい尽くした。


――いや、違う


 ようやく、まともな思考を取れるようになって一真は、目の前で消滅しつつある“屍人”の結末を見届ける。正確には、屍人を凝縮して固めた塊のようなものを、だ。

 光から逃れようと、屍人の魂が惑い、我先にと井戸の闇に身を投げる。最後の屍人の霊が消え去ると、一真は膝を突いた。それでも身体を支えきれずに手をつく。


「一真……」


 再び聞こえた少女の声に、一真は目を見開く。屍人が見せていた沙夜の姿は消えた筈だった。だが、あの幻によって倒された月は、未だ倒れたまま。消える気配はなかった。


――この月は、まさか本物なのか……?


 考え出した途端、一真の思考は再び絶望の中へと沈み始める。一度は閉じかけた内なる幽闇の扉が、不気味な音を立てながら再び開こうとする。


「……怖い」


「一真君、待って!」


 日向が制し、一真は躊躇う。これも敵が見せる幻影か? だが、たとえ幻影だとして、月を傷つける事が出来るだろうか。


――あぁ、そうか


 と、一真は今更ながらに思う。以前、月が経験したのと全く同じ痛みを、一真は今ここで味わされているのだということを。



「一人は嫌……」



 しかし、同時にこうも思う。――彼女は本物だ



「月……俺は気が付けなかった。いや、気が付いていたのかもしれない。だけど、何も言わなかった。俺は――」


「一真……」


 彼女は誰かが造りだした都合の良い幻影ではない。一真が見た月そのひとを、そこに投影しているに過ぎない。


「お前を一人にはしない。そう約束した。だから」


 一真は近づき、倒れたままの少女に触れた。それは霞を掴もうとするくらいに、無力で、同時に生きた肌に触れるような温もりがある。


「少しだけ待っていてくれないか」


 永遠とも思える程の静寂が流れ、それから少女は答えた。


「待ってる……、待っているから」


 一真は抱き起そうとして、不意に首を思いっきり引っ張られた。


「馬鹿!!」


 耳に叩きつけるかのような声だった。真っ赤な髪を紅蓮の如く逆立て、日向は容赦なく、一真を地面に引き倒した。


「なんで、それを本人に言ってあげないんだよ!!」


 ぐっと捻じ込まれた拳が、一真の胸を締め上げる。息が詰まり、声を上げる事すら許されない。だが、そんなものは肉体的な苦痛にしか過ぎない。彼女の胸を締め付けている痛みに比べれば。


「こんな、こんな、心を投影したに過ぎない紛い物なんかに、言って……」


「ごめん……」


 一真の顔に真珠のような涙が零れ落ちた。その涙は不思議と温かく、開きかけた闇はいつの間にか消えていた。


「何に対して謝ってんの?」


「俺が馬鹿だった。そのせいで、月とそしてお前も傷つけた」


「ふん、私を誰だと思ってんの? 傷ついたりなんかしない。私は人間じゃないもの」


 そのどこか突き放すような言葉は、日向自身に向かっているようだった。


「だったら、あれは何だ。あの――お前が紛い物だと呼ぶあれは」


 未だ倒れ伏す少女。日向は流石に動揺はしなかったが、不貞腐れたように指差された方を睨みつける。


「あれが、俺の心だけを投影したものだったら、もっと都合のいい言葉が出てきた筈だ。俺にとって心地の良い慰めの言葉とかな」


「ふん――」


 日向は短く鼻を鳴らす。真っ赤な瞳に溜めた涙を押しつぶすように、瞬きする。


「一真君は、自分を卑下しすぎだね。君はそこまで甘くない」


 馬鹿だけど、と付け加える。一真は苦笑した。一言余計だとは言えなかった。まさにその通りだと、思う。


「確かにお前は人間じゃないかもしれない。だけど、お前は月が好きなんだろ? 人間だからとか、式神だからとかじゃなくて。お前は日向だ。」


「じゃあ、一真君はどうなの?」


 自分は……、いや考えるまでもない。彼は契を結んだ。


「俺は月が好きだ。だから約束した――」


 肌身離さず持っていた折鶴を懐から取り出す。月を救い出したあの時、これは月と一真を結んだ。今もまた結んでくれはしないかという希望が脳裏にちらついた。だが、そんなことは出来ないと、分かっていた。自分の口で伝えなければいけない。


「ほんと、一途だよね」


 日向は羨望を抱くように、その折鶴を魅入った。一真は気恥ずかしそうに、しまい直した。


「その、こんなこと言うと信じて貰えないかもしれないが、俺はお前の事も好きだよ」


 日向は驚きの余り、表情を切り替える事すら出来なかったようだ。ただ、口だけが間抜けにぽかんと開く。顔面に突然パンチを喰らった方が、まだマシな反応をするのではと思う。何をどうやったのか、日向は器用にも口を開いたまま問う。


「それは……、月を押しのけて私が一真君を独り占めにしてよいと、そう解釈しても――」


「どういう解釈だよ……ま、待てそんな悲しそうな顔をするなって!!」


「え、だって――」


 むくりと、二人の前で少女が立ちあがった。髪の合間から覗く瞳と肌。だが、それは月のものではなかった。


「一真君、これが奴の正体」


「物の怪か? だけど、一度も攻撃なんて」


「目に見える敵意よりも、恐ろしい攻撃方法ってのはいくらでもあるんだよ。そのせいであなたも私も傷つけられた」


 日向の手から、再び紅蓮の扇が生まれ出でる。だが、先程の沙夜擬きの眩惑から一真を引き戻すのに、相当の霊力を使ったようで、どこか色褪せている。日向自身も余裕は残っていないように見えた。いつもの生意気な笑みが強張っている。


「悪い、俺があいつに支配されちまったから。余計な力を使わせて」


「ふふん、そいつは自惚れだね。これくらい、海馬や霧乃は予想済みだった筈だよ」


 それ以上は謝るなと、言外に言われているようで、一真は引いた。注意を物の怪へと移す。

 目の前に立つ少女は何者だろうか。彼女もまた、影夜によって呼び起こされた霊魂である事は確かだろう。一真と日向の思考から月の幻影を映し出したその力と言い、霊魂ながら只者ならないと、一真は見た。



「どうして、わたしなの? どうして、わたしが贄なの?」



「贄」それが、何を意味するのか、彼女がどんな死を遂げたのか。一真は瞬時に悟った。日向が苦虫を噛み潰しぎりぎりと歯を軋ませた。



「どうして殺すの」



 唐突に、息が詰まる程のどす黒い殺気が少女の口から発せられ、一真と日向は飛びのいた。大地が呼応するように震え、少女の姿が薄れていき、消えた。だが、まだいる。自滅してくれたわけではないのだ。一真は気配が追えず、忙しなく首を振るう。対して日向は、澄ました顔で目を瞑り、耳を傍立てていた。


「落ち着け。そうやってる内は、現れては来ないぜ」


 天の助言に従い、一真はその場で立ち止まった。天から霊気が流れ込み、それを自身の霊気と同調させる。

 碧との修行では、“隠形”の術と言ったか、それを見破る鍛錬を続けた。そして、それを実戦で活用できる鍛錬を。だが、鍛錬の中では、殆ど成功していない。


 実戦形式の戦いでは全く――


――下だ!


 本能がそう告げ、一真は後ろへと退いた。真っ白な手が床をすり抜けて、天を仰ぐように伸びる。助けを乞うように。

 躱せた事に、一真は驚き、ぽかんとその白い手が引っ込むまで眺める。


「呆けるな、阿呆!!」


 天が叫び、一真はハッと、右へと転がるようにして逃げた。背後から伸びたのもまた、真っ白な手。そして、あの贄の少女だった。

 日向がさっとそちらの方に向けて、焔の扇を振るう。少女は右の手で右に弧を、左の手で左に弧を描いた。それは上から始まり、下で一つの円と成って、白く光り輝いた。金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き、日向が少しばかり感心したように笑う。


「成程、贄になるだけあって、並じゃないね」


 再び、少女が消える。


――また、下だ


 体を起こし、再び下がる。半秒後、少女の手が宙で見えない首を掴むように泳ぐ。


 しばし、ぽかんと口を開けていた一真はハッと息を呑む。


「て……なんで、俺は避けられたんだ?」


「馬鹿、修行したのも忘れたか? そろそろボケが始まってんじゃねぇのか」


 天に馬鹿にボケと言われて、流石にムッとする一真。だが、驚きだった。あの修行では一度も成果が出ていないというのに。


――右


 押し込むような殺気に、一真は反射的に後ろへと下がり、同時に剣を振り上げた。先程と同じ円を描いた光を掌上に展開しながら、少女の姿が暗闇に浮き上がる。が、その手の肘から先を刃が捉え、一閃。


「嫌ぁあっ」


 あっと思う間もなかった。気が付いた時には、少女は悲鳴を上げもう一方の手で肘を抱えたまま、蹲る。自分を見るその目が酷く怯えており、一真は思わず狼狽する。


「一真、彼女は既に死んでいるんだ」


 天の声に、一真は機械的に答える。少女の姿は早くも消え去ろうとしていた。やるならば、今だ。


「分かっている」


「今、ここで滅しなければ、彼女は永遠と苦しみ続ける事になる!」


「どうして、ころす、の?」



 少女の声が苦痛に満ちる。痛みこそが物の怪の力。ここで捨て置けば、再び彼女は復活する。


「一真!!」


 一真には見つけられない。終わってしまった彼女を救う道は。


「どう、し――」



「あぁああああああああ――――!!」


 金色の刃が躯に吸い込まれ、そして少女は解放された。


 がくっと膝の力が抜けて、一真は――今日何度目になるのか分からない――地面に座り込んだ。引き抜いた破敵之剣は、懐剣の姿へと戻っている。息も絶え絶えになる彼の目の前で、白と金の光の鱗粉が宙を舞い、元来た穴の方へと消えていく。やった。この手で。この手が彼女を再び、地の底へと落としたのだ。その事実が分かった途端、身体の震えが震えが止まらなくなる。


「大丈夫だよ、一真君」


 ふわっと、日向が座り込む一真の背後から、その体を包む。


「あれは、何だったんだ」


「多分、ここはね元は儀式場だったんだと思うよ。さっきの女の子は贄だったんだ」


 そこまで聞けば、何となく一真にも理解は出来た。かなり偏りはあるが、その手の話の知識は多少ながら知っている。

 人は、自分の力ではどうしようも無い事が起きた時、神に祈る。飢饉、流行病、天変地異のあらゆることを神に解決して貰おうとする。その為に、自分達の一番大切な者を贄と捧げる……。それだけ追い詰められていた……という事の現れなのか。

 だが、捧げる者はどこかでこうも思ったのではないか。

「たかが、小娘一人の犠牲で済むのならば」と。だが、彼らにとっては一人「だけ」の犠牲でも、少女にとっては一度「しか」ない命だ。そして、少女を想っていた者にとっても……。


「ふん、恐らくは沙夜がいた頃の時代じゃないかな?」


「なんだって……?」


「あの影夜がやりそうなこと。沙夜が生きたのは、地の底の門が開かれ瘴気が溢れたなんて言われた時代。あっちこっちで、それを静める為の儀式がこういう人目のつかない場所で行われていたんだよ」


 忌々しげに呟く彼女は、まるでその時代を知っているかのような口ぶりだった。前にも感じた違和感である事に一真は気が付く。日向は一体いつ、どこで生まれたのだろう。


「で、その願いは届いたのか……」


 届いていない。儀式は失敗した。一真はこの儀式場そのもの、そこで行われた事そのものに反発するように、心の中で吐き捨てる。誰かを犠牲にして、それで平穏が訪れたとして、彼らは笑顔でいられるのだろうか? いられるものなのだろうか?


「さぁ、それは受け取り次第。この手の儀式の大部分は、恐れ、苦しみ、悲しみ、負の気を誤魔化すだけ。『これだけしたんだから、良くなるだろう』という気休めにしかならない。それどころか、時に、贄となった者が物の怪と化してしまう事もあるから」


 それが当たり前の事ではないのか。


「どうして、殺すの」


 少女の言葉が一真の頭から離れない。何故自分じゃなくてはいけないのか。そう思う事は、自然な事と一真は思う。


「ま、あの女の子はともかく、沙夜の方は贄としてちゃんと働いたね――そんな顔しないでよ。あくまで事実を述べただけなんだから」


 あからさまに嫌悪が一真の顔に出たのだろう。日向は自分でも言ってみて嫌になっているんだよというように、肩を竦めた。やるせない気持ちになり、一真はきつく唇を噛みしめる。既に捧げられてしまった命を蘇らせる事など出来ない。それを実行した者達をどうこうする事も。

 だが、その全てを利用し、玩弄した男を捕える事は出来る。


「この穴は塞いでしまわないとね。また、何が出るか……分からない、し」


 言葉が途切れ、日向の実体が突然、半透明の幽霊のようにぼやけ出した。


「お、おい、どうしたんだよ!?」


 まさか、先程の戦いか。慌てふためく一真に、日向は力無くしかし、飄々と笑いかける。


「一真君を引き戻すのって物凄く、力が要るんだよねぇ」


――俺のせいか……?


 馬鹿だった。敵の奸計である事に、或いはあれが「本物の月」ではない事に、気付いていれば。


――もっと、強ければ


 そう、自分を責める一真に、日向はこれまでに無い程厳しい目を向ける。


「何のために、私が君と一緒に来たんだと思う? 自惚れるな。一人だけで全てを救えるなんて――あなたは、あなたが契を結んだのは、誰?」


「――月」


 日向はフッと微笑んだ。そうだと、強く肯定するように。それから空気その物に溶け込むようにして消えてしまった。後に残ったのは一枚の護符だけ。それを拾い、懐に入れて一真は、真っ直ぐと道を見据える。


「さて、行くか……一人じゃないのが幸いだな」


「へ、忘れられていたんじゃねぇかって思ってたところだぜ、一真よ」


 天が、一真の手元で低い震えるような音を放つ。


「お前は俺の相棒だ。忘れるわけないだろ」


「くくく、相手が女だったら、さぞかしいい口説き文句になっただろうなぁ」


 天の声に、別の意味で不気味な物を感じた。女性に対して不器用であると、そう笑うつもりなのだろうか、この剣は。


「あいつと契を結んだって言っても、お前はこうやって、他のやつのことの為にだって戦えるような人間だし、誰かが傷つくのを黙って見ていられるような奴でもねぇ」


 からかわれ、褒められ、あぁそうかと一真は身構えた。次に来るのは。


「だが、そのせいで、あっちこっちふらふらと、誰彼構わずに『期待させて』しまうなよ? いや、させても構わんが、『誰』と契を結んだか、くらいは覚えておくんだな――でないと身を滅ぼすぞ」


「彩弓を助けた事は、間違いだったか?」


「そういうことじゃねぇ。お前は余りにもそいつの境遇に、入れ込みすぎるんだよ。だから、さっきの亡霊如きにも付け込まれる。ま、あれは式神の嬢ちゃんにも問題はあったかもしれんが」


 天は危ぶんでいるのだ。彼自身の将来を。先程の戦いを共にした天だからこそ、実感を持って警告できるのだ。


「それだけじゃねぇ。さっきみた月そっくりのあれが、単なる『幻』じゃねぇってこともわかってんだろう?」


 あれは、月の心その物の具現だった。あれだけが、月の本心の全てではないのかもしれないが、彼女の心の一部であることは確かだ。


「わかっているよ、天」


 これが初めてではない。沙夜の時もそうだった。体を無防備に晒し、殺して行けと言ったあの少女。もしも、あの時に彼女が望むようにしていれば。少なくとも、月を狙う者が一人消える。


――だが、それでいいのか? 


 肯定する気持ちと否定する気持ちがぶつかり合い、堂々巡りとなる。


「……ま、いいさ。それがわかっているのならばな」


 分かっていても、納得はできなかった。そう言えば天は、怒り狂うだろうか。この天こと、破敵之剣はかつては月の父、刀真が使い手だったという。だが、天は刀真が契を果たさなかったという理由で、彼の元を――厳密には盗まれたのだが――離れた。

 刀真に比べれれば一真の実力などたかが知れているだろう。天を使わずに戦えと言われれば、十秒と保たない筈だ。


――力が、今は無い。だが、信頼は得る


 短く決心したその沈黙を、天はどう取ったのか。それに関しては何も言わなかった。

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