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陰陽少女  作者: 瞬々
華胥之夢
93/234

十七

†††

 海馬と霧乃が乗り込んだそこは、江戸時代にでも飛び込んだのかと思う程に、古風な造りの屋敷だった。屋敷の前には大きな川と木造りの橋。周りは森林に覆われ、そこだけ外界から切り離されたかのような印象を与える。

 中は中でこれまた、古めかしい趣を感じると霧乃は思う。天井に向けて伸びる大黒柱、畳の敷き詰められた幾つもの部屋、障子から差す影は、和の趣を感じるよりも先に、寒気がした。

 有体に言えばここはお化け屋敷みたいなところだった。まるで冗談のようだが、死者を呼び出した陰陽師がいる事実を合わせて考えると、この雰囲気は決して偶然そうなったものではないのだろう。

 海馬が先行し、霧乃が殿を務める。海馬は障子を勢いよく開け放ち、部屋を虱潰しに探した。影夜が一階にいる気配はない。その代わりと言っては、変だが禍々しい気配が近くに漂っているのを、霧乃は感じていた。恐らくは、写真に写っていた件の人形だろう。

 人形を式神として使役する事自体は、なんら珍しくはない。が、逆を言えばこれ程に禍々しい負の気を放つ人形の式神は滅多にいない。それが何を意味するのか、なんとなく予想はつく。


「こっちに来ないで」


――おでましか


 少女の声、そして部屋中に木霊する鬼哭啾啾――叫びとも風の音とも取れぬ不協和のさざめき。海馬が目だけで合図し、霧乃は愛用の蛇腹剣――金蛇之剣を繰り出した。式神勾陣が変じた姿であり、一見すると右腕から肩までを鱗に覆われているかのようだ。


「呼んだかい、主」


「呼んだから、ここにいるんだろう」


 そんな軽口を叩き合い、霧乃の隣で、海馬が「奎・婁・胃・昴・畢・觜・参」と言霊を紡ぐ。


 そうして現れたのは、四肢を覆う白虎の体毛だった。白之獣甲しらのじゅうこうと呼ばれるそれは、西方の護り手の戦装束。


「ふむ、やはり式神がいないとしっくりこないのぉ」


 海馬は一人ごちると、部屋を仕切る襖を軽く“叩いた”まるで風に飛ばされでもしたかのように、襖が部屋の中へと吹き飛んだ。中には誰もいなかった。しかし、声だけは耳に届く。あらゆる方向から、押し込むように亡霊の叫びが迫る。

 全身の毛が逆立ち、上下の歯はまるで噛み合わせを失った歯車のように、乱れ小刻みに打ち合う――のだろう、霊気に耐性の無い普通の人間であれば。あいにくと霧乃は、生まれつき霊気に対する耐性は強かった。十年以上に渡る鍛錬がその生まれつきの能力に更に磨きをかけている。

 一時間前に宿屋といた時とまるで変わらない、落ち着き払った表情で辺りを見回す。これは彼にとっては長所であると同時に、短所でもある力だが、今のところは長所として働いている。敵がひたすらこちら側の精神をすり減らそうという努力――全くもって無駄だが――をしている間に、こちらは敵について細かい分析を行うことができる。


 と思ったのが、彼の誤算だった。


「避けろ、霧乃!」


 切羽詰まった海馬の警告と不意に近づいた気配に、霧乃は反射的に飛び退った。彼がたった今、突っ立っていたその宙にぼうっと子どもの顔が浮かびあがる。まるで肌だけを引き剥がして、空に貼り付けたかのようだった。真っ白な肌と、落ち窪んだように闇を溜める目鼻口。

 だが、やはり霧乃は恐怖を感じ得なかった。澄ました顔でそれを眺め、右手の金蛇之剣を突き立てようと、足を踏み込……もうとして、体が動かなかった。床から生えた腕が霧乃の脚を絡め取っていた。構わず、霧乃は剣を振るった。幾重にも重ねられた“金鱗”が前へ前へと可動し、一気にその刀身を伸ばす。


「そらよ」


 拍子抜けする程に、軽い掛け声と共に振るわれた蛇腹剣は、浮かび上がった童の顔を、上下真っ二つに引き裂き、靄のように霧散させる。

 その結果に満足する間もなく、金蛇之剣を引き戻すと、血払いをするように無造作に振るって、足を掴んでいた手を斬り飛ばす。

「背後を取られるなよ、霧乃。どうやら、俺らは奴を見くびっていたらしい」


 背中を合わせるように後退してくる海馬に、霧乃はそれでも笑って答える。


「というか、相手が悪いですね。こっちはどちらも武闘派。しかし、奴はこちらの感覚を狂わす結界でもって、本来の力を発揮させまいとしてくる」


 亡霊の悲鳴に交じって時折聞こえる、絡繰りが動く不規則な音。間違いなく、先ほどから顔やら腕やらを出現させているのは、人形の仕業だ。それも複数。


 八鹿の得意とした人形結界にも似ている。ただし、向こうが自身の霊気を人形に注いで操っていたのに対し、こちらはまるで自らの意思によって動いているかのよう。



「来ない、来ないで。出て行って」



 少女のより一層はっきりした声が聞こえたかと思うと同時、霧乃の目の前の襖に歪んだ靄が掛かる。視界がぐらっと揺れたかと思うと、霞の中から真っ白な腕が突き抜けてきた。


 反射的に振るい射出した蛇腹によって、腕は弾き落とされる。が、その腕を追うようにして一体の人形が現れた。大きさは実物大の少女そのもの。輪に結い上げられた髪を頭の両側で、揺らしながら滑るように近づいてくる。


「こいつは、彩弓か!」


 もちろん、彩弓自身ではないだろう。それを模した人形だ。趣味が悪い。海馬が反対側から近づいてきたもう一体を、拳で叩き潰しつつ怒鳴る。見知った娘と瓜二つだからと言って、決して手を抜かない。流石、と霧乃は感心しつつ、人形の首を蛇腹の刃で刈り取る。

 だが、それで戦いは終わらない。歪んだ靄は徐々に、二人のいる空間を蝕みつつあった。上下左右、あらゆる方向からいつ来るとも知れぬ攻撃。さしもの、霧乃もようやくこれは、危機的状況であると認識した。


「さぁて、どうしたらいいかな?」


 認識してなお、彼は“怖気づけなけなかった”


「ちょっとは自分でも考えたら、どうや?」


 海馬がいつもと変わらない飄々とした口調で応じ、霧乃は苦々しく笑む。そう、彼の言うとおりだ。恐怖を感じようが、感じまいが、そんなことはここでは、関係ない。

 それを気にしているという事に関してはさらにどうでもよいことだ。頭の中で無意識に湧いた想いを振り払らう。そして、再び霧乃は向き合う。


――物の怪の魂の入ったその人形たちと



†††

 一寸先は闇、という表現がまさに当てはまる空間だった。奥へと伸びる空洞の中を吹く風は、来る者を誘う亡者の叫びのようにも聞こえる。井戸の奥底へと縄梯子を降ろし、一真はそっと下へと降り立った。夜の闇、陰の界とはまた違った闇がここにはある。奥に得体の知れない物が眠っている。それを知りつつも、進まなければいけない。

 井戸は既に枯れ果てているのか、それとも井戸は単なる見せかけでしかないのか、虚ろな風の叫び以外は、水の音一つしなかった。だが、長年放置されていたにも関わらず埃一つ、壁には綻びも無い。まるで、時までもが止まってしまったかのようだ。と、一真の隣で何かが落下してきた。下駄の足を爪先で揃え、綺麗に着地したのは赤い髪の式神。


「ようし、到着ぅ!」


「ちょっ、大きな声を出すなって……!!」


 無遠慮で明朗なその声に、一真は小声で叱りつける。しかし、彼女はまるで意に介した様子はない。


「ほら、彩弓も言ってたじゃん。暗いことばかり考えてると悪いものを引き寄せちゃうってさ」



 まるで、小さな太陽のように笑う日向の顔から目を逸らしつつも、一真は確かにと思う。物の怪は負の気を糧とする。恐怖もその気の中の一つだ。日向は容易くも一真の心を見抜き、その上で警告しているのだ。


――そんな気持ちでは勝てはしないぞ、と。


 改めて気を引き締め、一真は腰に下げたランプ型の懐中電灯のスイッチを入れる。仄かな明かりが空洞の先に影を映し出す。

「今更だけど、これ本当に井戸かよ……」


「無人の洞窟に閉じ込められた男女二人……これドキドキしてこない?」


「しねぇって……何考えてんだ」


「やはり月じゃなきゃ嫌か」


――チ


「おい! お前今舌打ちしたよな? 何が嫌だって?」


 いつもの馬鹿騒ぎの延長。日向が、自分の意識をこの空間の恐怖から逸らそうとしているのが、一真には分かっていた。また、そうして貰わないとどうしても意識が洞窟に向いてしまうのも同時に理解している。


――月がいたら、なんて言うだろう


 恐らく慰めようとするだろうと、一真は思う。慰められたら、その気持ちに甘えてしまうだろうか。違うと答えたいが確信は持てなかった。

 物の怪との戦いではある程度、場数を踏んだとはいえ、それでもまだ不足。だが、今はその実力不足を嘆いていても仕方がない。戦いは既にこの時から始まっているのだ。この空間に呑まれてしまうか、それとも進み続けるか。


「しかし、霧乃のやつは用意がいいよな。ランプやら梯子やら」


 ランプは百円ショップの、梯子の方は防災用の、コンパクトなタイプ。ここが影夜の拠点であると知って、すぐさまに用意したものなのだろう。


「霧乃は、昔から頭が回る男だったからねー。……一真君よりもずっと」


「最後のが余計だが、反論も出来ないな」


 目先と足先しか満足に見えない中、風の唸りが段々と大きくなっているような気がした。地図に間違いが無ければ、恐らくあの大きく開けた空間に、間もなく出る筈。


「でもね、あいつにも分からないものはあるんだよ」


「それは、なんだ?」


 一真は周りに気を配りつつ、日向の妙に、思い澄ましたような顔を横目で見る。彼女が時々見せる、どこか人を寄せ付けないような表情だ。


「恐怖」


「恐怖?」


 そう、と日向は頷いた。確かに、霧乃が何かに怯える様子は見た事が無かった。それは、彼が陰陽師だと一真が知る以前から、そう感じていた。

 クラスの女子どころか男子ですら、不気味がるような心霊写真をみても、眉一つ動かさず笑っていたり、後はそうこんなこともあった。

 それは、まだ一真達が栃煌高校に入ってから、間もない頃の事だった。何年も前に卒業した三年生が残した作品の処分の手伝いを、一真と霧乃、未来の三人は美術の先生に頼まれた。処分する作品の出来不出来は、当然ながらバラバラで、芸術品レベルのものから小学生の落書きレベルの物まで様々。その中で、一真と未来が処分するのに躊躇した作品があった。

 それは生徒一人一人の自画像。やはり出来不出来はあるものの、どれもまるで生きているかのような印象を抱いたのを覚えている。だが、霧乃は何を考えたのか、それとも何も考えていないのか、自画像を躊躇いも無く次々に破り捨て、ごみ袋へと放り込んだ。


「怖くないの?」と問う未来に、霧乃は不思議そうな顔で答えた。


「何が怖いのさ?」


 勿論、理屈では分かっている。あれはただの紙、そこに生徒が自分の顔を描いただけ。それを破り捨てたからと言って、何かが起きるわけではないという事くらい。だが、霧乃は、理屈で分かるとかではない。端から、恐怖というものを微塵も感じていなかったのだ。


「だけど、それは悪いことか?」


 一真は少し前の思い出から、我に返りつつ訊ねる。何を見ても怖がらないというのは、確かに驚く事ではあるが、異常とまで言っていい事なのか。それは単なる個性ではないのか。


「いいか悪いか、って聞かれると別にどちらでも無い事だと思うけどね。ただ、霧乃自身はそれを凄く気にしているみたい。なんでかは知らないけどね」


 含みのあるその言葉には、知っていて明かしていない事実がある筈だ。が、それを追及する気は一真には無かった。したところで、日向ははぐらかすだろう。「知りたければ本人に直接聞けば」と言外に滲ませながら。もしも、その機会があれば霧乃に聞く事としよう。もしもあれば、だが。

 それから話題も無くなり、しばらく二人は黙ったまま歩き続けた。風の唸りは段々と大きくなるにも関わらず、延々と続く。果たして、果てがあるのか。


――いや、その考えが不味いんだろうが。いい加減に気が付け



 脳内でその考えを振り払った――その瞬間、道が開けた。


「あれは?」


 百メートル先か、五十メートル先か、距離感覚すらも鈍ってしまいそうな程に薄らとだが曲線を描く道の先に、広がる空間が見えた。

 ホッとしたのも束の間、一真の隣に立つ日向の左手が、赤く燃え広がる衣を広げていた。瞬間、洞窟内の闇が晴れる。遅れて、一真も破敵之剣を抜いた。懐剣が一瞬にして、剣へと早変わりし、金色の光が赤の光と混ざる。照らし出された岩壁に幾つもの人影が浮かび上がっているのが見えた。広場への入り口に、ぽつぽつと立つあれは、人間ではない。


「見つけた」


「見つけたぞ」


「我らを眠りより呼び覚ました者ども……」


 直感は正しかった。段々と近づいてくるそれは、土気色の骸のような肌に、落ち窪んだ目、鼻、口。その手に握られているのは血に濡れた宝剣だろうか。実用的な武器ではない事は確かだ。


「まるで、ゾンビ映画みたいだね!」


「冗談言ってる場合じゃないだろう、が!」


 真っ先に迫って来た男の宝剣を半歩下がって避け、逆にその脳天を破敵之剣で叩き斬った。男の身体は弾け、その身を構成していた霊気がわっと辺りに散らされる。

 日向の動きは、天女のようだった。華麗に、緩急のついた動きで屍人――日向がゾンビと呼んだ――の合間をすり抜け、同時に二人の屍人に焔の帯を巻きつける。日向がくるっと回ると同時に、拘束されていた哀れな屍人が一瞬にして灰塵に帰す。

 日向は自分の戦術が成功した事に、一片の謙虚さも示さず涼しげに笑う。


「どや?」


「日向、後ろだ!」


 一真が叫ぶと同時、日向はしゃがんだ。右手を左から右へ広げると、その掌に夕日の空をそのまま凝縮して誂えたかのような扇が具現する。先程の帯を後ろから飛び掛かってきた屍人の身体に巻き付け、同時にその胴に灼熱の扇を叩きこんで、バターを切り裂くナイフのように断ち切った。


 日向は涼しげに笑――


「どんなもんだい!」


「だから、後ろぉ!!」


 日向の横をすり抜け、一真は破敵之剣を横薙ぎに振るって、屍人が翳した宝剣を叩き落とす。屍人は驚きもせずに土気色の腕を伸ばしてきた。が、一真はその腕も叩き落とし、怯むように下がった屍人を追い込むように突進し、胸板を貫いた。


「やだなぁ。後ろに誰かいても気配で気が付いちゃうって」


 広場にいち早く出ると同時、日向は残りの屍人に向かって行く。左の焔の帯で掴み灰塵にし、右の黄昏染めの扇が閃く。

 屍人は闇に紛れ、後から後から湧いてくる。


――どこからだ


 目を凝らしてみると奥、丁度広間の真ん中に位置するだろうか、井戸筒のような物が見える。そこから這い上がるようにして、屍人が登ってくるのが見えた。五人の屍人が日向を取り囲む。日向は先程、後ろを取られた時と同じように、さっとしゃがみ、間髪入れずに後ろへ倒れ込むように足を伸ばした。日向は身体の合間を抜けて、地面に手をつくと体操選手よろしく飛びあがる。

 半秒後、屍人達の武器が宙で交差し――――直後、持ち主を失って崩れ去った。


――凄い


 改めて、彼女の戦いぶりを見て、一真は圧倒される。実力の次元が違う。勿論、一真でも彼らを倒す事は出来ただろう。

 だが、それはあくまでも個対個の戦いに持ち込めばの話。彼女のように一人だけで、集団を圧倒するような事は出来ない。

「ボサっとしている暇はないだろ。お前が休んでちゃ、式神がその分、苦労するぞ」


 冷めた声で天に指摘され、一真は思わず竦んでしまった自分を叱咤する。


――出来るか、出来ないかで、悩むのは止めにした筈だ


 自分に出来る最大限の事をする。一真は再び剣を構えた。金色の光が一層、力強く輝く。


「流石に数が多くてやんなっちゃうね」


 一真のすぐ傍に着地し、日向はうんざりしたように呟く。


「あいつらは、何者なんだ?」


「海馬達と出会った時、常社神社で、月とあなたが戦ったのと同じ。霊魂の持つ負の気が化けて、物の怪となったみたい」


 新たに飛び出してきた屍人が、宙を滑るようにして肉薄してくる。が、宙を翔ける焔の帯に絡め取られて燃え尽きた。


「というか、大人しく眠っていたのに、無理矢理呼び出されて不機嫌になっちゃってるのかな?」


 それを聞いて一真は思わず唇を噛んだ。ここにいる連中は全て、影夜の術で呼び出されたということか。常社神社で起きた事を思い出し、一真は危うく自制を失いかけそうになる。死者を弄び、生者を惑わす。許される筈が無い。だが、彩弓の顔が脳裏に浮かび、内から吹き出しそうになる闇をどうにか押し止めた。そうして、改めて広場を見、一真は何かこの場に違和感を覚える。言葉では表現するのならば、胸騒ぎと言うべきか。

 日向もそれは感じ取ったらしい。屍人は相変わらず次から次へと井戸から溢れてくるものの、彼女は彼らに対する攻撃を止める。


「一真君、こいつら、これ以上相手にするのは、止めた方がいいかもしれない」


「なんでだ。ボウフラみたいに湧いてくるからか?」


 日向は彼女にしては珍しく、冷や汗を垂らしていた。先程浮かべていた笑みも、冗談も無い。


「数で圧倒し、隙を見て禁忌の術、或いはそれによって造られた作品を脱出させる――それが敵の作戦だと思ってたけど、どうもそれは、読み違えだったみたい」

 何十にも増えた敵が、二人を取り囲む。同時に、彼らの足元で土気色の塊が溜まっているのが見えた。それは良く見ると、千切れた腕の破片、焼き焦げて殆ど灰の塊でしかない顔。一真や日向の攻撃で倒れたと思われた屍人達の欠片だ。


 その後ろに立つ屍人達が苦痛に満ちた声で何事かを囁き合う。ぐらっと揺れる視界。心臓を絞られるかのような痛みに一真は、思わず膝をつく。どうにか意識を保とうと顔だけは上げ続ける。屍人達の姿がぼやけ、次の瞬間、真っ白な光と共に弾けた。


「え……?」


 痛みは嘘のように無くなっていた。引いたのではない。最初から存在していなかったと思わせる程の唐突さ。屍人は一人残らず消滅していた。こんな事が出来るのは、一真が知る限りでは恐らく一人。


「一真」


 耳にすっかり馴染んだその声に、一真は振り返った。


「月……」


 長く清楚な黒の髪、透き通った珠のように白い肌、そして薄い仄かな紫の水晶のような瞳。ここにいる筈の無い少女に、一真と日向は何と声を掛けていいのか分からずに、戸惑う。


「ごめん、やっぱり心配で来ちゃった」


「……やっぱり?」


 一真はその言葉に落胆を覚えずにはいられなかった。とすると、彼女はあの戦いを見ていたのだろうか。

 自分の危なげな戦いぷりを。それでいての、発言か。反論の余地も無いが、同時に失望もする。それが、自分に対するものか、月の自分への信頼の無さに対してなのかは、判然としなかった。


 だが、月は一真の言葉を否定するように、頭を振る。


「違う。私が、私が心配なのは、一人になること」


 え? と、それはどういう事かと問うように驚く一真の目の前で――月は身体を貫かれて倒れる。


「――?」


 現実に思考が追いつかなかった。月の腕が、一真の身体にもたれ掛るようにしがみ付き、だが適わず、地面に倒れる。漆黒に輝く髪が顔を打ちながら舞い落ちた。



「私達に、いき場なんてない」


 闇の中で光を放ちぼうっと浮かび上がる白の髪。亡霊の叫びに揺らめかせながら彼女は近づく。


「だから、ここで終わらせるの。陰陽少女の、のろいを」


 その瞳は闇よりも濃く、故にはっきりと存在を示した。


「ふっふふ、あはははははははははははははははは――」


 少女の血に濡れた異形の太刀を愛おしげに見つめ、沙夜は嗤う。この世の闇を、それに抗う者達を。


「あ……」


 床に倒れた少女の骸はもう動かない。そして、今度こそ。



 一真の内から闇が吹き出した。


†††

 言霊は契と共に。かつて、少女は少年と交わした。


「ずっといっしょにいたい」


 少年は少女に約束した。


「お前を一人にはしない」


 それが少女の恐れだった。自分を護る為に誰かが死に、そして最後は一人になってしまうかもしれない。そのことが。

 契は、時に力となるが、時には破滅も齎す。


――一人にしないで


 今、少女は叫び、少年は答える。


「           」と。

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