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陰陽少女  作者: 瞬々
華胥之夢
79/234

「これってあれかな……」

「ん? これってなんだ」

 一真が反射的に答えると、月は顔を赤らめて、手を放した。触っていた間の温もりが逃がさないように、その手にもう一方の手を重ね、胸に押し付ける。

「で、でえとかなーって」

「それを言うならデートだろ……え」

 一真はさらっと答えてしまった後に硬直した。まさか、これは本当にデートなのだろうか。

 が、月の期待に満ちて、今にも飛びあがりそうな表情を見ていると、なんだか笑いだしたくなってしまった。一真はちょっとからかいたくなって、わざとらしく空を見上げた。

「十年前も、こんなふうに歩いたよな。あれもデートだったんじゃないか?」

「え、あ、あれも!? そ、そうかなぁ。そ、そうなのか、そうだよね」


 ますます赤くなる月がおかしくて、一真は思わず笑ってしまった。「な、なにがおかしいの!?」と月が更に赤くなる。


 それにしても、月は十年前の時の事をはっきりと覚えているのだろうか。この大通りにはやたらと飲食店が多く、子どもにも優しい。寄って行ってくれたおまけとして、サービスされる事もよくある。

 特に一真は何年もの間、ここに通っていたから、それはよく知っている。だが、それはあくまでも知っている事。

 月と一緒にここに来た記憶はあるが、何をしたのかは、はっきりとは覚えていない。

「あ、ここだ、ここ」

 月の言葉に一真はその店を見、身体が硬直してしまった。ここ、なのか。看板の色はピンクだった。

 いや、まだそれならいい。それだけならば。が、その看板の中では数多のハートが踊り荒ぶっており、文字は何だか恋にうかされた人間が書いたかのように、のたくっている。

「えーと、ここで間違いないのか、月?」

「うん、間違いないよ。十年前はココアおいしかったけど、今はどうかな」

「ココアの味じゃなくて……店の外見もこんな風だったか?」

 言ってしまった。途端、月の顔がきょとんとなる。何か自分が間違っていたかと、まじまじと看板を見つめ、それから力強く頷いた。

「うん、間違いないよ!」

「そうですか」

 一真としては否定して欲しかったが、月の満面の笑みには負けた。それにしても、ここに入るのかと、一真は店の中を覗いた。

 中は至って普通の喫茶店と変わりない。店内の飾りがやたらファンシーで、働いている人が全員女性、客の全てがカップリングで占められている他は……いや、全てではない。カップリング以外もいた。


――あれは……未来?


 後姿しか見えないが、間違いない。それに彼女は一人でいるのではなかった。その隣には小さな女の子、対面には三十歳くらいの男が座っている。

 それだけならば、何も怪しむ事はないのだろうが、女の子は巫女服、男の方はあちらこちら破れたTシャツを着こんでいる。

 男の物なのだろう。椅子に掛けられているレインコートもこれまた、ボロボロな上に泥にまみれていて、近くを通ったウエィトレスが顔をしかめていた。

「ね、入ろう」

 月はさっきから一真の方ばかり見ているせいで、中の三人には気づいていない。さて、どうしたものか。

「悪いな。ここじゃゆっくりと話も出来ん。別の場所に行って貰おうか」

 そんな飄々とした声で言ったのは一真ではなかった。突然の声に月と一緒に振り向くと、そこには狩衣を着込んだ浅黒い肌の青年が立っていた。

 いや、一人ではない。

 その後ろに更に二人の男が立っている。その中には見覚えのある男もいた。警戒を要するというくらいには見覚えのある男が。

「あ」

「お前ら、何者だよ」

 一真は竹刀袋を握った手を広げ、何かを言いかけた月を庇うように立った。緊張で一気にその場の空気が凍りついたが、三人はまるで動じていない。

 最初に話しかけてきた男に至っては、穏やかな空気を保ったままだ。それが逆に不気味で得たいが知れない。

 一真は竹刀袋を握った手を広げ、何かを言いかけた月を庇うように立った。緊張で一気にその場の空気が凍りついたが、三人はまるで動じていない。

 最初に話しかけてきた男に至っては、穏やかな空気を保ったままだ。それが逆に不気味で得たいが知れない。

 男は、うーん? としばらく顎に手を当てて考えていた様子だが、「あぁ、そうか」と何か一人合点しながら、ハハハと笑った。そして、背後にいる男に向かって笑い混じりに話を振った。

「服部、大分嫌われたようじゃの」

「いや、あの時は……。破敵之剣を大人しく渡してくれりゃ、あんなことにはならなかったんっすよ」

 抗議するように服部と呼ばれた男は口を尖らせた。キツネ目で、肌の白いハンサムな顔なのに、どこか軽薄で間の抜けた感じ。実際、前に戦ってみた時は、かなりの間抜けだった。どうやら交戦の意志はないようだ。

 が、警戒は解かなかった。彼らが何者なのか分からないという事もそうだが、最も大きな理由は、服部の横にいる男の気配の異質さだ。

 背丈は浅黒肌の男と同じくらいで、黒いジャケットを着こみ雨を防ぐ為なのだろか、フードを頭に被っている。

 が、一真が思わず震えたのはその服装ではない。フードの合間から覗くのは、猛獣のような瞳で、これから仕留める獲物を精査するように一真を見つめている。あまり手入れのされていない茶髪と相まってどこか餓えた獅子を思わせる。

 しかし、単なる血に飢えた獣とも違う。獣は、本能で以て行動する。彼の瞳にはどこか知的な雰囲気がある。口元に浮かんだ笑みは冷酷だが、頭の切れる暴君を思わせた。

 邪悪という言葉を体現したかのような……ともかく、こんな男には――女にも――出会ったことがない。

「ハッ!」思わず凝視してしまった一真を、男は笑い飛ばした。その瞳が嘲るように細められる。

「ビクついてるな。小僧。神とも渡り合ったというから、どんな面白いやつかと思ったが」

「火龍!」

 月が額に青筋を立てて飛び出し、浅黒肌の男を押しのけて、その不気味な男の前に立った。仁王立ちだ。道行く人が何事かと、目を向けてくる。

「なんだ、知り合いなのか?」

「こいつと海馬は。もう一人は知らない」

 名前だけじゃなくて彼らが何者かを知りたいのだが、どうやら相手は悪意ある者ではないようだ。

 浅黒肌の男――海馬は苦笑しながら、月を火龍から引き離した。火龍がこいつ呼ばわりなのに対し、海馬に対して、月ははかなりの親近感をもっているようだった。

 単なる友人と言うだけでなく、だが、恋人とも違う親しさ。その目には見えない信頼関係に、一真は、自分が少なからず嫉妬している事に気付いた。

「紹介が遅れたのう。わしは曽我海馬。で、後ろの間の抜けたやつは服部剣。で……」

「火龍。そう呼べ」

 その男は割って入り、そう告げた。火龍……その名が偽名であることは間違いない。再び海馬は苦笑した。友人の頑固なこだわりをからかうように。

「お察しの通り、火龍は本名じゃないんや。『陰陽少女』と同じ、陰陽師としての通り名や」

「え、通り名?」一真は驚いて聞き返していた。「陰陽少女」という言葉を初めて聞いたのは天の口(?)からだ。

 が、考えてみると、博人も彼女の事をそう呼称していた気がする。陰陽師の少女という意味で捉えていたが。

「陰と陽、二つの神から加護の力と物の怪を滅する使命を、与えられし少女。それが、春日家に代々受け継がれてきた通り名じゃな。全く誰が最初に名づけたんじゃろうの。長ったらしいし、まどろっこしいんで、わしらは、単に陰陽少女と呼んでおる」

 月自身に、夜を支配する月の神の加護があるというのは、以前に聞いた。そして式神の日向には、天を照らせし陽の神の加護がついているというのも。

 厳密に言うと、陰陽どちらの神の加護も月が貰い受けた物ではあるが、それを一つの躯で行使する事は不可能である為、術者は式神に力の一方を渡すのだという。

 そして一週間前の戦いにおいて、博人は、日向から奪った霊気と一真から奪った邪気で以て、月詠神を呼び寄せ、月の躯へと降臨させた。

 が、日向曰く、神を呼び寄せたという表現は当てはまらないのだという。むしろ日向と一真の霊気で以て、天界にいる月の神を炙り出し、下界へと追い込んだという認識が正しいのだと。日向自身の霊気は、月という術者を通して、陽の神から与えられた物であり、一真が持っていた邪気は物の怪と性質が似ている。

 そのどちらもが、月詠神にとっては、受け入れがたいものだったのだと、日向は説明してくれた。

「そうだったのか」思わずそう答えると、海馬は眉をひそめた。

「おんしは、そんな事も知らんかったのかい?」

「いえ、その、月の力の性質については教えて貰っていたんですけど、その通り名については聞いていませんでした」

「ふむ、そりゃ、タイトルを読まずに本を読むものだの」

 海馬はよくわからない例えを出しながら、首を傾げた。話が段々と逸れている事を感じてか、服部がさりげなく咳払いし、先を促す。

「ま、ともかくな。話を戻すと火龍は、通り名。本名は坂上黄火さかがみおうか。因みに俺にも通り名があるぞ。“白虎”や。“京の結界西方の守り手”が正式な通称なんじゃが、長いやろ?」

 同意を求められても、なんと言って返したらいいのか、わからず、一真は曖昧に相槌を打った。それにしても、今の話を総合してみると、彼らが陰陽師であることは間違いないようだ。服部という男には以前、敵として相対したが、博人は、彼は仲間ではないと言っていた。海馬や月の口ぶりからすると、彼らも月と同じ立場の陰陽師であるらしい。

「いや、で、つまり――」

「あぁ、そうか。わしら三人の名前じゃなくて、ナニモンかを聞いているんじゃったな」

 海馬は、なんとも取ってつけたかのようにポンと拳で掌を叩いた。が、一瞬後、海馬は、一真の目の前から風を巻いて消えた。

「俺たちは、現・陰陽寮所属の陰陽師や。あんたと月の事で話し合いに来た」

 ひたりと頬に氷のように冷たい刃が当てられる。耳元で囁くその声にはもはや、軽薄な青年の響きは無かった。

 あるのは、戦いの血に飢えた餓虎の影のみ。それが、今正に牙を剥く。



†††

 その男は余程の臆病者なのか、それとも人間不信にでも陥っているのか、中々話を切り出さなかった。

 どうにか、告げたのは笹井城阪という自分の名前。後はカメラマンをしているという事も聞いた。連れの巫女に関しては、「狙われている」という曖昧な事しか分からない。狙われているとは、やはり物の怪に狙われているのだろうか。

 その巫女――彩弓だが、今は店の人に出されたココアと格闘していた。舌の先をコップの中にそっと入れては引っ込めるという動作を繰り返している。

 何とも微笑ましく、いつまでも見ていたい気分になるが、そうもいかない。本当に、何者かに狙われているのであれば、どうするべきかを即急に考えるべきだ。なのだが。

「未来お姉ちゃんは熱いの平気なのですか?」

「え、えぇ。まぁね」

 急に話しかけられて、未来は返答に困った。ずっと一人っ子で育ってきたせいか、小さい子に対してどう接していいのか分からない。

 しかし、彩弓は余程、人懐っこい性格なのか、未来の曖昧な返事にも、にへらと笑った。

「すごいなー。わたし飲めない、こんなの。もうちょっと冷ます」

 ふうふうと、息をかけては、また、同じ動作を繰り返す。さて、いい加減に笹井に事情を話して貰わないといけない。

 黙っていては始まりませんよ。心の中で未来は思い、実際に口にも出そうと決心したその時だった。

「――!!」

 突然、飛び込んでくる少女の怒鳴り声。何を言ったのかは分からなかったが、何となしにそちらに顔を向けた未来は、自分が見た物に対して悲鳴を上げかけた。

 外にいたのは一真。その背後には長身の男が立ち、一真の首元に刃を突き付けていた。その刃は、彼の拳から突き立っているように見える。

 いや、恐らく違う。よく見ると、その男は腕に巨大で真っ白な籠手を備えていた。刃は、その籠手の先端から、まるで鋭い爪のように伸びていた。

 未来の中で、一週間前の悪夢が蘇る。闇に引きずり込まれる感覚、物の怪が放つ悍ましい憎悪の影。

 そして、それら全てが人間の感情によって造られた物であるという、恐ろしい真実。一真を捕えているのは、物の怪か? 人間か? 

 その二人に向かって、少女が詰め寄った。さっき叫んだ少女と同一人物だろう。

 どこかで聞いた声だと思っていたが、彼女は春日月だった。以前に会った時は、冷静沈着で、厳かさを感じさせるような、ある種の風格ある姿勢を見せていた彼女が、今はどこか動揺しているような顔で、一真に刃を突き付けている男に向けて何か話している。

 男はそれに対して、受け答えしていた。どうやら物の怪ではないようだが、ただそれだけで、安心は出来ない。

「一体、何をしているのよ……」

 未来が立ちあがりながら、呟くと、驚いた事に男の瞳がこちらを見た。

 目と目があったその瞬間、未来は息を呑み、男は口元をにやっと歪めた。左手――籠手を備えていない方の――には一枚の符が握られていた。男は口元で何事かを素早く唱えると、その札を握った左手で九字を切る。

 未来が気が付いたその時には、一真も、月も、その男も消えていなくなっていた。一瞬の出来事過ぎて、ともすれば今のはただの幻覚なのではとすら、思えてくる。

「な、永田さん。今のは……」

 笹井が困惑した顔で、そう訊ねるも、未来は上手く答える事が出来ない。それが出来るのであれば、ここにいる二人を置いて、あの男を追いかけて、一真を追いかけたかった。だけど。

「追いかけたってどうにもならない」

 一瞬、頭に浮かんだ言葉を、そのまま口にしてしまったのかと思った。が、その声はひどく幼く、あどけなかった。

「彩弓ちゃん……?」

 長い髪が、顔を隠しているせいで、その表情を窺い知る事は出来ない。先程まで無邪気にココアを啜っていた少女は、マグカップを握りしめたまま、微動だにしていなかった。

「何故、受け入れない? 認めたくないのか?」

 それから、その声は壊れたカセットテープのように、虚ろになった。啜り泣きとも、飢えた獣の鳴き声ともとれる不協和音に。

 未来は――我ながら情けない事に、その場から逃げ出したい衝動に駆られた。彩弓は何か恐ろしい物に毒されて、物の怪へと変わってしまったのではないか。しかし、恐怖はそこで止まる。

 ぐらっと揺れて、彩弓は目の前のテーブルに、頭を打ち付けて倒れた。

 周りの客が何事かと、こちらに視線を集中させる。呆然自失としていた未来は、ハッと我に返り、彩弓に駆け寄った。それから、一瞬にも満たない半秒程、躊躇った後、彼女の体を揺らした。

「彩弓ちゃん? どうしたの?」

 身体が熱い。仰向けになるように動かし、未来は息を呑んだ。未来の顔や首から滝のように、汗が流れていた。顔が赤く、息が荒い。今、ここにいるのは物の怪でも物の怪に取り憑かれた少女でもない。

 少女が助けを求めている。未来は助けを求められている。それがたった一つの真実だ。

「彩弓!?」

「笹井さん、高熱です。早くなんとかしないと」未来の声は自分でも驚くほど、冷静だった。むしろ、笹井の方が動揺している。

「そ、そうか。なら病院に」

「この子の保険証を持っているなら、それもありですね」未来の言葉に笹井は押し黙った。そもそも苗字も分からない。分かるのは名前だけだ。それが余計に怪しい。一体、何が起きたのか。

「だから、病院には行きません」

 だが、問い詰めるのは後だ。今は何よりも、彩弓をどこか安静に寝かせられる場所が必要だ。同時に、彼女の身に起きた先程の異変も解決できる場所。恐らく、そんな所は一つしかない。

「神社に行きます。あそこには私の知り合いもいますからね。彼女達なら全部解決してくれます」

「いや、しかし」躊躇う笹井の顔に、未来は顔を近づけて言う。

「さっき外で襲われていたあいつは、私の友達です。傍にいた黒髪の女の子も。私には助けられないけど、神社の人達なら助けられる」

 そう、自分は無力だ。目の前で一真達が、別の世界に攫われても、何も出来ない。助けられない。だが、この確かな形のある者が存在する世界であれば、この少女ならば助けられる。

 笹井が何か言うよりも先に、未来は既に彩弓を背中に、おぶっていた。密着した身体から確かな生気を感じつつ、未来は店を飛び出した。

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