表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰陽少女  作者: 瞬々
清風明月
74/234

七十三

†††

 月はただ上を見続けながら白銀の粒子を天空に放ち続けていた。何も無かった陰の界に流星を雨のように降らし、世界を照らす明かりを灯す。彼女の体その物から発せられる光の霊気は闇の中に溶け込み、混ざり合って不可思議な模様を描いていた。

 鏡花水月とは、正に今目の前にある光景を指すのだろう。手を伸ばしても決して届かない天と同化しているかのような錯覚すら与えてしまう。しかし、それでも一真は必死になって手を伸ばした。宙を蹴り、さらに高みをめざし、しかしまだ足りない。

 翼が欲しい。そう思ったのと同時。背中に温かな感触が芽生えた。首に回されたのは少女の細く嫋やかな腕。肩に載ったのは少女の顔。悪戯っ子のような笑みを浮かべる日向の物だ。何も言わず彼女の顔が後ろに吹き抜けていく。同時に力が流れ込んでくる。

――バサリという翼の音。

 日向が与えてくれた翼が羽ばたき一つしただけで、ぐんと一真の体は浮かび上がり、月へと近づく。お伽噺の中にでもいるかのような感覚。


「月!!」


 一真の呼びかけに月は瞳だけを動かし、ただ機械的に彼を視認する。

――呼びかけても無駄だ。彼女は完全に博人の虜になってしまったのだから。

 一真の中の闇が囁く。闇は敵でも味方でもない。ただ彼の不安を映す鏡のような物だ。

「大丈夫だ、月」


「近ヅク者」

 突然辺りに響いた声に一真は驚き、声を失った。

「穢レ諸共包ミ、無ヘト帰サネバ」

 月の右腕が何か別の力に持ち上げられその手に握られた護身の太刀がゆらりと宙にゆらめく。刃の切っ先に光が収束していく。あれが振り下ろされた時、一真の全てが終わる。そう直感するものの、体は押さえつけられたように硬直している。月の腕が動く。

「避けて!!」

 日向が叫び、翼が一真の意思と関係なく動いた。熱風を巻き起こし、体が右へと飛ぶ。そして、彼が今いた空間を光の龍と見紛う白銀の一閃が駆け抜けて行った。攻撃が駆け抜けて行った後に残る光の残滓。粉雪のように舞い、一真の体にも降りかかる。


 同時に胸元のポケットが光を発した。いや違う。光っているのは、その中にある鶴の折り紙だ。


――一人は怖い。

「なんだ……?」一真はぽつりとつぶやいた。

――暗いのは怖い。

「この声」そして気が付く。それがよく知った者の声だと言うことに。

――私をここから出して。

「月、お前はずっとこんな気持ちを味わっていたんだな。こうなるのが怖かったんだな」

 一真は未だ自我を取り戻していない月の体を見た。初めて神社で会った時と同じように一人だ。破敵之剣が共鳴するように金色に光り輝く。そうして伝わってくるのは沢山の思い。その思いの中心の中に自分がいることを知る。彼女が自分を必要としていることを。その思いに一真も返す。霊力などという力ではなく。自分の言葉で。


「お前をひとりにはさせないよ」


 月が再び太刀を振り上げ、切っ先に光が収束する。一真は両手で剣をしっかりと握り、宙を蹴る。


――一人になるのが彼女の定めだというならば?


「そんな定めは、俺が断ち切ってやるから!」

 振り下ろすと共に飛来する白銀の一閃。金色を纏って突進する一真と激突する。

 二つの色は交じり合い、一つと成す。その中にある異なる者は――たとえ神ですらも――弾き出される。そうして、力の抜けた月の背中から神の御霊が抜けた。それは膨大な光の流れ。現れた時と同じように宙を駆け回る。違ったのはその色。毒々しい紅ではなく、真っ白な透き通るような光。稲妻のように攻撃的な光ではなく、鈴のような澄んだ音と共に辺りに広がり包み込む。宙に浮いたひびはその光に当てらて、元に戻っていく。世界が修復されると光は満足したかのように戻っていく。鏡へ。元いた場所へと。


「綺麗――」

「月」


 一真が呼びかけると月は微笑んで見せた。そして落ちた。下に向かって。


「月!!」遠ざかっていく彼女を追い、叫んで手を伸ばした。翼が羽ばたき地面が視界一杯に広がる。指先が狩衣の端を掴む。強く引き寄せ抱きしめる。日向が彼の意思を受け赤い翼を動かした。地に背を向けながら一真の身体は月を抱いたまま、飛びあがる。


 舞い上がった土煙が身体を叩くのも殆ど感じなかった。白い光の中に飛び込んだことにも気が付かなかった。狩衣越しに感じる彼女の肌は柔らかく、温かい。彼女が今、ここにいるという確かな実感。ふと目を横に向けると白い光の中に薄らと顔が浮かんでいた。


――夜の守、日の守、大い成るかな、賢成るかな。一つの真、信ずるべし


 祝福するように微笑んで遠ざかっていく。壊れた鏡の表面には空気その物がそこだけ歪んだようになっているそこへと飛び込んでいく。一真はその傍に降り立った。ゆっくりと手に抱いた月を地面に降ろす。その傍の地面には破敵之剣と護身之太刀が刺さっていた。赤い燐光と共に背中から翼が消え、現れたのは日向だ。膝をつきながらも笑っている。力を使い過ぎたせいか、彼女の顔は幾分かやつれて見えた。しかしその表情に憂いはない。

「神は元の世界に戻り、一件落着ってところかな?」

 日向の瞳は滝のように流れる光を追っていた。一真は先ほどのあの顔を思い浮かべた。自分達に告げていたあの言葉を。

「愚か者が!! まだ終わってなどおらん!」

 突然の叫びに一真と日向は振り向いた。博人の血走った目が鏡へと向けられている。

「叔父さん」

 一真は黙ったまま、立ち上がった。右手に破敵之剣、左手に護身之太刀を握りしめて。


「もう止めましょう。あなたの負けだ」

「一体、何をした。どうして、あれは元の世界に戻ろうとしている?!」


 しかし、博人の目は一真を見ていない。それも当然か、と一真は自嘲ぎみに思った。これまで何度も話を聞いてくれたのも、あの真摯な態度も全て今日のこの為。神を卸すとかいうわけのわからない事の為の布石、一真を信用させ自分の望んだ所へ導く為の偽りの表情だったのだから。


「これで終わらせるぞ」護身之太刀黒陰月影が呼びかけ、「これで終わるのだからな」破敵之剣白陽天ノ光が確信に満ちた声で言う。

 破敵之剣を左脇に構え、護身之太刀を正面に構え、一真は宙を走るように翔けた。博人が血染めの剣を脳天目掛けて振り下ろしてくる。こちらが飛び込んでくるタイミングを見計らったかのようなタイミングの良さ。しかし、その刃が新たな血を吸う事は無かった。振り上げた護身之太刀の湾曲した刃に当たり端を滑っていく。すかさず破敵之剣で逆袈裟に斬り上げた。博人が身を捩りながらその一撃を避ける。いつの間にか背後を取られていた。血染めの剣が猛獣のような唸りを発する。

「一真!」

 白銀の一閃が博人の鼻先、一真の後頭部を掠めて行った。振り向きざまに一真は破敵之剣を振るう。隙を逃さない一撃だったが、博人は既に飛び退っている。

「月、大丈夫なのか?!」

 一真は叫んでそちらを見る。微笑みが返ってくる。だが、立っているのがやっとというのが、一瞥しただけで分かる。彼女を庇うように前に立ち、二つの刃を十字に交差させる。博人が敗北を認める可能性はまず無いだろう。

「帰ったのなら、もう一度呼び戻せばいいだけのこと」

 血染めの剣が振り下ろされる。同時に刃から真っ赤な液が飛び散った。それは空中で形を刃へと変わり、霰のように飛びかかってくる。破敵之剣と護身之太刀の両方から霊気を供給している一真の肉体は常人ではとても足元に及ばない程の力を得ていた。だが、それをどう使えばこの状況を打破できるのか分からない。それを知っているのは月。


――前へ!

 月と繋がりを持つ護身之太刀を通して、一真の頭に声が届く。彼女の声の導きのままに、前へ。

――護身之太刀で防ぎ、破敵之剣で道を開く!


 矢継早に出される月の声に必死についていこうと一真は剣を太刀を振るう。だが、血染めの剣が飛ばす無数の刃は繰り出す度に、速く、正確さと数を増していく。破敵之剣で撃ち落とすのも、護身之太刀で防ぐのも次第に限界に近づいていく。肩を脇腹を刃が掠め、突き抜けていく。熱く痺れるような痛みが走るも、一真は前へと駆けるのを止めなかった。

――……勝てはしない。奴は神をも操るんだぞ?

 心の中の闇はそう問いかけてくる。恐らく、どれだけ一真が強くなってもこの闇は付き纏ってくるのだろう。その度に一真は打ち勝たなければならない。

「そんなもの関係ない。俺が月を守れるくらい強いのかどうかとは何の関係もない!」

 破敵之剣の突きが飛んでくる刃を打ち落とし、博人の身体に迫るが、血染めの剣がかろうじてその先端を逸らす。博人が早口で何かを唱えると彼の周囲に赤い刃がいくつも浮かび上がった。

――一真!

 護身之太刀が白銀に閃き、飛来してきた赤い刃を呑み込んだ。驚く一真の前でそれは一層強い光を放つ。邪気を浄化し取り込むそれは、まぎれも無く護身之太刀の真の力だ。

――自分を信じて。あなたのあるがままに戦えばいい。そうすれば力は従う。

 吸収した霊気を足に込め、一真は踏み込み左右交互に凄まじい速さで流れるような動作で剣戟を繰り出す。後退しながら博人はそれを受けては返し、三つの刃がぶつかっては離れ、かわしては、迫る。破敵之剣は振り下ろされる度に威力が増していく。両側から挟むように繰り出した攻撃をしゃがんでかわし、博人は再び飛び退るも、一真が追い詰める方が早い。


 博人の顔には不安が浮かんでいた。力の一部を剣の強度ではなく、宙に浮く刃へと割いて数を増加させ、より激しい攻撃を加えてきた。一真は身を捻り、直撃する物だけを避け或いは護身の太刀で防ぎ、前へと跳んだ。皮膚や血が裂けては後ろに流れていくのすら気には留めず、ただ自分の首筋目掛けてくる血染めの刃を睨む。


 交差は一瞬。天が高らかに叫んだ。


「破り、断ち切る! それぞ剣の極意!」


 血染めの剣の柄に破敵の剣が突き立ち、一瞬の間も置かずに真っ二つに折った。驚く博人の顔を振り上げ切った右手で思いっきり殴りつけ吹き飛ばす。渦を巻いて異世界への扉を開き続ける鏡の傍に博人の身体は背中から倒れ込んだ。同時に宙を舞っていた血染めの剣が破裂した。

 水を叩きつけたような生々しい音と共に視界が真っ赤に染まって衝撃が身体を襲い、一真は受け身もまともに取れないまま転がった。力の抜けた指から剣と太刀が抜け地面に落ちる。地面に叩きつけられ意識が遠のきそうになるが一真は歯を食いしばりどうにか立ち上がった。破敵之剣も護身之太刀も、力尽きてか、元の懐剣の姿で地面に落ちていた。地面はいくつもの斬撃で抉られアスファルトが無残に捲れあがっている。そのうちの幾つが自分の仕業なのだと思うと不思議な気持ちがした。

 上を見上げるとあれほど世界を覆っていた光は消え失せていた。博人が呼び寄せた神とやらは、もう元の世界に戻ったらしい。日向と月がお互いに肩を貸しあいながら近付いてくる。刀真の姿も見えた。襤褸の刀を杖代わりにして歩いていた。酷い怪我を負ったようだが、命に別状は無さそうだ。

――だが、まだ。


 一真は彼らを見、それから数メートル先で仰向けに倒れている博人の姿を見た。まだ、終わっていない。今のは勝負がついたに過ぎない。


「よくやった。一真」


一真が恐る恐る近づくと驚いた事に博人は笑っていた。


「全くもって君はすごい。はっきり言って、今回のこの神卸しは君がいなければ成功しなかっただろう。あの陰陽少女が自身の力を知覚し発揮できるか、君自身の血があるか無いかが成功の要だったわけだからね」

 何と言っていいのかわからない一真に博人はところで、と言う。

「私の計画は完全に成功したとは言えない」

 身構える一真に博人は笑い続ける。そして。


 鏡の闇に向かって頭から落ちて行った。


「え?」

 呆気に取られ、思わず手を伸ばす一真の前で闇は小さくなっていく。

「一真君!」

 日向に肩を掴まれ後ろに引き戻される。目の前で闇は消えた。叔父を道連れに。

「そんな、消えた……」一真の言葉に含まれる感情を読み取ってか、日向は顔を曇らせた。

「そう、消えた」

「あれはなんだったんだ?」

 少し前まであった場所を指刺し、一真は聞いた。

「あれはね、向こうの世界とこっちの世界を繋げる為の通り道。沙夜がいた場所とも違う、言葉では表現のしようがない別の神々の国。……彼はもう戻っては来れない」

 予測ではなく断定としての言葉を日向は告げる。それは一真の心に大きな穴を穿った。全ての黒幕、月を傷つけ、一真を自分の目的の為に騙し続けた相手だとわかっていてもだ。なぜ、そんなことをしたのか。その理由もはっきりとは聞けないまま、行ってしまった。聞けば、まだ話し合いの余地はあったかもしれないのに。

――話した所でお前が理解できる物ではない。


 心の中の闇はそう呼びかける。しかし、一真は首を振る。それが本当だとしても。


「一真?」

 一真のすぐ隣で月の声がした。度重なる戦いであちらこちらが破れた狩衣、破れた衣には朱のような血が滲んでいる。それを言うなら一真自身も傷だらけで、それを意識した途端、全身に刺すような痛みが走った。それでも一真は微笑んで見せた。

「大丈夫?」

 月の声に温かさを感じて、一真はほんの少しだけ救われたような気がした。物の怪、そして彼らを焚き付け自分の目的の為に使った叔父と戦ったのは、彼女の為だったのだから。

「あぁ、大丈夫だ。そういえばあの沙夜ってやつは?」

 月は首を横に振った。それから低い男の声が言葉で付け足す。

「彼女は逃げた。どこへかは、分からないがね」

 頬に肉まで見える程の切り傷を作り、足を引き摺る刀真は見るからに痛々しいが、表情だけはいつもと変わらない。微笑を浮かべた口元以外は。

「だが、それにしても驚かされるよ、君には。月を助け出したばかりでなく、神を手中に収めんとした稀代の術者を倒したのだからね」


 一真の顔は暗かった。その賛辞は受け止めるには余りにも重い。その稀代の術者とは、一真の叔父なのだ。これまでの親戚としての振る舞いが全て偽りなのだとしても、その事実に変わりはない。


「父様」咎めるように月が声を上げると、刀真は流石に視線を落とした。


「すまない。彼は我々にとっては長年追っていた敵だったのでな。君にとっては親族であることを失念していた」

「大丈夫です」

 ゆっくりとしたその声にはこれまでに無かった程の落着きがある。つい先日までの自分だったら逆上していたかもしれない。もちろん、それ以前に博人と敗北し、彼に屈していた可能性もある。強さをがむしゃらに追い求めるのではなく、切り開いた先にある未来を描けるかどうか、自分の前で、隣で、周りの人達の笑顔を守れるかどうか、それを想えば力は伴う。その事に気が付いた今――否、気が付かせて貰った一真はだからこそ、絶望のままに終わりはしない。

「俺も月や皆が無事だったのは嬉しいです」

「一真」

 月が心配そうな顔で覗き込んでくる。間違いなく今回の事件で一番の心労を味わったのは彼女だというのに。そして、彼女の心が痛むのはこれが最後ではない。物の怪と戦うしかない運命にある彼女は今後も、もしかしたら死ぬまで終わらないかもしれない。それを思うと一真の心は沈んだ。それに……。

「だけど、あいつ。叔父はまた戻ってくる気がします。どんな方法を使ってか、なんて想像もつかないけど、人の身で戻る事が出来ないなら、何か恐ろしい怪物として蘇るかもしれない。ともかく、絶対戻ってきますよ」

「もしも、そうなったとして、一真君はどうするつもり?」

「日向」

 月が今度は日向を咎める。しかし彼女は視線を一真から逸らさなかった。そして一真も聞かれるべき事だろうと思う。今後も陰陽師達と共に一真が戦うのかどうかはさておき、博人が復活すれば、彼も無関係ではいられなくなるのだから。答えるのに躊躇する事は無かった。

「戦う。あっちが自分の都合で復活して、また何か企むなら、俺が……破……壊する」

 拳を握り力を込めて宣言したつもりだった。が、突然彼の意志と関係なく足の力が抜け、景色が一転する。背中から地面に落ちたのだが、痛みはまるでない。今の今まで気張っていたつけが回ってきたのかもしれない。月が自分の声を呼び、刀真がおかしいような呆れるような溜息を漏らした。周りの声が頭で混ぜこまれて、過ぎ去っていく。日向が最後に「一真君は一人で背負い込みすぎだよー」という呑気な声だけがやけにはっきりと聞こえたのを最後に、彼の意識は暗闇の中に消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ