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陰陽少女  作者: 瞬々
清風明月
73/234

七十二

 比喩でなく、まさに今起きている事はそれだ。あまりの事に思考が追い付かなかった事を誰も責める事はなかった。飛び込もうとした刀真と日向は咄嗟に後ろへと退り、茫然とその光景を眺めている。後ろの方で誰かが倒れる音が聞こえた。

「大丈夫ですか?!」

 蒼が呼びかけ、未来を抱き起す。彼女は目を見開いたまま、気絶していた。理解の許容範囲を逸した為だろう。自分を見失いかけていた一真はその余りにも当たり前の反応によって引き戻された。

「未来っ!!」

 叫んで駆け寄る。そうして、己の浅はかさを悔いる。彼女は早々に元の世界に戻すべきだったのに。


――息はあるのか?

――いや、息だけがあっても意味がない。

――物の怪の襲撃だけでもあれだけ怯えていたのに。

――再び、目を覚ます事はあるのか。


 次々に襲ってくる絶望に一真の思考は段々と頭蓋の中に封じられていく。

「未来っ!!」


 肩を揺らすが、彼女はまるで起きない。体温はまだあり、息もしていたから恐怖の余り心臓が止まったという最悪の事態は避けられたようだが、人形のように動かず目を覚まさない未来に一真の感情は恐慌をきたしていた。

 地面に落とした天の制止するような声が頭のどこかで聞こえていたが、今の彼には意味のある言葉として認識されない。月が遅れて駆け寄り、一真の肩を彼が未来にしたように、揺さぶり悲痛に満ちた声で必死に呼びかけてくる。

「一真! 落ち着いて!!」

 単純な言葉なだけに今度は認識出来たが、それでも一真は未だ冷静になれない。

――そんな時だった。月の体を紅の稲妻が貫いたのは。

「あ……」

 無音の中で、一真の目の前で月がぽつりと呟いた。その背中に目も眩むような稲妻が一筋突き刺さっていた。反応する間もない一瞬、そして次の一瞬、二発目の稲妻が月の体を撃つ。叫ぶ暇もない。いや、それ以前に何が起きているのかが分からなかった。稲妻は確かに彼女の体に当たった。しかし、それだけだった。

 背中に落ちた稲妻は彼女の肌を焦がしつくす事もなく、彼女の手が触れている一真には何の変化も無かった。ただ、月の手を通して電流のような物が身体を流れた気がしたが、普通稲妻に撃たれてその程度で済む筈がない。

 しかも当たった稲妻は時間が止まったかのように月の背中に縫いとめられている。

 そうして、三つ目、四つ目、五つ目、六つ目、七つ目、八つ目と稲妻が突き刺さり、最後に九つ目がそれらの中心に来るように刺さる。真紅だった稲妻は彼女の肌に触れた途端、そこから、上に刺さっている物から順に白銀色に染まっていく。どうじに宙へと浮かび上がる少女の身体。その瞳は既に一真を見ていなかった。

「月……?」

 一真の呼びかけにも答えず、月はただ空を見上げ高く、高く舞い上がる。背中に刺さったというよりもそこから生えているかのような九つの光柱の左右から細い光が伸び、柱と柱を結びつける。月を囲むようにして巨大な円が浮かび上がる。真っ黒な美しい髪に混じって白銀の燐光が星のような輝きを発し彼女をその円を取り巻いていた。


「月!!」


 蒼、刀真、日向の三人が叫んだ。ただ、それしか出来なかった。


「おおおおっ……!!」

 誰もがその現象についていけずに取り残される中、博人だけが両手を聖人のように広げて、感動している。そして、その感動さえもただの演技だったのではないかと思わせるように先程の言葉の続きを語る。

「夜を支配するは三位にしてひとつの神、すなわち月弓つくゆみの尊は上弦の大空をつかさどり、月夜見つくよみの尊が中天を照らし、月読つくよの尊は下弦の虚空を知る。天を抱き、神の加護を受け、彼らをこの世に留める器となるかんなぎ それら全てが今、私の思いのままに動く……!」

 高く舞い上がった月は、陰の界の隅々までを照らす光を降り注ぐ。もはや、感覚が麻痺し正常に動けない一真にはそれが綺麗だと思うことすら出来なかった。掠れ、それでもまともに声にならない声で一真は問う。

「な、何が……」

「あぁ、悪かったね。どうにも私は事を急ぎ過ぎる癖があるようだ。周囲を気にせずに一人で勝手に話を進めて勝手に納得し、勝手に満足してしまうというね」

 仮面の向こうで博人は笑んだ。世間話でもするかのように、いつも一真に接するそのままの態度。

「神というのはね膨大で曖昧な形をしている。水が器に入っていないとそこに留まれないのと同じように、神もまた器が無ければ、現世に留まる事が出来ず、その力は世界を傷つけてしまう。神にとっての器とは色々あるのだがね、最もふさわしいのは強力な霊力を内に入れる事の出来る巫女……例えば彼女のような存在だ」

 指差されたそこには円状の光しか見えない。

「彼女、というよりも春日の家系の女は夜の神の加護を受ける。降ろす場所としては相性が絶妙に良かったのだよ。とはいえ、ここまで来る道のりは恐ろしく大変だったよ。何しろ、真に自分の力を発揮できる巫女でなければ神は器として受け入れない。最初は沙夜に、そして、蒼に目をつけたがどちらもふさわしくはなかった。彼女だけだ。目的を達していたのは」

「なぜ……」

「こんなことを起こした動機かね? そこを聞かれると困るのだが、強いていうならば」

 と言う博人の目の奥が黒い焔をともしたように見えた。その焔は一真が心内に抱いている闇と同じような雰囲気を持っていた。

「神に見放された者による神への反逆。そんなところだよ」

 芝居が掛かった話し方はいつの間にか、なりを潜めていた。瞳内に宿る感情はようやくはっきりとしてきたのに、未だに掴めない。怒りなのか悲しみなのかあるいは他の感情なのか。

「私は君と同じ体質を持っているのだよ。闇に囚われ喰われるこの体質。闇とはすなわち負の気の事だ。君はかつて、物の怪と遭遇し取り憑かれた……と思っただろうが、実は逆だよ。君が物の怪を取り込んだのだ」


 その事実は、一真を打ちのめすには十分過ぎる程のものだった。言葉すら出せない一真に満足したかのように、博人は続ける。


「こんな私を生み出した存在をどれ程恨んできたことか、そのことでどれ程苦しんだか、君もわかるだろう?」

「だけど……」

 博人の言う苦しみは理解出来た。彼が一真に対して興味を持った理由も分かった。しかし。

「今、目の前にあるのは神そのものだ。この世界を作り出した存在そのものだ。私を創り出した神と同質の物を手中に収めた。こんなに愉快な事はない。もう奴が私から何かを奪う事はない。私が奴の力を奪ったのだから。どれほど、この日を待ち望んだことか」

 それは一真に向けて言った言葉なのか、神を身に宿した月に対して言った言葉なのかそれは分からない。過去の純粋な悲しみを歪んだ感情で包み込んでいる。そんな気がした。


「不幸な事だな」

 突然降ってきた言葉に一真は反射的に上を見た。紫電の落下が博人を襲う。が、彼はいつ抜いたのか、杖から発した血染めの剣で受け止めていた。刃に霊気を喰われるよりも前に刀真は跳び退り、距離を取る。その背後では日向が周囲に焔で彩った燐光を周囲に浮かばせている。

「お前のその栄光も半日と経たずに費える」

「それでも長すぎる程だけどね」

 日向が茶化すように付け加えた。

「ほら、聞いたか? 一真」

 博人の声は再びいつもの気の良い叔父のそれへと変わる。そうしておいて、彼は一真に呼びかける。

「君は私に似ている。心内に闇を買い、その闇と共存しながら、闇を喰らいながら強くなっていく。それに気が付いたからこそ、私は君に関心を寄せた。君のその性質が確実な『力』となるように言葉で誘導した」

「言葉で誘導した位でそんな陰陽師や物の怪みたいな力が発動するのか?」

 一真の言葉は未だ震えていたがどうにか問いかける事が出来た。ただ、単に感情が麻痺したせいかもしれないが、それでも何かを問う事で相手の言っている事の真偽を確認することが出来る。

「勿論だとも」

 返ってきたのは肯定の言葉。

「霊力は血筋や家系のみで決まる物ではない。そもそも人間が霊力を制御し使用するには、精神を鍛えなければならない。君には素質があった。それを私が引き出したのだ。ただ、それだけの事だよ。君が強い負の感情に突き動かされた時に発揮できる力、物の怪の邪気を喰らうその力は、私が与えた物ではない」

 一真は黙ったまま、その言葉を反芻する。もしかしたら、この闇を心に飼っているこの性質は博人が奇妙な術を使って施した物なのではないかという想像があった。月の体に神を降ろしたのと同じように。だが、そんな都合のいい事は無い。

 物の怪のせいでも、博人のせいでもない。紛れも無く一真が一真自身が持つ特有の性質。物の怪の邪気を喰らい、邪気を力として使う事の出来るこの化け物のような力。

「一真、私と共に来い。そうすれば苦しむ事もないのだよ。その性質を正しく使う事が出来る。あるべき道を歩む事が出来る。つまらぬ此の世の道理に従わなくてもいいそんな道を」

 そうかもしれない。その道こそが一真が歩むべき道なのかもしれない。この力が正しく発揮されるには、平穏な日常よりも血にまみれた戦いの方が合っているのかもしれない。そこで一真はこれまでに感じた事の無い程の満足を味わえるのだろう。博人の心をいつか理解できるようになるかもしれない。

「まずはその男を殺す。君はそこで黙って見ていたまえ。そして自分のあるべき姿を私から学ぶのだ」

 二振りの血染めの剣が振り上げられる。同時に踏込む。左に持った剣が刀真の胴目掛けて振るわれる。刀真は身を捻って、それを避ける。が、続いて落ちてきた剣が首を斬り飛ばそうと迫る。蒼が彼の名を叫ぶ。


――しかしその一撃は横から来た衝撃によって刀真の鼻先で逸れ地面に当たった。

 そこで生じた僅かな隙を逃す程刀真は甘くない。すかさず踏込み、振り切った博人の左小手に向けて太刀を振り下ろした。肉を斬ると同時に手首を返すと剣を握った腕が血の尾を引きながら宙を舞う。


「な、ぜ……」という博人の言葉は、落ちてきた血染めの剣が地面に当たった途端に聞こえた獣の断末魔のような声に呑まれた。刃が博人の腕を呑み込んで消える。ただの杖となったそれが転がり、道の端の溝に落ちる。

 追撃するように襲ってきた刀真の刃を驚いたことに博人は、片手に握った血染めの剣だけで返し、後退した。激痛に襲われている筈なのに、その顔は苦痛よりも驚きに彩られている。出血する腕を押さえる事すらしない。それがあまりにも痛々しく感じたので、一真は再び問われる前に答えた。

「俺のこの力は、あんたが言うように使った方がずっと有意義なんだろうな。それが正しい使い方なんだと思う。そうすればもっと俺は楽になれると思う。実際俺はもう何度も苦しんだ。自分のこの特性で誰かを傷つける事に。強くなりたいと思えば思う程、誰かを傷つけてしまう事に。あんたと一緒に歩めばそんな事は無くなるかもしれないさ」

 だけどなと一真は付け加える。

「それは俺の決めた道じゃない」

 落ちた破敵之剣を再び拾い、刀真と博人の間に入った一真は剣の切っ先を下に向ける。

「俺は月を守れる程強くなると決めた。その道を選んだ。だけど、それは血にまみれた強大な力に縋ってではない!」



 叫ぶと同時に跳躍した。下段からの斬り上げ。身を捩り、最低限の動きだけで博人はそれを避けると同時に剣を振り上げた。刃が脈打ち、その波筋に細かい牙のような物が生えているのが間近で見ると分かる。


――避けられない!


 思った瞬間、何かが視界を横切る。気が付くと血染めの剣が横合いから飛んできた灼熱の一閃によって弾き飛ばされていた。舌打ちする博人に向けて追い打ちを掛けるように無数の紅い焔が弾丸のように襲いかかる。それに続くようにして日向が飛び出す。翼に覆われた腕。そしてその手には真っ赤な扇が握られていた。


「蒼さん!」


 一真の唐突な叫びに蒼が弾かれたように顔を向ける。体力もぎりぎりの彼女や気絶したままの未来がこれ以上ここにいては危険だ。


「未来を連れて元の世界に戻っていてください!!」


「……だけど、月が!」

 蒼が目尻に涙を浮かべて訴える。もしも逆の立場だったら一真はあのままの状態の月を置いていく事など出来なかっただろう。だからこそ、彼ははっきりと希望等と言う曖昧な表現を入れずに断言する。

「必ず戻ってきます。彼女を連れて」

 その言葉に蒼は躊躇った。ふと彼女は一真の後ろに立つ刀真へと視線を移した。刀真は肯定も否定もしなかった。ただ目にある意志だけで返す。やがて、蒼は頷いた。未来を抱き、早口で何事かを言うと光が彼女と未来を包み、瞬く間にその場からいなくなる。

「必ず戻ると言ったな」

 刀真が呼びかけた。その視線の先にあるのは日向と戦う博人の姿だ。日向の扇が宙を舞い、それを博人が目にも留まらない速さで撃ち返している。

「あなたもです。全員で戻るんだ。俺たちは」

 一真は言って剣を構えた。その肩に刀真は手を置く。穏やかなしかし芯のある笑みを浮かべて。一真は初めて見たその表情に驚いた。

「言うようになったな。よし――日向!」

 刀真の呼びかけに日向は首だけで振り返った。その隙を突いて博人が頭目掛けて剣を振り下ろすが、彼女は身を屈めてそれを避け、刀真達の元へと飛び退る。

「あそこまで飛べるか? 彼を連れて」

 刀真はちらっと上を見て聞いた。博人に聞こえないように小声で。日向は頷き、一真は驚いた。彼が言うあそことは月の所だ。彼女はこうしている今もなお、闇の中で煌々と光を放ち続けている。博人が指示を出していないせいなのか未だそれ以上の何かをするという兆候は見られない。だが、世界を歪み、壊しかねなかった程のあの霊力を身に宿らせているのだという事実がある。

 そして、だ。まだ、何もしていなからこの世界は無事なだけであって、彼女が何かをした途端、この世界の何かが変わりかねない。自分に果たしてそれを止めるだけの力があるか? あれを見てなお、気を失うこともなく自我を保てているのは、確かにすごいことなのだろう。しかし、自我を保てているかいないかそれが大きな違いであるのと同様、あれをただ括目しているのと戦うのとではやはり違うという当然の結論に行き着く。

 しかし、そんな一真の心内も見透かしたように厳格な調子で呼びかける。

「さっきまでの勢いはどうした?」叱咤するように。

「私は君を今、この短い間だけ信用し命を預けると言っているのだ」励ますように。

 一真は頷いた。そうだ、たったいま言ったばかりじゃないか。月を連れて戻ると。皆で戻るのだ、と。だが、それでも不安は残る。

「俺に何が出来るんです? 俺の力じゃあいつには適いませんよ」

「勝つ必要は無い。君が月を助けられるかどうかは、君次第だ」

 それ以上、言葉を交わす事はなく、刀真は紫電の太刀を手にし、博人へと斬りかかっていく。日向が横に立ち、頷いた。

「大丈夫だよ、私が力を――」

 言いかけて日向は口を噤んだ。その原因は明白。二人の前、月との間を阻むように空中にふわりと浮かび上がる影――沙夜が浮かんでいた。斬り落とされた腕の名残をすっと一真に向ける。わずかに残った黒い霧が襤褸のように彼女の周りに纏わりつき、風に吹かれては流れている。


「お前、まだ、やるつもりか!」


「あら、残念。私にはもう力がないからね、たたかうのは無理。だからさ」


 誘うように、妖艶に微笑む沙夜。しかしその歪んだ口から出たのは殺意の言葉ではない。

 「私をころして、通ればいい」

 一瞬の絶句。しかし、その隙を沙夜は狙わない。両手を広げ、まるでこちらを受け入れるように。

「あら? どのみちころすつもりだったんでしょう?」


「どういうつもりだ」

 今すぐに月を助けにいかなければならないというのに。どうして、彼女は邪魔をするのだろう。

「あの娘のところにはいかせないようにするつもり。だって、これからもっと面白いことになりそうじゃない?」

「あいつの命令に従うのか? 誰かに意志を束縛され傷ついたと嘆くお前が?」

「わたしのごしゅじんサマは、神すらも操る。あの男に従っている限り、私はだれかに利用されることもない」

 そう、博人以外には。つまりはそれが沙夜の取った道なのだろう。もう二度と自分を利用されない為に。その為にこうして立ちふさがっているのだ。一真には彼女を殺す事など出来ないと打算したうえで。そして、その予想は当たっている。一真には彼女を殺す事は出来ない。

「ま、それよりも何より、彼女はああしている方が幸せに決まってるわ。裏切られることはないもの」


「なにっ」


――さっさと殺して、月を助けに行こう。


 沸騰したように熱くなる頭で闇が囁く。


――彼女は死にたがっているのだ。だから殺してくれと尋ねて来るのだから。

「いいだろう」


 だから、一真は破敵之剣を構えた。日向がその言葉の真意を確認するように顔を覗きこんでくる。驚きと警戒を混ぜた表情で。だから、一真は微笑んだ。安心させるためではなく、確信させる為に。


「日向、俺はどうしても行かないと行けないんだ」


「わかったよ」


 日向は何か言いたそうだったが、それを押しこめて頷いてくれた。悪いと思う。


 今の一真には思いつかない。散々利用され、仲間を失い、身も心も崩れた彼女に対して何が出来るかなど。下手な慰めは彼女の心を傷つけ、敵だからと戦えば彼女の身を傷つける。

 そのどちらも一真が望んだ答えではない。彼女が語った言葉が頭に響く。

――こころを弄び、それに痛みすらかんじない物の怪以下の畜生共しか残らないこんな世界などいっそ滅んでしまえばいいと。その為にわたしは蘇ると決めた!!

 滅んでしまえとは思わない。だが、博人のように、あるいは沙夜を物の怪もろとも封印した者たちのように、目的の為に誰かを犠牲にするような考えは認めたくない。そして、沙夜がこの世に絶望したまま死ぬのも見たくはない。世界はそんなものばかりじゃないと一真は言ってやりたかった。

 だが、今はこうする。こうするしかないから。

「望み通りにしてやるよ。はったりで済むと思って高をくくったのがお前の敗因だ。俺は月さえ助け出せればいいんだ」

 剣の柄を強く握ると、身に霊力が流れ込んだ。脚に力を込め、身を沈める。一真の決断を認めてくれているのか、天は最後まで口を挟まなかった。

 沙夜は嘲笑するのを止めた。しかし怯えるでもなく、ただ一真を見下ろす。

「フフフ、これで解放される。ごめんなさい。自分でいのちを絶てばすむ話なのにね」

 その悲しげな言葉すら、演技なのかどうか。一真にはわからない。わかる必要もない。


――今はまだ。


 地を蹴り、一真は空を駆け上がるように沙夜に向かって跳んだ。


 少年と少女は交差する。


 刃を金色に輝かせながら、少年は更に高みを目指す。自分の守りたいもの目がけて。


 涙を雫のように煌めかせながら、少女は夜空を見上げた。自分の望んだ結末を求めるように。


「どうして」

 沙夜は仰ぎながら訴えるようにつぶやく。その体には傷一つついていない。


「どうして、殺してくれなかったの」


 少年は答えない。今は、まだ。

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