六
月の中に一段と輝く黄金の光が差した。その正体が何なのかが分かるよりも先に煌めく閃光が照らす。
闇夜を。
絶望に沈みかけた一真の心を。黒く燃え上がる炎を。いつか見たその光は、窓を突き破り、吹き飛ばし、黒い炎に吸い込まれた。子供の腹から一本の太刀が突き抜けていた。
邪悪な炎はその刃が触れた所から、浄化され呑まれていく。
「あ……」黒い炎をまとった子供が体を揺らした。
「ひとりは、いや、だ」
一瞬照らされた少女が手を伸ばしてき、咄嗟に一真はどうしてそうしたのかもわからないまま、手を伸ばした。だが、少女の体は一瞬にして形を崩し、霧のように流れ、空彼方の帳に溶け込んで行った。
光が消えると同時に炎も消えて無くなっていた。後には静寂と一人の少女だけが残された。狩衣をまとった少女だけが。
「見つけた」
白い肌はこの闇の世界の中で朧月。
長くしなやかな黒髪は、帳の中ですら艶やかに波立っていた。
夕日に煌めく紫峰の山肌のような色彩を放つ瞳は、感情の起伏に乏しいが、攻撃性は一切ない。何者をも受け入れてくれる、見ていると吸い込まれそうな夜空にも似た美しい透明感があった。
ゆったりとしたその衣は少女の華奢な身体を、すっかり覆い隠しているにも関わらず、着物の間から覗く両肩や袖からはみ出る手がどこか艶めかしい。
身にまとっているのは、歴史の教科書や時代劇くらいでしか見ないような黒い狩衣、その下には白い衣を着込んでいる。
手に持つ刀の刃は漆黒、その周囲が月食を迎えた月のように純白に輝いていた。
それが余りにも自分の夢の中にあったイメージとぴったり同じであることに一真は、驚き自分の正気を疑った。これはやっぱり夢なんじゃなかろうか? こんなに都合よく助けられていいものか?
「お、お前……月か?」
記憶の底にあった名前を一真は十年ぶりに口にした。初めて出会った夜はちょうど今のように暗く不気味だった。神社で共に遊んで、神社を抜け出して、一緒に怒られた。あの時に見えた無邪気さは思い出のどこかに置き去りにされたように、今の彼女には無かった。
「うん。久しぶりだね。 一真」
落着きのある穏やかな声が、十年ぶりに、澄んだ川で波紋を立てるように一真の頭に広がった。
「あ、おう久しぶり……じゃなくて! い、今のは何だったんだ?!」
「今の、とは?」
月が小首を傾げた。昔のようにからかうような感じはまるでなく、至って真面目な口調だった。一真の気迫に圧されるように体の重心を後ろに傾ける。
「今の、とは? あれだよ! 黒い炎みたいなのと、お前が今やってみたこと!それとここの現象全てについて、説明してくれ!!」
月は本気で驚いたように瞼をぱちくりと瞬きさせた。太刀が音叉を震わすような音と共に煌めいた。月の手元には一本の懐剣が握られていた。その結果に驚きもせず、月はそれを袖の中にしまいこんでから、考え込むように黙った。
一真はそれをあんぐり口を開けたまま見つめた。一体なんだ、今の?
「えっと、月さん?」
「静かに。今、なんて説明しようか考えているから。全部彼が説明してくれたものとばかり思っていたから……」
思い出した。こいつは、人に何かを説明するのがとても苦手なんだった。一真は笑いだしたいような頭を抱え込みたいような感覚に陥る。
ふと、一真は外が静かになっていることに気付いた。部屋に入ってドアが閉じられた後、未来が開けようと必死になっていたことを思い出し、一真は慌ててドアノブに手を掛けた。
「そうだ! 未来は!?」
ドアは入った時と同じように簡単に開いた。しかし、そこには誰もいなかった。
「未来!!」
一真は外に向けて叫んだ。答えは返ってこない。音もなく月が後ろから近付いてきた。頭が一真の肩ほどしかない。
「外にいた女の子なら、こっちの世界にはもういないよ」
「こっちってどっちだよ……つまり、今は無事って事でいいのか?」
「元の世界にいる。混乱してるとは思うけど、無事」
一真は安堵し、床に勢いよくしゃがみこんだ。もう、二度と立ち上がりたくない。月は腰を曲げて見下ろし、顔を近づけて口を尖らせる。黒髪が床に垂れるのも気にせずに。
「せっかくの再会なのに、その反応は何?」
「そのせっかくの再会があれじゃ、誰だってこんな反応になるって……」
一真は今にも泣き出したい面持ちでそう答えた。