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陰陽少女  作者: 瞬々
清風明月
69/234

六十八

「だけど、私は気付いたの。私は誰かを一方的に守っているんじゃないんだって。私はありとあらゆる人に助けられながらじゃないと戦えないということに。この力もそう」

 月は太刀を構えるというよりは見せるように、掲げた。沙夜にはわからないだろう。その太刀が一体以前自分が扱っていたのとどう違うのかが。

「あの物の怪。影女は、どこかの誰かから霊気を受け取る事で力を増していた。私も同じ事をしたの。だけど、それは意図しての事じゃない。私は私を思ってくれる人を意識し、彼らの思いを受け入れることで、そこから力を与えて貰っているの」

 一真の、未来の、日向の、神社の友達、母や父、名前も分からないような人達――影女に取り憑かれていた人達――の思いが月の心を駆け巡る。誰かに思われていることを自覚した事により発揮される力。それが。それこそが。

「彼らが私を思ってくれるように、私もあなたの為に思う!」

 月の足が地を蹴った。一瞬にして間合いが詰まる。しかしその動きは迅い筈なのに、どこか動きが優雅で緩慢にすら見え、沙夜は動く事すら考えられなかった。気が付き巨大な邪気の太刀で迎え討とうとした時にはもう遅い。

 二つの太刀が交差する刹那、護身の太刀の光が世界の中で煌めいた。



――綺麗。


 月の頭で誰かの声が響いた。それは少女の声だった。それに気が付いた時、月は自分が思いの波の中にいるのだと知る。瞼をゆっくりと開けるとそこは一面が白一色の世界だった。その中で自分だけが異色の存在としてあるというのがなんだか変な気分だった。

 そこの世界は動いているようにも止まっているようにも感じられる。


 そこに自分は立っているようにも浮かんでいるようにも感じられる。


 そこは全くの無音であるかのようだったが、実はありとあらゆる方向から声が感じられた。


――温かい、これが思いの力。


 先程の声が背後から聞こえた。振り向いて見るが何も見えない。


「不思議」月はなんとなしに呟いて前を見るとそこには沙夜がいた。しかし、その姿は邪気に包まれてはいない。真っ赤な狩衣を見に纏い、長い黒髪、白磁のような肌を持つその顔の雰囲気がどこか月や蒼と似ていた。


――私の母の名も葵だった。字は違うけどね。


 沙夜は突然、そんな事を言った。月は黙ったままその話を静かに聞く。


――この世界を初めて見つけた人。母様は……。


 おかしいなと月は思った。葵という陰陽少女が見つけたのは陰の界だと聞いていたのに。そして陰の界はこんなに明るくないし温かくもない。その疑問に答えるように、沙夜の声は言った。


――母様はここの事を誰にも言わなかった。穢されたくなかったから。私と父様と過ごす為のこの場所を。

 あぁ、そうかと月は呑気に納得した。確かにこんな場所を陰陽師や物の怪で一杯にはしたくない。こんなに素敵な場所、自分だったら誰と一緒に来るだろう? 母様? 父様? しかし、真っ先に思いついたのは一人の少年の顔だった。

――私にはわからなかった。母様は私をここに連れてくることは出来た。でも、私は何をしてもここに来る事は出来なかった。


 じゃあ、これはどっちがどっちを連れてきたのだろう?


 月にはこんな世界があるなんて知らなかった。それとも護身の太刀の真の力を引き出すとこんな現象が起きるのだろうか? 陽の界が現実の世界で陰の界が非現実の世界とするなら、ここはそのどちらでもない。とても曖昧で、滲んではっきりとはしない。だけど、どこか懐かしい気もする。自分の中の記憶にはこんな場所は無い筈なのに。


――また私はここに来れた。だけど、私は……今の私は。


 そして世界は反転した。


†††


「あああぁああああ!!!!」


 光が交差した直後、沙夜の絶叫が空気を切り裂いた。月が沙夜を倒したのか、いや違う。一真は目を擦り、光の消えたそこを凝視した。月は片膝と左手をつき、肩を震わせていた。何かされたという風ではなく、単に力を使って疲れたという感じのように見える。無論、一真には詳しい事はわからないから月が何もされていないという確信はないのだが……。

 沙夜は顔を抑えながら、恐ろしい絶望の声を上げていた。白い髪は振りみだれ、あの不遜な表情は欠片すら見えない。しかし、常に振り撒いていた真っ黒な霧のような邪気が薄らいでいた。大太刀はまだその手にあったが、沙夜自身はその事実にすら気が付いていないようである。

 赤ん坊の産声のようであり、此の世に絶望した老人の声のようにも聞こえるその叫びを放ちながら、沙夜は血走った瞳で月を射刺した。

「私はわたしは決して戻れない!! なのに、どうして……!!」


 赤い涙が頬を伝う。そして、沙夜は関節の壊れた人形のように、ぎこちなく大太刀を振り上げた。


「よせ! 沙夜!! どうしてお前は!!」

 何がどうなっているのかは分からない。あの一瞬の光の中で月は沙夜に何をしたのか。涙の意味は。そして、何故月に向かって刃を振り下ろそうとしているのか。だけど、そんな事は考える必要も無かったのかもしれない。一真の身体は、どうすればいいのか考えるよりも先に動いていた。下段に破敵の剣を構えたまま疾走する。

 沙夜が泣き叫び同時に大太刀を振り下ろす。

「どうして!!」


「やめろぉ!!」

 破敵之剣が跳ね上がった。刃が皮膚を裂き、肉を絶ち、その下の骨を斬る。弧を描いて背後に振り下ろされた破敵之剣の刃が地面に当たって火花が弾け、何かが宙を舞った。沙夜の手だ。

 大太刀を握った肘から先の右腕。地面に切っ先が突き刺さると同時にその腕は邪気の霧へと還元され霧消した。残った腕から噴き出すのは朱色の血ではなく、どす黒い煙だった。痛みに喘ぎ沙夜は傷口を覆うように左手を添えがくりと膝をつく。

 一真は勢いのまま振り上げて振り下ろした破敵之剣を見下ろした。こんな時には何か一言余計な言葉を掛けてくる筈の天は何も語らない。

 それだけではなく、剣から流れてくる筈の霊気を一真は全く感じられない。その代わりに流れてくるのは自身の心から流れ込んでくるあの影のように黒く暗い感情。深淵の底から這い上がってくるように。

――こいつは月の想いを拒絶した。彼女を殺そうとした。

 だから、殺せと。そう言いたいのか。一真は自問した。すると影は答えた。


――生かして置いてどうなる? どうにかできるなら最初から戦い等おきはしない。どうにもできないから、殺すしかないのだ。

 破敵之剣が沙夜の喉元に突き付けられる。くっと、沙夜が声を漏らした。覚悟と恐怖の入り混じった表情で一真を見上げる。覚悟とは死に対してか。だが、恐怖は? 何に対して?


――殺してやることこそが、彼女の為なのだ。

 それは本当か? 一真はたじろいだ。こんな事を考えるのが自分なのか? こんな冷酷な事を?


「よくやった。一真。さぁ、その女を殺せ」

 突然、声が頭の中では無くはっきりと耳に聞こえた。幻聴ではない事は傍で息を吐く月や沙夜、日向達の驚いたような反応で分かる。霧の向こうから聞こえるように遠近感の掴めない声だ。だが、どこかで聞いたことがある。いや、聞いたことがあるどころではない。これは。

「あなたが……あんただったのか……」

 燻る黒い思いが心の深淵の中に引っ込み、一真は余裕を持ってその声に対して聞いた。

「おや、まるで分っていたかのような反応だね。『あなただった』か。一体、何がだね?」

 その声からくるイメージは一真の頭の中で段々と輪郭がはっきりと現れてきた。同時に今までピースの欠けたパズルのように曖昧で違和感を覚えていたある思い出が完全なひとつの映像となって蘇る。しかし、その男の姿は未だ見えない。どこから襲撃されてもいいように一真は用心深く破敵之剣を構え周囲に気を配る。

「俺の思い出における最初の出来事。それは月との出会いでも物の怪との出会いでも無かった。すべてはあなたとの会話がスタートだった」

 霧が渦を巻くように蠢く。声は一真の意見を肯定した。

「ようやく思い出したか。続けるがいい」

「一度目の神社への侵入。これまで俺は何のためにそこに入ろうと思ったのかわからなかった。ただの悪戯か、隠れんぼか何かをしていたんだろうと思っていた。だけど違う。俺があそこにいた理由はあった。今の俺にしてみればとてもくだらない理由が」

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