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陰陽少女  作者: 瞬々
清風明月
67/234

六十六

 影女の「死」も、月と蒼の再会も、沙夜にとっては嘲り愉しむ余興でしかないようだった。その視線が鋭い刃物のように倒れ未だ動けない蒼を射抜いた。反射的に前に出、一真は剣を構えた。盾となったその身体を通して、沙夜はなおも蒼を睨む。口元にぞっとするほどの笑みを浮かべつつ。

「まだ、希望がもてるその神けいをうたがうわ。あなたは春日の血と霊気と契をむすんだ。娘を――物の怪と戦う為だけのどうぐをうみだした。そのことに一度はぜつぼうを感じたでしょう?」

 蒼は肩を強く固めた。月は、春日家に生まれた娘は強い霊気と共に物の怪を自然と引き寄せてしまう体質を持って生まれてくる。蒼がその事でどれ程苦悩してきたか、察しがつくと同時に、本人にしかわからない感情であることも理解出来た。蒼の身体をそっと放し、月は立ち上がった。護身の太刀を手に握りつつ、一真の隣を通り越して、そっと沙夜へと歩み寄る。


 そうして向かい合う二人。蒼と月が鏡ならば、こちらはまさしく陰陽。


「そこにいるおのこと共にありたいとあなたは願うのだろうけど、ありとあらゆる運命が、あるいはあなたが、味方だと思っているニンゲン達が、引き裂こうとするわ」その言葉はまるで誘惑するかのように甘く、毒気があった。だが、戯言ではないだろう。自身が嫌と言うほど、心を粉々に砕かれる程の痛みを実際に味わってきた故に出た言葉。しかし、それは悲痛ではない。今の彼女はその過去すらも相手を苦しめる為の材料として使う。

――そうだ、こんなやつの言葉を聞く必要など……。

 心に影が差した時、月が振り向いて一真に視線を向けた。

「ねぇ、月。あなたはそれでも、やっぱり希望をもってしまうの?」

 月は答える代わりに問いを放った。一真に向かって。

「一真、私を信じてくれる?」

 星の輝きを吸い込んだ夜の空のように、その瞳が一真を射る。

 そこにあるのは期待でも不安でも無かった。限りなく無表情。だが、今までのように一真を遠ざけようとはしない。目を背けようとは絶対にしない。だから、真っ直ぐに見返す事が出来た。

「あぁ。信じる」


「沙夜とは私が戦う。私が一人で立ち向かわないと行けない相手だから。だけど約束する」

 息を吸い、月は決意を湛えた笑みを浮かべた。

「また、私は戻ってくるから」



†††

 明ける事のない夜の中を月は進み、もう一人の陰陽少女と向き合った。物の怪と戦う宿命に生き、物の怪を封じる為の贄と捧げられ、復讐の為に物の怪として地獄から這い上がってきた少女と。彼女の力が霊力の光となってきらめき、黒い髪が内側から沸き起こる力で舞い上がり、揺れる。そうして、月は沙夜の問いに対して答えを示す。

「私はただ願うだけじゃない。一真や皆と共にある為に戦い続けると決意したの。その為に……私自身の持つ宿命が障害となるなら、私はその障害を突き崩して見せる」

「へぇ、そんな事出来るはずないのに」

 沙夜の余裕は崩れる気配もない。しかし、月もまたその事に動じなかった。

「どうして、あなたはそう思うの? まだ私は決意して間もないのにどうしてそんな事が分かるの?」

 沙夜に対して今度は逆に問いをぶつける。理解出来ないが故の問いではない。答えは既にわかっている問いだ。

「は、どうして? なぜなら、私は既に……」

「なぜなら、あなたは自身が持つ、物の怪と戦う為に生まれてきたという宿命と本気で向き合った事がないからでしょう? 宿命を受け入れ、その他の大切な事を全て諦めていた。少し前の私みたいに」

 初めて、沙夜の顔から表情が消えた。まるで時の流れがそこだけ滞ったかのように顔を、体を硬直させる。

 恐怖に身を固めている。彼女の気持ちを自分の事のように……いや、ようにではない。同じ宿命を背負っていた者。そこに自身を重ねあわせる事で、彼女の気持ちが伝わってくる。一歩間違っていれば自分も同じ運命を辿る事になっていたかもしれない。そんな沙夜に月は、沙夜自身の気持ちを教える。

「だから、あなたは私の事が、一真の事が憎い。私が一真と一緒にある事に怒りを感じている。自分が歩めなかった道を行く者が許せない」

「ふふっ……アハ!!」

 沙夜の口から笑い声が漏れた。肩が震え、やがて堰き止めていた感情が、氾濫を起こした川のように溢れ出る。笑い声と笑い声の合間に、唄うような声が聞こえる。

――この想いは絶たれしか


――この願い潰えしか


――この命たれのものか


 狂ったまま笑い続ける。白い髪が揺れ、暴れる感情に呼応するように乱舞する。その瞳が月を見た。月の言葉を肯定するように、そこに浮かんだのは地獄の底のように深い闇。

「アハハハ! あなたがどれほど決意してもむだ! わたしがそのあなたが共にありたいって人をばしょを片っ端からじゅんじゅんにこわしていくもの!」

 握る鬼の大太刀の刃を青黒い炎が纏った。同時に、沙夜の身体から髪の合間から淡い燐光が幾つも生まれ、外へと飛び出した。それらは全て地面に落ちると異形の物へと姿を変えていく。

 突起がいくつもついた棍棒を握った鬼が光の炎の中から生まれ、腹に幾つもの骸骨を孕んだ巨大蜘蛛が光を浴びた水溜りから這い上がり、槍を持った泥人形がアスファルトではない土によって構成される。

 物の怪達は同時に瞼を開き、月に視線を殺気を集中させた。四体の鬼が月を囲むと同時に棍棒を両手を使い体の上で回した。削岩機のプロペラのように回るそれはこちらを叩き潰すというより四肢を引き千切らんばかりの勢いだ。呑み込もうと近づく竜巻。しかし、それは迫力というか、どこか間が抜けている。

 その中心には既に月はいなかったからだ。

「バカモノ! 上だっ!」

 沙夜が叫んだ。上を見上げた鬼の頭にはそれぞれ呪符が突き刺さっていた。ぐらっと揺れる鬼達はしかし、倒れない。まるで操り人形のようにふらふらと歩き、泥人形目掛けて棍棒を振り下ろし粉々にした。泥人形達は土の気から出来ており、その数もこの中にいる物の怪達の中では一番多い。しかし、知能は高くもなく、脆い。おぼつかない足取りで、しかし確実に四体の鬼達は軍団を蹴散らしていく。泥人形達は何故、味方に攻撃されているのか分からずに呆然としたまま叩き潰される。沙夜は舌打ちし、泥人形に鬼を倒せと指示する。

「ハ! 姑息な手をつかうのね、月!!」

 その月は泥人形の軍団の中に降り立つと同時に太刀を振るい、周りにいた泥人形の首の首を全て斬り落としていた。

 鬼達が新たな主人の所まで達する頃には辺りは、泥の残骸が転がり、かろうじて上半身を保っていた泥人形は、月に踏みつぶされ、彼女の足元で屍となる。近づいてきた鬼達を月は躊躇いも無く斬った。巨大な体躯が一瞬にして黒い霧に還元されたかと思うと太刀が放つ浄化の光に呑まれた。

「りようしてころすのね? 素敵よ、月」

 沙夜の挑発にも月は動じない。取り合うつもりもない。これら全ての動きは必要な事だからだ。

 沙夜を倒す為に。護身の太刀が新たに浄化される物の怪を求めて宙を動く。残っているのはあの巨大な蜘蛛だけだ。六つの目玉、巨大な肚が天目掛けて突き抜けている。その蜘蛛が突然、上空目掛けて飛びあがった。

 見た目に反して動きは機敏らしい。巨体を月目掛けて杭のように打ち下ろしてくる。文字通りの肉弾。月は落下地点から逃げようとした。が、身体が動かない。見ると、足と腰の周りが細い蜘蛛の糸に絡められている。

 沙夜が挑発した時に蜘蛛が放ったらしい。沙夜の言葉を意識すまいとした時、僅かに周囲への注意が削がれた為だろう。彼女の狙いはこれか。月は自分の未熟さを恥じる間もなく、太刀を糸に当てた。

 腰を捻り、左足を大きく前に出しながら太刀を振った。銀白の光りを帯びた太刀が糸を焼き払い、吹き飛ばした。左半分だけを。それから月は右の足を掴む糸を右手に巻き、右へと跳んだ。

 一瞬、正に紙一重の所で巨大雲の腹が月のいた場所を叩き潰した。肚に浮かび上がった骸骨がケタケタと笑う。

「一緒ニナロウ?」

「遠慮する」

 ちょっと顔をしかめて月は答えた。そして太刀を振り上げたその時、その骸骨の顔から糸が射出された。勢いよく出されたそれが月の腕に絡みつく。

「ならば、焼キ尽クス」

 轟っと、その口から漏れたのはどす黒い焔。糸を辿り、その先にいる月目掛けて疾走する。だが月は慌てず、その糸に太刀の刃をそっと触れさせた。途端、糸を伝って、銀の焔が走った。逆流し、糸を上ってそれは、黒の焔と激突する。絡み合い、もがき合うそれは、あたかも獣同士が互いの身を喰いあう光景のように見えた。それを制したのは銀の焔。黒い焔を呑み込み、更に上へと、糸を吐き出した髑髏に向かい、口の中へと流れ込んだ。

「ギギギギぃいいい!!?」

 蜘蛛がもがき苦しむ。肚に抱えた髑髏の口や鼻や眼窩から焔が迸り、罅が入る。その割れ目からも焔は噴き出した。月を掴んでいた糸が緩む。月が無造作に腕を振るっただけでそれは切れた。解放されて月が取った行動は回避ではなく、更なる詰め。跳躍し、天高く上った彼女は蜘蛛の上から太刀を閃かせ、雷霆のごとく落下した。蜘蛛の腹が一瞬、銀の針を突きいれられたように一直線に光り、続いて、真っ二つに割れた。

 中から噴き出したのは黒い邪気ではなく、浄化された銀の光。それが月の太刀に纏わりついて刃の中に取り込まれ消える。

 しかし、勝利の余韻に浸る間を与えず襲ってきたのは迦具土。血のように赤い焔。地獄の業火に焼かれながらも生き苦しむ人間を思わせるその腕を伸ばして飛びかかってくる。飛び退るが、太刀を掴まれた。刃に触れたまま迦具土が強引に引っ張り寄せようとする。

「邪魔だ!!」

 叫ぶと同時に輝きを増す護身の太刀。掴んでいた迦具土の手が呑み込まれ、消し飛ぶ。たじろいだように下がる迦具土目掛けて太刀を振り上げる。が、そこで合間に割って入って来る者がいた。

「へぇ、そう!」

 力任せに殴りつけるように横薙ぎに振るわれる鬼の大太刀に弾かれて、月の護身の太刀が意図した方向とは全く別の方向に振り下ろされる。


 追撃に備えて身構えるが、沙夜は驚いたことに上へと跳んだ。釣られて視線をそちらに向けそうになったが、目の前に見えたのは迦具土。その顔の口に当たる白く空いた部分に赤光が収束する。神すらも焼き尽くすその光。

 迷わず月は前へと跳んだ。光が飛来する。その通り道にあったものは、空気すらも焼き尽くされ真っ直ぐ駆け抜けていき、その先にある月を構えた太刀ごと焼き尽くす――筈だった。

 赤光は月が構えた護身の太刀と当たってそこで押し留められていた。光は真っ二つに分かれ刃の端を滑り拡散され後ろに流されていく。焔の残滓が月の着込んだ狩衣の袖を、袴の所々を焼いた。しかし、刃は止まらない。更に力強く踏込み飛び出すその先にいるのは迦具土の本体。


 咄嗟に迦具土が取ったのは防御行動。月を焼き尽くす為ではなく、防御の為に右腕を掲げる。その右腕に太刀が突き刺さり、突き抜けて、迦具土の胸を貫いた。


「いぎいいあああ――!!」


 迦具土が上げるのは絶叫。しかし、断末魔の、ではない。胸を貫かれてなお、迦具土は生きていた。


 いや、少なくとも動ける状態にあった。自由な方の左腕で月の体を抱こうとする。しかし月は避けない。太刀の外郭が銀色に光り輝き、鈴の音のように甲高い音が辺りを包む。

「百の邪を滅っし、百の魔を討ち払い、百の病を癒せん!!」

 月の口から力強く叫ばれ、それに呼応するように銀光が膨れ上がり、刃を突き刺した迦具土を内側から吹き飛ばし、呑み込む。月に向かって伸ばした左腕は身体を失った事によって途中で耐え切れずに溶解した。断末の叫びすら許さないその光は刃から飛び出し、一本の柱となった。


――これが護身の太刀の真の力。

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