六十三
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一真と月は息の合ったタイミングで左右に散開した。直後、闇を裂くように沙夜の大太刀が振り下ろされる。地面が抉れ、宙にアスファルトの破片が舞い散る。そのカーテンを潜り抜けて二人は両側から攻撃を仕掛けた。どちらを受けるか沙夜の顔が一瞬迷い、月の攻撃を太刀で受け、突っ込んでくる一真を左腕で叩き潰そうとしてくる。
太刀と大太刀がぶつかる。しかし、ほぼ同時に振り下ろした筈の左腕が一真を捉える事はなく、空しく風を潰す。そして、沙夜の身体を纏っていた黒い衣に一筋の鋭い線が入っていた。自身を斬られたかのように顔をしかめる沙夜。背中越しに一真の気配を感じる。
沙夜目がけて跳び、拳が頭上で振りかぶられたその一秒にも満たない瞬間、一真は空中で再び宙を蹴り、沙夜のすぐ横を駆け抜けた。以前では考えられもしなかったような反応が出来るようになっている。単に天から力を分け与えられているのと違う。勿論それもあるが。一真は今、自分の力を自覚していた。力を誇示するのとも卑下するのとも違う。完璧なバランスを持って己を知り、そこから力を引き出していた。
これまで何度も何度も自分は弱いと思ってきた。幼い頃から剣道を習っているにも関わらず。弱いと思ったから必死になった。必死になれば、強くなれると思ったから。だが、違った。一真が力を出せなかった理由はただ一つ。
不安に妨げられて動けなかったからだ。
負けるかもしれない。打たれるかもしれない。剣道の仕合の上でも、現実の世界においても、常に自信よりも不安が上回っていた。その不安は身を護る鎧ともなるが、動きを鈍重にさせる。何をするにしても常に受け身で、自分から動くという事がない。
それが取り払われた今、一真は破敵之剣の力を引き出す事が出来ていた。未だ動きは少々ぎこちないが、数日前までと同じ少年であるとは思えない程の力強さと迅さを兼ね備えていた。
剣から流れ込む霊気が、澄んだ川のような血管の中を巡って自分自身の霊気と合わさり、滝のように力強く鼓動を打つ心の臓で霊力となり、再び剣に送り込まれて金の光となって放出される。
目の前にあの炎で出来た巨人が立ち塞がる。これが恐ろしく危険な物である事は体中のあらゆる感覚が認知していた。目に見えない巨大な掌に心臓を押しつぶされるような。見えない炎で肺を焼かれるような息苦しさを感じる。しかし。
――壊して見せろよ!!
天が一真に呼びかけ、一真は迷うことなく右足を一歩前に踏込み、腰を落とすと破敵之剣を振り下ろした。防御しようとその巨人は腕を振り上げた。天に向かって巨大な炎が高々と上がる。その腕と。
「破ァ壊するっ!!」
剣が腕と交差した。一瞬後、大量の鈴を一斉に鳴らしたかのような大音響が響き、腕が吹き飛んだ。巨人の動きに初めて動揺が生じた。地面を這うような動きで後ろへと下がり、沙夜のすぐ隣まで後ずさる。
「やるじゃない。破敵之剣の効果――邪気を切り裂き、破壊するそれを使えるなんて。あなた本当にただものじゃない。それに」
月と切り結んでいた沙夜の口元が憎々しげに引き攣る。月が放った斬撃を屈んでかわし、そのままの態勢で後ろへと大きく下がった。
仕切り直しか。炎の巨人の腕が見る間に修復されていく。
「この子は神。それをあい手にして傷ひとつ負わないなんて、神憑りてきにうんがいいわね、あなた」
――神?
目の前の巨人を改めて見て一真は思った。その言葉を信じられなかったからではない。物の怪だの陰陽師だの出てきているし、神とかが出てきても不思議ではないかな等とすら思っていたから。しかし、それとは違う。目の前の何かは恐ろしく強いが、それでも大きな違和感がある。どこか不安定で、歯車を一つ外すだけで壊れてしまう精巧なブリキ人形を思わせる部分がある。これは単なる気のせいだろうか?
後方で未来の傍についていた日向が何を考えているのか分からない無表情でその「神」を見ていた。未来がその顔を覗き込むが、まるで彫像のように、じっと赤い瞳でそれを見続ける。何だ? 式神である彼女にはあれは何に見えるのか?
――神様に見えるのか? あれが。
「一真!」
月が突然叫んだ。一拍遅れて一真も気が付く。足元から真っ白な手が飛び出していた。考える間もなく後ろへと下がる。腕に続いて顔が肩が浮かび上がり、身体が現れる。影女だ。どれ程の攻撃を受けても、どこからか受け取った霊気によってたちまちの内に傷を修復させてしまう。ある意味で不死身な存在だ。
「霊気を受け取っている部分がある筈だ」
「わかってる」
天がぽつりと呟き、月が答える。彼の言わんとしている事に一真は思い至る。確かにどこからか何かを受け取っているわけだから、どこかに受け取り口があるに違いないが、それは目に見える所には見当たらない。月も先程から有効な攻撃を加えられていない所を見るに、彼女にもそれはわからないらしい。いや、待て。目に見えない? 本当にそうか?




