六十一
影女と沙夜。どちらも春日家とは切っても切れない縁、まさしく腐れ縁と言えた。滅するか、憑かれるかという単純な人間と物の怪の図式に当てはまらない。幾つもの運命が断層のように入り組んでいるといえる。が、同時に彼女達を単純な言葉で言いかえる事も出来る。
物の怪に堕ちた陰陽師と。
陰陽師を取り込んだ物の怪。
前者は陰陽師達の護国という使命を一人の少女に負わせたが故に生まれた負の象徴。後者は護国という使命を負わされた一人の女がどうなるのかを表している。
結界から解き放れた直後の沙夜はまさしく怪物だった。結界内の膨大で強力な物の怪の霊気を身に宿しても死ぬ事無く、そして完全に感情が損なわれる事なく、己の恨みのままにその場にいた陰陽師達を殺し傷つけた。
刀真の妻、蒼――かつて陰の界を発見した女陰陽師と同じ名前だ――もまた、傷ついた。同時に、沙夜の思いに感応してしまい、自分自身が待ち受ける――そして、娘が辿るであろう運命に心を病んだ。そこを影女に付け入れられ、取り込まれた……。
彼女らを相手にする春日刀真は、しかしその事実を頭に入れてなお戦い続ける事が出来た。思念に妨げられる事なく戦うことができる。
沙夜が放つ真っ赤な光矢を刀身で偏向し、紫電を纏わせた刃で鬼を貫き、足元から這い寄り斬りつけてくる影女の太刀には符を貼り付けて、飛び退る。影女が慌ててそれを手放した直後、轟音が空気を叩きつけた。戦場一帯に流れる気を身体という器に流し、自身の霊気と同調させている刀真は、何の苦も無くこの戦いの主導権を握っていた。
沙夜との術の攻防も、影女の奇襲戦法をどう躱すのかも。頭で考えて反応していては遅い。相手と自分との戦いを一つの流れとしてとらえ、その波に乗り力を引き出す。二人の物の怪から放たれる霊力が荒れ狂う波のように流れ込んでくる。刀真はそれに呑まれる事無く、流れに乗りそして再びその邪気の源へと押し返した。
影女が妻の顔を使って斬りかかってこようとも、沙夜が恨み言を投じようとも、刀真は動じずただ、彼女らの攻撃を弾く。 紫電の太刀が宙を地を裂き、紫色の稲妻が迸り、鼻をつくような臭いが立ち込めていた。刀真は影女の首を狙ったが、影女は地面に身体を沈み込ませその攻撃をかわした。
その合間から沙夜が赤光を放つ。すかさず太刀を引き戻し、それを防ぎ、返した。彼女が召喚した鬼の頭目掛けて。避ける間もなく頭部へと直撃しその鬼は仰向けに倒れた。その手から転がった大太刀に沙夜が鉤爪を伸ばした。それはまるで意志を持ったかのように宙を舞い彼女の華奢な身体には不釣り合いな程に巨大な手の中に閉じ込められる。今のままの戦いでは効率的ではないと判断したのだろう。
直接のぶつかりあい、手を伸ばせばすぐそこに命が届く戦い。突進してくる沙夜に対し、刀真は一歩踏み下がり、上段に太刀を構えた。頭上で紫電が煌めいた。彼女は真っ直ぐに攻めかかってくる。それを難なく刀真はあしらっていく。
と、その時。二人の合間を繋いでいる霊力のぶつかり合い、流れに乱れが生じた。
沙夜の持つ大太刀の柄から噴き出した邪気。それが大太刀の周囲を包みこみ、刃を真っ黒に染め上げた。
「父様っ!!」
手を出すなと命じていた月が護身の太刀を手に駆ける。沙夜が勝ち誇ったように笑んだその瞬間、刀真の目には彼女が目の前まで瞬間移動してきたかのように見えた。反射的に振り下ろした紫電の太刀の速度に合わせるように加速し手に持った武器ごと突っ込む。
気が付くと、その刃が狩衣を抉り、その下の皮膚と肉を炎で焦がしていた。痛みを感じるよりも先に身体が操り人形が糸を切られたように、膝をつき続いて肩が落ちる。力の抜けた指の合間から紫電の太刀が転がった。月が叫ぶ声がどこか遠くの事のように聞こえる。
刀真は誤っていた。沙夜との戦いの流れに集中する余り、彼女の中に更に強大な力が隠されている事を見落としてた。以前、京都で戦った時の不完成さ、物の怪の邪気にどっぷちと浸かったせいで生じた力の不安定さはどこにも無かった。
「ふふふ、物の怪達から取り込んだ霊気がぼーだいすぎて制ぎょがで来ない。だから、力を抑えて戦っているのだろうと踏んでいたみたいね。流がよ。ごう理的でもある。でもね、私は千ねんという時の中で物の怪と共に過ごしたのよ。彼らの力の扱いなどこの世のだれよりも長けているわ!」
無粋な肉に包まれた左腕が倒れた刀真の頭を掴み、無理やり起こし上げた。右腕に握られた鬼の太刀が肩の後ろにまで振り上げられる。首を刎ねるつもりか。左手の掴む圧力が強すぎて刎ねられる前に潰れるか首が引っこ抜けるかしそうだ。




