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陰陽少女  作者: 瞬々
清風明月
61/234

六十

「霧乃!! あ……」

 ぐらっと視界が揺れて一真は膝をつき、それでも体を支えられず手をつく。肩が震えていた。それが自分の身体で起きているということに不思議な感覚を覚える。未来が急いで駆けより、一真の身体を抱き起こした。

「あぁ、全く! この馬鹿は……」

「あ、あれ? おかしいな。身体が動かないんだけど」

 未来の今にも泣き出しそうな顔を見て一真は苦笑しつつ答える。傷のせいか? 血を流し過ぎたかそう思ったが、先程の戦いで負った怪我は跡形もなく消えていた。日向の力のおかげなのだろうかと左腕を見ると籠手は既にない。一真のすぐ横で日向が元の人の姿に戻っていた。

「式神と破敵之剣の両方から膨大な霊気を受け取ったせいだね。後は精神的な疲れ……かな? 後、霧乃の方は大丈夫だよ。死んでない。後でゆっくりと話を聞かないといけないだろうけど」

 どこか優れない顔をしている日向の視線の先を見てとり、一真は息を呑んだ。全く未来の言う通り、自分は馬鹿だ。こんな所で倒れている場合じゃないというのに。破敵之剣を杖にして、どうにか立ち上がろうとするが足腰がおぼつかない。

「無茶だ、よせ。陰陽師と式神相手にしただけでも十二分だってんのに。お前が行って何になる?」

 冷静に押し止めようとする天。だが、一真は行かなければならない。それを言葉で表すだけの余裕がない。ただ、足を動かす。月の元へと。

 心の底からこんなに必死になったのはいつ以来だろう。思い返してみるといつも自分は激情に任せていたような気がする。記憶もあいまいな程に幼い頃。

 一真はよく癇癪を起していたらしい。家でも通っていた保育園でも。思い通りにならない事、特に親が仕事で家にいなくて赤の他人に面倒を見てもらう時が酷かったという。

 そのことに悩んだ両親が考え付いたのが、何か夢中になれることを見つけてやる事だった。五才の誕生日の日。仕事が久々に休みとなった父親に連れられて来た剣道道場。

 そこの師範に紹介されて入門した。二才の頃から何度か父が竹刀を振る姿を見、竹刀を握らせてもらった事もあったが、まさか自分が同じ事をするようになるとは夢にも思わなかった。だが、強くなれると思うと純粋にその事に嬉しさを感じた。だが、勿論いきなり竹刀を握らせて貰える事は無かった。

 足の動かし方、礼の仕方等、幼い一真にはそれが何の役に立つのかと疑問に思う事ばかり。嫌気が指して投げ出した時には師範に思いっきり怒られた。その師範とも中学以来会っていない……。

 剣道の部で道場で、学校で、他の様々な場所場面で何度感情的になった事か。相手を倒す為に。もっと強くなる為に。

 そう、感情的になる事が必死になる事だと勘違いしていた。


――一度だって必死になった事なんて無かったのに。


 月よりも強くなれば彼女を護れるのだと思ってしまった。

「全く」

 未来が一真の腕を回して肩に乗せた。肌越しに伝わるのは未来の震え。未だ怯えている。そう怖くて怖くて逃げだしたいのだ。それなのに、未来は一真を助けてくれた。そして、今も。

「ごめん」

「謝らないでくれる? それよりも、これが終わったらうんと礼をしてもらうからね」

 未来が怒ったように言う。どこかで聞いた台詞に一真は口元だけで笑った。何がおかしいのか? と怪訝な顔をする未来だが、一真はそれには答えなかった。目の前には仰向けのまま倒れている霧乃の姿がある。その手元では、最初に会った時よりも小さな金色の蛇の姿があった。

 話しかけるべきか、せざるべきか。悩む一真だが、未来はさっさとその横を通り過ぎていく。背中越しになり姿が見えなくなったその時。


「気を付けろよ。敵の狙いはあの陰陽少女の命じゃない」


「なんだって?」

 一真は思わず肩越しに振り返る。霧乃は倒れたままだ。未来が話を聞いては駄目だというように歩き続ける。日向が霧乃の横で膝をつき、霧乃の身体を乱暴に起こす。

「それはどういう意味?」

「言った通りの意味でしかないよ。沙夜も影女も囮でしかない。前座というべきかな。あるいは実験の第一段階でしかない。君達はまだ術者を見つけてないじゃないか」

「お前がその術者かと思ったんだけど?」

 日向の声はいつもの天真爛漫さが嘘のように冷たく、暗示を掛けるかのように不気味だ。太陽の光もないのに、周りの地面が熱気立ち、空気がゆらゆらと揺れ、赤い燐光が日向の髪の中で煌めく。霧乃は、力のない笑みをこぼした。

「仮にそうだったら、こうしてノコノコ出てきて“手加減して戦って”隙を突かれて負ける――なんてへまは犯さないよ」

 霧乃がその視線を日向から一真へと移す。

「急いだ方がいい。刀真さんもこの事には気が付いていない。本当なら俺が奴の隙をついて止めるつもりだったけど、こうなった以上……」

「この事ってどの事だよ!?」

 霧乃の妙な言葉に一真は胸騒ぎを覚え、叫んだ。同時に身体の奥底から僅かながら、力が湧いた。今までに感じた事のない物だ。天や日向がくれた霊気と似ているが、どこか違う。

 この力は自分と馴染んでいる。人から与えられた物という感じがしなかった。それが一真に自分の足で立つだけのたったそれだけの力をくれた。剣を強く握るだけの力を。声を出すだけの力を。

「説明するだけの時間が……」

 そう言って霧乃は気を失った。日向がその手を握り、何事か呟く。が、何も起こらない。頬を叩いてみるがこれも同じ。日向は首を振った。

「なんだか、知らないけどこいつ、誰かに呪いを掛けられている。真実を喋ろうとすると発動する呪いだね」

「月が危ない」

 何故、そう思ったのかも分からない。が、霧乃の言わんとした事が非常に恐ろしい事のように思えた。命が狙いではないと言われたのに。死ぬことよりも恐ろしい事。そんな物想像も出来ない。行けば、自分がその恐ろしい事に巻き込まれるかもしれない。だが、それでも。


――それでも、俺は言ったんだ。あいつと一緒にいたい、と。


 その後は迷うこともなく駆けだした。

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