五十九
「竹刀で生身の身体を打つとか正気じゃないよねぇ」
いつも通りの軽薄な声で霧乃は言い笑んだがどこかぎこちない。
「ご、ごめん! だけど、あんた一真を襲ったんでしょ? なんかよくわかんないけど、物の怪の味方なの? あんたは……」
「理解できない答えを求めようとしないでくれるかな」霧乃の声は怪我の痛みのせいなのか、あまり余裕がない。
「あぁ、あぁ、こんなに傷つけてさぁ」
一真の後ろで倒れている勾陣を見て霧乃は玩具を壊された子供のように愚痴る。その右手をすっと勾陣に向けた。
「式よ、動けぬのならせめて武器となれ」
それは呪言だった。倒れていた勾陣に再び命を与える為の詞。ゆらりとまるで何か大きな力に持ち上げられるように大蛇の首が持ち上がる。金色の瞳にはまだ生気があった。
「御意」
答えると同時にその尻尾の先が霧乃の右腕に向かって飛びその先端が巻き付いた。身体が金色の光りに包まれ気が付くとそれは一本の剣となっていた。
「これ使うの久々だからなぁ。でも、勾陣をあそこまでボロボロにされて引き下がるわけにもいかないし」
霧乃はそう言いながらその剣を眺める。良く見るとその剣は霧乃の手に掴まれているのではなく、腕に絡みついて固定されていた。剣を生やした籠手のようだ。黄色の刃の周りには蛇の鱗がびっしりと二の腕辺りまでを覆っている。
無造作に霧乃がそれを振り上げ――
「避けろ、一真!!」
振り下ろされると同時にその刃の先端が飛んできた。天の声で咄嗟に未来を横に突き飛ばし自身も避けながら一真は見た。
その刃に何重もの鎖が絡み合っているのを。金属同士が共鳴しあうジャラジャラジャラと言う音を。
――蛇腹剣!
伸縮自在の剣だが、一真が知っているのはアクション映画とか、漫画の中の世界の物だ。そして、漫画の中の世界の蛇腹剣は大抵、避けたと思っても後ろから飛んでくる。咄嗟に一真は振り向き破敵之剣を構える。しかし……。
「馬鹿、下だ!!」
反応する間も無かった。足が自分の意思と関係なく引っ張られ、世界がぐらりと一転し、続いて背中から叩き落とされた。
「が、げほ!!」
肺の空気と酸味の混ざった咳が漏れる。霧乃が駆けてくる足音が前から聞こえ、咄嗟に頭を上げる。その顎に鋭い衝撃があった。
身体が浮き上がり態勢を整える間もなく、続く一撃が胸を打った。四肢が投げ出され受け身をまともに取る事も適わず地面を転がる。
「ぐ……あ、が」
額が切れて血が目に流れ込む。まばたきして、それを払う。身体が震えていた。骨が折れていてもおかしくはない筈なのだが、手足はどうにか動く。破敵之剣が送ってくれる霊力のおかげなのだろうか。
霧乃の足音がゆっくりと近づいてくる。一真は上半身を肘を使ってどうにか起こし、剣を掲げた。一瞬でも気を抜けば吐き気が込み上げてくる。
とても勝てる状況ではない。
「こんのぉお!!」
その声に対峙していた二人が顔を向けた。未来が竹刀を振り上げ霧乃に向かって飛びかかっていく。
――やめろ、未来!!
声が出ず、心の中で一真は叫んだ。同時に身体に力が流れ込んだ。地面を力強く蹴り、霧乃目がけて飛びかかる。
「キィエエエア!!」
振り下ろされる竹刀。蛇腹剣に当たると同時に砕け散った。霧乃が何かをしたわけでもないのに、たったそれだけの事で未来の身体が後ろへと吹き飛ばされる。竹刀の木片が舞い散るその流れをかき乱すように破敵の剣が突き抜けていく。その切っ先は霧乃の右腕へと向かう。が、確かに突いたと思ったその瞬間、霧乃の身体が動いた。それが余りにも速いので一真の目には残像が残っているように見える。
「左だ!!」
天が叫ぶと同時に一真は左を見た。しかし、遅い。霧乃は既に蛇腹剣を元の長さに戻し振り挙げている。咄嗟に左腕で体を庇おうと思ったのは果たして賢い選択と言えたのか判断する間もない刹那、横から熱い風が吹きかけた。
陽炎のように空気が揺らめき、その中で赤い幾つもの小さな焔が尾を引きながら煌めき、一真の掲げた左腕に絡みついていく。
振り下ろされた蛇腹剣が焔を纏った左腕とぶつかり、衝撃が骨の芯にまで響く。が、左腕は切られる事も折られる事もなく、剣を受け止めている。驚く一真の前でその焔が一段と明るく血のように真っ赤に輝き、その蛇腹剣を押し返した。
警戒するように一歩下がった霧乃が毒づく。一真の腕は真っ赤な籠手に覆われていた。霧乃の蛇腹剣と違い、剣は付いていない。幻想上の霊鳥、朱雀の頭を思わせる意匠。籠手の外装を包むように真っ赤な翼が折りたたまれている。その中にある腕が優しい日の光を浴びたように温かい。
「日向なのか?」
「来るぞ!!」『来るよ!』二人の声が頭に流れ、一真はハッと前を見据えた。
霧乃が蛇腹剣を無造作に振り下ろし同時に刃を射出する。一直線に飛んでくるそれを横に跳んで、紙一重の所で避ける。
間髪入れず一真は剣を肩でかつぐように振りかぶり、前へと跳んだ。日向と天二人の霊力が流れ込んできたおかげなのか、霧乃との間合いが一瞬で縮まる。
下がろうとする霧乃の胸に飛び蹴りを喰らわせた。大きく後ろに仰け反った霧乃は後ろに手をつき腹筋だけで飛び起き、伸びきった蛇腹剣を横薙ぎに振る。
だが、その長い刀身が一真を穿つよりも先に、籠手に覆われた一真の腕が霧乃の腕を抑え込む。反撃する隙すら与えず、破敵之剣を振り落した。
霧乃の身体を包んでいた狩衣が引き裂かれ、真っ赤な血が飛び散り、一真の頬を濡らす。霧乃の腕から蛇腹剣が抜け、地面に落ちて空しい音を立てる。霧乃の身体から力が抜けうつ伏せに地面に倒れた。




