三
愛沙は全く別の方向に家がある為、校門で別れたが、未来は途中までは一緒だ。
霧乃には携帯を使って連絡したのだが、まるで反応が無かった。留守番サービスにすら繋がらない。校門と裏門――この間がまた、とんでも無く長いのだが――を調べたが誰もおらず、一真は帰ることにした。あの陰陽師絡みの話なら、どうせ明日転校してくるだし、いいやと思った。
二人並んで歩くとカップルみたいに見えるのだろうかなどと馬鹿馬鹿しい事を、一真は思った。思春期の青年の一人として、表面上は「恋なんざさらさら興味ないね」というクールな態度を持ちつつも、それは正直な気持ちではない。
恋人とデートしてみたいというのは一度は考えてみたことがある。だが、それはいつも願望止まりで終わる。実際、恋人が出来たとしてどう接していけばいいのかなんて、一真には考えもつかなかった。
一緒にどこか楽しい所に行って、はしゃいで、話して、それから……?その後は一体どうなるのだろう。何事も変に考え込む癖のある一真の脳裏はそんな事が浮かんでは消えていく。
「でさ」
突然、未来が話しかけてきて、一真はびくっと肩を震わせた。
「え? 何?」
「おいおい、何を考えていたの? あ、まさか変な妄想を膨らませてたんじゃないでしょうね?」
その予想は大体合っている。ただ、未来の不快そうな――と見せかけてからかってるだけだろうが――表情を見るに、妙な誤解を与えている感じがした。
「授業中もいっつも上の空だしさ。何考えてるの? あんた」
「授業中はちゃんと聞いているよ。数学と物理と化学と古典の授業以外なら」
なんだか、壊れたクラリネットの歌詞みたいだ、と一真は思い、そして自分のジョークで笑った。ますます怪訝そうな顔になる未来だが、どうでも良さそうに話題を戻した。
「そうそう、あんたの彼女の話」
「そもそも、彼女彼氏の概念も無いような幼き記憶なんだけどな」
「で、何があったのさ?」
人の話を聞かないやつだ。一真はふうっとため息をついた。大体話したところで面白くもなんともない事なのに。
「あの神社に住んでいた娘と五、六才の頃に出会って遊んだ事があるんだ。ただ、それだけさ」
「それだけ?」
「それだけ」
未来の少しがっかりした顔を見て、一真は首を振った。揺すろうが、叩こうがこれ以上面白い話は出てこない。
胸の位置にある折紙の鶴の事を思い出したが、それを明かす気は無かった。未来は人前でからかうような趣味は持っていないが、二人きりか、もしくは藍沙と一緒にいる時は……。
「ともかく、その話はなし」
更にしつこく聞くかと思ったが、未来はさっと話題を変えた。
「来週は球技大会だっけ?」
「あぁ、そうだったな。俺はボール使うの苦手だから出来れば、辞退したいけど」
「私も」
未来の言葉に一真は軽く驚いて、顔を向けた。未来はあっと小さく叫んでから言い直す。
「違う違う。球技は得意だけど、あの騒がしい空間に入るのがねー。うちのクラス学年で一番うるさいでしょ?」
なんだ、そうかと一真は思うと同時に頷いた。学年で一番うるさいクラス、3組。勿論うわさの大元は彼らに授業をする教師達からだ。静かになるのは居眠りをする時だけだな、お前たちは。
そんな事を授業中にこぼす教師もいる。未来が彼らと同じ事を思っているとは少し意外だった。
「私ね、自分で言うのも変だけど、相談しやすい人柄らしいのよね」
「相談しやすい?」
「そ。よく女子の愚痴を聞かされるのよ。で、その女子の愚痴話に出てきた別の女子からも愚痴を聞いたり」
対立している二人の女子両方から互いの愚痴を聞かされるのだろう。確かにそれは憂鬱だ。一真も大人しそうな印象の顔立ちのせいか、中学の頃はよく愚痴の吐け口にされたもので、未来の気持ちはよくわかる。
「まあ、言いたくなってしまう気持ちもわかるんだけどね。現に私もこうしてあんたに愚痴を吐いてるし」
一真は曖昧に頷いてみせた。道路の左右からは様々な料理や食材の香りが漂ってくる。夕飯時とあって商店街はにわかに活気づいているようだった。客寄せの為に大声を張る肉屋の店長。試食を勧めてくるレストランのシェフなど。
「和食にフランス料理、イタリアンにインド、中華、韓国料理。世の中もグローバルになってきたものね」
「なぜか食材方面ばっかりが国際化してるけどな、この辺りは」
呆れるように一真は辺りを見回したが別に嫌な気はしない。川の濁流のように言葉が飛び込んでくるクラスと違い、ここの活気は妙に居心地がいいと一真はいつも思っていた。どの人もまるで遠慮がないし、心の内で何か企んでいるという感じもしない。つまりはさっぱりとした性格の人達ばかりだった。
商店街を過ぎる頃にはすっかり辺りは暗くなり、雲の合間から月が覗いていた。それを見て一真はふと言った。
「さっきの話なんだが」
「さっきっていつよ?」
中華店のお兄さんから只で貰った栗を頬張りながら未来が聞いた。
「ガキの時に会った女の子の話」
「お、ようやく白状する気になりましたか」
むっと一真は睨んだが、その程度で怯むような未来ではない。話さなければ良かったと思いつつ、一真は月をじっと見つめる。
「俺の記憶の中ではその女の子と初めて会ったのは、月の出る晩だったんだ。だけど、親父や母さんが言うには、俺が神社に行ったのは真昼間の時で夜じゃないんだそうな」
「何それ怖いね。ちょっとしたホラーじゃん。」
「単なる記憶違いだと思うけどな」
親に言われた事をそのまま言いつつも、一真はそれをまるっきり信じていなかった。あれは確かに夜だった。まあ、彼女と再会すればそれも明らかになる。
「あれは昼間だった」とでも言われれば、大人しく引き下がれる。
未来はくっくくと笑っていた。一真が問いかけるようにその顔をじっと見ると未来は一真の肩をたたいた。竹刀が当たった時みたいに容赦ない。
「いやさ、もしかしたらそれ夢なんじゃない? 夢の中でも思ってしまうほどに恋してたとか」
そういう純愛ならもっと、目を輝かせてもいいものだが、未来は普通の女子と違っていた。一真の話を完全に茶化している。
「俺はお前が思っているよりもずっとロマンチズムだからな」
一真もその冗談に悪乗りすることで、力を抜いた。どうせ彼女は帰ってきても何事も無かったかのような顔をしているに違いない。あんな思い出があった事も忘れているかもしれないではないか。一真が一人勝手に強くあの思い出を後生大事に抱えていても後が虚しくなるだけだ。過去の事は過去の事。
――もうきっぱり忘れよう
「まあ、それはさておき。陰陽師って何をする人だっけ?」
未来が突然首を傾げて聞いた。一真も前に興味本位で調べたことがあるが、一言に陰陽師と聞かれても答えづらい。
悪霊を退散させて、式神を使役して、後は吉凶を占ったり、暦を作ったりもする……と説明した所でピンとは来ないだろう。
「前、テレビで特集やってたじゃん。呪文唱えて悪霊を退散させるんだっけ? えーと、へんたいじゃなくて……」
「もしかして反閉?」
「そう、それ」
同じ間違えるにしても“へんたい”は無いだろう。反閉。呪文を唱えながら歩いて物の怪を退散させる術だった気がする。
「うわぁ、オタク……それとも知り合いに陰陽師でもいるの?」
そんな人はいない。単に自分で調べただけだ。そのきっかけにしても、幼馴染が住んでいた神社が、陰陽師に縁ある場所と聞いていたから興味がわいたに過ぎない。それにしてもオタクはないだろう。
「ん? 妙に静かだな」
二人は公園を横切っている所だった。傍にはマンションが並んでいる。腕時計を見ると時刻は六時。商店街で寄り道をし過ぎたせいだが、それにしても静寂すぎる。人の話し声も車の音も無い。その事に気づいた途端、一真は寒気を感じた。昔、経験したことのあるような、どこか懐かしさすらある感覚だ。
明かりは無かった。街路灯がついていないのだ。それも電池が切れ掛かっているという感じではなく、電源を切られたかのように。
「なんかあったのかな?」
未来は不安そうに空を見上げた。星ひとつ見えない程に暗いのに雨粒ひとつ落ちてこない。この暗さは天気のせいじゃない。一真は直感的にそう思った。冷静になれと頭に言い聞かせ、空から未来に視線を移した。
「ともかく、さっさと帰ろう。こんな不気味な所で――」
未来は話を聞いていなかった。しなやかな指が震えながらまっすぐ前に突き出る。一真の視線は吸い寄せられるようにそこに向かった。
「あそこ」




