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陰陽少女  作者: 瞬々
清風明月
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三十三

 怯える未来を庇うように一真が立ち、その前で日向が仁王立ちしている。真っ赤な翼から焔が零れ落ちては、目の前の物の怪を威嚇するようにしゅうしゅうと音を立てる。


「あ、あれが月、さん?」未来が驚いた表情で一真に尋ねた。そう見えても仕方ない。未来の予想は全くの見当違いではないが、一真は首を振った。


「いや、あいつは月の式神……て、わかるか?」


「な、なんとなく」未来は頷いた。


「ヲイ、オ前ェ」


 どすの利いた声が前方で響いた。それが日向の声だと気づくのに、一真は数秒を要した。日向の口から、袖や袴の裾から火の粉が飛び散っていた。


 爛々と輝く瞳は恐ろしくて、直視できそうに無かった。恐ろしさだけで言えば、目の前の物の怪とさして変わらない。一真の腕を掴む未来の手に力がこもった。


 違う、彼女は味方なんだ。一真はどうにかそれを未来に伝わるようにその手を握り返した。だが、彼自身恐ろしさを感じていた。そんな事を思う自分に対する嫌悪感も同時に。


「月と戦っていた筈だよねェ? なんで、お前一人なんだよ」


 日向の言葉に一真ははっとした。そうだ、月は一真よりも先に物の怪を退治しに行った。あの時、一真があの少女に殺されかけた時と同じように。助けるのは日向ではなく、月であった筈なのに。そして一真はおぞましい予感を感じていた。あの時の月の反応。


 物の怪がいるとわかった時のあの取り乱し方、血気早い行動。なぜそうなったのか一真にはわかりようもないが、彼女の心は今、とても危うい。


「お前、月を一体どうした!!」


 一真が後ろから一喝すると、その物の怪は顔をそちらに向け、首を傾げた。


「お前……へぇ……おもしろい」それは人の言葉だった。影の顔が少女の顔へと変化し、髪が茶色に変化する。黒いからだは白い制服と緑色の縞のあるスカートに。その制服には見覚えがあった。


「お前、桜ヶ丘の……」


「私の苦しみ……痛みで教えてあげるわ……」


 その瞳には生気が無かった。何かに憑かれたような顔で、少女は腕を振り挙げた。その手は、真っ黒な液状に一瞬包まれた後、気付くとナイフを握っていた。反応する間もなく、少女は日向のすぐ脇を通り抜け近づいて、一真の脳天にナイフを突き立てようと腕を振り挙げる。


 避ければ未来に当たる。動くわけにはいかない。せめての抵抗に腕を振り挙げるのが精一杯だった。


――覚悟を決めたその時、脳に声が響いた。


「させない!!」


 直後、部屋の一角、影のいたその場所が白い光に包まれ、漆黒の太刀が飛び出した。少女の体がびくっと震えて動きが一瞬止まった。


「おぉあああっ!!」恐怖を振り払うように一声放ち、一真はその少女の頬を思いっきり殴り飛ばした。


――途端、腕を伝って何か電撃のような物が体を這いずりまわった。心臓がまるで呼応するように激しく鼓動を刻む。


「ぐはああ!!」少女の物の怪は一真の鉄拳に吹き飛び、床を転がった。


「貰ったぁああ!!」


 その頭めがけて月が太刀を振り下ろしたが、物の怪は瞬時にまたあのドロドロとした液状に姿を変え、俊敏な動きで避ける。


 月は舌打ちしながら一真と未来を庇う位置まで下がった。


「生きてるって信じてたよー、月」日向がいつものにへらとした笑みを浮かべて月に言った。すまなそうに、しかし窘めるように月は返す。


「ごめん。熱くなりすぎた。でも、なんで、一真を連れてきたの?」


 これに日向は答えるつもりだったのだろうが、物の怪が再び襲いかかってきていた。あの黒い液状の腕を飛ばし日向の体を包み込んでいた。


「日向!!」


「さぁ、私と一つになろう」影の声が聞こえた。それは複数の人間の声を混ぜ合わせたかのように、耳障りでおどろおどろしい。


「やれやれ、動く場所が少ないってのは不便だよね」


 日向はぱっと腕を伸ばしその黒い腕に触れた。途端、そこから真っ赤な炎が吹き上がり、物の怪は慌てて引いた。噴き出る筈の血は無く、燃え移った火がその代わりとなる。


「貴様らぁ……あたしの、わたしの、私の、苦しみ、痛み、憎しみ、全部全部知らない癖にぃいい」


 幾多もの人間の声が次々と脳裏に響いた。そのどれもが、恨みに満ち満ちている。これが、本物の物の怪。生の感情が生み出した怪物。だが、どこか憐みを感じさせる。


「知るかっ!!」


 だが、月は一喝して、その言葉の全てを否定した。


 その時、一真は啜り泣くような声を聞いた気がした。目の前の物の怪と同じような負の気。だが、もっと人間らしさの籠った悲しみと物の怪以上に強い怒り。


「私は、私はお前をっ!!」


「月! 熱くならないで!!」


 日向の制止も聞かずに太刀を物の怪を串刺しにするように構え、突っ込む。切っ先は嘘のように影に吸い込まれ、中で白い光を放った。


「光放ち、妖、滅っするは護身・月影の太刀!!」


 内側から膨らみあがった物の怪は次の瞬間には、破裂し、光芒の中に沈んでいく。あまりの燦然とした光に部屋の中が呑まれ、窓ガラスが痺れるように震えて罅割れた。


 一真は未来の体を庇いながら、目を閉じた。黒い液状の体の破片が床や天井に飛び散り、脆くなった窓ガラスを全て叩き割った。


 光が消えた後、部屋の真ん中で月は荒い息を吐きながら膝をついていた。戦いは終わった。その事に一真はほっと息をつき、肩の力を抜いた。


 が、肩だけのつもりが体の力が全部抜けて立ち上がる事が出来ない。未来はふうっと息をついて、顔を手で抑えている。二人が安堵する中、月は全く別の反応を示していた。


「ちっ」


 月の舌打ちに一真は再び体を強張らせた。床に落ちた影が再び広がり、月の足元まで広がっていた。


「つーかまえた……」


 月の足が影に掴まれ、彼女は床に引きずり倒されていた。

 

「さあ、いっしょに、絶望の世界で微睡もう」


 足からその袴の上から黒い腕が巻き付いていき、小さな少女の体がびくっと震えた。


「ふざけるなああ!!」月は吠え、太刀を一閃し、その腕を切り裂いて、刃が発した光で消し飛ばす。日向は翼を振るって、あらゆる場所から襲ってくる影の破片を迎撃していた。


 一つたりとも、未来や一真に当てぬように。月は後ろを彼女に任せ、目の前に再び現れた影の物の怪と戦っていた。左右上下から影が襲いかかってくる。


 月は身体を軸にして生きた竜巻のように回転しながら飛び上がり、360度あらゆる位置からの攻撃を弾き、あるいは切り裂いていった。切り裂かれた破片は再び、物の怪の本体と一つになるか、二度と動かなくなった。


 影は身体をすり減らされてどんどんと小さくなっていく。


 先程とは、また別の人の形に化けるが、その影の顔には焦りと恐れの表情が浮かんでいた。月はその顔に太刀を突き付けた。二人とも、この戦いがそう長くは続かない事を知っていた。


 一真は、一瞬自分の身の安全から気を削がれ二人を見た。日向が振り向きさっと顔が青ざめるのが見え、一真の頭の中で警報が鳴り響く。が、もう全てが遅い。


「一真君! 下!!」


 反射的に未来をベッドから突き飛ばした。直後、黒くて巨大な掌のような物が一真の胴体を握りしめていた。


「一真!!」


 月が目の前の敵から目を逸らして一真を助けようとしていた。影が嗤う。一真は必死に叫んで、月に自分の身を守るように言おうとした。


 が、月は聞かず走る。物の怪の肩から幾つにも分裂した腕が後ろから襲いかかり、彼女の腕と首と足に巻き付いて引き倒す。


「さて、一緒に来てもらいましょうか、こんな甚振り甲斐のありそうな獲物は久々……」


「月!! つ!!」首が閉まり、一真は思わず咽込んだ。


「五月蠅いな……お前は女か?」物の怪はくとぉ左右にぱっくりと口を開けて笑った。


「一真ぁあ!!」未来が泣き叫ぶ。


 その顔に影の破片がぶつかって彼女の体はベッドの上に倒れて動かなくなる。声を出せないまま、一真は憤怒に顔を歪めた。友達を傷つけられた事もそうだが、その様子を嘲笑うこの物の怪に燃えるような憎しみを感じた。


「この!!」


 日向が掌に火の玉を出現させ本体を焼き尽くそうとする、が物の怪は自分の体の前に月の体を立てた。日向は舌打ちし、火の玉を消した。


「さて、そこの小娘とお前も連れていきたいが、楽しみは最後まで取っておきたいのでねー。あんたはこいつらと遊んでなぁ」


 影が言って、床を見た。ふらふらっと浮かんできたのは、複数の髑髏を固めて作ったかのような塊だった。それが空浮かぶ火の玉で蠢いている。


 その一つ一つが独立して動き、あるいは笑い、あるいは怒り、あるいは悲しみ、意味を成さない言葉を吐き出している。余りの気持ち悪さに一真は目を逸らした。


ぬらぬらと光るその屍の塊が未来へと迫る。


「そこの娘をこいつに喰われていいなら、話は別だが……」


「日向!」


 月は必死の形相で叫んだ。が、それは自分を助けて欲しいという哀願では勿論、ない。


 日向の瞳を見て、静かに月は頷いた。その意味に気が付いた日向は一瞬、躊躇し唸ったが、最後は月に従った。


 月の判断に一真は心から感謝した。


「ふふふ、いい覚悟だね。じゃあ、あたしとわたしと私と陰なる世界で愉しみましょうか……」


 そして、二人は影が出てきた帳の中へと引きずり込まれて行った。

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