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陰陽少女  作者: 瞬々
清風明月
32/234

三十一

 教室のドアが勢いよく開いて音を立て、教室の窓が震えた。月がそこで満面の笑みのまま両手を万歳して突っ立っている。片手に手作りと思われる包みに入った弁当箱、もう片方に購買で買ったと思われるプラスチック容器に入った弁当があった。

 

 昼食中の生徒の視線が一気に月とその二つの弁当に集中する。


 さて、この少女は何を言っているのだろうと、どこか冷えた思考で一真は考える。弁当がふたつ?


 一つは月のだとするともう一つは……頼むから嘘だと言ってくれ。既に自分で作った弁当のある一真はそう願った。


「朝だけでなく……昼もか」


「何!? 朝もって、どういうことだ!! 沖一真!! 説明しろぉおお!!」


「うるせえ!! わざわざ、小声でつぶやいたワケを察しろよ!!」


 一真は騒ぎ立てる狩野他、多数のクラスメイトに向けて怒鳴った。その横で月が手作りの方の弁当を一真の机に置いた。とそこで、一真には既に弁当がある事に気付いたのだろう。気まずそうな顔で一真を見た。


「あ、ごめん。弁当持ってきたのかどうか聞くべきだったよね……。碧と舞香が『想い人には弁当を作ってあげるのが常識』みたいな事を色々言ってて。それで、朝勢いで作ったの」


「やはり、あの二人かー……て、月。なんでお前はそんな粗末でぼったくりのコンビニ弁当なんだ?」


 まるで見栄えの良くないコンビニ弁当には五百円というテープが張り付けられていた。自分で作った方が絶対に安い筈だ。


「うん、自分の分作るの忘れた。一真の分作るのに夢中で」


 クラスの好悪相反する感情の視線が痛い。一真はなるべく喜んでいるように見えないよう表情を押し隠した。が、これが逆に仇となった。月が悲しげな表情で弁当を見下ろしつつぽつりとつぶやく。


「いらない、よね。もう自分で作ってきたんだし」


「沖ぃいい!!!」


「この女泣かしー!!」


 途端、野次馬からブーイングの嵐が起きた。よく見ると別のクラスからも見物人が来て、一真と月の会話を眺めている。見世物じゃないぞと、一真はその連中を睨んだ。


「やかましいわ!! 食うよ! 当たり前だろ!?」


 一真の気魄に押されて、月はたじろいだがその顔には笑みが戻っていた。


「ほ、ほんと?」


「あぁ。そうだとも。空けていいか?」


「どうぞ、どうぞ」


 言われるままに包みを解き、蓋を開ける。野次馬どもが顔を近づける。と、次の瞬間、一真も他の生徒達も黙りこんでしまった。


 そこには所狭しと卵焼きが敷き詰められていた。


「へへ、どうかな。得意料理を作ってあげると喜ぶって、碧が」


「わかった。うん、それはわかったから。わかったけどさぁ……」


 これはないよなぁと声には出さずに一真は思った。一体どれだけの卵を使ったのだろうとどうでもいいことを思いつつ、弁当箱に広がる一面の黄色い大地を眺める。


「た、食べるよな?」


「いや、でも卵焼きしかねーぞ!?」


「やかましい。黙れ」


 一真は一喝し、そして溜息をついた。朝の稽古の応援。そして、お昼。


 どちらもどこか抜けているが、それでも彼女は自分の為に弁当なんぞを作ってきてくれたのだ。それは何故だ。想い人だのなんだの、本気で思っているのだろうか。一真は疑問に思った。これは全て単なる気遣いなんじゃないだろうか。昨日の事に対するお詫びとも取れる。

 

「月、悪いけど一緒に来てくれ。二人きりで食べよう」


「二人きりっ!?」


 月の顔が茹でたこのように、耳まで一気に赤く染まった。湯気でも出しかねない程に。


「そういう意味じゃない」


「そういう意味」がどういう意味かについては、あまり想像せずに一真は言って、鞄と一緒に置いてある竹刀袋に手を掛けた。


「おい、お前ら」脅すように、一真は辺りを見回し竹刀袋を掲げた。


「付いてきたら、ころすぞ」


 一瞬にして辺りの温度が下がる。なんだか、クラスの輪をわざと避けているような感じがして、嫌な気分になるが、月とはもう一度、きっちりと話す必要がある。致し方ない。


 月の制服の袖を引っ張り、一真は足早に教室を出た。階段を下り、外に出る。さて、一体どこへ行けば、邪魔をされずに話が出来るだろう。


「一真?」月が不安そうに見上げてくる。


「いや、ごめん。恥ずかしくなったから飛び出したんだ」言おうと思った言葉とはまるで違った。聞くのが恐ろしかったのかもしれない。「こんなに良くしてくれるのは、俺への気遣いの為だろ?」等と聞くのが。


 月は僅かに下を向いた。


「そっか。でも、あのクラスの人たちはいい人達だと思うよ」


「そうかぁ? まあ、そうかもしれないけど」


 一真にはわからない。クラスメイトと自分には壁がある気がしていた。だが、それを作っているのはもしかしたら、自分かもしれない。だが、それはどうでもいいことだ。


「いや、でも本当にいいのか? なんか、弁当なんか作ってもらってさ。おまけにお前はそんなコンビニ弁当で」


 卵焼き一種のみという奇妙さを除けば、月の弁当の方がコンビニ弁当なんぞよりよっぽど綺麗だ。


「いい。今度からは自分の分も作るようにするから」


「卵焼き以外も入れるんだぞ……そして、たまにでいい。こっちも貰ってばかりで悪い気になっちまうからな」


「わかった」


 校庭の傍の石段は人がいなかったので、そこに腰を下ろすことにした。ここだと、校舎から丸見えだが、少なくとも話は聞こえない。そこで、一真はずっと聞きたかった事を聞くことにした。


「なあ、引っ越した後はどうしてたんだ、お前」


 弁当を突いていた月の箸がぴたっと止まった。


「やっぱり、知りたい……?」


「いや、無理にとは言わない」


 一真は反射的にそう答えていた。それは、彼女の中の事を無理やり聞き出すのは良くないと思ったからだけでなく、彼を見る月の視線が感情のない真っ黒としていたからでもあった。見つめ続けたら思わずその中に取り込まれてしまうような。


「うん、そんなに面白い話じゃない。物の怪と戦ったりとかそんな事ばかりが、頭に残った思い出」


「そうか、でも、友達は? 京都にも友達はいただろ?」


「同じ稼業の人がいたけど」月は何かを言いかけて首を振った。


「そっか」


「うん、そう」それ以上聞かなかった一真に感謝するように月は同調した。


「でも、普通の人、陰陽師じゃない人で友達と言える人は殆ど出来なかったかな。一真に出会う前に逆戻りしたみたい」


 広い校庭を眺めながら一真はかつての月の事に思いを巡らせた。想い出に出てくる彼女はいつも、一人だった。



 友達を作って仲良く遊ぶ時期に、彼女は敵を作って戦いあうことばかりしていた。自然、人付き合いの方法がわからなくなるのも無理はないかもしれない。転校生という事で今は持て囃されているが、これが後一週間続くかどうか一真には保障出来ない。友達が一真一人というのはあまりにも悲しい。


「なぁ、月」一真が声を掛けたが、月は黙ったままだった。構わず話し続ける。


「また、あの時みたいに、二人で色々な所へ行こう。そしたら、もっと友達も出来るさ。愛沙さんとだって仲良くなれただろ?」


 月は俯いたまま黙り続けている。黒く長い髪に隠れてその表情を伺い知る事は出来ない。


 どうしたものかと、一真は考えた。月の為と思って言った事だが、それが逆に彼女の負担になってもいけない。それにこんな事を言う一真自身、学校で友人と言える人間は殆どいない。




「いる」



 月がぽつりと呟いた。その言葉に一真は肩を震わせた。その口調は感情を目一杯抑え込んで膨らんだ爆弾を思わせる。いるとは、何がいるのか? そんな事決まっている。友達だ。


「あ、そりゃそうだけど……俺達は……」


 一真は何か答えようとして思考のまとまらない言葉を漏らした。月がゆっくりと立ち上がる。一真は思わずあっと呟き、その表情をまじまじと見つめて固まった。月は一真が思ったように彼の言葉に傷ついたわけではなかった。



「あいつが、いる!」



 獰猛な笑みを浮かべ静かに少女は呟く。一真は自分が何かとんでもない勘違いしている事に気づいた。


「あいつ……?」しかし、月はその問いには答えない。


「日向! 護身剣・黒陰月影!!」


 月の制服の袖から一枚の符が飛び出し、鞄からは懐剣が飛び出した。



「先ず便門の玉女において者申す、扉を開けよ。続いて万物の霊気よ、我が命に従え! 我はこれ、世の理を乱す物の怪を討つ者なり、執持したるこの太刀は凡上の太刀に非ず! 百の獣を討ち、百の魔を滅し、百の病を癒せん! 急ぎ急ぐこと天帝太上老君の律令の如し!!」


 叫んだ途端、周りから人の声、足音が消え去り、風すらも止んだ。見ると校庭にいた生徒達が、一真達のいる場所から遠ざかっているのがわかる。


「反閇の術と払いの術。これで私達のいる所には人だろうが、動物だろうが近づかなくなる。そして、陰の界への扉は開かれん」札から幽霊のようにぼうっと現れた日向が一真に説明してくれた。その表情は不安で一杯のようだった。


「わかってる!」月が突然叫んだ。が、それは日向に向けられた物ではないらしい。何故か、彼女は剣に向かって叫んでいた。


「でも、今父様達は、陰陽寮にいる。私のこの位置が一番近い筈!!」


「お、おい。月?」


 一真が声を掛けると、勢いよく月が振り向きその黒蜜のような髪が一真を打った。敵を睨むようなその視線に一真は一瞬たじろぎ、月もはっと息を呑んだ。


「ごめん……」月がしゅんとなって言った。が、懐剣を握りしめるその手の力は抜けない。


「あいつが、あいつが出たから」


「あいつ……て、物の怪か?」月は一瞬迷ってから頷いた。昨日物の怪を倒した時には無かった焦りと興奮に一真は戸惑う。それとも、余程強い敵なのだろうか? そんな事を考えていると月がさっと一枚の符を取り出した。


人形ひとがた。これを私の席に放って。私の代わりになる筈だから」


「あ、おい! 待てよ」そのまま行こうとする月の肩を一真は掴んだ。月は今度こそ、一真を睨んで言った。


「なに? 私、早くしないとあいつが!」


「そいつは一体どこに現れたんだよ! 俺の家か?! それとも……」



「未来ちゃんの家だよ」


 日向が答えた。月は目をカッと見開いて、信じられないというように日向を睨んだ。だが、一真はそれどころではない。


 まさか、なぜ未来が? 昨日物の怪に襲われたせいか? 昨日一緒に帰りさえしなければ……。また明日と言っていた。明日になれば悪い夢で終わるかもしれないと……。だが、そうはならなかった。


 もしかしたら、今日学校に来なかった理由それは、見えない物の怪の姿に怯えていたからなのだろうか?


 あり得ない物、畏怖の象徴、自分の力ではどうする事も出来ない底のない闇。それを知ってしまった恐怖で外に出る事も出来なくなって……。


「月、俺は未来の家に行く」


「一真、駄目!!」


 慌てた月が勢いのまま一真の体にしがみついてきた。途端、コンクリートか何かで体全体を固められたかのような重みが襲いかかってくる。

 渾身の力で振り払おうとしたが、それも出来なかった。

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