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陰陽少女  作者: 瞬々
清風明月
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二十九

「とんでもない奴だな」


「友を危険から引き離す為ならこれくらいするさ」



 偽悪的な笑みを浮かべ、霧乃は立ち上がった。その言葉を信じていいのかどうかわからなかったが、一真の数少ない友は、信じて貰おうが貰わなかろうが構わないという調子だった。



 その視線がふと道の脇に鬱蒼と茂っている叢に向けられた。釣られてそちらを見た一真は思わず立ち上がった。


「おい、あれは?」


 叢の中で爛々と黄金に輝く双眸があった。通りかかった不用心な獲物を待ち構えるようなその獣じみた姿勢に一真は警戒する。が、霧乃の反応はまるで違った。友人を窘めるかのような口調で、彼は言った。


「おい、勾陣こうじんそんな所にいたら怪しまれるだろうが」


「すまないなぁ。だが、いつ敵が来ても守れるようにと思ってよ」


 するすると出てきたのは金色の蛇だった。それが大きな口を開けて皮肉っぽい少年みたいな言葉で話している。どんな反応をしたらいいのか、一真は戸惑い固まる。



 今まではどんな非現実的な存在であっても、式神も物の怪も人の姿をしていた。だからというのも変だが、彼らと話す事も出来た。だが、この目の前の奇妙すぎる存在に対してはどうしたらいいものか。


「式神の勾陣。一応主人は俺なんだけど、あんまりそんな感じはしないかも」


 霧乃の言葉に勾陣は蛇の鼻を鳴らした。人間でいうところの馬鹿にしたようなしぐさというやつか。


「いつもいっつも言っているがな。俺ぁ元々、京の都の守護をしてたんだよ。偶々、お前ぇの事が気に入ったからついてきてやったんだ。感謝しろよ? 一人の式神すらもついて来ないてめえの為を思っての行動だ」


 その恩着せがましい鷹揚な態度に、霧乃はぞんざいに手を振って答える。


「はいはい、感謝してますよ。それより、一真が怯えてるからさ。人化してくれない?」


 金蛇の視線が一真を射抜いた。息を呑む一真の前で、勾陣は何か考え込むように首をもたげる。次の瞬間、その蛇の尻尾が二股に分かれ、胴体からは二つの足が飛び出した。頭からは、金髪がまるで蛇の尻尾のように伸びでる。顔は爬虫類の面影が幾分か残りつつも、人間らしい顔になっていた。首が少し長く、そのせいか勾陣は見下ろすような形で一真を見た。


「へえ、お前さん。これはこれは……」


「な、なんだよ?」一真がどぎまぎしてやっとの事で口を開いて聞いた。


「いんや、貧弱そうだと思ってね。大丈夫かね?」


「あ、まあ」


 何が大丈夫なんだかと一真はわけがわからないまま応えた。


「さて、それといいのかい、“ごしゅじんさま” そろそろ『ホームルーム』とやらかが始まってしまうけど」


 ハッと一真は腕時計を見た。朝の会が始まるまで後三分とない。月が紹介されるのは恐らくその朝会のホームルームの時だろう。その時に自分がいなかったら、彼女はどんな顔をするだろう。


 それを思って横を見やると、全てを見通すかのような霧乃の表情があった。


「俺は別にいいよ。どうせ朝会なんていつもと同じでつまらないよ。一真の所と違って」


「な、何言ってんだ。お前まで変な噂を信じ込んでいるんじゃないだろうな? ただでさえ、部活動内で変な噂が立っているってのにクラス全体に回っちまったら俺はどうしたらいい?!」


「一真は間違っているね」


「は?」


 怪訝な顔する一真の目の前で霧乃は指を振った。


「クラスどころか、学級否、学校全体に伝わっている」


「――!?」


 声にならない叫びを上げながら、一真はその場を逃げ出した。


 そんな馬鹿な事あるわけがないと心の中で自分に言い聞かせながら。噂は広まるに連れてとんでもない方向に飛躍するものだ。特に学校みたいな、浮かれ騒ぎが好きな連中がいる場所では。何としても噂の元を糾弾し、問い詰めねば――


†††

 走り去る一真の後ろで、三食パンを口にしつつ、霧乃は目の端で笑っていた。仮面のようなその笑みはいつも人に冷淡なイメージを与える。とんでもない誤解だが、今はそのイメージも幾分かは正しいと霧乃は思う。それにここ数年は心の底から破顔一笑した事も無い。


 一真が月がどこか昔と違うように思っているらしいことも、この賢しい陰陽師は見抜いていた。彼女もこの十年。色々な意味で変わった。きっかけは残酷。結果は、決して良い方面のみの成長を促しはしなかった。


「ほんと、面白いやつだよな」


 誰とは言わなかったが、誰なのかは明らかだ。勾陣はあからさまに嫌な表情になった。


「そして、あいつのする事を面白がってからかうお前はかなりの下衆な奴だな」


 霧乃は肩を竦めてみせただけで、パンを口に入れるその手を休めない。微笑は既に無かった。打って変わり、今度は陰鬱そうな瞳がその先の青空に吸い込まれていた。


「いいじゃん、いいじゃん。こんな糞みたいな汚い仕事をやらされているんだ。少しくらい、ね?」


「馬鹿馬鹿しい……で」


 にべもなく否定し、勾陣は辺りを見回した。木々が不気味な風でざわめいた。瞬きの間に周りの叢に、枝の上に影が差した。一つ、二つと降りはじめた雨のように次々と現れたそれらは、人の形をしている物もあれば、獣もいる。そして、獣と人を混ぜ合わせたかのような異形もいた。


 それらの集団を一言で表すのであれば、魑魅魍魎あるいは百鬼夜行。腕を組んだまま、勾陣は、主人に尋ねた。


「どうすんの? こんなに集まってきたけど」


「そりゃあ、勿論」と霧乃はパンの入っていたビニールの包みをぐしゃっと潰した。その瞳には好戦的な獰猛な炎が宿っていた。


「きちんと迎えてあげないとね。その為に、ここにお越し願ったんだし」

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