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陰陽少女  作者: 瞬々
清風明月
29/234

二十八

「そう怒らないでよ、春日の巫女さん。俺は神社の前でずっとじっと待っていたのにいつまでも来なかった一真が悪い」


 霧乃は特に堪えた風でもなく、そう言う。月はまだ何か言いたげだったが、話が逸れると思ってか自制心を働かせていた。


「昨日は神社前で待っていろって言っただろ? 順序立てて説明するつもりが、滅茶苦茶になったじゃんか」


「待て。何の話だ? いや、待ち合わせ場所をまともに聞いてなかった俺は悪いかもしれないけどさぁ。そうじゃなくて、お前は一体?」


 月と霧乃の顔を交互に忙しなく視線を変える一真を見て霧乃は苦笑し、その肩を掴んだ。


「落ち着けよ、一真。もう、色々知っていると思うから単刀直入に言うぞ。俺も彼女と同じく陰陽師なんだ。と言ってもそこで怒ってる人に比べたら無名の陰陽師だけどね」


 驚きの余り、一真はぱくぱくと口を開閉しそこで固まった。一体どこから突っ込めばいいのかがわからない。


「お前が――?」後ろに気配を感じて一真は黙った。


「おや、藤原君じゃないか。なんだ、やっと剣道部に入る決心がついたか?」斉藤が訊ねると霧乃はにべもなく断った。


「いえ、入りませんよ。体育館にいる生徒は全員集合らしいですね」


「釣れないねー」


 愛沙が苦笑しながら言い、階段に向かう。しばらくその場に凍り付いていた一真だが、月が戸惑うような視線を向けてきたので、どうにか彼らの後に続いた。


「あいつも、か……」


「うん、そう」


 月がこくりと頷き答える。それ以上何か言おうとしたが、月は言葉が見つからなかったのか黙ったまま階段を上った。


 あいつも。


 あいつが。


 そんな言葉が頭で巡る。オカルトが好きで時々おかしな物言いをするが、本物の陰陽師だったとは。月と同じ……彼女を助ける事が出来る立場の人間。一真が真っ先に抱いたのは羨望だった。


 彼が欲しくても手に入らないその力を霧乃は当たり前のように持っている。嫉妬したところで仕方は無いのだと一真は自分に言い聞かせたが、どこか釈然としない気持ちが残る。


 それを押し隠したまま、一真は歩き始めた。焦燥が発する痺れを宥めすかすようにゆっくりと。いつもよくするようにすっと息を吸いはいた。湿った汗の匂いですら、今の一真にとっては森林の空気に等しい。そうすると少しだけ気持ちが楽になる。


「一真?」


 上から月が呼ぶ。窓から零れる光を受けて、彼女の姿は菩薩のように輝いて見えた。


「あぁ、今行くよ」


 一階の体育館には既にいくつもの部がそれぞれの場所でひしめき合っていた。殆ど全員が桜ヶ丘の女子生徒に起きた悲劇を知り得ているようで、何人かはその噂話をしていた。



 斉藤と愛沙が適当に空いている所に座り、一真は、どうしたらいいか迷っている月の袖をそこまで引っ張っていく。


 特に冷房も扇風機もない体育館の中は瞬く間に蒸し風呂のような暑さとなり、部員達はそれを紛らわそうと互いに喋りあったり、服を揺さぶって汗を落としたりしている。


 一真は誰とも話さなかった。傍に霧乃が座ったが、今ここで話すわけにもいくまい。何気なく後ろを見回していると入口の方から数人の教師がぞろぞろと入ってくるのが見えた。他の部員もそれに気づいてか、俄かに館内は静まり返った。


 先頭に立った秋原は、生徒達の前まで歩いてくるとぽつんと立っているマイクを手にする。他の教師達を見やり「僕から話していいのですか?」と聞いていた。剣道部の顧問で、段は五だと言うのに、この教師はいつも控えめで人に気を配っている。



 その温和さが生徒達には人気であるが、他の教師達にとっては付け込み所であり、よく無理難題を押し付けられている。


 やがて、マイクを手に取った秋原は、暗然たる感情を殺した低い声で告げた。


「あー、今日はとても悲しいニュースを伝えないといけないのですが。その様子だとみなさん、察しはついているようだね?」


 一人一人と目を合わせながら、剣道部顧問は聞いた。生徒の殆どが頷くのを確認し、彼は頷き返した。


「では、正確な事を今ここで話しておこうか。お隣の桜ヶ丘高校に通っている女子生徒が昨日から行方不明となっています。これが単なる家出なのか、それとも事件性があるのかはまだ、確実にはわかりませんが、警察からの情報によると事件性が高いとのことでした」


 その情報の内容については何も言わない。生徒達からざわめきが湧いたが「静かに!!」という他の教師からの言葉に皆再び静まり返る。


「その女子生徒さんと一緒にいた男がいるという目撃証言があったみたいでね」と秋原は付け加えた。


「そういう事で、放課後の部活動がしばらくお休みとなるよ。目安としては大体一週間かな」


その言葉に喜び、または憤り、戸惑う等様々な反応が見えた。低学年や大会とは縁のない者は当然喜ぶし、五月に大会がある者にとっては、練習が減る事に焦りを抱く。


 一真としては、どっちでも構わなかった。大会はいつも一,二回勝って、三回戦目くらいで負けるのが常だったからだ。それにこれ程心が乱れている時に練習を続けても意味はない。


「ちくしょう、剣道部だけ例外にしてくれないかなぁ」等と愛沙が前で悔しそうに呟いていた。彼女は去年、全国大会に出るつもりだったが、その前の予選戦で、惜しくも敗れている。


 最後にせめて華々しい成果を残したいと思うのは自然の感情だろう。


 秋原は、生徒達のざわめきが収まるのを待ってから事務的な口調で告げた。


「なので、勝手に放課後に活動しようとするのは禁止。授業が終わったら出来うる限り、早めに家に帰る事。不審者に追われた場合は、大声で助けを求めるか、防犯ブザーを鳴らす事。しかし一番の対策は、一人にならない。人通りの少ない道には入らない事だね。以上! かな?」


 秋原は自信無さげに後ろを見やると教師達は短く頷いて応じた。解散という言葉が教師から聞こえ、生徒達は誰と言うでもなく、狭い入口に押し掛けた。


 ふと一真が壁に掛けてある時計を見るともう、八時を回っていた。制服の端を引っ張られるのを感じて、一真は振り返った。一真の肩の所に月の顔があった。


「私、挨拶してこないと。先生に」


「あぁ。わかった。けど……」一真は自分のクラスの担任でもある秋原を見やり、それから霧乃に視線を移した。人ごみの中から細い目がこちらを見ていた。


「あいつの事はあいつから聞いて」月の言葉に一真は静かに頷くと彼女は、秋原の元へと走っていく。人ごみの流れる動きを熟知しているかのようにその動きは素早く滑らかだった。


「そういうわけで、お前に聞くぞ」背後に近づいてきた霧乃に振り返って一真は言った。いつもの何を考えているのかわからない仮面のような顔がそこにはあった。


「もちろん」


 二人は、たったいま秋原から言われた事を無視するかのように、生徒達が多く通る場所を避け、今は人通りのない購買店にいた。店自体は鍵が掛かり、中には入れないが、外には木造のテーブルや椅子がいくつか置かれていた。自販機もある。普通のジュース類だけでなくお菓子や何種類ものパンがある。ここ数年で生徒からの要望を元にして作られたものだった。

 が、その要望を出した生徒達はもう何年も前に卒業してしまっていた。要望が教師達の間で協議され、それをいよいよ作ると決まるまで何年もの歳月が経ってしまっていたのだ。

 だが、要望を出したその生徒達にしても自分が飲み物を飲みたいそれが為だけに訴えたわけではないだろう。そんな身勝手な要求なら協議にかけられるまでもなく、却下されている。

 遅刻しないためだけに朝ご飯も食べずに学校に来る生徒、夏の暑い日差しで熱中症になる運動部、そしてクラスの中の雰囲気を明るくするための手段として彼らは、自販機の設置を求めたのだ。だから、この自販機はある意味で先輩方からの遺産であると言っても良かった。

 先輩方が残してくれたそれらの前でせわしなくボタンを押しつつ霧乃が聞いた。


「なんか、食う?」

「いや、いい。おにぎり食べたし」

「もしかして月の手作り?」


 だから、どうしてそう察しが……と一真は思ったが、言うだけ無駄だと思って黙った。誰も彼もが、自分と彼女の関係を拡大解釈しすぎている。


「でも、あいつ料理下手だからなぁ。それも救いがたい程ってわけじゃなくて、単に下手ってだけで、からかい甲斐もないんだけどなぁ」

「それはいいから。さっきの話を早くしてくれ」一真が急かすと、霧乃は口を止めた。ガコンという音が、沈黙のなかで響く。

「お前もあいつと同じ陰陽師なのか?」

「そうだね」


 霧乃は屈んで自販機の差し出口からお茶を一本出しつつ、あっさりと答えた。


「彼女の家系は昔、皇族に仕える陰陽師だった。で、俺の家系は民間で呪いや卜部をしていた法師陰陽師。今では実質的な違いは無くなってるけどな。で、一真はどこまで知っている?」

「陰の世界に物の怪が住んでいて、そいつらが強くなりすぎると俺達の住んでいる世界に悪影響を及ぼすって事と、物の怪は負の気によって形成されたものだって所までかな。後、霊気と霊力がどうのって話をあいつの式神から聞いた」

「へえ、結構色々な事を聞いたんだ」


 そう。色々な事を聞きすぎた。一真はそれらの全てを未だ、完全に受け入れられていない。自分の今、いる場所とは違うもう一つの世界がある事。

 そこに物の怪という人の悪感情が生み出した怪物が住んでいる事。その怪物は力をつけすぎると自分達のいる世界に飛び出し、人に取り憑く事がある事。そして、今もどこかで彼らが誰かを目標にしているかもしれない、いや昨夜は自分のいる場所からさほど遠くない場所で女子生徒が襲われた。その矛先が今、どこに向けられているのかもわからない。本当なら、その全てが目の錯覚だったのだと、夢の中の出来事だと無理やり思い込んでも良かった。


――幼馴染の少女がその世界で戦っているという事実さえなければ。


 記憶の彼方にある彼女は、コロコロと表情を変える無邪気な少女だった。いる場所はどれも夜の光景だった。あれは一真の記憶違いなどではなく、陰の世界だったのだろう。そうした記憶の中では、時々月とはまるで関係ない光景もあった。頬の削げた真っ白な人の顔、枯れ木から噴き出した鈍く光る漆黒の爪が近づき、呑み込んでくる……。

 物の怪。そして、あれが恐怖。自分は恐らく月に助けて貰ったのだろうが、そこの記憶だけが無かった。

 なんと恩知らずな脳みそなんだろう。そして何よりもあんな幼い頃から彼女は物の怪と戦っていたのだと思うと胸が痛まない筈がなかった。


「なぁ、陰陽師は物の怪と戦う霊力って力が強いって聞いた。それは生まれつきのものなのか?」


「それは確かにあるね。だけど、それだけじゃない。何時間、何年という鍛錬、一秒一秒の刹那をも無駄にしない修行による所が大きいね。賜物がいくら優れていようと、磨かずに放っておけば、ただの人間となんら変わらない成長を遂げる。普通はね」


「だけどある意味で、生まれついての賜物だよな。陰陽師の家に生まれれば、それを鍛えるだけの環境が整っているわけだろ?」

「そういう家は現代ではもう、殆どないよ。神職ですら、霊力を蓄える本格的な修行のない所が殆どだからな。それ、と。ない事前提で、一応釘を刺すが、今からお前が学んでも、身に付くような力じゃないからね?」


「わ、わかってるよ。んな事」


 一真は意表を突かれて、そう答えていた。実際、霧乃が危惧した事は図星だ。どんな修行をすれば、霊力というのが身に付くのか。その事が頭を支配していた。

 物の怪がどうやって生まれたとか、陰の世界がどうしてあるのかなんという事は正直どうでもいい。問題は月がその中で戦っている事だった。

「わかっているならいいさ」ふうっと霧乃は安堵したような溜息をついた。

「本当はね。俺は一真が、こういう状況に巻き込まれないように、立ち回る役目を刀真さんから命ぜられていたんだ。月の正体と陰陽師と物の怪。全て話したうえで、彼女にはあまり近づかないようにって警告するつもりだったのだけどね。ものの見事に失敗したなぁ」


 言う割にはあまり、任務に失敗した事には執着していないようだった。その飄々とした態度は掴み所があまりにもない奇矯さがある。


「それを俺が全部信じたかどうか、わかんねえぞ」

「それならそれでいいのさ。神社連中が物の怪退治だなんてオカルト染みたことを本気でやろうとしている。それを知るだけで、お前は月に近づこうとは思わなくなる」


 肩を竦め、さらっとした口調で放ったその言葉は適当な屁理屈ではなく、まるで理に適っていた。

 たとえ、それが幼馴染への幻滅という、理不尽な偏見からの感情で仲を引き裂くという策だとしてもだ。正しいとは思えないが、確かに効果はあるだろう。たぶん。一真は呆れて首を振った。腹を立てる気にもなれない。

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