二十七
剣道着と防具を身に着けた一真達は、互いに素振りと打ち込みをしっかりとした後、二人組を作り、回り稽古をするという流れになった。と言っても今日は未来がいないので二人が戦っている間、一人は見学していなければならない。
回り稽古とは、短い時間の間ひたすら打ち合う稽古だ。
元の人数が少ない事もあって、未来の不在は一層、気になった。
「そうそう、言い忘れてたけど、未来は風邪引いて気分悪いからって、本人から電話が来てたよ」
愛沙が思い出したように言う。一真はなるべく胃から込み上げるパニックを抑えつつ聞いた。
「あいつ、大丈夫でした?」
「声聞いた限りではねー、大丈夫そうだったよ。いつもより元気は無さそうだったけど。心配なら電話したら? 後で。つーちゃんのいないところで」
最後の一言は隅で正座しこちらを伺っている月に聞こえない小声。「つーちゃん」とは月の事らしい。今思いついたのか、昔、使っていたあだ名なのかはわからない。
思わせぶりな助言だが、月と一真は恋人同士というわけではない。再会したばっかりだし、あの弁当にしたって、昨日の気まずい雰囲気を直したい為に持ってきたのだろうと一真は思う。
月が自分に好意を持っているのは知っていたし、一真も月の事が嫌いじゃない。幼い頃は短い間とはいえ、共に遊んだし、あやふやな記憶を信じるならば、彼は月に命を救われている。物の怪の手から。
物の怪と戦い続けているという真実を知った後では、彼女の為に何かできないかと、力になりたいとも言った。だが、それがよくある少年漫画のような、恋愛感情からかと聞かれると、一真は違うと答えるだろう。それが正しいのかどうかも彼にはよくわからない。
「別にかまいませんよ。あいつにも未来の事話してますし」そんな事で月が嫉妬するとでも思っているのだろうかと、一真は棘のある言葉で返した。
怒られるかと思ったが、意外と愛沙はすんなり引いた。どうにも、それが「やってみて失敗しても知らないからね?」という上から目線の行動のように見えて、一真はますます不満な顔になる。
「よーし、やんぞ、一真―!!」
「お願いします」
斉藤が叫び、一真が応じる。足の擦る音と両者の奇声が道場の緊張を一気に高める。一真は返事こそしっかりとしていた。足捌きも経験者として身についた乱れのないしっかりとした姿勢で、構え方もまるで隙がないように見える。
だが、彼自身の心には落着きの欠片も無かった。こうして対峙すると月との戦いの記憶が脳裏をよぎる。力の加減がわからない。
入部してから殆ど一度も勝てた事がないこの先輩に勝ちたいという、心の底から湧き上がる情熱はある。しかし、それが増長しすぎて、力を出し過ぎたらどうなる?
自分の竹刀が、防具の保護のない部分を貫いて――
――バシン
鋭い痛みと共に、頭が一瞬真っ白になり、一真はたまらず後ろに下がって竹刀を上げた。
その動作の全てが隙だらけで鈍重だった。空いた小手を打たれ、面を打とうと前に出るとすれ違い様に胴を打たれる。気にせず、小手を打とうとすると、その攻撃は半歩下がるだけで避けられ、同時に面を思いっきり打たれる。そこで動きを止めればさらに一発。
「そらそらぁあ!! どうした!?」
斉藤の声が、ぼうっとなる一真の頭に鈍く響いた。
それでも、一真はどうしたらいいのかわからない。普段でさえ、どう打てば勝てるのか考え過ぎて動けないというのに。その後も一真は一本も入れる事も出来ないまま、愛沙が止めの号令を掛けた。
一真は荒い息と共に床に座り込んだ。その後の愛沙と斉藤の戦いは目に入らなかった。ふと見ると月がこちらに視線を送っている。
そこに浮かんでいる表情を見て、一真はますます暗い気持ちになった。やはり、月は昨日の事を気にかけているのだ。自分のせいで、一真が思うように力を出せていないのではとまで考えているのだろうか?
もっと強ければ。一真は形のない踊りのように跳ね、飛び合う二人の戦いを目の端で眺めながら思う。
月を守れるくらい強い力があれば、こんな惨めな思いをしなくても、させなくても良かったのに。
だが、今の彼にはどうすることも出来ない事だ。後で月とはきちんと会話をしないと。一真には他にどうしたらいいか思いつかなかった。
稽古はその後も続き、二十分程した頃、顧問の秋原が入ってきた。三人の部員が稽古を中断して、そちらに一礼する。
応援者である月も一礼した。秋原はその応援者を見て驚いた。彼女が今日転校してくる生徒ということ、そして彼女が京都の方で名の馳せた道場の者だと知っていての驚きなのかもしれない。
一真が事情を説明すると、秋原は納得したように頷いた。「へぇ。つまり彼氏の応援というわけだね」
「さすが、秋原先生。話がわかるね!」
「いや、だからどーして、そんな解釈になるのか……」
皆して連携のいじめなのではと一真は疑いはじめていた。そして、月が秋原のいう事を否定しないのも気になった。照れ隠しのようにただ微笑むだけだ。まあ、自分よりも大人だから、そう返せるのだろう。そうでなくては、困る。
「ま、それよりもだ。今日の練習はこれまで。部員は全員上の体育館に移動。そう、朝練している全ての部員。そうだ、月さんも上に来てくれないかな」
秋原の言葉に月は黙って頷いた。やはり、行方不明になったというその女子生徒の事だろう。だが、彼女は一体どうなってしまったのだろうか。月に聞くのも恐ろしい気がした。
道場に一礼してから、出るとそこには藤原霧乃の姿があった。
涼しげだが、どこか暗い顔で、肩に鞄を掛けている。一真の記憶が確かなら、彼はどの部活にも属していない。
こんな朝早くに何をしているのだろう? 隣の部屋から空手部や柔道部が流れ出てくる中、霧乃は一真の姿を認めて、含み笑いを口元に浮かべて近づいてきた。
「霧乃? なんでここに?」
「いやさ、応援しに。朝練の」
「お前も!?」あんぐり口を開ける一真の後ろから月が首を出した。その表情が驚きに、次いで見る見るうちに真っ赤な怒りに染まる。
「藤原!」




