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陰陽少女  作者: 瞬々
清風明月
27/234

二十六

 いつものように体育館は閑散としているだろう。そう思っていたのだが、今朝はどこか様子が違った。入り口に入ってすぐのロビーで部活顧問の教師が何人か集まり、低い深刻な声で何かを話していた。部活動の方針を決めあう時の雰囲気とは明らかに違う。その中には剣道部の顧問であり国語教師でもある秋原悠斗もいる。


 細い伊達眼鏡の奥に宿る穏やかで柔和な瞳と細い顔立ちが印象的で、女子からの人気も高い教師だ。滅多な事では動じない彼までもが、今は額に皺を寄せていた。


 その会話の近くで立っている愛沙もまた、彼女に似つかわしくない深刻な表情を浮かべていた。一真達の三人に気付いている筈だが、そちらに一瞥を与えただけだった。


「何かあったのかい」


守がただならぬ雰囲気に部長としての責任感からか、聞いた。愛沙は黙ったまま、唸り込みそれから口を開いた。


「桜ヶ丘高校があるじゃん」


 栃煌市にあるここ以外の高校の名前だ。一真と守はわけがわからずに顔を見合わせた。ふと、月が顔を緊張で強張らせるのが目に入った。何かまた起きたのだろうか? まだ、あの物の怪の事件から一日しかたっていないのに。


「そこの女子高生が行方不明になったらしい」


「そうと決まったのかい? 警察とかの連絡は?」


「警察も今、捜索しているらしいけど。その娘、なんか家庭に事情を抱えていたらしくてね。度々学校を休んでいたらしいのさ。だけど、朝になっても家に帰ってないらしいって連絡が。その娘の家庭からじゃなく、近所の人からあった」


 その言葉に月の顔はますます険しくなっていった。一真もまた、鏡を見れば同じような顔をしている事だろう。舞香の言葉が脳裏から離れない。


「でね。何者かに誘拐されたんじゃって話があってね。それで今日の学校をどうするかで皆さんお悩みなのさ。うちらの高校とも結構近いし交流も深いからねー」


 口調とは裏腹に愛沙の表情には苦い物を飲み干したかのような表情が浮かんでいた。自分に何かが起きるかもしれないという不安よりもその女子高生を案じている気持ちが強い。


「じゃあ、朝練は?」


 斉藤が訪ねると愛沙はその頭をぼかっ!! と叩いた。


「阿呆!! こんな重々しい空気でそんな事言うなんて!! その空気の読めなさは鍛え直してやる必要があるね!」


「つまり、朝練はするわけですね……」


 一真が呆れの声を漏らした。愛沙は斉藤の肩、背中頭ところ構わず叩きつつ、地下の道場へと押しやっていく。その後ろに続く一真は二人から少し距離を取りながら月に耳打ちした。


「物の怪の仕業だと思うか?」


「巫女殺し」


 月は短く答えた。横に空しく振られた首に合わせて髪が揺れる。


「でも、駄目。昨夜は意識を集中していたのに。あいつ、見つけられなかった」


 自分のせいだろうかと一真は口に出さずに思った。あんな馬鹿な仕合をしたせいで、月の心は乱れ、結果、物の怪を取り逃がしてしまったのか? 俯く月の表情は口元しか見えない。だが、白く歯並びのいい口元が震えているのを一真は見逃さなかった。


 歯と歯がぎりぎりと音を立てるのを聞いた。昨日の物の怪と対峙した時にも、仕合の時にも見せなかった表情に、一真は戸惑う。自分の知らない所で彼女の身に何が起きたのか?


「月」


「なんでもない。なんでもないから、今は何も聞かないで」月の言葉に一真は押し黙った。彼女の口調には威圧的な物は含まれていなかった。懇願するような声。


「わかったよ。わかったから行こう……あ」


「どうしたの?」


 ようやく顔を上げた月の前で一真はぽかんと口を間抜けに開けたまま言った。


「愛沙さん。お前の存在に気付いてなかったぞ」


 道場に遅れて入ると、愛沙は既に胴着に着替えており、小手を嵌めた腕を振り挙げて「おそーい! 一真―!!」と叫んでいた。が、一真の後に続いて遠慮がちに礼をしながら入ってきた月の姿を目に留めるとその表情は変わった。


「もしや、そこにいるのは!?」


「いや、だからなんでそんなに察しいいのさ」


 一真は感心していいのか、呆れていいのかで迷い呟いた。


「春日月です。転校生です」選手宣誓のように片手をあげて名乗る月。愛沙の顔は見る見るうちに喜色の一色に染め上げられていく。


「知っている。知っているぞー! というか覚えているぞ!」


「へ? あ! あなたは……!!」頭の中にある頃の顔と今の顔を結び付けられたのか月は、驚いたようにそう叫び、手を叩いた。先程までの思いつめていた表情が見る見るうちに変わっていく。


「あいさねーさん!」


「おう! ここで出会えたのもまた、運命の因果か!?」次の瞬間、宿敵との壮絶が始まりかねない一言だったが、月がはしゃぐ様子からもわかるとおり、彼女は昔からこんな事ばかり言っていた。父親が見ていたアニメの影響らしいが、少なくとも女の子が発する台詞としては不適当な気がする。


「こっちに戻って来たんだよねー!! いやぁ、大きくなったなぁ。で? 何? 今日は? 剣道部に入ってやろうとか、道場破りしてやんよ! とか?!」


「どこのヤンキーですか。それは」一真は思わず突っ込んでいた。見ると斉藤は少し離れた所でくくくと笑っている。全くこの部長ときたら人事だと思って――


 が、月は愛沙のほとんど冗談でしかない言葉に真摯な瞳で答える。


「そ、それは楽しそうだけど、でも私今日は一真の応援に来た」


「朝練の応援? へぇ、一真。たかが朝練に着て貰えるなんてなぁ」


 それに関しては一真も思った。何か特別な試合をするわけでもないのに、彼女はなぜ応援に来てくれたのだろう。いや、そもそも何を応援するのだろう? 


「うん。一真が剣道部に入っているって聞いて。久しぶりの……再会だし」


「ははぁ、神社の巫女達になにか吹き込まれたなぁ?」


「へ?」と月は瞳を大きく見開いた。良くも悪くも正直な少女だ。碧と舞華の顔が一真の脳裏をよぎった。あの双子は妙な所で人をからかう癖がある。しかし、それをまともに受け取ってこうしておにぎりまで作ってくれる月には感謝しないといけないと一真は思う。


「ありがとう、月。でも道場じゃ飲食禁止だったよなぁ。あ、更衣室で食べ……イテ!」


 後頭部を斉藤と愛沙の両先輩に思いっきりぶん殴られた。何年も何年も竹刀で打ち叩かれた石頭はその程度では壊れはしないが、痛いものは痛い。


「阿呆が! 作ってくれた彼女が目の前にいるのに、わざわざ別の場所で食うだと!?」


「前から思ってはいたけど、ここまで鈍感だとは思わなかったのさ! ほれ、顧問はいないし、今ここで一気に食べてしまえ!!」


 ひりひりと痛む頭を抑えつつ、一真は目の前のおにぎりを見つめた。月のぼんやりとした顔がそこに重なる。先輩たちの叱責にまるで他人事のようにぽんと手をつき、口をどんぐりのように開ける。


「そうか。ここで食べて貰えば、私嬉しいね」


「え……」呆れの声を漏らした二人の視線が月に集中する。月にしてみればどこで食べて貰っても良かったらしい。


「あ―、あー、調子狂うなぁ。おら、一真! さっさと準備しろ! 時間無くなってしまうぞ! それを今すぐ口に放り込め!」


 斉藤が頭をぐしゃぐしゃと掻きながら一真の元を離れ、面と胴が置かれた床に向かう。月が畏まったように、こちらをじっと見つめ、「はよ食べろ」と促す愛沙の視線。


 一真は小さなおにぎりを一気に口に入れた。ゆっくりと咀嚼し、女の子に作って貰ったという事を意識し食べる。今までにない味だ。甘くて切ない……いや、待て。甘い?


「むご!? な、なんだ、これ?!」


 思わず咳き込んだ一真にびくりと震える月の肩。愛沙は怪訝そうに、一真の顔を見やった。


「甘いです……この米。あ、まさか」


「なんだい、チョコレートでも入ってた?」


「あ、塩と砂糖……間違えてた?」


 月が恐る恐る聞いた。その顔が見る見るうちに青くなって行く。やはりそうか。塩と砂糖を間違えるなど、漫画で聞いたことはあっても本当にやる人がいるとは思わなかった。


 剣道の勝負ではあれ程の集中力を持ち、どんな隙も逃さない月がどうして、こんな簡単な間違いを犯したのだろうと、一真は不思議で仕方がない。が、それを彼女に直接言ってしまうのは酷な気がした。


 何か慰めのフォローをと思った横で愛沙が一真の握っているおにぎりを覗き込んだ。


「それに中に入ってるのはこれ、卵焼き?」


「得意だから!」


 月はどうだ! と言わんばかりに胸を張って言った。


 愛沙はなんと声を掛けるべきかと、迷うように一真に視線を向けた。お前が言ってやれ。そう言われた気がして、一真は重々しく口を開いた。


「月。得意なのはわかる。だったら、別におにぎりに入れてくる必要はなかったんじゃ?」


「え……だって、応援にはおにぎりってスポーツ系じゃ定番だって舞香も言ってたし」


「いや……誰が決めたルールでもないだろ?」


「うん……そうか」月はしゅんと肩を落とした。一真が思わず泣き出してしまいたくなるほどの落胆ぶりだった。



 欠陥だらけとはいえ、善意で彼女はこんな朝早くに作って持ってきてくれたのだ。その思いを踏みにじる事は一真には出来なかった。一真は残りのおにぎりをすべて口に入れた。


「……なんてな。卵入りおにぎりてのも中々旨いもんじゃないか」


「え? おいしいの?」


「な、なんだよ。お前だぞ。応援にはおにぎりって。そして中身は得意料理。これほど最強な組み合わせはないだろ?」


「あ、うん。そうか……そっか!!」


 輝いた目で見つめあい、相互理解を果たした二人を斉藤が気抜けした表情で眺めていた。その表情の半分くらいが羨望に支配されていた。



「……漫才してないで、さっさと着替えろよ」

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