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陰陽少女  作者: 瞬々
清風明月
26/234

二十五

 それから学校までの間、歩いた。朝の温かな日差しが通行人の少ない道路を照らす。一真は商店街の事について話した。


 月のいた頃と比べて、無くなったり変わった店もあるが、長い間続いているお店もある。それらひとつひとつを説明していく間、月は時々相槌を入れつつ静かに聞いていた。殆どの店が閉まっているせいもあって、なんだか一方的に話している感覚に一真は囚われた。


「京都ではどんな店があったんだ?」


「店? うーん、こっちにあるような商店街もあるね。だけど、一番賑わうのは土産屋かな。年がら年じゅう、観光客が来るし」


 観光地と言うのは、それぞれ来るべき季節という物があるが、京都のように四季がある場所では、どの季節に来ても見るべきものがある。それに様々な文化が集合する京都は、季節ごとのイベントが多くある。月の言う事は、決して大袈裟な事ではないだろう。


「そっか」


「うん。そう」


 それっきり何故か、会話が途絶えてしまった。何かほかに話題を見つけようと考えていた時、昨日物の怪を見かけた公園が見えてきて、一真は身体を強張らせた。そこには何もいない。だが、昨日見た恐怖を頭のイメージから排除するのは容易ではなかった。どうにか、目を伏せながら、通り過ぎる。


「一真、大丈夫?」


「あ、あぁ。大丈夫だ。そう言えばあいつは大丈夫かな……」


「あいつ?」月は小首を傾げ、気遣うように顔を覗き込んでくる。


「昨日、俺と一緒に陰の界に紛れ込んでしまったやつさ。名前は未来って言うんだけどな」


 何故か、月からの返事は無かった。怪訝に一真は顔を上げ、月を見た。どこかぼんやりとした顔をする彼女に一真は呼びかけた。


「月?」


「へ? あ、あぁ。大丈夫だとは思うけど。心が多少不安定になっているかもしれない」


 その表情が気になりつつも、一真は辺りを見回す。


「何もないといいけどな。あいつ、いつもならこの時間帯に出てくる筈なんだ。で、一緒に朝練に行ってぼこぼこにされるのが日課」


「へー」


 月はあまり関心がないような声で答えた。どうも変だ。とはいえ、こんなのんきな答えが返ってくるという事はそれほど、深刻な事にはなっていないのだろう。一瞬見せた影のある顔はまるで幻だったかのように消えていた。


「たまに、一般人が陰の界に行って、陰陽師と物の怪の戦いに巻き込まれる事はある。自分の理解を超えた物を見たことで、気分が悪くなる事もあるけど、大抵は二三日すれば、治る」


「そっか。まあ、そうだよなぁ」


 一真自身も気分が悪くなって倒れた。陰の界の中でだが。一真は、幼い頃に物の怪と陰陽師との戦いに巻き込まれた記憶がおぼろげながらある。既に体験しているにも関わらず――その時の体験がトラウマになっているせいかもしれないが――一真は倒れた。何の耐性もない未来が、受け入れられる筈もない。


「その未来が、気分悪いの続くようだったら、私が相談に乗る」


「あぁ、頼りにしてるぜ」


 一真が答えると月は嬉しいようにも落胆しているようにも見える微苦笑を浮かべた。なんだろう。彼女の琴線に触れるような事でも言ってしまったのだろうか。一真は気になったが、彼女はそれっきりその表情を浮かべなかった。


 程なくして学校に到着した。正門をくぐり、本校舎とは別にある体育館へと一真が先頭に立って歩く。その後を月がてくてくと続く。喋る話題もほとんどなかったが、気まずい雰囲気は無かった。



 本当、さっきの表情はなんだったのだろうと、心理学を学びたい気持ちになっている一真の耳に聞きなれたベルの音が飛び込んできた。振り向くと、自転車に跨った大男がそこにはいた。大体、一メートル八十センチ。自転車を降りてピンと立てばそれ以上の高さになるだろうその彼は、斉藤守。剣道部の先輩だ。


「おはよう、昨日はごめんなぁ。外せない用事があってさ。練習はきちんとしただろうね?」


「えぇ、勿論ですよ」


いつもと比べて適当な上に早めに切り上げたなど口が裂けても言えなかった。幸い、この先輩は後輩の心を疑うという事をしない。そこに付け入るのはなんだか、胃がよじれるような罪悪感も同時に覚える。


 その善良な先輩の目が月に止まった。今しがた気が付いたといように。


「あれ? 見かけない子だな。あ! もしかして噂の一真の恋人!?」


「噂飛躍しすぎ!!! 誰が飛躍させたかは余裕で特定できるけど!!」


 今が早朝だという事も忘れて大声で一真は否定した。その横で月が顔を赤くして俯いていた。止めてほしい。誤解の元になる。だが、それを言えば確実に月が傷つく……。


「とにかく、恋人じゃないです。ただ……大切な幼馴染ではありますけど」


 あやうく、ただのと言いそうになった。月がぱっと顔を上げて輝いた笑みを浮かべ何度も頷く。


「そ、そう。とても大切な!」


「それって恋人とどう違うんだか俺っちにはさっぱりわからんな。まあ、いい。剣道部覗いてみる? えーと」


「春日月です」


 月が元気よく答え、先輩も名乗った。朝の空気は俄かに活気づき始めた。月が漏らした笑みに一真も思わず笑みで返す。先程彼女に差した影は既に記憶の彼方にあった。

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