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陰陽少女  作者: 瞬々
清風明月
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二十四

 叔父はとても気のいい人だったが、仕事においては一歩も妥協をしない事も一真知っている。その頑固さには一真も疑問を持つ事はあるが、仕事熱心なのだと解釈しようとしてきた。


「なぁ、日向。歴史的な遺産の中には危険な物もあるのか?」


「歴史的遺産って何ー?」


 抽象的すぎる質問に対する至極まっとうな答えだが、一真は他に説明の仕様がない。文句を言うとすればきちんとした取材をしていない新聞に対してだ。


「いや、それが何なのかはわからないけど……つまり、昔の陰陽師かなんかが使ってた道具の中に危険なものはあるかってこと」


「古くからある物の中には霊力が蓄えられた物もあるね。それだったら使いようによっては危険な代物になりうるかもしれない。ま、古いからってだけで危険かどうかはわからないね。何か不思議な力があったとしてもそれが害を為すとは限らないし」


 どうにも納得がいかないまま、一真は新聞を畳んだ。そして、淡々と朝食を胃袋に詰め込む。


「霊力って陰陽師に宿る物の怪を倒す力の事なんじゃないのか? 昨夜はそう言ってただろ」


「むう、聞いてないと思ってたら案外……まあ、そうだね。正確に言うとだね。ありとあらゆる万物に存在する霊気の力の事だね。人間には勿論鳥や動物、魚、植物みたいな生き物だけでなく、土や石、鉄にも霊気は存在する」


 一真は時間帯を気にしつつも、日向の話に聞き入った。


「だけど、物の怪や陰陽師みたいな存在でもない限りは力は微々たるものなの。普通は」


「普通じゃない場合もあるわけか?」


 あっという間に食べ終わった皿を流しに出し洗いつつ、一真が聞くと「鋭いね」という感心が返ってきた。


「そ。例えば陰陽師みたいな霊力の強い者は自分の霊気を他に分け与える事も出来るの。こんな風に」


 日向は新聞を無造作に掴んだ。掌から赤く淡い光が発した。途端、新聞紙がまるで意志を持ったかのように飛び上がり、一真の顔にへばりついた。


「どば!? おい! 放せぇえ!!」


「ごめんごめん」


 まるで誠意のない詫びと共に、日向はその新聞紙を引き離し、テーブルに戻した。くしゃくしゃになった新聞紙が、まるでイソギンチャクのように端々を動かして、皺を伸ばしていき……やがて動かなくなった。


「本来意志のない物に意志を与えたり、力を高める事も出来るってわけ」


「なるほど……あれ、霊力の強い奴なら今みたいな事が出来るんだよな? だとしたら」


 何か恐ろしい事に気が付き、一真は汚れた顔を硬直させる。日向はその不安を肯定するように頷いた。


「物の怪にも同じ事が出来る。今のはただの紙に意志を与えただけ。だけど、その意志は私の霊気と同調もしている。今しがた、一真君の顔に悪戯したのは、私がそう命じたから」


 日向の悪戯を一真はあえて叱らなかった。そんな事よりも彼女の言った事の恐ろしさ、物の怪が何故それほどに脅威なのかが、現実味をおびて迫る。これまで一真は物理的な危機しか感じられなかった。だが――


 今襲ってきたのはただの新聞紙だ。だが、それがもしも縄だったら? 包丁だったらどんな事が出来ただろう。もっと単純な話。人に取り憑くという事も出来るのではないか? 


「力の強くなりすぎた物の怪はその気になればこの栃煌市。いや、国全体を操る事も出来る。現に過去に何回かそういう事はあったしね」


「あったのか? 俺は……」


「知らない? 本当に?」


 日向が放ったその言葉の意味を一真は分からなかった。だが、何か。何か得体の知れない物が日々を操っているのだとしたら。



 その時、自分の意思はどうなるのだろう? 自分の意思か、それとも物の怪に操られているからか。それの区別などできるのだろうか? うそ寒い感覚に一真は体が震えるのを感じる。


 ややあって、日向が言った。


「国全体って言ったけどね。沢山の人間が沢山集まる事で一つの大きな霊力を発揮する事もあるんだ。その中では、目に見えない力が、その中にいる人間ですら気づかないような力が発揮される」


「集団心理とかピア・プレッシャーみたいなやつか……て!! やばい!! 遅刻する!!」


 一真は慌てて椅子に置いといた鞄と剣道具を引っ掴み、飛び出していく。ぽかんと口を開けたまま日向はその場に残して。


 何か「最後まで人の話はきけー!!」という声が聞こえたが、気にせずに走る。剣道部の部長、斉藤守は三年生の先輩で、朝練の遅刻には厳しい。と言っても、ネチネチと責めるタイプではなく、厳しいトレーニングを二、三追加するだけで許してくれる。ただ、そのトレーニングの内容はいずれも厳しい。精神的な痛みか肉体的な痛みとを比べた時、果たしてどちらが苦しいのかという哲学的な考えを一真はいつも考えずにはいられなかった。


 家から真っ直ぐ平坦な道を数十メートル程全力疾走したところで、息が切れ一真は立ち止まり、膝に手をやった。腕時計を確認すると少し落ち着いた。どうにか間に合いそうだ。顔を上げて一真はぎょっと目を見張った。


「全く、護衛をほっぽり出して、先に行くとは何事か!」


 日向が目の前にいた。その横には月の姿もあった。巫女服でも狩衣姿でもない。栃煌高校の制服を着込んでいた。肩から掛けた鞄は教科書以外にも何か入っているのか底が少し膨らんでいた。



「一真、お、おはよー」


 汗だくの一真を見て少し驚いた顔で月が挨拶した。


「あ、あぁ。おはよう」一真も息を整えながら返す。


「なんで、こんな朝早く? 学校が始まる時間じゃないだろ?」


「碧に聞いた。一真は剣道部だから、朝早くにここを通るって」


 碧と聞いて一真は一瞬呆けた顔になったが、すぐに記憶を辿った。あの静かな感じの少女の事か。だが、彼女とは学校が違う筈だが。


「それで?」


「え、そ、それで?」


 月は予想外の反応だったのか、体を竦めた。しかし、一真にはわからなかった。こんな朝早くに会わずとも、学校に行けば会えるのだ。それとも、何か重大な話でもあるのだろうか。


「やっぱり昨日の事、か?」

 あの後、月が父刀真とどんな話をしたのか、一真は知らない。だが、あれだけで終わったとも思えない。何か釘を刺されたのかもしれない。


「ち、違う! そうじゃない! その……朝練!」


「朝練? 俺はそうだけど」


「朝練の応援に来た!」


 月は人差し指を立てて元気よく言った。答えを言い当てたクイズ解答者のようなポーズに、一真は何と返していいかわからなかった。


――数秒


 たったそれだけの刹那が、これ程重い空気を醸し出すとは。気まずい汗をだらだらと流す月を前にして一真はのんきにそんな事を思った。


「朝練に応援って……」


 いるのか? そう口走りそうになったがすぐ横を見るとにやにやと笑っている日向の姿があった。その表情が「空気をよめよ?」と語りかけてくる。鈍感であり頑固な一真だが、月がなぜ応援に来たのかくらいはわかる。自分に好意を向けている事くらいは。


 それをあの幼い時と同じように受け止めていいものなのだろうかと一真は悩んだ。あれから何年もの年月が経ち、お互いに別の場所で成長を果たし……いや、そんな事は関係ない。自分は宣言したではないか。日向に対して。そして自分自身に対しても。


 月を支えたいって言ったじゃないか。


「応援って?」月が不安そうに見上げてくる。一真の顔は打って変わった爽やかな笑顔――少なくとも本人はそう思っている――になった。


「応援ってやっぱ必要だよなぁ。それがあるのとないのとでは、気合の入り方って物が違うってかさ!」


「そう! そう!! そうだよね! だから、応援に来た!!」


 広がった笑みが一真の記憶の中にある笑みと重なる。昨日の深刻な表情はなりを潜めていた。だが、勿論消えたわけではないだろう。もしかしたら、無理をしているのかもしれない。妹の言葉が一真の脳裏をかすめた。


――そんな深刻な顔で心配されると逆に面喰っちゃうよー


 考え過ぎだろうか。一真との試合の事、今暴れている物の怪の事。それさえ、無くせば彼女は元の明るさを取り戻せるのだろうか。それとも何か、一真の知らない月の一面がどこかにあるのだろうか。だが、考えた所で答えなど出ないし、出たところで一真には何も出来ないかもしれない。


「元気が出るように、おにぎり作ってきた。もう朝ご飯は食べたとは思うけど」


 一真の言葉に元気を得たのか、月は自分の鞄からピンク色の弁当箱を取り出した。中を開けるとそこには一口サイズのおにぎりが二つあった。朝食を食べた後だったが、一真は思わず生唾を飲み込んだ。


「作るのは大変じゃなかった。ごはんを握っただけだし……」


「あ、ありがとう」


 一真はどぎまぎしながらそれを受け取った。女の子から手作りの――おにぎりだとしても――食べ物を貰うのは初めての経験だった。妹がバレンタインに同情としてくれたチョコレートはカウントしない。


「へへへー。日向は夜と朝、散々語りあったよー。一真くんと。ねー?」


 日向が猫みたいな目で反対から見上げてくる。こうして二人を見ると本当に似ている。


「お前が殆ど、一方的に喋っただけだろ。霊力だとか、霊気だとか。何も知らないやつが聞いたら頭がどうかしてると思われるような内容だぞ」


「日向、そんな事教えたの?」月が驚いて日向を見た。日向は得意げな顔で腰に手を当てた。


「それだけじゃないよー。月が京都で一真の事について色々語っていた事も全部話したもんねー」


「へええ!?」素っ頓狂な悲鳴を上げる月。平然と嘘をつくこの式神もどうにかしなくてはいけないが、主人たる月も、もっとしっかりとするべきだと一真は思う。そんな突拍子もない話嘘に決まっている。


「何、わけのわからない話をしてんだ。月、当てにすんなよ」


 一真の言葉に、月は顔を紅潮させたまま数秒黙り込んだ。それから慌てて腕をぱたぱたと振る。


「そ、そうだよね。日向ぁああ!!」


 鬼女みたいな形相で月は日向に近づきその身体に空拳を突き立てた。抗議する間もなく、日向の体は掻き消え、一枚の札が月の掌の中にあった。


「勝った」


「何にだよ……いや、負けても困るけどな」

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