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陰陽少女  作者: 瞬々
明鏡止水
133/234

三二

 空中では小角が毒づき、少年に怒気の滲んだ目を向けていた。


「謀ったな、晴明!!」


――晴明!?


 いきなり飛び出してきた単語に、舞香は戦闘から意識を逸らしそうになる。晴明と呼ばれた少年はそれを否定はせず、実に楽しそうに笑う。


「うむ、そう怒るな。お前様のやり口が余りに杜撰かつ美しくないのでな。謀とは、優美で奥深いモノ。相手を出し抜いた後のこの法悦がまた格別ぞ」


 相手の行動を誘う為の挑発。その程度で、小角が動くとは思えなかったが、小角は霊符を投擲。木気の具現、大木の枝が槍の如く、晴明へと向かう。晴明も応じた。


「壬に壬癸を重ね水気と為す、こうよ、来たりて広がれ」


 撒くように放った霊符。生じたのは水気だった。それも呼び出したのは大水の類。とんでもない量の水気が荒れ狂い、大木と激突する。水生木――本来なら相生する関係にある。木気は水気を得てぐんぐん肥大化していく。が、水気は後から後から湧き出てくる。大木は大きく大きくなり、そして、根本から腐り始めた。


「水を過剰に採れば、木は枯れる。当然のことよの」

「あなたは、私をからかってい」るのか、そう言おうとして途切れる。ふと小角の視線が地上に向けられた。だが、もう遅い。


 ただ一人、この場に染まらず、自身の為すべき事を遂行している者がいることに、小角は気付かなかった。


「言うたであろう。謀は優美で奥深いと。出なければ、お前様は乗っては来なかった筈じゃ」


 沖一真の振りかぶる破敵之剣、それが碧を捕えた岩石に突き立てられる。


「破り、断ち切る! それぞ剣の極意っ!!」


 裂帛が刃へと収斂し、溢れる霊力が、歪な輝きを放つ岩石へと注がれる。術式を乱し、破り、小角の持つ宝珠へと繋がる霊脈を断つ。亀裂が内側から走り、霊力の光が外へと漏れ出る。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオああああああああ――!!」 


 駄目押しとばかりに一真が渾身を込めて叫ぶ。岩石が、砕け散り、その下に満ちた霊気の水が碧の素肌を伝い落ちて行く。


「ぁああああ――」


 碧の上半身が、崩れ落ちた岩石の中から倒れ込み、一真が慌てて左手で抱きかかえる。右手はしっかりと破敵之剣を掴む。

 亀裂が生まれては弾け、霊力を霊具へと還元する岩石が崩れ、風に運ばれて行く。腕の中で強張っていた碧の身体からいつしか力が抜ける。その顔に視線を落とし、一真はホッと息を吐いた。

 舞香は今までで一番の全力で脚を動かし、駆け寄りその横からかっさらうようにして、姉の身体に抱き着いた。


「ま、舞香っ!?」


 驚く一真には気も留めず、腕に力を込める。それまで感じていた怒りも許してほしいという気持ちもぐしゃぐしゃに混ぜ合わせたような感覚。極めに極まった甘ったれ。それを碧はしっかりと受け止めていた。


「なんで……、なんで、こんな無茶して、嫌いだったんじゃなかったのかよぉ……馬鹿」

「馬鹿ね、泣く位なら最初から出て行かなければいいのよ」

「泣いてないもん。馬鹿ぁ……」


 姉と感情をぶつけ合う。幼稚な悪口の応酬はどこか、清々しくもあった。この声をこの肌の温もりを、今はただただ、手放したくなかった。


「姉ちゃんは私の事より……、」


 そこまで言いかけて舞香は言葉を呑み込む――しきたりの方が大切――そんな言葉口が裂けても言えない。

 舞香の頬を叩いた手が、舞香の頭を撫でる。


「馬鹿ね。仕来りだの、使命だの、そんなものより妹のあなたの方が大事に決まってるじゃない。そんなこと決まり切ってることよ」


 すっと取り出されるのは薄緑色に輝く宝玉の髪留め。


「あいつに、私達姉妹の底力見せつけてやろうじゃないの」


 差し出された姉妹の印。それをしっかりと受け取り、舞香は頷いた。


「うん」


 小角を睨み据える。恐ろしいのは、怖いのは未だ変わらない。だが、それでも今は姉が隣にいる。一真が取り戻してくれた。そして――


「貴方は最初から、私と真面目に戦うつもりは無かったというわけか」

「そう、怒るでない。儂もまだまだ、この身体には慣れておらん。本気でぶつかり合ってはどこまで戦えるか分からんのでな。それに、お前様の前で言うのもなんだが儂は過去の人間、今現在を生きる者の成長の場を奪うのは憚った方がよかろうて。ま、とくと味わえ。そろそろこちらの切りエースが来る頃合いぞ」


 まるで、それを合図としたかのように、舞香達の入ってきた扉が吹き飛んだ。吹き荒れる熱風。その中心にいるのは、月の守護を受けし陰陽師の少女。その式神、日の加護を授かった式神の翼を背に生やし、月は一直線に、飛ぶ。


「丁・玉――明月之刃、此の手に授けん、火の太刀――紅焔鏡月」


 式神の力を得て強化された火気の刃――銀色に燃えて煌めく月の刃。その通過地点にいた義覚は毒づき、横へと飛んだ。あの義覚が避けざるを得ない程の霊力。その切っ先が佐保を包み込んでいる岩石へと突き立てられる。


「火剋金、突き破れっ――!!」


 一真が破敵之剣を使ったのとは比べものにならない霊力が金気からなる岩石を、一瞬にして熔かし尽くす。浄化の焔はしかし、その中にある人間を焼かない。

 中から助け出された佐保を月が抱き留める。同時にそこまでが限界なのか、背中に生えていた翼が消え、横に日向が現れる。一真が慌ててそちらへと駆け寄っていくのを、見据えつつ、舞香は次の一手をどうすべきか考える。

 二人は助け出した。後は、脱出するだけだ。だが、それを役小角が黙って許すはずも無い。現に、役小角の指先には強力な霊力が集中している。必勝の構え。或いはここにいる全員を捕えるつもりなのかもしれない。


『五龍祭を執り行え。さすれば勝機は来るぞ』


 再び、唐突に響いた声に舞香は、その内容に対して驚く。その声は碧にも届いているらしい。極力動揺を隠しつつ、碧は舞香を見た。


「お姉ちゃんなら出来るって」


 舞香は、力強く笑ってみせる。だが、頭に介入してくる声は、呆れたように付け足した。


「何を言っておるのじゃ。お前様もじゃ――いや、むしろこういうべきかの。お前様こそが中心となるのだ」


 頭の中にではなく、直接晴明の口から出された一言。一瞬、何を言われたのか分からなかった。その瞳が、咄嗟に姉の方に向きそうになる。


「貴様、何を言って……」


 小角が怪訝半分怒り半分と言った調子で問う。それに答えず、いや答えであるとは分からない答えを晴明は返した。


「元々、五龍祭は儂が行使してきた雨乞いの儀であった。だが、儂にそれを伝授してくださったのは、他でもない吉備家の血筋の者――、それを今吉備家の者に返そう」


 瞬間、舞香は覚醒した。鍵を差し込まれ仕掛けを開くかのような感覚。外から流れ込んでくるのではなく、内側から放出される霊力。そして、それをどう扱えば良いのか、その“記憶”が流れ込んでくる。

 束帯姿の陰陽師が、或いは装束に身を包んだ巫女が『五龍祭』――雨乞いの儀式を行う光景が舞香には見えた。

 自信の記憶ではなく、晴明達――古代の陰陽師の記憶なのだろう。その中に、父と母の姿が映り、舞香は思わず声を上げる。そして最後に姉の姿。

 雨を地に降らし、霊脈を活発化させ力を得る術。それが雨乞いの儀式。その中でも安倍晴明が執り行い、現在では吉備家が執り行っている“五龍祭”は段違いだった。それを行うには、陰陽師として並外れた才能を問われる。碧が五龍を授けられたのは、彼女の方が力が強かったから。そう、今まで舞香は聞かされ続けてきた。


『五龍を操るは、姉の役目。お前様の役目は竜王を目覚めさせることぞ』


 舞香は蛟姿の蜃の姿をじっと見る。変化は彼女だけでなく、蜃の中にも起きている。その身体は一瞬にして龍へと巨大化し、稲妻が体内を走る。そして、碧もまた己の変化に身を委ねていた。


「五行相生、青より赤へ、赤より黄へ、黄より白へ、白より黒へ!」


 青龍の持つ木の霊気が淡い光となって身体から放出され、赤龍へと流れ込む。

 赤龍の身体の中で火の気が轟々と煌めいた。

 赤龍の持つ火の霊気が淡い光となって身体から放出され、黄龍へと流れ込む。

 黄龍の身体の中で土の気が煌々と輝いた。

 黄龍の持つ土の霊気が淡い光となって身体から放出され、白龍へと流れ込む。

 白龍の身体の中で金の気が光輝を発する。

 白龍の持つ水の霊気が淡い光となって身体から放出され、黒龍へと流れ込む。


 碧が得意とする五龍の持つ五行の霊気循環の術。五頭の龍は宙で円を描いて泳ぐ。

 黒龍に流れ込んだ霊気は霊力となりそして、蜃へと流れた。


 舞香は袖に手を入れ、ある霊具を取り出した。それはちがや。霊力を練った指で撫でると、それは見えない手で編まれるように動き、そして龍を模る。舞香の全身から霊力が迸り、髪が舞い上がる。碧の髪に結ばれた珠が、その手に持つ五龍珠が、そして舞香の持つ薄緑色の珠が輝きを増していく。



「高天原に坐し坐して天地、御働き現し給う八大竜王の一尊、沙掲羅龍王しゃかつらりゅうおう三女なるは善女竜王が下、幾千万億、眷属直ちに馳せ参じ、一二三四五六七八九十ひふみよいむなやことの十種の御寶を己がすがたと変じ給いて自在自由に天界地界人界を治め給う龍王神なるを尊み敬い申し上げ候、一切衆生罪穢れ衣脱ぎさらしめ給いて萬物よろずせかい病災立所に祓い清め給い、萬世界よろずせかい御親のもとに治めしせめ給へ、六根内より大願成就、おん めいぎゃ しゃにえい そわか!!」



 大気が咆えた。視界が真っ白に塗りつぶされ、もはや高過ぎて聞こえない程の澄んだ嘶きが身体を打つ。それを攻撃であると察したのか、小角が咄嗟に結界を張る。だが、違う。これは攻撃ではない。

 光が散り、地面へと落ちる。次から次へと霊力が落ち、地面を潤していく。その中心に“竜の乙女”はいた。


「竜姫――?」


 舞香は静かにその名を呼んだ。竜姫は静かに微笑んだ。


「今まで通り、蜃と呼んで頂いてもよろしいですのよ?」

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