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陰陽少女  作者: 瞬々
明鏡止水
132/234

三一

†††

 少年は一方的に舞香達を置いて、小角へと向かった。小角が放った霊符が、少年へと向かう。霊符より飛び出したのは何重にも絡まり合った蔦。真っ直ぐに伸びた蔦は目標を捕えたかに見えたが、少年の姿は霧散、彼のいた場所には一枚の式符が舞うのみ。

 小角は鋭く反応し、いきなり飛び退った。彼のいた場所に火の矢が突き刺さる。更に彼が避けた場所へも。更に飛びのいた先、更にその先へと火の矢がしつこく追いすがる。


「舞香!!」


 一真にどやされて、舞香はようやく我に返った。碧はすぐ後ろでぐったりとし、今にも意識がどこかへと飛んで行ってしまいそうな感じだった。

 目の前には、二体の鬼。あの少年が離れた事で、再びこちらへと向かってきている。義覚と義賢。義賢の方は偽物であるらしいが、だからと言って安心出来るかと言われれば、答えはノーだ。

 姉と友を助けるどころか、自分の身を守れるかも怪しいというのに、あの謎の少年ときたら、一体どうしろと言うのか。

 今あるのは小太刀のみ。金気の霊術が僅かに使えるが、こんなもので仕留められるような相手ではない。後は式神の蜃。蛟の状態では相手を攪乱する事が出来る程度、いや、義覚にはそれすらも通用しないことは、最初の戦いで分かっていた事だ。


――くそ、行き詰まりだ


「俺があいつらを引き寄せる。その隙にお前は碧と佐保を」


 一真が破敵之剣を上段に構え、促した。そうするしかないか、と舞香はあくまで冷静に戦況を分析し、


――あれ?


 ふと違和感を覚えた。何のことは無い。鍵を閉め忘れたのに気が付いて、慌てて帰ったら鍵が閉まっていたみたいな、そんな腑に落ちない安堵。すると、頭に声が響いた。


『これ、驚いた顔をするでない。これから驚かす側がそれでは、観客は興醒めというもの』


 妙に爺臭いが若々しい少年の声。霧乃の声だ。その彼は今もなお、役小角を相手に壮絶な霊術戦を続けている。いや、違う。それは見せかけだ。焔の雨、大樹の槌、竜巻の槍、芸術的で派手な術を連発してはいるが、それは相手の気を引き留めるものに過ぎない。


『おぬしは中々賢いの』


 術、その生死を賭けた戦いに身を投じている筈の少年は、世間話をするかのように気楽な声で語りかける。そこで初めて気が付く。あの登場の仕方、問答、派手な術の応酬、全てがこの為の仕込みだったのだと。


『何、だから言うたであろう。“出来る”と』


 義覚が一真へと迫る。舞香は後でどうとでもなると思ったのだろう。舞香は小太刀をじっと眺め、そして力強く頷いた。少年に対してではない。自分自身に言い聞かせるように。


「一真っ!!」


 一真だけでなく、義覚、義賢にもよく聞こえる声で叫ぶ。そして、彼女は義覚目掛けて走り出した。一真が驚愕し、義覚はその動きの意味を見定めるようにじろりと横目で、しかし油断なく身構える。

 一真と連携して、義覚を倒す――今、敵の目にはそう見えている筈だ。彼女の手にある武器は小太刀のみ、蜃もいるが、義覚と義賢にしてみれば取るに足らない。一真と連携を取る戦法は、一見して合理的にも見えるが、実際には無謀の策だ。二人掛かりであろうと、この鬼には適わない。一真はそれを理解していた。だから、碧達を助けるまでの時間稼ぎとして盾となろうとしたのだから。舞香は今、その戦法を崩した。


――ただし、それは蛮勇からではない


 舞香は小太刀を投げつけた。が、それは飛距離が足りず、義覚には届かない。彼の足元に突き刺さった。一真は凍り付いたように動きを止めている。だが、その隙を義覚は狙わなかった。ここに来て、舞香が何をしようとしているのかに気づき――だが、その可能性があり得ないという考えに囚われて動けなかった。



「五行相生!! 金気の風に水気を帯び、その上に木気を重ねる!!」


 今度こそ驚愕して、義覚が飛び退る。しかし、遅い。


「何ッ!? 貴様、その“霊符”をどこでッ!?」


 舞香の袖から吹き荒れたのは“霊符”の嵐。小太刀の金の気を霊符が喰らい、水気が生じる。水気を帯びた金気の風に霊符が投じられ木の葉へと変じた。

 高速で打ち出される水気そのものが矢となり、木の葉の刃が鏃となって義覚へと襲い掛かった。義覚が薙ぎ払った斧にその多くは打ち落とされたが、その防御を掻い潜って、腹を脚を腕を貫く。


「水弓――山嵐」


 フッと格好つけて見せる。敵の隙を衝けたことで、心に余裕が生まれる。不思議と自信が心の底から湧き上がってくる。強固なそれでいて、根拠のある自信が。


「蜃、こちらへ」


 主の凛とした声に、蜃が反射的に応じ、傍へと寄る。五枚の霊符を宙へと放つ。それは宙にセーマンの線を描き、ひらひらと光の雨を蜃へと降らした。


「水は木を生む――(いか)()の神威を以って天翔ける雲上雷尊に申し上げ奉る――なうまく さんまんだ ぼだなん めいぎゃ しゃにえい そわか!!」


 唱えたのは諸龍真言。龍と一口に言っても様々だ。大河の具現、霹靂の具現、嵐の具現、自然現象の至る所に龍は宿る。舞香の持つ蜃とてその例外ではない。

 所々の龍神に祈願奉り、その加護をその一部を蜃に分けて貰う。だが、舞香自身はそれでもまだ、本当の所は“気付いてはいない”。何故、自分の式神に蜃が選ばれたのかを。


 それでも彼女は確かに変わった。


 元々、蜃は吉備家の式神だったが、陰陽師達の間では五龍頭の方が知れ渡っている。今まで、舞香は自分が落ちこぼれだから、お下がりの式を渡されたのだと思っていた。


――そうじゃなかった。うぅん、そうであろうとそうでなかろうと、いい。ただ、今はこの一撃に


 ゴロゴロと、雷が“蜃の体内”で精製され霊力が収斂されていく。真っ赤な鬣が霊力に逆立ち、身体が金色に輝いていく。


――蜃が雷を引き寄せているんじゃない。蜃が“雷そのもの”!!



「雷霆来たりませいっ!!」



 突きつけた指先に向かい、蜃が咆える。雷の咆哮が義覚に、そして義賢へと叩きつけられる。

 

 義覚は義賢を捨てて、横っ飛びにそれを躱した。


 真っ白な一閃が、義賢が咄嗟に張った結界へと吸い込まれ、義賢の身体を易々とその壺ごと真っ二つに切り裂いた。

 暴力的な光の放出、それが止み、再び世界が薄暗くなる。義賢は肩から腰に掛けて雷に傷を穿たれ、その体からはどす黒い煙が上がっていた。それも数秒。身体を保てなくなったか、ボロボロと崩れ落ちる。

「やはり、紛い物」と義覚が実に悔しそうに唸る。単なる強がりには見えなかった。それは、ここに本物の「相棒」がいない事を心の底から悔やんでいるものだと舞香は理解した。

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