十二
二つの家がどういう経緯で協力して神社を建てたのか興味深いと霧乃は言っていたが、一真は、あまり興味がわかなかった。
それに特に複雑な事情があるようにも思えなかった。舞香と月が話している様子を見ているとそう思える。彼女らは再会できた事を心から喜び、お互いの住んでいた町の事、自分がどう成長していたかについて話していた。
「それにしても、月はおしとやかというか、口数が少なくなったよなー」
「舞香は相変わらずというか、ますますおてんばになって行ってる気が」
「いやいや、見た目はそうだけどよー。これでも真の陰陽師に近づいたつもりよ? 受験戦争という修行を得てね」
得意げに胸を張る舞香の横で、一真は顔を伏せて呟いた。
「けど、ぎりぎりだって聞いたぞ」
その呟きは不自然にそして舞香にとっては都合良く吹いた風によってかき消された。舞香がちらっと横目で、後ろにいる一真を見て口元に人差し指と中指を当てた。その指と指の間にはいつの間にか一枚の符が握られている。
神社の宿坊は元々修行者のみが使える寝床だったが、いつの頃からか観光に来る人の為の宿泊施設のようになっている。
観光客目当てで旅館を開く神社もある程だという。この煌月神社は旅館ではないが、一般人でも金を払えば泊まれる。長い木造の床と柱と天井が続き、部屋は襖で仕切られている。
大黒柱が太くがっしりとしている為に地震や台風で崩れる心配はないが、仕切りが薄い為、部屋で何か話をしたり音を立てると隣にすぐに伝わってしまうのが欠点だった。
「父さん達は呼ぶかー?」四人が一番奥にある部屋に入り、他に誰もいない事を確認した時、舞香が月に聞いた。
「いい。さっき忙しそうにしてたし。どうせ、後で話す」
月は隣に誰もいない事を確認するように首を傾けながら答えた。
「それで、話ってのは?」
さっきの出来事が単なる夢じゃないという確認が取れればそれでよかった。その気持ちに嘘は無いが、月の事が心配なのも事実だった。だが、だからどうなる? という自問の声が脳裏で響いた。彼女が心配だから、自分はどうするのだと。
その迷いから、一真は月の顔を直視できなかった。
外でくるくると吹く風とその間で舞うミズナの葉のダンスに視線を向けたが、月が遮るように襖を閉めた。大事な話をしているのにテレビに目を向ける子供を叱る母親のようだった。
一真は畳の上に座った。その目の前に月が、その彼女の少し後ろの方に舞香が腰を下ろした。
「まさか、怪異があったすぐ後に真っ直ぐ神社に来るとは思わなかった」
「あれが単なる夢なのか、現実なのかきちんと確かめたかったからさ。悲しいことに現実だってわかったけど」
「そこまでわかったなら、最後まで私達の話を聞いた方がいいよ」
警鐘を発する月の声は少しの戯れも含まれていなかった。その不意打ちのように見せた危機感に満ちた言葉に一真は思わず顔を硬直させた。月としては単に集中して話を聞いて欲しかっただけの事のようで、黒い瞳を穏やかに閃かせてゆっくりとした口調で続ける。
「十年前は、私達もお互い幼かったし、私の家の事は全然知らないと思うんだけど、私の家は大昔、桓武天皇の御世、都が長岡に移された頃から続く陰陽師の家系なの。私の父は若い頃は晴明神社に勤めていて、様々な怪異解決……一真が見たあの物の怪の退治を生業としていた。二十年前にとある怪異でこっちの栃煌市に来た時に母と出会って結婚してからはしばらくはこちらで過ごし、五年後には私が生まれた」
淀みなく喋る月は圧倒された。
――本当に陰陽師なんだな……。
そう実感させるだけの、自信と力強さが彼女にはある。この十年でどんな事をしていたのかは分からないが、月は確実に、自分とは違う世界を生きていたのだということは分かる。
「明日、説明することになるだろうと思って紙に説明する事を全部書いておいた」
月が早口でそう言い、一真は「へ?」と口を開け、舞香は難解な原理を解き明かした科学者みたいな表情で納得した。
「そっかぁ! いやねー変だと思ったんだよ! 月がこんなぺらぺらと話せる筈がないってさー」
とても失礼な発言だが、妙に共感できる。十年前に月と話した時の事はよく覚えている。言葉足らずの五才児だった一真ですら、口下手だというのが分かる程、月の話し方はぎこちなく、進みが悪かった。
彼女自身もそれを大いに自覚していたらしく、最初は一言二言話すだけで、あとは無言ということもしばしあった。
それが彼女が無愛想だからではないと知っていた一真は積極的に話した――思い出すととてつもなく恥ずかしい。その頃のビデオを撮った者がいなくて本当に良かった。
月はむっと頬を膨らまして舞香をにらんだが、すぐに一真に向き直った。
「えっと、どこまで話したっけ。私が生まれた後……二番目に言う事はなんだっけ?」
「俺が知るわけないだろ……。てか、話す番号を決めていたのか」
まるで、演説か何かみたいだ。そこまで念入りに準備されて話されているのだと思うとこちらも緊張してしまう。
「あ、そうそう。私が生まれて育って一真とも出会って色々あったけど」
「出た。月の魔法の言葉『色々あって』」
「黙ってて」
舞香がくすくすと笑った。それに呼応するように怒る月。紅潮するその白い肌は西に沈む夕日のような美しさを放っていた。とても綺麗だが、一真の唇は知らず知らずのうちに緩みもう少しでニヤッと笑いそうになった。この少女をもっとからかいたい、その反応を楽しみたいという衝動に駆られる。
「私達一家は晴明神社のある京都に移った。そこで私は修行を続け、それからもう偶にしかこっちには戻ってこない予定だったんだけど」
「ここで何かが起きているのか?」
先ほど感じた愉悦が一気に吹き飛び、一真は身を乗り出して聞いた。
危機感からではあったが同時に疑問も感じた。一真達が遭った災難はあくまでも、この思い出の折り紙のせいであって、これが無ければ物の怪にも陰陽師が戦っている場面に出くわすことも無かった。




