二十七
「では行くぞ――」
刀真の言葉を合図に四人は散った。後鬼が持つ壺から瘴気を含んだ霊水が吹き上げた。蒼が素早く九字を切り結界による堤防を築きあげる。瘴気は走り去る月と日向には届かず、結界に阻まれる。
雷刀を担ぎ、刀真が斬り掛かる。
轟音と凄まじい光、怒声と呪文の詠唱を背に、月は日向に案内されるまま、一真のいる所へと向かう。
月は辺りに霊気を送ったが、碧の反応は地上には無い。恐らく、地下だろう。一真の後を追ったか、或いは捕まったか。舞香に続き、碧まで捕まったとなるならば、いよいよ許せない。
ぎりっと月影を握る手に力がこもる。日向がちらっと怪訝な表情を後ろにやり、月は慌てて冷静さを取り戻した。が、彼女の式神の視線は更に後ろの戦闘へと向けられている。
「しっかし、偽物とはいえ、あんな化け物及のやつをどうやって作ったんだろうね。いや、それよりも何の為に……か」
「私達を倒す為じゃないの?」
「まぁ、この局面であれが出てきたのはそれが理由だと思うけど」
日向は納得行っていないという感じに首を捻っている。
「なんか、用意が良すぎじゃない? 敵ちゃんが、ここでの怪異を起こしたのは、この岡見を乗っ取る為――……てのが、一真君の仮説みたいだけど」
物の怪のなりかけ、夏樹が残したノートにはこの岡見の地についての事に、霊具に関する記述が幾つかあったらしい。
『呪詛珠』呪詛対象の住む場所等に、埋め込む事で相手を呪う霊具だが、その効果の実態は土地の霊脈を押さえつけることにある。
一体、幾つの呪詛珠を岡見学園に埋め込んだのかは不明だが、神楽達が対処している。かつて、ある陰陽師は犬を使う事で呪詛珠を見つけ出す事に成功している。神楽の式神を使えば同じ事が出来る筈だ。
「それがどうしたの?」
「んや、敵ちゃんは密やかに、ここを乗っ取るつもりだったと思うんだよねー。だのに、あんな馬鹿でかいものを用意しとくなんて」
「占領した後の防衛用、とか?」
んーっと日向は実に難しそうな――が、おどけているようにしか見えない――顔で顎に手をあてた。
「あれだけの物を作れるような陰陽師が、陰陽寮が本気出したらどうなるかまで、考えが及ばないとも思えないんだけどなぁ。いくら、あの式神が百人力だってさ、“四神”やら“十二天将”の式の使い手に勝てるとも思えないし」
現に、月はかなりの霊気を消費し、刀真や蒼の強大な霊力による大技を叩きこんだ結果とはいえ、前鬼は倒した。後鬼も時間の問題だろう。だが、それを敵が全部計算づくだったのか、どうかは月には分からない。
「私が考えるに、連中はここを長く占拠するつもりは無かったと思うんだよね。目的を達成したら、いなくなるだろうって」
「ここに何か、彼らが欲しい物があった、とか?」
訊ねる月に日向は足を止めた。その口元には挑発的な笑みが浮かんでいた。月も気づく。景色に溶け込むようにして一人の男が校舎の前に立っているのを。霊符を構えている。
「どうやら」と日向が手の中で扇を広げた。
「あれこれ考えるより、あいつを捕まえて、吐かせるのが手っ取り早そうだね!!」
地を蹴り、燐光を撒き散らしながら飛び掛かる。実に楽しそうに目の前の敵をぶちのめしに行く。
「ちょ、ちょっと! 日向!!」
すっかり置いてきぼりを喰らった月が、やや崩れた体勢で後を追う。
「ヒ」
鵺が怯えるように、後ろに下がり、霊符を取り落とした。そこを逃さない日向ではない。更に地面を蹴り宙を飛び、広げた扇を鵺へと叩きつけ――ようとして、足を掴まれる。
「こいつ、式神?!」
地面に取り落とした霊符は式神の形代だったのだろう。腕が六本、植物の如く生えてきた。続いて、その中心部分に三つの能面、続いて身体が湯から上がったかのように、地面へと這い出てくる。
――これは
月が驚愕に駆られながらも斬り掛かり、受け止められる。六本の手の内、二本の手の中で反りのある短刀がクロスし、護身之太刀を受け止め固定している。
「っつ!!」
下の二本の手に持った金気を含んだ霊符、それが一瞬の内に長剣へと変じた。考えるよりも早く、月はその腹を蹴り飛ばした。五本目の腕で日向を掴んだまま、そいつは吹き飛んだ。
「乙型鬼神兵――阿修羅式。私の自慢の作品です」
やはり、阿修羅か。が、彼の物言いだと、これは阿修羅そのものを式神にしたというよりも、阿修羅をモデルにして造りだされた人造式の式神なのだろう。
「ちょっと、人の足掴むのも、あんたが凝らした趣向の一つというわけ?」
日向が阿修羅の腕にぶら下げられたまま、頬を膨らました。
「いいえ、こやつめは、私自慢の子どもも同然。その場、その場に応じた選択を為したまでのこと。」
阿修羅の残りの五本の腕に握られた刃が、日向の首に突き付けられあるいは当てられる。いかに式神と言えども、首に致命傷を負えばただでは済まない。形代である護符に強制的に戻るだろうが、その核を破壊されれば、“取り返しのつかない事”になる。
鵺がそこまで理解しているかどうかは、分からないが少なくとも人質代わりにはなると思ったのだろう。大人しくしろという風に下卑た笑みを浮かべた。
「まさか、それで勝てたつもり?」
それを、月は一笑に付した。
阿修羅は、それを式神を見捨てたものと認識したらしい。細い首を短刀でもって掻っ捌き、長剣を突き入れ、湾刀が骨ごと真っ二つにする。
が、それは些か現実味の無い光景となった。いずれの攻撃も宙を掠めただけ、五つの刃は日向だった物、そこにいた日向の残滓をかき乱したに過ぎなかった。
一枚の霊符が紅蓮の粒子を撒きながら宙を舞う。
「ナ!? ナント、実体化を解いたとな!? だが、阿修羅の手には結界が……」
驚き、慌てて日向の脚を掴んでいた鵺は、阿修羅の手を見て、息を呑んだ。
黒焦げになった掌に、ついさっきまで阿修羅の指だったものが、こびり付いていた。ふわっと、驚く鵺の顔に影が掛かる。恐る恐る見上げた鵺の瞳に、日向は凄みのある顔で可憐に微笑んだ。
「この私の脚に触っていいのは、一真君だけだあああああああああああああああああ!!」
鵺の肝を叩き潰す程の大音量、ついでに月の心にも亀裂を生みつつ、日向の踵落としが阿修羅に向かって文字通り炸裂する。
当たると同時に、阿修羅の三つの能面が砕け散り、身体の半分が灰塵と化した。コロコロと能面が転がり、月の脚に当たると同時に崩れた。
「いやぁ、全く日向ちゃん、ちょーピンチだったよぉ。ここで一真君がいたら泣き叫んで助けを乞うとこだったんだけどねー」
日向が呑気に伸びをしながら月へと近づく。その口調も表情も、さっき死にかけたというそれではない。
「日向……」
ん? と日向が問いかけた次の瞬間、思いっきり胸倉を掴まれた。正確にはその奥の形代である護符。
「……ちょっと、休んでていいよ」
「ぐぉ……んぎゃあああああああ!!」
阿修羅に脚を掴まれていた時よりも余程、生命の危機を感じさせる絞り出すような声と共に、日向は護符へと戻った。それを問答無用で袖の中に戻しつつ、鵺を睨む。怒りのままに、日向を戻してしまったが、彼女の力は今は温存しておかなければならない。この術者相手に、消耗させるわけにはいかない。
「あなたの“玩具”はもう、それで終わり?」
「くくく、お、“玩具”とおっしゃりますか、そそそそれは手厳しい。この地を封じたのもこれら“玩具”の力あってこそです事で」
果たして、話しに乗るべきか否か。この男は胡散臭いだけでない。確かに危険な男だった。それも、素の実力ではなく、話術の中に巧みに埋め込んでくる言霊の類が、だ。いつの間にか術中に嵌る等という事は、あってはならない。
まずはこの男自体の本当の実力が如何程の物か、暴かなければならない。
「ここの娘どもが持て囃した呪符も、恋占い用の形代も、全て私の作品。尤も、あの娘どもに操れるとなると、相当レベルの低い出来の物を作る他なくなったわけですがね」
岡見学園でオカルト関連のグッズや“儀式”が流行っていたのは、碧から聞いている。すると、この男がそのきっかけを作ったというわけか。
「何故、そんな事を……」
「おや、あなたにも分かりませんか? 単純な事ですますのにねぇ」
むっと、月は微かに頬を膨らませた。いちいち腹を立てていては、キリが無いと分かりつつも、苛立たずにはいられなかった。そして、この哄笑がまた耳障りでもある。
「それと、まだ終わりじゃありませんよ?」
直後、月の背後の地面が膨れ上がった。咄嗟に前転、鵺の斜め後ろまで転がり、術者と式神の両方を正面に捉えるようにして、護身之太刀を構える。
現れたのは先程と同じ乙型鬼神兵“阿修羅式”が二体。一方は六本の腕に大小様々な刀剣を持っている。だが、片方は先程と装備が違う。六本の腕、その掌の指の間に霊符を構えていた。霊符を構えていた方が空へと霊符を放つ。紙吹雪のように舞い、その阿修羅の周りを霊符が囲う。
五枚ワンセットで五芒星セーマンを描き、その中心部分を月に向けた。銃や砲でいう所の照準を定める行為に当たる。赤い光が収斂していく。
月は動かない。じっと太刀を構えたまま、その光を見つめ、同時に鵺自身にも気を配る。下手に動き回るのは得策ではない。放たれるその刹那をこそ見極めるしかない。
両者が次の一瞬に全てを賭ける中、唐突に痺れを切らしたのは鵺だった。
「ひっひひぃいいいいいい!!」
脱兎の如く、校舎の方へと走り去っていく。月が呆気に取られそうになるその瞬間、阿修羅の火気の術が放たれた。
「このっ!!」
寸前の所で動く。その霊力の砲火の雨をぎりぎりの所で避け、接近する。が、寸前の所でもう一体の阿修羅が剣を交差させながら割り込む。月は咄嗟に剣先を下げ、その剣ではなく、腕その物を寸断する。が、その隙に霊符持ちは跳び退り、接近戦型の阿修羅が残った腕を突き出す。
見事な連携だ。互いの霊気も完全にリンクしている。式神ならではの戦い方と言える。が、月はこの玩具達と付き合うつもりはない。横に回転するように跳び二体を置き去りにする形で、鵺を追う。が、勿論、式神の二体がそれを黙って見過ごしてくれるはずも無い。
「急々如律令――鏡に映る花の如し、水に映る月の如し、我の姿を幻影と映さん。鏡花水月」
唐突に砲撃が止んだ。月の隠行――半ば幻影の術に近いが――に、二体は惑わされている。人間だったら首を傾げていただろうと思う程に、間が抜けていた。
だが、月は振り返る事無く、進む。周りの景色を完全に意識の外からシャットアウトし、目的地へと急ぐ。隠行術の基本は無の心。自分自身という存在を、高次元から覗く事で為せる技だ。
無事で、という祈りは無い。きっと無事だという希望を胸にあるからこそ、彼女は無心でいられた。
恐れるものはない。ただ、仲間の元へと向かえばいいだけだ。そして、月は見付けた。校舎内にぽっかりと開いた穴を。
――待ってて
月は無心のまま、そこへと飛び込んだ。




