表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰陽少女  作者: 瞬々
明鏡止水
123/234

二十二

 ぎしりと、鬼を捕えた鎖が、蔦が軋む。霊力を更に練り、拘束の手をきつくする。その傍ら、常盤は注意深く師の反応を覗き見た。


――鞍馬天狗


 霊剣術――京八流の開祖、鬼一法眼の二つ名だ。


――天狗、それは伝説上の生き物。神として崇められる反面、妖怪として恐れられる事もある。荒御霊、和御霊の概念を体現するかのような存在だ。

 常盤達がいる陰陽道、霊術の世界においては「ある一線を大きく超えた者」を指す。霊術、武術、或いは陰陽道、密教、鍛錬を重ねに重ね、教えをその身と一体化するまで染み込ませ、遂には己の核、霊気を生み出す根幹である“霊魂”の質すらも変えてしまった者。

 物の怪は強大な霊気に呑まれ、生み出した霊力そのものに操られてしまっているのに対し“天狗”は霊気をねじ伏せ、力そのものを完全に制御する。


「こんなもので、私を縛れると思ったか?」


 そして、紅ノ前鬼、妙童之義覚――大峰山前鬼坊は鬼の身でありながら、主、役小角の下で天狗の域へと達したとも言われている。

 鬼とは、一人の人間を媒介として生じた物の怪だ。それが天狗と成ったということはつまり、身の内から発する膨大な負の気を、鬼自身が、捻じ伏せ、完全に制御下に置いたという事に他ならない。


「思わぬさ。だが、お前が私と戦わずに、主の命を優先するだろうと思ってな」


 鬼一は肩を竦めて答えた。気負う様子はない。たとえ、義覚が言う通り、常盤の師が天狗だったとしても、相手は鬼、此の世に存在するモノとしては、ある意味最悪の立場から這い上がり、天狗となった男だ。二人で相手にしても敵うとは思えない。


「お前は賢すぎる。それが、枷となっているぞ」


 まるで思考の中に割って入ったかのように、鬼一が苦笑する。その指摘に常盤は、顔をしかめた。まさか、師匠はこの戦いに勝てるつもりでいるのだろうか。

「鞍馬の言う通りだ」


 唐突に、義覚が縛られたまま、呟いた。


「戦いとは考えるのではない。直感的に動き、強敵の喉笛に喰らいつけ。お前が恐れているモノ等、考えるにも値せん」


 途端、硝子が割れるように、呪縛が根本から打ち砕かれた。術の反動に、常盤はよろめいた。


 だが、鬼一は違う。金縛りの手印を結ぶ為に納刀した吠え丸を再び抜刀、地面に足を叩きつけ、脚力を発条に跳んだ。彼自身が太刀と化したかのように義覚へと迫る。


「遍満する金剛部諸尊に礼したてまつる。強大なる大忿怒尊よ。砕破したまえ。忿怒したまえ。害障を破摧したまえ」


 不動明王、慈救呪じくのしゅ、それをベースにした霊剣術用の呪術。たちまちの内に、鬼一の身体を循環していた霊気が吠え丸へと集中していく。害障を祓う霊力――剣気へと変換されていく。元々凄みのある霊力を帯びていた吠え丸だが、主からの霊気を受けて、より鋭さを増し、だが、なおもその溢れんばかりの霊力を刀身の中に収める。


 それでも霊力の断片が陽炎のように立ち昇る。


 霊刃が走った。途端、剣気が辺りへと放出される。岩の壁に白い線が走り、バターのように切り裂きつつ、義覚へと迫る。対して、鬼は斧を大きく振りかぶったまま、跳躍。


「破ぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお押!!」


 鬼一が斬り掛かり、義覚が応じる。避けようも無くまた、避ける気も無い。

 直後互いの武器が激突した。霊気を帯びた風を発し、空中で制止したかのように、二人は刃越しに相手を睨み付けていた。同時に、二人は息でも合わせたのかと思うタイミングで後方へと飛んだ。


「フハハハ、いい、いいぞ! 剣の腕だけは鈍っていないようだ!!」

「そちらこそ、鬼の馬鹿力は健在らしいな」


 興奮する義覚に対して、鬼一はあくまでも冷静だ。無論、それは表面上の事だということを常盤は直感的に分かっていた。このまま戦い続ければ、鬼一は確実に“呑まれる”戦いのスリル、命を掛けてぎりぎりを楽しむそんな快楽から戻って来れなくなる。

 常に弟子として、彼の霊気を“視て”きた彼女にはそれが分かった。霊剣術において、師弟が結ぶのは教え教えられるだけの関係ではない。霊気を通じた“絆”も存在する。

 それが、今――急激に薄れかけている。


――一体、どうすれば


 この戦いに常盤の入る余地はまるで無い。そう思った途端、常盤は思わず今剣を手放しそうになった。鬼一は振り向きもしない。だが。



「何を呆けている、常盤ッ!!」



 師は叫んだ。戦いの熱に身を任せつつも、弟子の存在をしっかりと感じ取っているように。


「私だけに戦わせるな、何の為にお前を連れてきたと思っているんだ!!」


 ハッと、常盤はその言葉に、今剣を持つ手に力を込めた。


――私は何の為にここにいる?


 霞のように浮かぶ佐保の顔。最後に見た時、どんな表情をしていたか常盤には思い出せなかった。

 どのように意識したのかも分からなかった。常盤の身体が流水のように踏込み、吹く風のように、刃が駆ける。義覚は興が削がれたとばかりに、機嫌を損ねた。無造作に振るった斧が常盤の刀を退ける。そして、その非難の目は常盤にではなく、鬼一に向けられる。


「ようやく、本気を出したかと思えば、またこのような茶々を入れるか」

「真剣だ。少なくとも“我々”はな」


 鬼一の口には微笑が浮かんでいる。だが、表情そのものは硬い。決意で固めた石像のように厳しい。それを見てなお、義覚は怒りを鎮めない。


「これは私と主の真剣勝負だ。そこに如何なる邪魔者も入り立てすることは出来な――」


 い、と言い切らせないまま、常盤が今剣をその霊刃を義覚に振り下ろした。

 義覚はどうにか避けたが、際どかった。その剣気は一瞬だったが、師のものに勝るとも劣らない。腰を折り、長くしなやかな栗色の髪が顔を覆い隠す。

 声にも表情にも出さない。それが却って、常盤の決意を浮き彫りにしていた。


「佐保はどこです?」


 自らの妹の名。式部家の仕来り、その使命を身に背負う妹の居場所を常盤は目の前の鬼に問う。

 陰の中で瞳が、義覚を捉える。そして、鬼一が吠え丸に対してやったのと同じように、常盤も今剣に霊気を集中して注ぎ込む。いつもはごく自然に身の内に掛けていた防護の術が質を変えた。

 身固めとは、身体の表面或いは内側に霊気を集中させ固める霊術だ。物理的な衝撃は勿論、霊術に対しても、防御力を発揮する。が、その目に見えない“甲冑”は厚くすればするほど、術者の霊気を滞らせる。術や霊具に回すだけの霊気――術者にとっての燃料源を――割かなくてならない。

 今、常盤は身体の内で霊気を固めるのではなく、廻らせていた。一つの霊気を四肢のあらゆる部分に送り、循環させ、そして最後に今剣の霊刀へと送る。消耗は激しいが、これならば防御も機動力もそして、霊刃の威力も損なわない。何より、常盤には闘志があった。

 妹を連れ帰るまでは、決して倒れないという意志が。

 それを見た鬼一がフッと笑い、鬼であり天狗でもある男に刃を突きつける。


「これは私とお前の勝負ではない。“私達”と“お前達”との勝負だ」


 対して、義覚は無礼を詫びる僧侶のように頭を下げた。


「成程、それは失礼した――受けて立とう」


 かくして、仕合は始まる。


†††

「やれやれ、親の苦労子知らずとはよく言ったもんだ」


 吉備真二はのっそりとした動きで、岡見学園の内外を隔てる壁をよじ登った。“乗矯術”空を翔ける霊術を使えば、この程度は楽々と乗り越えられるのだが、今はあまり霊力を探知されるわけにはいかない。よって、真二“達”は、最も原始的な鍵縄と縄梯子を使う事で、侵入を果たそうとしている。


 狩衣――藍色――はこういう時には邪魔にしかならない。


「ちょっと、早く降ろしなさい!」


「はいはい……、運動不足かもしれんな、これは」


 妻の言葉を軽く受け流しつつ、ぼやく。縄梯子をしっかりと固定し下へと降ろした。どたどたと蜘蛛のように巫女装束の氷雨が登ってくる。その真剣というよりは憤怒の形相に、真二は辟易してしまう。登るや否や、向こう側に飛び降りかねない氷雨を制止しつつ、残りの二人が登るのを待つ。

 落ち着いた、気品のある動き、それでいて芯の強さを感じさせる物腰。真っ白な束帯と長い黒髪、陰陽そのものを体現したかのような女性だ。


――やっぱ、親子だなぁ


 その外見を見ていつも思う。付き合いが長いので、その似ている部分が“外見”に留まらない事も当然、真二は知っているのだが。

 かつての陰陽少女、そしてその役割を娘に移したものの、未だにその使命と呪縛からは解き放たれてはいない陰陽の巫女。

 春日蒼そして、後に続いて刀真も。長身痩躯、鷹のように鋭い目、短く切り揃えられた髪と髭、霊視――霊気の流れを視る――するまでもない。その全身から固い決意が見て取れた。そして、その手にある太刀からも。

 雷命ミカヅチ九天応元雷声普化天尊キュウテンオウゲンライセイフカテンソン――こう唱えるだけで、あらゆる災厄を払う事すら出来ると言われる、雷の具現、雷帝その加護を受けるとされる太刀。


 安倍晴明鋳造“十束剣”の内の三本目。その“封”は解かれていた。


 それを持つ刀真の表情がいつも以上に厳しいような気がするのはそのせいもあるだろうか。


「しかし、ま、四人揃っての“反閇”も久々なんじゃないか?」


 軽い口調で真二は三人の顔を見まわす。こうして揃って“狩”をするのだと思うと、二十年前に戻った気がする。だが、その思い出に浸っている余裕は今は無い。今の言葉にしても、単に緊張を解す為だ。そうと分かっていても、やはり郷愁にも似た感情が湧きおこる。

 あえて、真二はそれを退けない。その感情を受け入れつつ、力とする。

 このマイペースさこそ、真二の最も徳たる部分であるとも言えた。


「それもそうね……だけど、四人も出張る必要は無かったんじゃない?」


「ふ、誰かが抜ければ、そいつだけお咎め無しなんて、そんなずるい事はさせないぜ。お仕置きは全員で分かち合うものだ」


 氷雨の言葉に、真二は勇ましく、不敵に――内容は酷く情けないが――笑う。

 真二達が動いたのは、つい先程の事だ。月からのメール(誤変換だらけの本人も意図していない難読暗号だった)を受け、各々装備を整えてここまで来たのだ。刀真は間に合わないものと思われたが、“光遁術”でもって、乗車していた新幹線からここまで飛んできたのだという。今頃は身代わりとして置いてきた“形代”が新幹線の席でくつろいでいる事だろう。

 舞香が消えたという報が昨日の今日、その時点で刀真は晴明神社においての会談を切り上げ、こちらに向かう手筈を整えていたわけだが。


――我慢の利かなさは、一真君とどっこいどっこいなんじゃないかね


 栃煌神社に現れた刀真を見た真二は、そう言ってからかったものだが、同時に泣きたくなるくらい嬉しくもあった。実際、氷雨は感動の余り泣いていた。彼女も彼女で、子どもの前では気丈に振舞うものの、ふとした優しさに涙脆くなる事が多々ある。

 親子だなぁ、と真二は自分の事はまるっきり棚上げしてしみじみと思う。

 そんなこんなで、四人揃ってここまで来たわけだが、現陰陽寮からは何の指示も受けていない。陰陽寮としては、数を揃え一気に包囲した上で怪異を調伏、その首謀者を一網打尽にしたいようだが、その数が中々揃わない。

“巫女殺し”の怪異以来、あちらこちらで散発的に、だが無視できないレベルの怪異が発生していた。陰陽師達はあちらこちらに薄く広く配置されることとなり、今回のような広範囲に渡る怪異、それも霊術者が起こした怪異を鎮めるとなると、どうしても“数”を待たなくてはならない事態も多い。

 その為、春日家と吉備家に下された指示は待機だった。それを彼らは破ったのである。


「私達が“お仕置き”されるのは構いませんが、留守の間に神社が襲われるような事にならないといいのですが」


 蒼が不安げに三人を見回す。いずれも、熟練かつ現陰陽寮屈指の使い手達ばかりだ。単なる生まれながらにして持つ能力だけに、頼らず、それを磨きまたそれ以外の事も学び続けた者達ばかり。一人でも神社の護りについていればそれで安心なのだが。


「はぐれ殿を置いてきたし、大丈夫だろ」


 はぐれ殿――はぐれ陰陽師、水無瀬鷹介の事だ。アイヌ生まれの刀の使い手である彼は、頼むと二つ返事で留守番を請け負ってくれた。彼には有力な式神が複数いるし、護りとしては十分だろう。彼には今朝から一真への“贈り物”を含めて、礼になりっぱなしで申し訳ないが、彼は彼の方で「うちの馬鹿妹頼みますわ」と言ってきているので、今回は貸し借りは無し……だと思うことにしておこう。


「そういう問題ではなくて……」


 蒼は何か言いたげに口の中でごにょごにょと呟いたが、結局呑み込んだ。恐らく、神社を守る者としての責任がどうとか、言いたいのだろう。ずるい事だ。居ても立っても居られなくてここまで来た彼女に、そんな事を言う資格はないぞと、心中でからかう。


「さーて、まずは親父殿をぶん殴りに行くとこから始めねーとな」

「そうね、あの狸野郎。ケツに雷ぶちこんでやるわ!」


 憤り立つ吉備夫婦に、蒼がギョッと身を強張らせた。


「あ、あの、氷雨?」

「ん?」


 鼻息荒く勢い込む氷雨に、蒼は慎重に諌める。


「雷はぶちこんじゃ駄目よ? 死んでしまうわ」


 真顔である。純粋なその瞳に、氷雨は罰悪そうに頬を掻き、隣で爆笑している夫のケツを蹴り飛ばした。


「では、手筈通りに」


 そうしたやり取りを見て、表情一つ変えずに刀真が告げた。だが、三人はその顔が僅かながら綻んでいるのを見逃しはしなかった。


「応」


 答え、そして答えた後は各々の仕事に集中すべく、散った。刀真と蒼が北の校舎の裏の林へ。真二は氷雨と共に北の校舎そのものへと向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ