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陰陽少女  作者: 瞬々
明鏡止水
122/234

二十一

「おわっ!?」

「あっ!?」


 相手が叫び、常盤も釣られるように叫んだ。そして、目を瞬かせる。そこにいたのは常盤のかつての後輩、狩衣を着込んだ沖一真の姿だった。向こうは向こうで、鬼一、常盤の二人がここにいる事に驚いた様子で、目を白黒させている。力の無い笑みを浮かべて一真が問う。


「え、えっと、先輩に先生も……なんでこんなところに?」

「それは、こちらの台詞だ。それにその恰好は……」


 鬼一が笑いもせずに答える。常盤も改めて一真の姿を見る。それは狩衣を模した和服と言った方が良いかもしれない。要所要所が、簡略化されており、動きやすさを重視したタイプとなっている。視線に気が付いてか、一真は頭を掻きながら照れくさそうな顔をした。


「いや、知り合いに作って貰ったんですけどね。似合ってますか?」


 それは主に常盤に向けての質問だったようだ。こんな時だというのに、常盤は思わず吹き出してしまう。そして、これは口には出さなかったが、よく似合っている。狩衣に織り込まれた霊気もよく、馴染んでいるようだ。


「沖君、どうしてここにいるんですか? それに日向さんはどうしたんです?」

「あ、あぁ。ちょっと色々ありまして。それと日向は月達の所に向かわせました。この怪異の解決の糸口が見えてきたので」


 さらりと口に出された言葉に、常盤は息を呑み、鬼一も僅かに瞳を見開いた。


「そ、それは、本当なの?」


 解決するのであれば、それは素晴らしい事だが、俄かには信じられない事でもある。今まで常盤を初めとして誰もが、解けなかった事だ。

 一真自身の今までの活躍については人づてにだが、常盤も聞いてはいたし、実際に会ってみて、鬼一と戦う姿を見て、成程、確かにそれだけの活躍をするくらいに強くなった事も納得は行く。弱くはないかもしれない。だが、それでもやはり彼は素人だ。


「ヒントを全部、夏樹ってやつが残しておいてくれたおかげですよ」


 そう言って差し出されたのは数冊のノートだった。一冊は交換日記だった。そこに佐保の名があるのを見て、常盤は身体を強張らせた。中にある内容には胸が締め付けられる。

 杏子達と行動中、一真、碧、日向の三人は怪異に遭遇し、物の怪と化した夏樹と交戦になったのだという。一真は地下へと落とされ、そこでこの交換日記、そして夏樹が書いたと思われるノートを発見したのだという。

 残りのノートに書かれていたのは、岡見学園の事、そして、幾つかの呪術に関する事だ。その中には六壬式盤や呪符、形代等についても書かれていた。


「これって、女子達の間で流行った……?」


 細かく調べた事についてつらつらと書き連ねられている。実に詳しい。民俗学の文献を色々と漁ったのか、引用元までメモ書きされている。しかし、何故こんなに調べたのだろう? いや、それよりも――。


「そうですよ。だけど、よく日付を見てください」と一真は、最初のページを開いて指差した。


――六月十三日


 二週間程前に書かれたものと分かる。丁度、流行が始まって一週間後の事だ。もしも、夏樹がオカルト関係の流行を起こしたのだとしたら、時間的に矛盾が生まれる……いや、しかし。


「今回の怪異は、夏樹さんが起こしたのではないのですか?」


 夏樹が失踪する以前に突然として流行ったオカルト。それが今回の怪異と何か関係あるのではと、常盤自身も推測はしていた。しかし後輩の顔に浮かんだのは肯定とも否定ともとれない苦々しい表情。


「にしては、規模が大きすぎるし、計画的過ぎる。何より、それだけじゃ説明しきれない事が多いんですよ」


 一真の指摘に、常盤は確かにと唇を噛んだ。職員室で起きた事を思い出す。一真の話によれば、杏子の取り巻き達も、常盤が職員室で見た生徒と同じような症状を見せたとの事だ。あれは何だったのだろう。それに、仮に夏樹自身が物の怪と化して今回の怪異が起きたのだとしても、式部家の秘蔵っ子である佐保が簡単に捕えられるとは考えにくい。

 果たして、怪異が起きたから夏樹が失踪したのか、それとも失踪した夏樹が怪異を引き起こしたのか。

 ふと学園長の顔を思い浮かべる。夏樹を捜索するように命じたのは影津だ。舞香自身も独自に調査を進めていた。その彼女の証言によれば、校庭内には、幾つもの式神が放たれていたとの事だった。

 たとえ、夏樹がオカルト関連の事を調べていたにせよ、式神を独力で――たとえ紛い物の鬼だとしても――製造出来たとは考えにくかった。

 いや、もういっそのこと誰が、この怪異を引き起こしたかではなく、この怪異にどれだけの人間が関わったのか。それを考えた方が早いかもしれない。


「それに関するヒントはこちらのノートに載っているようだぞ」


 数冊を流し読みしていた鬼一が、二人に見えるように真っ黒な表紙のノートを見せた。



――アイ アカネ アカリ アキコ アキホアヤネ アヤノ アヤメ エナ エミエリ エリカ

エリナ カエデ カオリ カオル カザネ カナ カナエスズカ スミレ ナナセ ナナミノゾミ ノドカ ハヅキ ハツミ ハナ ユカリ ユキ ユキナ ユキノ ユナ ユミ   キョウコ



 ページにはぎっしりと文字が敷き詰められていた。出鱈目に書き殴ったものかとも思ったが、よく見れば律儀にも日付がその上にも、また書かれていた。五月の終わりからつい最近、夏樹が失踪する日まで。

 常盤はそれが人の名前であるのにすぐさま気が付くと同時、その一見無茶苦茶に書きこまれたものに、法則性がある事にも気が付いた。例えば、ページの終わりには必ず「キョウコ」の名があること。日によって、名前のある者と、ない者。同じ名前が一ページに書かれている数がバラバラである事等。

 それが何を意味するのかを考え、それから再び「オカルト」について夏樹がまとめたノートに視線を落とした。ぼやけて、まともに見えなかった怪異の形、その輪郭がはっきりとし出した。


「夏樹さんの心に付け入った何者かがいる……ということですか」

「全くの想像の域……だったんですけどね。さっき月と携帯で連絡を取った所……」


 あいつの機械音痴のせいで、少し手間取りましたけどねと、ボソっと不満を漏らしつつ、一真は告げる。


「いるみたいです。それも、月いわく相当の大物が……」


 大地が揺れた。


 常盤と一真の二人は踏鞴を踏み、倒れそうになるが、鬼一は根を生やすように霊気を足に込めてしっかりと立ち、扉の向こう、更にその先を見据える。


「どうやら」


 常盤と一真の二人も視線をそちらへと向け、そして身構えた。岩で出来た天井に線が走る。光の混じった土煙が降りかかった。鬼一の口元に笑みが走る。常盤が先程垣間見、恐れた気配を剥き出しにしている。


「その“大物”とやらの顔を拝めるかもしれんぞ」


 真っ先に動いたのは一真だった。常盤のすぐ横を風を切って駆け抜けていく。一拍遅れて鬼一が続く。

 思わず目を丸くする常盤だが、すぐに我に返り後へと続いた。道が左右に分かれていたが、一真は迷わず右を選んだ。左は通ってきた道なのだろう。防空壕の通路のように剥き出しの岩肌、所々が木材で補強されてはいるものの、鼠や虫が巣食っており、人工的な部分は色褪せてしまっている。

 時折聞こえる戦闘音と叫び声、振動等の気配を頼りにしているのか、一真は一心不乱に分岐する道を選択し走り続ける。その背中は昔見たものより幾分か大きく感じた。だが、彼の根っこにある部分はあまり変わっていない。何事にも痛々しい程、真っ直ぐな姿。


――いや、違う。根っこは変わってはいないかもしれないけど、それだけじゃない


 一真と共に過ごした期間は決して短くは無かった筈なのに、一体何が、彼をここまでにさせたのだろう。常盤は頼もしく感じるのと同時に、一抹の不安も覚える。一真は自分でも知らず知らずの内に、或いは彼が思っている以上に陰陽の世界に入り込んでいる。

 彼が“こちら”の世界に入り込んでから、まだ日は浅い。それなのに力とそれを扱う意志だけは急激に伸びてきている。その要因となっているのは、間違いなく、幼馴染の存在だろう。


――陰陽少女、春日月。彼女の事を常盤は面識はあるものの、詳しくは知らない。一真の幼馴染であり、彼が怪異に関わるきっかけとなった少女。


 一真の性格からして、彼女を放っておけるはずはない。いつもは無気力を装い、世間には興味ありませんみたいな面をしているが、正義感だけは人一倍強い。それを常盤は知っていた。同時にその危うさも。

 どこかで挫けた瞬間、箍が外れてしまうのではないか。いや、実際、昔は何度も挫けその度に荒れていた。今の彼はそれを克服したのだろうか。

 角を再び曲がった所で、ふと一真が立ち止まった。その背にぶつかりそうになり、常盤は慌てて立ち止まる。目の前には今までの通路とは明らかに雰囲気の違う開けた空間があった。監獄、そう呼ぶにふさわしい。廊下を挟むように左右には檻が一直線に並んでいた。だが、常盤が思わず息を呑んだのはその光景にではない。



「さらばだ、貴様は私の記憶に残るに値する力を示したぞ」



 鬼がこちらに背を向けて立っている。振り上げたのは斧か。その前に倒れ伏しているのは舞香だ。そして、彼女が腕で必死に庇っている少女、いや“あれ”は。

 常盤のすぐ横を破敵之剣の刃が、弧を描く。反応する間も無かった。破敵之剣が、一真の手元を離れ、回転を掛けて鬼の背に喰らい掛かる。即断即決、完全に不意を突く形となったが、驚いた事に――相手にしてみれば、当然のことか――鬼は身体ごと振り向き、無造作に手の内で斧を振り回し、破敵之剣へとぶつけた。弾き飛ばされた自身の武器に向かって一真は跳び、空中で掴んだ。そのまま逆手に握り直し、鬼の頭上に向かって突き下ろす。

 到底避けられないと思ったが、鬼はその武骨な体型からは想像もつかない程に、柔軟に上半身を折り曲げ、切っ先を躱す。覆いかぶさるように迫る一真の身体を背中で押し返し、体勢が崩れた所に蹴りを見舞う。

 石造りの床を引き摺られるように滑り、それでも一真は鬼から視線を逸らさない。痛み等どこかへ置き去ってしまったかのように、立ち上がり、再び斬り掛かる。

 一真の戦い方は単調で、柔軟性も無い。当たり前だ。彼に出来るのは、初歩的な身固めと、破敵之剣を振るう事くらい。呪符の一つも扱えない。これで戦わなければならないのは酷だろう。

 鬼に弾き返され、後方に一真が下がるそのタイミングを見計らい、常盤は呪符を込めた袋を投擲。


「急々如律令――色は匂い散りぬれど――榊、その花の清なるをもって浄化せよ」


 式部家が得意とする季節の花木の霊気による調伏術。袋が破裂するのと同時、無数の榊の種が辺りへと飛び散る。宙で育ち蔓を伸ばす。網の目の如く、鬼を絡め取った。


 その横で鬼一が、素早く刀印で空中に九字を切った。霊気が鬼一の指の中で揺らめき、光の鋼線と化す。


内縛印、


剣印、


「おん・きりきり」


転法輪印、


外五鈷印、


諸天救勅印、


「おん・きりうん・きゃくうん」


外縛印、


「急々如律令――不動金縛り――行け」


 常盤の掛けた術の更に上から、金色の鋼線が巻き付き、締め上げる。


「貴様……」


 鬼の瞳が、鬼一を捉えて爛々と輝く。対してこの霊剣の使い手が、意味ありげにその視線を受け止めたように見えたのは、常盤の錯覚だろうか。


「そこの二人を連れ出せ!!」


 鬼を縛り上げたまま、怒鳴る。その術に気を取られていたのだろう。一真は、弾かれたように動いた。呆然とこの展開を見届けていた舞香と夏樹を立ち上がらせ、縛られたままの鬼の前を通り過ぎる。来た道へと二人を促しつつも、一真は不安げに師弟を見た。


「ククク、その剣。そうか、お前が沖一真なのだな」


 鬼が縛られた鎖を軋ませ、猛獣の如き凄みのある笑みが仮面の奥から覗かせる。


「そういうお前は……紅ノ前鬼、妙童之義覚か?」


 常盤は驚愕して、その姿をまじまじと見た。かつて、役小角が使役したという鬼の式神の名をここで聞く事になろうとは。


 一真は口調こそ、ふてぶてしいが、その額には冷や汗が浮かんでいた。彼もまた、敵の放つ圧倒的な威圧感に竦んでいるのか。いや、そもそも一真は何故、あれが伝説上の鬼だと、義覚であると分かったのか。義覚が鋭い刃物のような瞳で笑う。それが出任せ等ではない事を何よりも証明している。


 これ程の強力な霊気、その得物、どれも伝承にある通りの姿だ。


 だが、同時にそれが伝承通りにある鬼であるなら、対処法も同じである筈。義覚、前鬼と呼ばれた鬼は密教の開祖――役小角と戦い、敗れ“不動金縛り”によって捕えられた。

 鬼一が、榊の霊術の束縛に被せるように、“不動金縛り”を放ったのはその為だろうか。


「こいつは、我々で対処する。お前はさっさと馬鹿二人を連れ出せ」


 鬼一の言葉に、一真は頷き、二人を来た道へと促す。舞香、そして――夏樹。夏樹の身体、その白い肌を刺青のように負の黒い気が迸っている。

 はやく調伏しなければ、危ない。だが、この状況ではそれも難しい。連れ出されるまま、常盤は一真に任せるしかない。義覚は身を屈めながら通り過ぎていく一真達には目もくれていなかった。その視線は鬼一に注がれている。だが、観念したというわけではないようだった。

 縛り付けた術を通し、義覚の闘志、霊気が練られていくのが伝わってくる。空間そのものが震えているかのような感覚に襲われる。状況は明らかに此方が有利である筈なのに、それでもなお気圧される。

 一真達の気配が遠ざかるのを見計らったように、鬼一が初めて義覚に呼びかけた。


「久しいな。義覚――いやさ、大峰山前鬼坊と呼んだ方が良いのか?」


 親しみと尊敬の念を込めた問いかけに、義覚は不服そうに、自らを縛る金縛りに目を向けた。


「久しいな。そして、変わったな鬼一、いやさ“鞍馬天狗”と呼んだほうがいいのか?たった二十年で、ここまで変わられると戸惑う。これは何のつもりだ」

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