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陰陽少女  作者: 瞬々
清風明月
12/234

十一

 栃煌神社は、千年もの昔から続く由緒ある神社だが、これと言って歴史に大きく関与した事もなく、世に名を残すような芸術品もこれと言ったものは無かった。


 鳥居を抜けた先に石の敷き詰められた表参道が真っ直ぐと伸び、その横に神具を収めた倉庫や祓所や手水所などがあるのは他の神社と変わらない。


 だが、明らかに他と違うこともあった。


 敷地内には色とりどりの野花が並び、宵闇の中で真っ白に輝く星々に向かって届けとばかりに、白い花を飾った枝を伸ばすミズキの大木が地面に根を下ろしている。様々な植物がひしめき合うその様は、ここが生命力の流れの最も集中している場所であるという印象を見る者に与えた。


 生きる源であり、活気の噴水。


 無味乾燥な建物が無秩序に打ち建てられた栃煌市の中にそびえたつ本殿は、近代社会へと無言のまま対抗を示しているかのようだった。一真は舞香に案内されながら、神社の様子をしっかりと観察していた。夜も深まり、草木も寝支度を始めたのか、神社には物音一つ立たない沈黙が漂っている。


 仰いだ空には雲が渦巻いては吹かれ流されていく様が見えた。その中心で光る月が圧倒的な存在感を放つ。


 ここに最後に来たのは去年の暮だったが、その時となんら変わりはしない。変わったのは、一真自身の感覚と見方だった。月と再会したあの世界と共通する部分はないか。彼の関心はそこに集中されていた。


 神社の正式な巫女である舞香は、突然訪ねてきた一真に戸惑いながらも、月のいる部屋――宿坊――の方へと案内してくれると言った。


 彼女の反応の仕方が一真には少し気になった。普段の彼女なら、幼馴染にわざわざ会う為だけにやってきた一真を笑う所だ。


「よー? 一真。なんだって、こんな夜に会いに? 会うだけなら明日あえるよ?」


 わざわざ足を止めて舞香は聞いた。来られると迷惑だというよりも、今は少し間が悪いというような口調だった。


「実はもう会っているんだ。さっきな。でも、突然消えちゃってさ」


「あ、会ってる? どこで?」


「それがなぁ、よくわからん。気付いたらいなくなってたし」


 舞香は息を呑んだ。それから何か話そうと口を開きかけたが、結局黙った。


「今、月はちょっとよー……」


「なんだ? 旅の疲れでも出て寝てるのか?」


 突然、舞香の顔が硬直した。とんと軽い足音が後ろに聞こえ、一真は肩をとんとんと叩かれた。

「よ!」


 振り向くとそこには赤毛の月がいた。一真はあんぐり口を開けた。


「ん? どうしたの? 鯉みたいに口開けちゃってさぁ」


 落ち着けと一真は自分自身と目の前にいる少女に対して思った。真っ白な肌に華奢で細い腕と足、背の低いその容姿は紛れも泣く月その人だ。しかし、髪と瞳の色は真紅。着ている物も黒白の狩衣ではなく、緋袴と白い胴着だ。


「あ、君、さっき月が助けた少年だよね? 名前はぁ……ま、いいかぁ」


 どんなに記憶を辿っても、こんな少女には見覚えが無かった。月に姉妹がいるという事も聞いていない。と言っても月の家族構成について詳しく知っているわけではないから、親戚の誰かだろう……いや、待て。今彼女はなんと言った? 混乱する一真の耳に少女は更なる爆弾を投下する。


「私は日向ひなた。月の式神だよ。よろしくねー」


 一真は自分の耳を疑った。待て、今彼女は何と言った? それに月に助けられた事をなぜ知っている? 助けを求めるように後ろに視線を送ると舞香は、お手上げと言うように両手を上げていた。頭を戻すと日向と名乗った“式神”は、にっこりと笑ってもう友達になったかのようなつもりになっている。


 随分と遅れて、一真の求めていた少女の声が神社の本殿から聞こえてきた。


「日向、どこ? あ」


 すっと開いた襖から月が出てきて、驚いたように瞬きした。一真はがっくりと肩を落とした。先程起きた事が現か夢かを見極める為に来たというのに。あれが、陰陽師の存在が本物であると証明されてしまった。


「また会った」


「久しぶりって言ってほしかったな。俺としては」


「なんで?」


 月が首をかしげた。未来のように真っ先に家に行って寝たほうがよっぽど幸せだったかもしれない。一真はちらっとそう思った。


 どうあっても、さっきの夢のような現実は夢で終わらせてくれないらしい。


「さっき質問が途中のまま、どっか行っただろ?」


「一真がいきなり気絶したから。元の世界に戻しただけ」


 一真は続ける言葉を飲み込んだ。月の顔には、そんな表情を浮かべられるのかどうかはともかくとして、冗談めいた感じはまるで無かった。至極真面目、真っ正直にありのままを話しただけだ。


――自分の思い出がトラウマになって気絶してしまうなど、恥ずかしすぎる。


 月はまるで、その思いを読み取ったかのように口を開いた。


「別に恥ずかしがる事じゃない。あの世界は心の中の思いが……」


 月は具体的な説明を考えるように頭を傾けた。


「はっきりと出てきてしまう所だから」


「もっと簡単に言うと、心が形となって出てくる場所なんだよ、陰の世界は」


 日向が横から口を出した。一真は彼女にどう接していいのかわからず、月に向き直る。


「なあ、月。こいつがお前の式神だって言っているんだが」


「事実」 短く答えられて一真は黙った。なんと言って答えればいいのかわからない。確かにさっきは物の怪を見た。しかし、それはあくまでも異世界での事。こうして現実の世界にいる者を式神ですと言われて、はいそうですかと認められる程、一真も馬鹿ではない。


「その証拠みたいなのは?」


「疑り深いね、一真君は」


 日向は腰に手を当てて怒っているような顔になった。だが、これはあくまで怒っているような、だろう。


「じゃあ、見せる」


 告げて、日向は妖艶に微笑んだ。


「え、えー!? よ、待てよ!!」


 驚いて、舞華が止めようと手を伸ばしたが、日向に触れるよるも前に月が叩き落とした。

 

 その直後、日向の体が眩い光に包まれた。


 その光を色で表すのは不可能だった。白、赤、橙色、様々な色が日向を中心として辺りに放たれている。夜の寒気は一瞬にして散り、昼間の日の光が当たった時の様な暖かさが辺りを包んだ。その中心に居る日向は、神々しい安心感を与える一方で近寄りがたい何か禁忌めいた物を感じさせる。


 そこに存在するものは現の事のようで、しかし人間が感知しえない未知の物のようでもある。


「これでいいかなー? もっと、何か別の事してみる?」


「せんでいいよ! 早く、止めろ! 神主が――刀真さんが気づく!!」


 舞華が月に抑えられたまま、ぶんぶん手を振り、宿坊の方を指差した。


「近所の人が何事かって、駆けつけてくるかも」


 月もこちらは全く動じていない様子で答えた。


「しょうがないなぁ」


 次の瞬間、日向の体から放たれていた光が消えた。同時に日向が放っていた神々しさも消えた。いや、消えたのではないと一真は思った。隠したのだ。圧倒的な力を。能ある鷹が爪を隠すように。


「で、信じてくれたー? 私がとりあえず人ではないことは」


「あ、あぁ。まあ」


 一真はどうにか頷いた。またしても、日向は頬を餅のように膨らませて怒った。


「むう、なんとも反応が薄いなぁ」


「日向、少し黙っていて」


 月が出し抜けに、日向の背中に手をやった。落ち着かせる為の動作だろうと思ったのだが、違った。月の手はまるで水面に入れたかのように、日向の体に吸い込まれていくのを一真は口をあんぐりと開けて眺めた。声をどうすれば出すのかすらも忘れて。


「あ! 月のケチー! ちょっと力を見せただけなのに!!」


 恨みがましい言葉と共に、日向の体は薄っすらと霧のように薄くなり、声は木霊のようにぼやけて、はっきりと聞き取れなくなった。


「話が進まないから」


 自分の髪と同じ真っ赤な舌を思いっきり出しながら日向は消えた。彼女の体のあったところには一枚の札があり、それを月が握っている。


「日向が私の姿に似ていたのは、式神にする過程で、私自身の髪の一部を使ったから」


「まあ、いいよ……俺としては、さっきの出来事が夢じゃなかったってのを確認したかっただけだからさ」


 そう言って一真は元着た道を戻ろうとした。これ以上ここにいると頭がどうにかなってしまいそうだ。


「そう。でも、ちょうどいい私の話を聞いて」と月は静かに言った。一真の足はなぜだかは自分でもわからないが、止まった。


「なんだって?」


 振り向くと月の顔がそこにあった。確かにそれは月の顔だ。だが、幼い頃にはなかった影がある。何が彼女をそうさせたのか。答えは物の怪だろう。そう思うと、一真の中に別の恐怖が浮かんだ。月の顔からあの天真爛漫な表情が消えてしまうのでは、という。


「うん……わかったよ。そこまで言うなら」


 全くコロコロ変わる弱い意思だと自分を嘲笑いつつ、一真はしぶしぶ頷いた。


「ま、まあ、じゃあここで話もなんだから、月の部屋に行こうよ」


 舞香がようやく提案し、四人は本殿の斜め右にある宿坊へと向かった。神社といえば、勿論巫女だけでなく、神主がいる。というよりも神主がトップの人物だと言っていい。


 栃煌神社には、春日刀真とうまという月の父親に当たる神主がいた。十年前は。しかし、月と共に京都の清明神社の方に移ってしまった為、舞香とその父である吉備真二きびのしんじが管理を任されている。吉備家は大昔から何代も続く陰陽師の家系で、約三百年程程前に春日家と協力してこの栃煌神社を建てたのだという。


 同じ陰陽師同士ならば、別段不思議な事でもないだろう。だが両家には決定的な違いがあった。春日家が官人陰陽師という国に仕える国家公務員のような陰陽師であったのに対して、吉備家は隠れ陰陽師という、元々官人陰陽師だったが何かのきっかけで辞めるもしくは辞めさせられた陰陽師の家系だった。


 隠れ陰陽師は民間で呪術や占いを行い、民衆からは支持を得たが本職の陰陽師には忌み嫌われたし、隠れ陰陽師の方でも官人陰陽師を――主に嫉妬心から――鬱陶しく思っていた。というのが、一真が霧乃から聞いた話だ。


 無論、そういう区別があったのは何百年も昔の事だし、現代では陰陽師の存在そのものが希少だ。

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