十八
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泥のついた足跡の彼方に向かって泣き叫び、すっかり喉は枯れてしまった。ぐしょ濡れになった巫女装束が肌に吸い付いて気持ちが悪かった。それでも泣き叫ぶのを止めなかった。こんな時、いつもなら姉がすぐにでも駆けつけて慰めてくれるのに。涙を拭ってくれるのに。今日はその姉と初めて喧嘩した。
宝物の取り合い。それが理由だった。姉は宝物を奪われまいとして、自分はどうにかしてそれを掠め取ろうとして。押された拍子に足を滑らせて池に落っこちた。姉はその事にショックを受け、泣きながら家を出て行ってしまった。
取り残された少女はわんわんと泣いた。
最初は池に落っことされたショックから泣いていたのだが、傍に姉がいない事に気が付くと涙はいよいよ止まらなくなった。もう二度と会えないような気がして。
「お、ねえちゃん……」
声を掠れさせ、顔を滴る雫は池の水なのか、涙なのかもよく分からない。ふと、ふわっと何かに包まれるような感覚があった。吃驚して少女は振り向いた。少年がいた。何故か、そっぽを向いている。
「……タオル」
少女は今更のように手でタオルを触った。柔らかく、温かい。冷え切った心をも、それは温めてくれた。だけど、それでもやはり、少女の瞳からは涙が次から次へと零れ落ちる。少年は、むすっとした顔で、「お前泣き虫だな」とにべもなく告げた。
「だって、だって……んぐぅううう!!」
少女はますます大声で泣いた。ぎくっと少年は肩の関節が外れたんではないかと思う位に驚いた。
「別に泣かすつもりで言ったんじゃ……心配するなよってことだよ」
「何……で?」
少年のぶっきらぼうさ不器用さは、知らず知らずの内に少女の心を鎮めていた。少年はにやっと笑って答える。
「俺が探しに行ってやるからさ」
そう言うや否や、少年は飛び出して行った。敷き詰められた玉砂利をわざと撒き散らすように――いつも、それで怒られるのだが――駆けだす。姉が飛び出して行った世界へと。
呆然とその軌跡を見つめる少女の後ろから母が歩み寄って来た。その手には真新しい服があった。
「ほら、着替えなさい。汚されると敵わないから白衣も緋袴も当分禁止、ね」
少女はのろのろと立ち上がり、ふとその服の上に『宝物』が置いてある事に気が付いた。
「お母さん、それ」
「あんた達があんまり騒ぐから、ね。もう一組探して見つけておいたわ。苦労したわ、全く」
言葉の割に表情は軽い。一体どれだけ苦労したのかは少女には考えもつかない。少女は外の庭から宿坊の中に連れて行かれ、巫女装束を脱ぎ、真新しい洋服にと着替えさせられる。乾かした長い髪を母が二つに結った。髪紐に通されたのは、宝物の玉だ。
「ほら、これで喧嘩する事もなくなるでしょ?」
母の言葉に少女は俯いていた。それは、幼い反発からだが、決して、利己的なものでもない。
「戻ってきたら、たからものはあげるつもりだったもん」
「そうね、分かってるわよ。舞香は優しいものね」
うん、と少女は満足げに頷き笑う。大好きなお姉ちゃんはきっと帰ってくる。心配は既にどこかへと消えていた。帰って来たら仲直りしよう。
「そうそう、ところで舞香。あなたに会わせたい……蛟がいるのよ。まだ、生まれてまもない……蛟なんだけどね」
「え、私に? お姉ちゃんじゃなくて?」
「そう、あなたよ。今度会ってみる?」
うんと舞香は特に何も考えずに頷いた。それから再び鳥居の向こうへと視線を向けた。
――いつか、お姉ちゃんを護れるくらい強くなれるかな
そんな事を思ったのも今は昔。十年前の事だ。




